第0話 あやしいプロローグ
「――今日もありがとう!! 僕はこれからさらに会社を大きくする!! だから、みんなもコミットしてほしい。それじゃあ、いくよ? チャレンジアンパサンド、フルコミットっ!!」
「「「「「チャレンジ!! アンパサンド!! フルコミット!!」」」」」
「お疲れ様でしたー」
「あざっしたー」
「二次会行く人ー?」
「おつかれ様ですぅ」
「社長、ぐすっ、すげぇ感動しばじだぁ」
「お疲れ、お疲れー」
月に一度の親睦会、絞めの掛け合いは社長のモチベーションアップに欠かせない儀式らしい――アンパサンドはアンドで良くねぇ?
はあ、やっと終わった。
あとはお店のトイレで皆がはけるまで時間を潰せば二次会に行かなくてすむ。
時間潰しにタブレットで社長――光丘晴風――の名前を検索してみる。
めっちゃ出てくる社長の顔。
帰国子女の社長は某難関大学を卒業後、大学仲間とともに起業、IT業界に斬新な切り口で風穴を空け、度重なるピンチを全て大チャンスに変え、IT業界のトップに立つ――わずか三年で。
平成最後のカリスマモンスター、IT業界のトップとして走りながら、海外系の新規事業に力を入れている。
自己啓発本を出せば若者を中心にバカ売れの大ベストセラー、テレビにネット、彼の姿を見ない日はない。
――俺は大学の友人に誘われてしぶしぶこの会社の説明会に参加した。
いきなりハイテンションの社長が登場、息をつかせぬポジティブ企業説明と熱い想いにほだされて……、気がついたら俺達は涙を流しながら履歴書を提出していた。
そして提出した人達はなんと全員採用。
中学、高校とずっと地味で目立たないクラスカースト下位グループの俺もこの会社で働けば社長みたいになれるって――
思ってた時期がありました。
このテンションの高さ、無理でした。
一ヶ月で心が折れた。
まあ、心が折れても辞められないのがこの会社。
退職届けを装備した途端に、周囲の熱い説得が始まる。
説得から逃げて総務部に提出してもすぐには受理されず、社長と個人面談することになる……らしい。
個人面談まで退職話が進んだ奴の話を聞いたんだけど、社長と話をしていると魔法にかけられたかのように仕事への情熱が湧いてくるそうだ。
最後は社長とハグをしながら「社長っ!! 僕が間違ってましたっ!! ぐすっ、ぐすっ」と泣いて謝り退職届けを破っていたそうだ。
ちなみに、そいつは翌月に辞令が下りて田舎の小さい営業所に飛ばされた。
だけどすげぇ良い笑顔だった。
うん、こんなん怖くて辞めれんよ。
幸いにして在庫管理がメインの部署に入り込めたから三年経つけどまだ働けている。
先輩の嫌味や部長の激しい圧に耐えながら、ほぼ定時退社で帰っている。
翌朝は一〇〇%嫌味から始まるがそれも慣れてきた。
――そろそろ皆もどっかに行った頃だろうか、俺はトイレから会場の様子を確認して、静かにお店を出た。
さて、ラノベの新刊買ってから帰ろうと体を駅方面に向ける。
お店を出るのが早かったのか、社長達がまだ近くでたむろってた。
そして、こちらに気づいて振り返る。
……どうしよ、ばっちり目が合って微笑まれたよ。
そりゃ女も落ちるわ、夜でも眩しい笑顔ですね――
「影内くーん、大丈夫かい? 伊丹君がさ、君がトイレに入っていくの見たって言うから、飲み過ぎたのかと思って心配して待ってたんだよ」
ぐっ、伊丹……、先輩のイヤミか、くそっ、社長の後ろからニヤニヤしながらこっちを見てやがる。
絶対わざとだな、あのやろー!!
俺はコミットモードで社長に話しかける。
まずは心配させたみたいだから全力で頭を下げる。
「あっ、お疲れ様です。僕なんかが社長や先輩に心配してもらうなんて普段からコミットしてて良かったです!! ……でも、もう大丈夫なので僕は帰ろ――」
大丈夫の言葉で目がつぶれるくらいの笑顔の社長からお誘いのお言葉が……。
「そっか、じゃあ、二次会に行こう!! 皆も待ってるからさ」
待ってるでしょうね! 社長の乾杯がないと始められないんですからっ!!
うわ、社長を遅らせた原因として二次会会場とか行きたくねぇ! 逃げたい。
「ほらぁ、ハレルヤ社長もこうおっしゃってくださってるんだから当然行くだろ? まだまだコミットが足りてないよな。影無し君?」
イヤミ先輩が肩に手を回してがっちりとホールドしてきた……、これでもう逃げられない。
影無しはこいつが俺に付けたあだ名だ、薄いを越えて影が無いとかご先祖様に謝れこんにゃろ!! ――悔しいことに社内で定着しつつある。
「も、もちろんですよ。先輩……。僕のコミットはこれからですよー、ははっ」
影無し先生の次回作も応援しようって打ち切りになりそうな返事をしてしまったよ。
――行きますか。
◇◇◇
二次会会場に到着すると、拍手喝采の大歓声で社長が迎え入れられ、俺はジェスチャー付きの大ブーイング。
誰だ、影無し消えろって言ったの!? くそ、適当に隅っこに座――
すでに社長が座る場所以外は埋まってた件――
「光丘社長、お疲れ様です。こちらへどうぞ――」
張り切って社長をテーブルに案内している目付きの鋭い五十手前のおっさんが、俺にとっては最悪の上司、黙っていてもこっちを見て威圧する、口を開けば辛辣な小言で切りつけてくる仲島部長だ。
ちなみに、『ナカシマ』で、『ナカジマ』と呼ぶとすぐに訂正してくる――そんなん知らんがな。
皆がテーブルに座ると、コップにお酒が注がれ社長の挨拶が始まる――
「みんな、待たせたね。でも、今日は影内君も二次会に来てくれた。みんなのチャレンジがフルコミットして影内君のコミットにリンクしたんだと思う、よし、乾杯!!」
ちょっと何を言ってるのかわからないが、泣いてる奴がいるから俺の理解力が足りないんだろう――
「「「「「乾杯!! アンパサンド!! フルコミット!!」」」」」
こいつらコミット言いたいだけじゃないのか? ――社長に部長、イヤミ先輩、そして俺だけ地獄の二次会が始まった。
◇◇◇
「――じゃあ、皆、いくよ? チャレ――」
はいはい、チャレコミチャレコミおつおつ。
やっと二次会終了した、先輩はねちねち、部長はざくざく、社長はキラキラ、とにかく疲れた。
あれだね、ポジティブは人を追いつめるね。
「成績があまり上がらない」
――コミットが足りないのでは?
「勤務態度がちょっと」
――コミットが足りないのでは?
「付き合いが悪い」
――コミットが足りないのでは?
「コミットが出ない」
――コミットが足りないのでは?
「早く帰りたい」
――コミットが足りないのでは?
「お腹空いた」
――コミットが足りないのでは?
何を言ってもコミットが足りないからしか言われない。
もっとチャレンジしろ、フルコミットしろ……、俺の中がコミットだらけになって、コミットがゲシュタルト崩壊してるのもフルコミットしてないからだろう。
――酒飲みながらのコミット話は悪酔いを加速させて、頭が頭痛で痛くなってぐるぐると焦点も合わなくなって、営業の三崎さんのおっぱい大きいなとか社長は夜でも眩しいなとか……。
トラックのクラクション、叫ぶ社長の声――
社長、だから眩しすぎるんですよ貴方は――
眩しいのがトラックのライトだったと気づいた時には宙を舞っていた――