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第六話 神様は小説家(2)

 なんつうか、どうせ暇だから、ちょっと親父のことについて少し語ってみたい気分になったんだよ。別に今日が何かの記念日だとか、最近になって親に対する感じ方が〜、みたいな特別な意図があるわけじゃない。元気な男の子が急にエッチな気分になるみたいに、小洒落た女の子が突然ウインドウショッピングを思い立つように、俺も何となく親父のことについて語りたくなったんだ。ほら、それに、お前は親父のことなんてそんなに知らねえだろ?

 親父は少し困ったタイプの正直者で、たとえば、初めてティナの姿を見たとき。ティナの肌の色が〜、とか、ティナの胸の形が〜、みたいに逐一描写しちまうんだ。それは「困った性癖」だって言って、すみれちゃんが怒ってハリセンで殴ったりする。この前だって、すみれちゃんのパンツを覗き見して、殴られたのか蹴られたのか、それともハリセンで吹っ飛ばされたのか、壁にめり込んでいたんだ。俺だって亀甲縛りにされたりするし、すみれちゃんは何かと厳しいんだよ、そこんところ……。

 ま、親父が変態だっていうのは疑いようのない事実だ。っていうか、俺は文章を書きたがる人間なんて、みんな変態だと思うぜ。そもそも、変態じゃなかったら描写なんてできねえだろ。ロマン溢れる異世界に、王女と奴隷男の許されざる恋愛物語。それを言葉にして表現しない限りは我慢できないだなんて、相当なレベルの変態じゃないか。

 でも、こんな親父だけど、中身は意外としっかりしてるんだぜ?


「いいよなあ、親父って。毎日、好きなことだけやって生きてんだろ? ラノベなんて誰でも書けそうだし、俺もラノベ作家になろっかな〜」


 中学生だった頃、親父にこんな感じのことを言ったことがある。すると、親父は声を上げて笑った。


「まあ、そう言われても仕方ないわな。世間的に見れば、ラノベ作家なんて、所詮は家に引きこもってパソコンをいじってるだけ。これだけ聞けば、ニートか廃人と言われたって苦笑することしかできない。日本語の文章なんて、日本に住んである程度の教育を受けてきた人間なら誰でも書ける。けど、俺はたまに思うんだよ。『絵が描けないから文章を書く』とか言う人もいるみたいだけど、その意味がよくわからんなあ、と思って」

「どういうことだよ」

「絵なんて、文章を書くよりも簡単なことじゃないか。何の教育を受けなくとも、何の道具もなくとも、目の前の睡蓮を地面の土に指で描いたら、それがそのまま『絵』ってことじゃないか。紙とペンがあって、そこに棒人間を描いたら、それがそのまま『絵』じゃないか。それに比べれば、『文章』っていうのは学校で先生から書き方を教わらなければ、書けるようにはならない」

「棒人間なんて、そんなの絵じゃねえだろ」

「優馬は技術的な問題のことを言っているんだろ。人が『上手い』と認める絵じゃなければ、そんなのは絵じゃないって。だったら、どうして優馬は、自分が人が『上手い』と認める文章が書けていると思っているんだ?」


 俺は、その問いにはうまく答えることができなかった。理由はないけど、たかが文章なんて誰でも書けるだろ、と思っていた。すると、親父は楽しそうな顔をして、俺の肩をぽんぽんと叩いた。


「まあ、それなら一度、ラノベでも純文学でも何でもいいから、とりあえず小説か何かでも書いてみろよ。俺がどれだけ『ラノベ作家を舐めるな』って言ったって、所詮は負け惜しみにしか聞こえないだろうし。それに、才能がどこに眠っているかなんてわからんからな。もしかしたら、これでお前の中に秘められた作家としての資質が開花してしまうかもしれん」


 俺はどこぞのスポーツ選手みたいに熱くなる人間じゃないと思っていたけれど、当時は中二病全盛期だったし、「はぁ? 偉そうに上から言ってくんじゃねえよ卍 やってやんよ、クソ親父卍」的なノリでパソコンに向かったんだ。


「…………」


 街が謎の超大型巨人に襲われて、大切な親友が主人公の代わりに犠牲になった。復讐の炎を燃やした主人公は、すべての巨人を駆逐するために王国の騎士団に入団することを希望する……。

 そんな感じの物語を考え、完成させて「よっしゃぁぁぁ!」って思った後に気付いたんだ。


「……これ、憤激の巨人のパクリだ」


 結果から言えば、オリジナルらしき小説なんてまったく書くことができなかった。頑張って適当に日本語をつなぎ合わせたような「小説(笑)」を書いて何かの賞に応募してみたのだが、当然のことながら一次選考で落選だ。それから色々小説を読んでみるようになって、「日本語を適当につないだ文章」と「上手い文章」は本質的に違うってことが何となくわかった。少なくとも、わかった「気」がする。しかし、「オリジナルとは何なのか」あるいは「面白いとは何なのか」の壁に阻まれた俺は、そこで面倒臭くなって小説を書くのをやめたんだ。

 情けない話。それからはさ、親父の仕事に口出しするようなことはできなかったし、親父もそれについて「ほうら、言っただろう?」とか皮肉っぽいことを言うことはしなかった。俺があの言葉を言ったときから、「やってみればわかる」、「やってみなければ理解できない」と思っていたのかもしれない。

 親父は知っての通りの中二病で、俺の父であり、友人と呼んでもいい存在なのかもしれない。何せ俺も重度の中二病患者だからな。っていうか、この病気も感染源は親父だと思ってる。親父は天気の良い日に散歩するのが好きで、俺や雪菜をよく一緒に外に連れていった。すみれちゃんは、別に仲間はずれだったわけじゃないぜ。俺が小学生だった頃、すみれちゃんは高校生か、それか調理の専門学校に通っていたんだっけ。とにかく、勉強とか恋愛とかその他いろいろのことが忙しかったんだよ。それで、親父は薄暗い通路とかわけのわからない排水溝の穴とかを見つけてはこう言うんだよ。


「知ってるか? この道を通っていくと、異世界ワンダルシアへ行くことができるんだよ」

「ワンダルシア? 何、それ」

「『並行世界』という言葉は優馬には難しいか」親父は顎に手をやり、至って神妙な面持ちで言う。まるで「大宝律令」の説明をする歴史の教師みたいに。「実はな、この地球という世界はな、別のもう一つの世界と重なり合ってできているんだよ。二つの世界がうまくバランスを取っているからこそ、俺たちは生きていられるんだ。だが、ここだけの話、ワンダルシアは現在、ちょっとまずい状態にあるんだ。つまりな、王国に封印されている伝説の剣が盗まれて……」


 なんて嘘八百を並べることもあれば、公園で遊んでいるとき、そこらへんに生えている木に突然目をやるんだ。何事かと思って尋ねると、


「……精霊の声が聞こえる」


 とか言って木に近寄り、幹に両手を当てて目を閉じるんだ。まるでパワースポットに遊びに来た大学生みたいにね。

 今となっちゃ「中二病」で済ましていたとも思うけど、俺は実際に異世界に行っているからな……。もしかしたら、親父には本当に精霊の声が聞こえていたのかもしれない。母さんが理不尽な世界を作った神を殺すための旅に行ったって話も、もしかしたら本当なのかな?

 あと、これも言い忘れてたんだけど、親父の奇行にはちょっとした意味があるんだ。たとえば、急に筋トレを始めたり、花柄のシャツを着て散歩に出かけたりしたとき、……そうそう、最近で言ったら、床に寝っ転がってすみれちゃんのパンチラにツッコんでボコボコにされたとき、そんなときは、だいたい小説のアイディアに行き詰まっているときだ。でも、日常でしないような行動をしていると、ときどきそれっぽい物が思いつくんだってさ。


「…………」


 ああ、何だかんだ喋ってる内に、もう朝になっちまったのか。ったく、余分なことぺらぺらと喋っちまったな。夜ってのは怖いもんだ。まあ、いいや。とりあえず俺は帰るよ。


「…………」


 ……そんじゃ、またな。


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