第27話 あやしい妄想
俺の名前はシェイド。
ラァブとの出会いは衝撃だった。
心と同じ純白色の肌に、つぶらな漆黒の瞳、俺はラァブの全てを欲しくなった。
口では酷い事を言ったけど……、あれは照れ隠しだ。
その時の俺はラァブがどんな気持ちだったかなんて知らなかった、だから、平気で隷属化することも厭わなかった。
――今は後悔している。
あんなにやつれたラァブなんて見たくなかった。
命令しないと飯も喰わない、口も開かない。
ただただ悲しい顔で俺を見るだけだった。
だけど、俺は諦めたくなかった。
ストーカーと呼ばれてもいい、サディストと呼ばれてもいい、ラァブが少しでも俺を見てくれるなら……。
ソニアの事もあって、何度話しかけても、優しくしてもラァブとの距離は縮まる事はなかった。
そして、あるとき事件が起きた。
ラァブへの思いに嫉妬したソニアが、ラァブを刺そうとしたんだ。
危ないところだった、俺が身を呈して庇わなければラァブはこの世にいなかったかもしれない――正直ゾッとする。
血を流す俺を見て、「どうしてぇ……」と泣いてくれたラァブ。
幸い命をとり止めた俺だったが、その日をきっかけに少しずつラァブとの距離は変わっていったんだと思う。
初めて見たラァブの笑顔、ラッキースケベ、怒った顔、そして、誰かを思い出している時の切ない顔……。
ラァブは今でもアイツの事を忘れられないでいる。
アイツはラァブを深く暗い海の底に閉じ込めた酷いヤツだ!
だけど、ラァブはずっとアイツが迎えに来るのを待ってるらしい。
バカなラァブ! いつまで待ったってアイツは来ない、だって――
――もうアイツはこの世にはいないから……。
はあ、この世にいないヤツにどうやって勝てる?
ラァブの気持ちを俺に振り向かせるなんて……くそっ!
もし、俺がラァブと先に出会っていたら……なんて、な。
「マスター、顔と体だけの私の事なんて忘れて、ラァブ様のお側に行ってください! ラァブ様の心の中にはマスターがもういるんです! 二人には時間なんて関係ないんです! ラァブ様もマスターの言葉を待っているはずです! さあ、早く!!」
……顔と体だけのソニアよ、すまない。
そして、勇気をくれてありがとう! 俺、ラァブを迎えに行ってくる!!
俺は海岸線を全力で走った、そして、岬でホタルイカ漁の準備をしていたラァブを見つけ、胸の高鳴りを無理やり抑えつつ、ゆっくりと声をかけた。
「ラァブ、ここにいたんだね。探したよ……」
「シェイドちゃん……、ああん、どうしているのぉ? シェイドちゃんには、もう顔と体だけのソニアが側にいるじゃない、なんでラァブのとこに来るのよぉ! バカ、戻りなさいよぅ!」
ラァブが苦しそうに俺に言葉をぶつける。
「違うんだラァブ! 俺、顔と体だけのソニアとはもう別れた! 俺はラァブと一緒になりたいんだよ、だから、ここまでラァブを探しに来たんだ……」
「ラァブにそ、こ、ま、でぇ? でも、ノンっ! ラァブには心に決めたあの人がいるのぉ!」
「……でも、アイツはもう――」
「……そんなこと知ってるわよぉ! あの人が迎えに来れない事なんて、とっくに知っちゃったわよおおぉぉぉ!!」
「っ! なら、……なんで!?」
「だけど、ノンっ! あの人の事が忘れられないのぉ! シェイドちゃん、貴方を一目見たとき、ラァブの輸卵管にドキュンって刺さったのは確かよぉ。……だけど、ラァブの輸卵管にはあの人の精包がずっと残っているのよぉ……」
「そんな……、嘘だ……」
「それに、シェイドちゃんはまだまだ若いわ。シェイドちゃんならもっと良い人が見つかるから……」
そんな切ない表情でそんなこと言われたって、もう俺の心は変わらない。
今こそ伝える、俺の想いを聞いてくれ!!
「ラァブ、お前がアイツの事を忘れられないのは知っている!! それでも構わない、その気持ちすら俺は愛してみせる! 他の奴が好き? 年の差? 関係ない、全部だ! 俺はお前の全部が欲しいんだ!! どうかこれから俺と一緒に人生『――【魔素吸収・無味無臭】――』」
「……ンヂイイイイイィィィィィ!!」
さっきまでのやり取りを全部ねじ曲げて知恵の輪みたいにぐにゃぐにゃにするとこうなるのか。
どうして俺が死んだ魔王を忘れられない駄イカに一目惚れしたことになってて、しかも時間をかけて距離を詰めてプロポーズする流れになってるんだよ……。
ラッキースケベって、駄イカのどこに興奮するポイントがあるんだろう……。
合ってる部分は、隷属化のところだけ。
『――おい、そこの恋する白濁ブツ。お前のモノローグ、ツッコミどころがありすぎて追いつかん、とりあえず辞世の句を詠ませてやる。【魔素吸収・無味無臭】――』
「ンヂイイイイイィィィィィ!! もぉ、ラァブって呼んでよおぉ!! 仲間じゃなぁいンヂイイイイイィィィィィ!!」
『同行は許したが、俺たちが不快に思う妄想を許した覚えはない。次はないからな!』
ラァブが妄想を暴走させる前のことを少し語ろう――
◇◇◇
俺たちが口を開くのを静かに待っているラァブに、嫌々ながら話しかけることにした――もちろんソニアも外に出して道連れに。
「――なるほどぉ、二人のこれまでの物語、よくわかったわ。これからはラァブを入れた三人の物語が始まるのねぇ――」
勝手に三人目になろうとしてんだけど――
「『ラァブ様の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます』」
俺たちは、声を揃えてラァブの今後をお祈りして立ち去ろうと試みた……、ソニアが触手に巻きつかれて無理だったが。
「いやぁん! 食い気味で息もぴったりぃ!! 妬けるぅ。んねえぇ、お願いよおぉ、ラァブの封印を解いてくれたお礼がしたいのぉ! 何でもするからぁ、お願い、お願いお願いお願……」
もう、ほんっと! しつこかった。
『粘っこかったですね』
――ソニアその言い方、やめなさい。
結果、根負けした俺たちは、ラァブを隷属化することを条件に同行を許してしまったんだ。
ちなみに、隷属化の方法はウィキソニアに教えてもらった。
【統率】【精神干渉】【魔素操作】【呪い】【スキル付与】【変質】の重ねがけ――【隷属化】……対象を従わせることができる
「ンヂイイイイイィィィィィ!! 新しい愛の――ンヂイイイイイィィィィィ!!」
かなりうるさかったが、超回復のせいで全然死んでくれないし、ラァブが仲間になる事は世界規模の仕様だと思うことにした。
「んふう、んふう、これで仲間ねぇ。シェイドちゃん、ソニアちゃん、よ、ろ、し、く、ねぇ――」
ちゅっとタコの口から何かを飛ばして来たので魔素吸収――本人は投げキッスだったらしい。
それを聞いてあらためて魔素吸収しておこう。
しばらく不毛なやり取りを繰り返した後、ラァブがまた静かになったかと思ったらニヤニヤし始めた。
『マスター、相談なんですが、ラァブさんの様子が変です。見ていてとても不快な気分になります』
不機嫌すぎるソニアからリトルシモン片手に相談された――ソニアの奴、性格が少し悪くなってないよね?
『ああ、奇遇だな。俺の方も悪寒が止まらない、本能からも苦情の信号が来てる。本当に嫌なんだが……。【影読み】―― …………。この野郎……【魔素吸収・無味無臭】――』
って話。
『……顔と体だけって心外です。二度とラァブさんの妄想に私を出さないでください』
おお、ソニアが心底嫌そうだ。
ここはフォローしておこう。
『俺は圧倒的にソニアが好きだぞ、顔と体が特に! ちょっ! 俺は悪くないからそんな目で見るなよ! わかった、謝る! だから、ソレは片付けろって!!』
凶器を振り回すソニアの言葉に、ラァブが反応してじっと見つめて何を言うかと思ったら――
「ふん! 貴女、ブスねンヂイイイイイィィィィィ!! シェイドちゃん、それ本当やめて! ごめんなさい、ソニアちゃんに嫉妬しただけなのおおぉぉ!!」
あ、精神干渉は全員対象にしている。
知りたくなかったが、ラァブは苦痛が悦びに変わるタイプではないらしい。
「それ、死ぬほど痛いのよぉ。痛覚耐性が欲しいぐらい」
良かった、魔素吸収が弱点で……。
◇◇◇
ダンジョンがなくなってしまった問題に手をつける事にしたのだが、協力者のラァブが不安定すぎてウザキモい。
「それじゃあ、またあとでねぇ? シェイドちゃん、ソニアちゃん、絶対よ? 迎えに来てよ? ね、ラァブのトラウマなんだからね?」
『うるっさい! 分かったって! 明日の朝には“海のダンジョン”の攻略隊が編成されるんだよ。ソニアは冒険者として依頼を受けてるから必ず戻って来るんだよ!!』
「でもでもぉ? ソニアちゃんの冒険者登録を抹消して、このまま置いてかないでよぉ? お願いよ?」
『しつこいな、その方法も思いついたけどお前の場合は、俺の魔素と繋がってるから追いかけて来るだろうが!?』
「あぁん! 追いかけていけるわよぉ! だけど、それと置き去りにされるのは違うでしょ!!」
たくっ、うだうだたと――
『もう! いいから早く行って準備しなさいよぉ!! うお、話し方が移っただろうが!』
俺がラァブから聞いた話をもとに立てた作戦は、こんな感じ。
・俺たちがいる平らな土地を岬っぽく戻す 施工者:ラァブ
・岬が出来たら、岬からさらに北に進んだ先にある岩礁地帯まで冒険者たちを誘導するダンジョン風のトンネルを掘る 施工者:ラァブ
・岩礁地帯に巣があるらしいセイレーンたちに事情を説明して協力を要請する 交渉者:ラァブ
・トンネルにボス部屋を作る 施工者:ラァブ 内装飾り付け:セイレーンたち
・俺たちが来たら適当に戦闘して倒される 戦闘員:ラァブとセイレーンたち
・セイレーンの核が余っていたら一つ貰う 交渉役:ラァブ 提供者:セイレーンたち
「あぁん! ぜ、ん、ぶ、ラァブに丸投げぇ!! それにセイレーンちゃんたちが普通に組み込まれてるぅ――岩礁地帯の事、言わなきゃ良かったわ……」
ラスト大陸とスー大陸の間をつなぐ岩礁地帯に、まさか“セイレーン”がいるとはね、下半身が男の半魚人ならシャドスペ内にいるけど、上半身が女の半魚人――セイレーン――はいないからな。
おっぱいをそのまま放り出してるようなら、ちょっと引くけどどんな感じなんだろ。
『ラァブなら出来るだろ! 自分を信じろ! チャレンジ、アンパサンド、フルコミットだぞ! ほら、セイレーンたちが逆らうようなら、カタストロフの存在でもちらつかせておけば言うこと聞くだろ? カタストロフは有名なんだろ?』
仕組みはまだわからんが、俺の本能とカタストロフが何か関係があるんだろう、てことは俺はカタストロフに利用されているようなもんだ。
――カタストロフが俺を利用するなら、俺がカタストロフを利用しても問題ないだろ。
『――ふざけるな』
おっと、本能から以前よりもはっきり意思が聞こえてしまった――これって俺の認識の問題か?
「あらぁ? またカタストロフ様を感じたわ。うーん、ラァブ頑張るから、なるべくセイレーンちゃんたちには優しくしてあげてねぇ?」
『おう、任せろ! 俺は基本的に優しいからな』
「『…………』」
――何だよ二人して、その顔は? え? 俺、優しいよね?
……まあ、いいけどね。




