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第四話 ニッチを狙え!(4)

 道を尋ねる振りをして、妹さんに近付く。初対面の相手には、とにかく愛想よく振る舞うことが大切だ。なるべく柔らかく、おっとりした天使みたいな雰囲気で。

 すると、相手も警戒心を解いたのか、妹さん——名前を雪菜ちゃんと言うらしい(まあ、前から知っていたんだけどね)——ではない女の子(彼女は美奈子と名乗った)が「だったら、案内してあげますよ」と言ってくれた。楽器店はカラオケやゲームセンターのある通りから離れた雑居ビル群の中に存在するし、「道がわからない」と言っても不自然ではないだろう。


「そうなんだ。みんな公生の中等部だったんだ!」


 莉奈はぱちんと手を合わせて驚いたように言う。


「莉奈さんって、先輩だったんですね。二年生って言うと、優馬のこと知ってます? あ、私の兄なんですけど」

「優馬って、もしかして桜井優馬くん?」

「はい。そうです!」

「うっわ〜! すっごい偶然! 私、桜井くんと同じクラスなんだよ!」

「意外なところでつながりがあったんですね」と梨々香が言った。











 キタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆











(妹さん……雪菜ちゃんとの個人的なつながりができたのは強い。今後の会話の種になるし、ワンチャン桜井くんの家に行ける可能性も浮上した。少なくとも、これは一歩前進したと言ってもいいわね。マジ(まんじ)だわ。やったあ☆)


 もちろん、そんな心の興奮などおくびにも出さない。表の莉奈は、ほんわかした天使の微笑みを浮かべているだけだ。加えて、莉奈は細かいところでの情報収拾を欠かさない。何気ない様子で、雪菜に尋ねた。


「桜井くんって、家ではいつもどんな感じなの?」


 雪菜はふうむと唸り、ぶっきらぼうに言った。


「面倒臭い奴、ですね」

「へえ、そうなんだ」と莉奈は苦笑混じりに言った。

「まあ、心配してくれてるのはわかってるんですけど、度が過ぎてもうるさいだけだし。今朝だって、足に引っ付いてセクハラしてきたんですよ。『街に行くな』とか何だとか言われて、おかげで遅刻しそうになっちゃったし」


 雪菜はぶっきらぼうな顔のままで言う。


「でも、まあ、そうですね……。兄の顔を立てて、あくまで兄の顔を立てての発言ですけど、まあ、悪い兄じゃないとは思いますよ」

「こんな感じですけど、雪菜ちゃん、結構お兄さんのことが好きみたいなんですよ」


 清恵は意地悪そうな顔をして言う。雪菜は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「嫌いじゃない、とは言ってるけど!」

「はいはい、いただきましたー」

「美奈子ちゃんも!」


 なるほど、家族からの信頼は得ているみたいだ、と莉奈は冷静に分析をしていた。見える、見えるぞ、将来の結婚生活が!、なんて思っている様は、まるで漫画に出てくる未来予知の能力者のそれだった。

 目的地にたどり着くと、四人もどうせ暇だから店内に入ると言う。莉奈的には「ちょっと面倒なことになったな」という気分だったが、「わあ、嬉しい〜☆」と明るい笑顔を見せておいた。適当にピアノの楽譜を探して「ああ、ここにもなかったか〜」と四人に聞こえるくらいの声で言うと、美奈子が近寄ってきた。


「何の楽譜を探しているんですか?」


 ギクゥ!、と脇腹をナイフで刺されたような気分だった。音楽にせよ文学にせよ、会話のタネになる程度の薄っぺらい知識しか持ち合わせていない莉奈にとっては、自分のことに深く突っ込まれることは脅威に他ならなかった。


「しょ……ショパンかなぁ〜。うん、ショパン。コパンじゃなくて、ショパンの方。ショパンだぱぁ〜ん」


 何言ってんだ、私、なんて思っている内に、美奈子は楽譜を探している。


「ショパンならここにありますよ。ほら」

「あ、本当だ」


 莉奈は楽譜を買わされる。美奈子は小さい頃からピアノを習っているらしく、試奏できるピアノでその腕前を見せてくれた。


「ほら、東雲先輩、一部分ですけど」

「う、うん。すごいね〜」

「ショパンの『幻想即興曲』です」

「もちろん知ってるよ、『幻想即興曲』。とっても良い曲だよね」


(全部同じ曲に聴こえるんだけど……)


「東雲先輩も、何か弾いてくださいよ」と梨々香が言った。

「ううん、大丈夫。私、いま結構ひどいケンショウエンだから」


(ケンショウエンだよね? ケンショウエンで合ってるよね?)


「腱鞘炎って、大変ですね……」と美奈子は目を細める。「でも、それなのに楽譜を買うんですね」


 どうしていちいち余計なところに突っ込んでくるのよ!、と心で憤りつつ、表ではやはり笑顔を見せる。


「私は、楽譜を見ていることが好きなの」

「へえ、本当に音楽が好きなんですね」

「い、いや、読めるものなら何でも好きなのよ。最近は広辞苑とか読んでるし。あ、英和辞典とか読むのも好きかなー」

「本当ですか?」と清恵。

「優馬のクラスにそんなすごい人がいただなんて」と雪菜。


(なんか、だんだんと(まんじ)な方向に向かってる気がするのは、気のせい?)


「えぇ〜っと、後は……あれ、ファミレスとかのメニュー表とかも一応通読するよね。でも、あまりにもたくさんのものを読みすぎて内容は忘れちゃってるから、音楽とか言葉に特別詳しいってわけじゃないから、そこらへんは、うん、ごめんね。質問されても答えられないかもしれない。うん、そんな感じ」


 若干しゃべりすぎていることはわかっていた。莉奈は完全に焦っていた。



 ゴキブリは一匹見たら三十匹は出てくると言うけれど、嘘は一回吐いたら百回は出てくるわね。



 そんな名言を残している内に、莉奈はようやく四人から解放された。しかし、梨々香が次いで言うことには。


「なんか、美奈子ちゃんのピアノ聴いてたら、カラオケ行きたくなっちゃった。ねえ、これからみんなで行こうよ」

「「賛成!」」と美奈子と清恵は声を揃えて言う。

「良かったら、東雲先輩もどうですか?」と雪菜は莉奈を誘った。莉奈は、もちろん首を横に振る。

「ううん、私はいいよ。みんなで楽しんできてね。……それじゃあみんな、ここまでわざわざありがとう」

 

 バイバイ、と手を振って四人が行ってしまった後、莉奈はおもむろにスマートフォンを取り出す。電話に出た優馬は、安心しきったような声で言った。


「ああ、東雲、いろいろとありがとうな。おかげで助かっ」

「ごめん、桜井くん!」

「どうした?」

「いま楽器店でピアノとか見てたんだけどさ、雪菜ちゃんの友達の一人がピアノすごくうまくて、それを聴いている内に『なんかカラオケ行きたくなっちゃったね』ってノリになって、それで……」

「雪菜たちは……」

「盛り上がって、そのままカラオケ店に行っちゃったみたい……」


 任務、失敗。ああ、桜井くんに嫌われちゃったかな。せっかく、一人目の子供を幼稚園に送ってあげるところまで将来が見えていたのに。


「くそ、マジか。わかった。東雲ありがとうな」

「ごめんね、桜井くん」

「いや、迷惑をかけてすまなかった。本当にありがとう。お礼はまたいつかするよ」


 そう言って、優馬は電話を切った。莉奈は、おそらく一生ページを開かれないであろうショパンの楽譜を手に、その場で呆然と立ちすくんでいた。


× × ×


 次の月曜日、優馬は学校に来なかった。詳しいことはわからないが、クラスでは昨日逮捕された通り魔が関わる事件に優馬が巻き込まれたらしいという噂が立っていた。莉奈の脳裏には、優馬が言っていた「ストーカー」のことがふっと浮かんだ。まるで妹の雪菜が通り魔に襲われることを予期していたかのような一連の尾行。ひょっとしたら、桜井くんは未来から来た異星人か何かで、雪菜ちゃんが昨日襲われることを知っていて、その未来を捻じ曲げるために尾行していたのではないだろうか、と莉奈は思った。


(まさかね)


 私にしてはバカバカしいことを考えるな、と莉奈は苦笑いをする。彼女は、常に理想よりも現実を見ている少女だった。フィクションのSFに対して理解はあるが、現実のSFなんて信じてはいない。莉奈にとって大切なのは、「理想的な恋愛」よりも「将来、どうしたら自分が幸せになることができるのか」ということに過ぎなかった。


「優馬ぁ!」


 その後、優馬は普通に学校に登校してきた。通り魔に襲われたにしては平然とした様子だった。ティナは、いつものように優馬にくっついている。そして、何故か優馬はそれを嫌がってはいなかった。

 空白の月曜日に、一体何があったの?

 それとも、日曜日に私と別れた後のこと?

 様々な想像が膨らんだが、悩んでいるような時間はなかった。


(私が桜井くんを落とすために、どれだけ時間をかけたと思っているのよ。後出しじゃんけんのあなたなんかに、負けてたまるもんですか)


 莉奈は、あるいは彼女が思っているほど打算的な人間ではなかったのかもしれない。ハイスペックフランス人美少女が恋する優馬を落とすくらいなら、クラスの普通の女の子たちが恋して止まないイケメン優等生を落とす方が、圧倒的に現実的なはずだ。莉奈はすっと立ち上がり、ティナと一緒の優馬のもとへと行く。


「ねえ、桜井くん。この間の日曜日、大丈夫だった?」


 心から優馬の身を案じるような顔をする莉奈に、ティナはむっと眉根を寄せる。優馬は平然さを見せるように愛想笑いをした。


「ああ。他の人たちにも言ってるんだけど、みんなが思ってるよりも平気だよ。とりあえず、雪菜が無事でいてくれるだけで俺は良かったから」

「そうなんだ。私……本当に桜井くんの力になれたのかどうかずっと心配で、夜も眠れなかったんだよ」


 ここまで彼女の物語を見てきた方にとっては当然のことかもしれないが、莉奈は昨日の夜はぐっすりである。


「こちらこそ、迷惑かけたみたいで悪かったな。まあ、結果オーライってことだし」


 優馬はちらりとティナを見る。すると、ティナはぎゅうと優馬に抱きついた。何? 二人の間に、一体何が起こったの?

 訝しく思っていると、ティナは急に目線だけを莉奈に向けて、悪戯っぽく舌を出した。


(こいつぅ……。さては、何か仕掛けたな……)


 二人の間に散った火花に気付いたのかそうではなかったのか、優馬は一瞬ビクリと体を震わせた後、ティナと莉奈を交互に見た。


「ティナちゃん、桜井くんとずいぶん仲が良くなったのね」


 莉奈がにっこりと笑うと、ティナも鏡のような微笑みを見せる。


「何を言ってるの、莉奈ちゃん? 私たちは元々仲がいいわよ。だって、優馬とは将来を誓い合った仲なんですもの」

「でも、私は思うんだけど、ティナちゃん、自己紹介のときに言っていたでしょう。それは本当に小さな頃の話だって。もしかしたら、今の桜井くんの気持ちは変わっているかもしれないし、学校という学びの場でくっついているのは、少し不謹慎だと思うわ。だから、そうやって付きまとうのは、桜井くんにとって少し迷惑なことじゃない?」

「ぜーんぜん、迷惑なことじゃないよ。私は、あなたよりもずうっと長く優馬と一緒にいたんだから。ねー、優馬!」


 こういうとき、桜井くんは必ず「ふざけんじゃねえよ!」とティナちゃんを突き放すはず、と思っていると、優馬は無の表情のまま、曖昧にうなずいた。


「……う、うん」


 う、うそでしょ……?

 いや、諦めない。私は絶対に諦めない。桜井くんなら、絶対に私のことを幸せにしてくれるはずなんですもの。そのために積み重ねてきた努力を、ここでふいにしていいわけがないじゃない。

 莉奈は二人のもとを去った後、拳を強く握りしめ、嫉妬の炎を燃やした。ちらりとティナを見ると、彼女は勝ち誇ったような笑みを莉奈に送っていた。ティナは、たった今静かに宣戦布告されたことを理解していたのだ。莉奈は、「絶対に負けないからね!」と目顔で訴えると、足早に教室を出て行った。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

 次の更新は土曜日か日曜日あたりになります。一応予告をしておくと、第五話はすみれちゃんの話です。

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