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第七話 優馬と雪菜の初デート(?)(1)

「ねえ、優馬、今週の土曜か日曜のどっちか、空いてる?」


 雪菜がもじもじしながらその言葉を口にしたとき、俺はぽかんと口を開けたまま彼女を見ていることしかできなかった。

 最後に雪菜と一緒にどこかに出かけたのは、彼女が小学校五年生のときだったと思う。特に中学に入ってからは、ろくな愛想すら振りまいてくれなくなった。


「ねえ、何で黙ってるのよ」

「いや、えー……っと……」


 とうとう俺のことが好きになり始めたのか?、なんて軽口が叩けなかったのは、雪菜からの先制攻撃に面食らってしまったからかもしれない。

 しかし、俺はふと思い直してきりりと顔を引き締める。


「何でだよ」


 言うと、雪菜は小さくため息を吐いた。俺の部屋のベッドに腰掛け、視線をこちらに向ける。


「そんなに警戒しなくてもいいよ。別に『部屋の掃除やってー』なんてことは言わないし、させるつもりもないし」

「だからこそ、想像がつかないって言ってんだよ」


 雪菜は肩をすくめた。


「今度、母の日でしょ? すみれお姉ちゃんは、お姉ちゃんだけど、いつも家事とか私たちの面倒を見てくれて、お母さんみたいなものだし、その、何かプレゼントを渡したいと思って。それで、私だけからっていうのも何か嫌でしょ。だから、優馬と二人で何か渡せないかと思って」

「そのプレゼントの買い物に付き合えっていうわけか」

「嫌だったら、別にいいよ。私一人で行くから」

「そんなわけないだろ、マイハニー。せっかくのデートのお誘いを、断るわけないだろう」


 割と頑張って振り絞った冗談なのだが、雪菜はじいっと俺の顔を見据えたまま何も言わなかった。この現象のことを、世間では「スベった」と言うらしい。


「おい、何か言い返してきてくれよ。すっげえ恥ずかしいんだけど」

「私は真剣に訊いてるんだけど」

「つれないねえ……」俺はため息を吐いて一度視線を逸らした後、もう一度雪菜を見た。「わかったよ。それじゃあ、土曜日でどうだ?」


 雪菜はこくんと頷いた後、思い出したように澄ました態度を取った。


「ま、どうせ優馬は年がら年中暇だし、訊くまでもなかったんだけどね」


× × ×


「遅いよ、優馬!」


 待ち合わせ場所は、目的地のエオン(ショッピングモール)の中にあるカフェだった。できればすみれちゃんにバレないようにと、二人で時間をずらして家を出たのだ。俺はさらに、ティナには出かけたことすら気づかれないようにと注意を払った。せっかくの雪菜とのデートなのに、追いかけられたらたまったものではない。

 雪菜は黒いキャップに黒縁眼鏡をかけていた。赤いパーカーにタイトなジーンズを履き、黒のリュックを背負っている。


「あー、悪い。ちょっと異世界で魔王様を倒してたら、遅くなっちゃって」

「マジで面白くないんだけど」

「ちっちっち」と俺は人差し指を振った。「いま俺がやったのは、『怒りのすり替え』だ。相手の怒りを遅刻から面白くないギャグの方にすり替え……」

「っていうか、それ、部屋着じゃん。もうちょっと良い服持ってないの?」と雪菜は俺の解説を無視して言った。

「別にいいだろ。どうせ誰もわかんねえし」

「私にはわかるし」

「確かに」

「わかってるなら、どうして変えないの? っていうか、バッグくらい持ってきなさいよ。エオンに手ぶらでポケットに手ぇつっこんで歩くとか、ただの変質者じゃん」

「財布とスマホ以外に何がいるんだよ」

「見栄えのことを言ってんの。一緒に歩く女の子の気持ちにもなってよね」

「いや、雪菜はオシャレだから、別にいいじゃん。っていうか、何で眼鏡かけてんの? 雪菜って、視力悪いわけじゃないよな?」

「伊達眼鏡よ」と雪菜はきっぱりと言った。「優馬と歩いてるところを、クラスの子に見られたくないからね」

「じゃあ、何で俺を誘ったんだよ」

「うるさいなあ。それじゃあ、服屋に行くよ」

「俺の服買ってくれんの?」

「私の服に決まってるでしょ」


 はあ?、と思わず声を漏らしてしまった。


「すみれちゃんの服でもなく?」

「せっかく来たんだから、ちょっと見たいものがあるのよ。その間で探していけばいいでしょ」


 面倒臭いなあ、と思いつつも、実際、気分の悪いものではなかった。アパレルショップで服を見ている雪菜は心から楽しそうで、「ねえ、これ、可愛くない?」とその笑顔を俺にも向けてくれたからだ。その後、クレープ屋に連れていかれて、「私、これが食べたいな、お兄ちゃん!」と一番高いクレープを指差して、きらきらした眼差しを俺に向けてきたので、「仕方ないなあ」とため息を吐きながら買ってやったのだ。


「パパ活ならぬアニ活だな、これ」

「え、私は最初からアニ活のつもりだったんだけど?」


 雪菜が心底驚いたような顔をして言うので、俺は思わず笑ってしまった。


「アニ活も何も、俺は本物の『兄』なんだけど」

「これが本当の『アニ活』だね、おにーちゃん☆」

「都合の良い『お兄ちゃん』はやめろよ」


 俺は最も安いクレープを買い、雪菜が頬にクリームをつけながらおいしそうに食べているのをぼうっと見ていた。すると、雪菜はふいに顔を上げて尋ねてきた。


「ねえ、優馬は何か見たいものはないの?」

「俺? 俺は別に……雪菜が見たいものを見ていいぞ」

「私だけ好きなもの見て、何だか悪い気がするでしょ。空気読んでよ、ハゲ優馬」

「すみれちゃんのやつは、もちろん忘れてないよな?」

「忘れてるわけないでしょ」と雪菜は不満そうに眉根を寄せて言った。「さっき雑貨屋で見つけた猫の置物が可愛いって思ってんだけど」

「じゃあ、今からそれを買いに行こうぜ」

「優馬の方こそ、選び方めっちゃ雑じゃない?」

「俺は雪菜の感性を信じてるからな」

「うわ、出たよ。都合の良い『信じてる』」

「そもそも、俺に『プレゼント選びをしろ』って頼むのが間違いなんだ。言わば、人選ミスってやつだな。じゃあ、決まったんならさっさと行こうぜ」

「ねえ、話を逸らさないでよ!」と雪菜は強い口調で言った。「優馬は、何か見たいものとか欲しいものとか、ないの?」


 言われ、俺は頭の後ろに手をやって明後日の方向を眺めながら思案する。「そうだなあ……」とぼやいてから数秒。


「強いて言えば、本屋かな」

「じゃあ、ちょっと本屋に行こうよ。すみれちゃんのやつは、その後に買いに行こう」


 まあ、雪菜が言うんならいいか、と思い、二人でエオン内の本屋へと向かった。雪菜とは漫画の趣味も似通っているから、棚に陳列されているものを見てはそれなりに会話で盛り上がり、小説ゾーンのところでは俺が黙って本を眺めているだけだったので、正直なところ、雪菜を退屈させてしまうんじゃないかと思って少し心配だった。


「そういえば、最近ブックカバーを買おうか悩んでるんだよな」


 だから、そんなことを言って、雪菜を小物売り場へと誘導した。ブックカバーはデザインが可愛らしくて、雪菜が好きそうなものも多いのだ。俺は黒い猫が欠伸をしてるみたいなへんてこなデザインのブックカバーを手に取り、雪菜に見せた。


「これなんて、すごく可愛くないか?」


 雪菜はそれを手にとって、じいっと眺め、こくりと頷いた。


「うん。何か、私も小説を読んでみたくなってきちゃったな」


 そして、思い出したように俺を見て、きゅっと眉根を引き寄せる。


「あ、でも、こんなこと言うと、どうせ『ファッション読書してる奴は〜』とか言い出すんでしょ」

「別に言わねえよ」と俺は面倒臭そうに言った。「入り口なんて、どこでもいいんじゃねえのか? 『俺は純粋に読書が好きなんだ』とか言いながら三日坊主って奴もいるだろうしな。それに、誰がファッション読書してようが、純粋な読書好きだろうが、俺の人生にはまったく関係ねえし」


 俺は自嘲気味に苦笑する。


「っていうか、俺が言うのも何だけど、ファッションも大事だろ?」


 すると、雪菜は柔らかく微笑んでみせた。


「今から、優馬の服選びに付き合ってあげてもいいけど?」


 俺は渋い顔をしながら雪菜から目線を逸らし、ふうむと唸る。


「急に言われても選べないから、今日のところはパスで」


 雪菜は小さくため息を吐いた。


「優馬のファッションブームは、一分坊主だね」

「俺は『ファッションも大事』とは言ったけど、『ファッションが好き』とは一言も言ってないぜ」

「まったく。優馬はそういうところが問題なんだよね」

「へいへい」


 本屋を出てからすみれちゃんへのプレゼントを買うために雑貨屋へ向かっていた。しかし、俺は「見てはいけないもの」を視界に入れてしまい、思わず「うげっ!」と顔をしかめて立ち止まってしまった。雪菜も足を止めて振り返り、怪訝そうに俺の顔を見つめる。


「ねえ、優馬、どうしたの? 他に何かいいものでも……」

「大きい声を出すんじゃねえ!」


 とか言いながら俺の声が一番大きいというのは、もうありきたりな失敗である。そして、壁によりかかって腕を組み、格好をつけていたその男は、ちらりと俺を見て、ひまわりを差し出した。


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