第26話 あやしいイカ
「いやー、醤油とわさびがなくても素材本来の味わいだけで結構いけるもんだなぁ」
二つ目のダンジョンは海鮮系の味、ひゃっはー感がそんなに続かなくて良かった。
ひゃっはーしすぎて、あの化け物に存在を気づかれでもしたら大変だ。
それにしても――
「ソニア、あれでかくない?」
海のダンジョンは直線で沖に向かって歩くだけなら十時間で最奥に到達できる。
てことは、すたすた歩きで一時間五キロほど進むと仮定すると、ざくっと五十キロはありそうなのに、ここからでもイカの形がわかるってことは、近くだと相当でかいぞ。
「あれがクラーケンですか、大きいですね……」
あの大きさならかなりの戦力だと思うけど、なんで封印されたんだろ?
あれ? あのイカ……なんかこっちに近づいてない?
「封印が解けたのって……、海のダンジョンが消えたから?」
ちなみに、ダンジョン口は綺麗に無くなっている。
「はい、恐らくは……」
――ぁああん、フリーダァムううぅぅん
聞こえてきた野太い叫び声は、日本に何ヶ所か拠点を持っている“とある種族”を連想してしまった。
もし俺の予想どおりなら、魔王が封印したくなる理由もわからんでもない――
「ソニア、撤収だ!! あのイカからは嫌な予感しかしないぞ!! えっと、【影収納】――」
――ばしゃああぁっ!
村やらギルドやら地面やらと慌てて入れたせいで、埋め立て地が出来てしまった!
押し潰された魔物もいるけど気にしない。
ソニアは急に収納されたのに慌てず綺麗に着地した。
ふうっ、なんとか間に合ったか――
――がごおおぉんっ!!
は?
『あれだけの巨体を触手一本で引き上げた? いやいや、物理法則どうなってんのよ?』
『……恐らくスキルの併用です』
めちゃくちゃですわ、異世界のイカ。
あらためてイカを近くで見ると、いや、見上げると白濁色の汚い高層ビルだな! でかすぎ! 触手がくねくねとキモいし!!
「あらぁん? さっきまで魔王様の気配があったのにぃ? どこかしらぁ、かくれんぼなんてお茶目。【墨吐き】とぉ【波紋探知】――☆」
ばしゃっと音がして、一瞬で砂浜一面が真っ黒に染められたけど、これって墨汁?
そして、俺の居場所を知らせるように墨汁の波紋が岩を中心に広がって――
「そこよおぉっ!!」
野太い声と同時に触手で岩が砕かれた! 幸い黒い墨汁のおかげで黒い染みはわからないようだ。【影移動】――
「ちょっとぉ、逃げないのぉっ!!」
くそ、完全に捕捉されてやがる影宿りの対象を全部破壊されてしまった! なんでわかるんだ!?
こうなったら仕方ないおとり作戦だ。【影吹き】――
「おぞらぁどんでえぇるぅ(お空飛んでる)」
「あん、やっと出ちゃったあぁぁ!」
くっ、すまない、名も無き村のゾンビAよ。
君の尊い犠牲を忘れない。【影移動】――
ゾンビAが触手に巻かれて振り回されてるうちに、墨汁のかかってない場所になんとか行けた――
「ねぇ、貴方なのぉ? ラ、ァ、ブの、プリンスはぁ?」
「ぶりばわさでるど(振り回されると) あ"っ」
首が落ちるわな……。
「プリンスううぅぅ!! いやあぁ!!」
「ぼらあ、おでぃだぁ(ほら、落ちた)」
触手を器用に手のひらのようにして、ゾンビAの頭と胴体を乗せながら泣き叫んでいる……ヤバい。
『ソニア、逃げよう。こいつは絡んではいけない類いだ』
イカの触手がピクッて反応した! まさか、俺の魔素で居場所がバレてる!?
「っ! ちょっと待ちなさい! まだ近くにいるんでしょお! ラァブの愛からは逃れられないわよぉ。ごめんねぇ、あなたはぁ、ノンプリンスっ!」
「ばぁ――」
『…………』
怖い、ゾンビAが手のひらを閉じられてぐしゃってなった。
「あぁ! ラァブったらお化粧してなかったぁ。ちょっと待ってね、海の月、ラァブを照らしてマジカル、マジカル【人化】――☆」
うお! 海の月ってクラゲじゃねぇかよ! イカの巨体にびっしりクラゲが取りついてキモーい!!
だんだん高層ビルから人形になってきたぞ。
ソニアより少し背が高めの……どっち? 謎の人形生命体が砂浜に降り立ってるんだけど。
「ふうぅん! この形も久しぶりだわぁん、ねえぇ、ラァブに姿を見、せ、て!?」
あ、完全にこっち見てるわ……。
『そうだ、ソニアは外の空気を吸いたく――』
『嫌です!』
まだ名前しか言ってないぞ! こうなりゃ有無を言わさず……っ!?
『そ、ソニア、お前が手に持ってるソレは!』
ソニアが核を抱きつつ、片手でぽーんぽーんと宙に投げて遊んでいるソレぇ!!
『マスター、“リトルシモン”ですけど何か?』
『何か? じゃないだろ、どうしてソレがここにあるんだよ!』
『この間、ムーンの町から持ってきました』
あのときかぁー!! ふっといなくなったかと思えばお墓に行ってたのか!
『マスター、今回はお任せしてもいいですか?』
――いいですね? って聞こえたんだけど!!
凶器ちらつかせて脅すなんてこと、どこで覚えてきたんだか!
『マスターの記憶で学びました』
ぐぬぬ。
よっぽど嫌なんだろう、俺も嫌だが……。
『わかった、戦闘になったらちゃんと協力しろよ?』
『はい、リトルシモンに誓って!』
いや、リトルシモンを掲げなくていいから!
ノーマルスキル【影絵・ランプの魔人】――
周辺を更地にしたせいで地面にしか投影できないけどいいや。
「あらぁあらん? やっと出てきたと思ったらぁ、影なのん?」
【精神干渉】――対象、イカ
【精神干渉】――対象、ソニア
とりあえずイカとソニアが直接会話が出来ないようにしたから、その、危険ブツを下に下ろせ! くそ、黙って首を横に振るだけかよ!
イカとの会話かぁ、何やってんだろ、俺。
『ああ、俺はギリアムだ。お前の封印は俺がダンジョンを吸った時に解けたようだな』
『マスター、影がイカと話してる時点でギリアムさんを騙るのは無理があります』
『すまんソニア、自然と口から出てしまった』
「ギリアムがラァブのプリンスなのぉ? カタストロフ様の封印プレイの邪魔するなんてぇ、いけないプリンスね!」
封印プレイって、カタストロフってそういう趣味!?
『――やめろ』
本能からの抗議? いや、このタイミングで反応されると、さすがにあまり考えたくない事に気づいてしまいそうだ。
「あぁん! また一瞬だけカタストロフ様を感じたわぁ!」
うわ、くねくねと触手が体に巻きついてドレスっぽくなってる。
まだ変身中なのか? スポーツ刈りの頭とまん丸い瞳は墨色、中性的な顔立ち、体つきは胸っぽい膨らみが筋肉なのか、おっぱいなのか、皮膚は虹色で今は白く見える。
なんだか分からない生物すぎてキモいから早めに消えてもらおうか。
『――なんだかわからんが、さようなら。【影伸縮】からの【魔素吸収】――』
さっさと吸い取って帰ろう。
「ンヂイイイイイィィィィィ!!」
おえぇ!! ゴブリンとは違う濃いエグ味、イカ臭い、苦いいぃ!! ちょっとやめ!
『気持ち悪い声、出すなよ! 不味いし!!』
「んんっ! もうせっかちさぁん! 封印プレイは嘘よ、カタストロフ様の独占欲からラァブはダンジョ―― ンヂイイイイイィィィィィ!!」
珍しく本能と意見が一致している――これ以上、口を開かせるなと。
でも、これ臭いんだよ、一気に吸えないんだよ。
しかもコイツの魔素量、さっきのダンジョンの比じゃないんだけど?
『マスターの魔素がドロッと濃くて苦いです、ほら』
やめなさい! ドロッとを口を開けてまで見せなくていいから!!
「んふう、んふう、ね、待って、ちゃんと話すからぁ。それでも分かり合えないならラァブを殺していいからぁ。お願い、ラァブずっと寂しかったの……ンヂイイイイイィィィィィ!! ってなんでよおおぉっ!!」
涙ながらに怒鳴られた。
『マスター、さすがに今のは酷いです』
『すまん、寂しい気持ちに共感する前に、キモさが前面に出てきたのでつい……』
「ねえ、プリンスをンヂイイイイイィィィィィ!!」
『プリンス呼びをやめろ。お前に敵意がないか確認させてもらうぞ。【影読み】――』
イカの名前は“ラァブ☆トランス”、俺たちへの敵意はない。
本当に会話をしたいだけのようだがもう少し調べないと――
「あん、強引な方ねぇ。乙女の秘密を無理やり奪おンヂイイイイイィィィィィ!! わかった、静かにしてるから……、そのかわり、後でお話してね」
やっと静かに読めるわ。
種 :【クラーケン】
職 能:【ファイター】
スキル:【触手】
【ものづくり】
【水流操作】
【超速泳法】
【並列思考】
【衝撃吸収】
【大渦】
【吸盤】
【粘液】
【大津波】
【方位把握】
【圧縮】
【擬態】
【人化】
【墨吐き】
【波紋探知】
【発光】
【超回復】※パッシブスキル
…………。
――滅っ!
「ンヂイイイイイィィィィィ!! なんでよおおぉぉ!!」
人化って実体化っぽいけど、コイツの人の再現率を考えると俺の場合は濃い人形の影になりそうだな。
『すまん、スキル名にムカついた。こんなに魅力のない核は初めてだ。よし手短に話をしよう』
「プリ……ギリアムちゃんはカタストロフ様以上に苛烈な性格なのねぇ」
やれやれって感じがムカつくが……。
適当に会話して、さくっとどこかにリリース出来るのが一番なのだけど――
『マスター、私はこの出会いに大いなる運命の導きを感じます……』
残念ですが……とソニアが運命論者になるぐらい、ラァブは今後もつきまといそうだなっと。




