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第四話 ニッチを狙え!(3)

 そして、ついに声をかけた。優馬はぽかーんと口を開けていたので、莉奈は続けざまに言う。


「ここ、座ってもいいかな」



 断られる前に座る。座った者勝ちだ。



 莉奈は名言を残しながら向かいの席に座った。



 名言とは、私が名言だと思った言葉のことである。



 莉奈は二連続で名言を残しながら、面白おかしそうに優馬を見る。


「映画館にも一人で突っ立ってたよね。あれ、何だったの? すっごく目立ってたよ」


 一応、突っ込んでみた。本当にストーカー気質があるのなら、さすがに結婚することはできない。ちょっと出かける程度でGPSを付けられたりしたらたまったものではない。


「え、目立ってた?」と優馬は言った。


 莉奈は口元に手を当て、くすくすと笑った。


「帽子とマスクとサングラスの人が一人きりで立ってたら、どう考えても目立つでしょ。しかもホールのど真ん中だったし」


 スマホケースや体格、靴や服装のダサさなどで怪しく思ったことは言わなかった。そんな細かいところを見てると知ったら、普通の人ならまず「気持ち悪い女」か「ストーカー女」だと思うからだ。莉奈は、自分の洞察力と視野の広さには自信があった。


(ストーカーとは結婚したくないのに、お前がストーカー女なんじゃないかって? いいえ。悪いのは私がストーカー女だと気づかないあなたの愚かさよ)


 莉奈は最近、自分の心の中に「リトル莉奈」の存在を確認し始めているところだった。そのくらい、莉奈の心中での一人言は激しいものだった。


「マジかあ……」


 うなだれる優馬を、莉奈は不安そうな顔をして見つめる。

 莉奈は文字通り、心の底から優馬のことを心配していたのだ。











(私、桜井くんのことがすっごくすっごく心配なの。桜井くん、大丈夫かな……)












 ようやく理想の結婚相手を見つけたと思っていたのに、実はえげつない性癖を持っているとかそういうオチはやめてね、と信じることしかできなかったのだ。


「まさか、変なことしてるわけじゃないよね」


 すると、優馬は眉を八の字にして、唇を「へ」の字に曲げ、しばらく低い唸り声を上げた。


(え、ちょっと……? ホント? もしホントだったら、すごい(まんじ)なんだけど……)


 そして、優馬は言った。


「実は、雪菜の後を追っているんだ。雪菜って、前に話したことあったよな。俺の妹のことだよ」


 そういえば、普段はクールな桜井くんだけれど、妹の話となると、妙ににやにや興奮気味に話すんだよなあ、と不安を募らせながら尋ねる。


「どういうこと?」


 警戒する調子が伝わったのか、優馬はさらに困ったみたいだった。


「最近、妹がストーカーをされてるらしいんだ」

「桜井くんに?」

「ちげえよ」


 ボケでも何でもなく、単なる事実確認だった。もしシスコンのストーカーだったら、即座に警察に通報するつもりだった。しかし話を聞いてみると、そういうわけではないらしかった。


「だから、今日もそのストーカーが追ってきていないかチェックしようと思って。それで、もし見つけたら……まあ、自信があるわけじゃないけど……俺が何とかしてやろうと思って」


 なあんだ、そういうことだったのね!

 莉奈は、ぱあっと顔を輝かせた。そして、咄嗟(とっさ)の計算を働かせた。


(休みの日に偶然の出会いを果たしたというイベントはポイントが高いから、これを逃す手はないわ)


「妹思いなんだね。私、感心しちゃった」


 その後も詳しい話を聞きながら、話の筋道を立てた。


(それでは、ここで重要な点を整理しておきましょう。

 その一。桜井くんの妹さんは何者かにストーカーされており、この日は特に帰りが遅くなるらしく、桜井くんはそれが心配だということ。

 その二。妹さんの休日を邪魔したくはないが、ストーカーから守りたいとは思っている。だから、やむをえず尾行という形を取っている。

 その三。桜井くんは、雪菜ちゃんを心の底から愛している。

 その四。秘密や危険の共有は、恋愛において有効な手段だ。

 そこから導き出される結論は……)


「ねえ、私にもそれ、協力させてよ」


 ここだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!


 莉奈は、ティナに勝つための隙間(ニッチ)をついに見つけたと確信した。


「いや、大丈夫だよ。最初から一人でやるつもりだし」


 優馬は、確かに自分にとって大切な人物は心の底から愛する人柄である。しかし、そうでない人に対しては鉄壁を張っているし、その高い壁を乗り越えるのがなかなか難しいのだ。

 莉奈は、できるだけ可愛らしく膨れっ面をしてみせる。


「もう、そういうところがいけないんだよ。桜井くんは、全部一人でやろうとするから。ちょっとは人にも頼ろうよ」


 優馬はため息を吐いた。どのような意図があるのだろう。いや、どのような意図があるにしても、ここは無理やりにでも行かなければ……。


「じゃあ、雪菜たちはこの店を出た後にカラオケ店に行くことになるだろうけど、そこから引き離してくれるか?、って言っても、協力できるのか?」

「え?」


 どういうことなのだろう、と莉奈は首を傾げたくなった。どうして桜井くんは、妹さんの次の予定がカラオケであると知っているのだろうか。そして、カラオケ店とストーカーとの間にはどのような因果関係があるのだろうか。


「俺が相手にしているストーカーには、ちょっと特殊な事情があるんだよ」


 意味がわからない。


「桜井くんが、知ってる人なの?」

「まあな。その特殊な事情ってのは、あんまり追求してくれないでいると助かるんだが」


 莉奈の頭の中には、クエスチョンマークがたくさん浮かんだ。しかし莉奈の直感は、今は細かいことを気にしている場合ではないと判断をした。


「とにかく雪菜ちゃんが、カラオケ店に行かないようにすればいいんだよね」


 優馬は目を丸くした。まさか、好意的な返事がもらえるとは思ってもいなかったのだろう。優馬は半笑いで言った。


「おいおい、今の話で何がわかったんだよ」

「桜井くんの妹さんが、ストーカーに追われてるって話でしょ」

「いや、まあ、確かにそうだけど」


 とにかく、桜井くんに「私はどんな事情があるにしても、桜井くんのことは信じているし、力になってあげるつもりだよ☆」アピールをするのよ!

 莉奈は冗談らしく笑った。


「いつも宿題を見せてもらってお世話になってるからね、その借りは返さなくちゃ」


 雪菜が席を立つまでは、待機していることになった。その機会に、莉奈は優馬に探りを入れることに決めた。将来のこととか、休みの日は何をしているかとか、あとは家族のことなどそんな感じのことを尋ねた。しかし、優馬は上の空で、ずっと雪菜の方ばかり気にしているのが気がかりだった。ちくしょう、妹以外の女に興味はねえのかよ!、と心の中で歯ぎしりをした。


「動いたぞ」


 突然話を遮られ、本能的にむっと眉根が寄ってしまう。


「悪いな。今は、雪菜の方が心配なんだよ」


 しかし、優馬が申し訳なさそうに言ったことで、莉奈は自分の過ちに気づいた。すぐに作り笑いを浮かべる。


「あ、ううん。こちらこそ。それじゃあ、私、頑張るね」

「基本的には俺一人の問題だから……ああ、まあ、助かるよ」


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