龍姫と龍族
これはミルティア編(聖女の転生体~)の直前の話となります。
龍族には絶対的な共通点がある。
それは「龍姫への忠誠」である。
龍族でもっとも気紛れで恐れられたソレイユですら、龍姫に対する忠誠心はずば抜けていた。
この「忠誠心の高さ」は「いいなりになる」ではない。
「龍姫のためになること」ならば、苦言も伝えていた。
「ふぇ、ふぇるらいん……さん?」
怯えて、部屋で立ちすくむカレンバレー。
館を訪れた神教のあまりにも無礼な態度に、あんなのを許していいのか、と文句を言いにフェルラインの部屋を訪れたら、部屋が滅茶苦茶になっていて、部屋の真ん中で、フェルラインが仁王立ちしていた。
「カレン」
「あ、ああ」
あまりの迫力に後ろに下がるカレンバレー。
「今すぐ奴らを皆殺しにしてこい」
「い、いいのか!?だって、龍姫様は」
神教を大事にしているじゃないか?と続けようとしたが
「あのクソゴミのウンコ共が!!!姫様をなんだと思ってやがる!!!あんなクソ共!!!生まれた事を百回後悔させてやるからな!!!チャズビリス呼び出しなさい!!!姫様への侮辱は!!!死よりも重い!!!」
「お、落ち着け!フェルライン!」
あの連中をどうにかしろと言いに来たカレンバレーが、懸命にフェルラインをなだめることになった。
フェルラインは、龍族の殆どを集めて言った。
「神教の無礼は目にあまります。特に、この度の神皇になってからの狼藉の数々は、最早見逃せる段階にない」
龍族はフェルラインからの意外な話に聞き入る。
フェルラインは、神教の無礼な振る舞いを見て怒る龍族をなだめる立場だったのだ。
「特に、今回の用件である……」口に出そうとしたが、あまりの怒りに顔が真っ赤になる。
「……カレンバレー。代わりに言って」
同席していたカレンバレーに頼む。
「いいのか?……まあ、要は、龍姫様を新都に連れてこいと」
その言葉に龍族はざわめく。
龍姫は基本的にこの館から動かない。
それを呼び寄せる真似ができるのは、立場上龍姫が治める公国を束ねる皇帝ぐらいだ。
「それだけでも罪深いが、理由だ。理由が酷い。神皇の誕生日パーティーをするのに、ゲストが必要だそうだ。要は出し物だ。この神皇が今までの神皇よりも凄い。龍姫も祝いにきたからな。という箔付けで来いと」
怒りに震える龍族達。
それを見て
「あなた方の怒りは私の怒りだ!姫様への度重なる無礼に!最早我慢などする必要はない!私は、龍族を代表して龍姫様に、神教との関わり方についてご意見を申し上げるつもりである!賛同の者は拍手を!否定、もしくは、意見のある者は挙手を!」
全員の拍手。
その後にユレミツレが手を上げる。
「ユレミツレ、発言しなさい」
「姫様のご許可が出ましたら、その発言者を血祭りにする名誉をください」
「分かりました。その許可が取れるよう全力を尽くします」
フェルラインは頷く。
すると、最後尾で佇んでいた龍族が手を挙げる。
「チャズビリス、発言しなさい」
その言葉に皆が一斉に振り返る。
チャスビリス。拷問担当。
龍族の中でもとびきり危ない。
チャズビリスは妖艶に言った。
「愛しのフェルライン。あなたの怒りは私の怒り。そのような発想に至った神皇は、この私の手で処分させて欲しいわ」
フェルラインは、よくぞ言ったという顔をして
「すぐに神皇を下ろすという話にはならないでしょう。姫様にも考える時間が必要です。しかし、私は最終的には神皇を下ろさせる。そして、その制裁は、チャズビリスこそがふさわしい」
「震えるわ、フェルライン。あなたの期待に応えられるように全力を尽くします」
フェルライン、マディアクリア、カレンバレー。
龍族の古参が集まって、龍姫に会いに来た。
「なにかしら?珍しい」
龍姫への付き添いは、事前に決まっている。
このように、龍族が自分たちから押し掛けるなど珍しいのだ。
「龍姫様へ。失礼ながら、直言をしに参りました」
「……なにかしら?」
「神教の件です」
龍姫は口を結ぶと
「続けなさい」
「今回の、姫様を見世物として呼び出す無礼は、もはや耐える域を超えています。龍族全員に話をしたところ、全員一致で、許すべきではない。と決断しました」
「フェルライン、しかし」
「姫様は神教を信仰されているのであって、神皇そのものを崇めているわけではありません。今の神教はもはや神の信仰から背いております。神の信仰に忠実であれば、あのような女が混ざる誕生日パーティーなどしますか!」
龍姫は黙る。
「姫様の信仰は大切に考えております。しかし、今の神教の組織はもはや守るに値しません。特に今の神皇です」
「下ろせと言うのね」
「今すぐ御決断頂く話ではありません。ただ、龍族は、姫様へのこれ以上の無礼を許しません」
「分かりました、考えます」
「その上で、今回それを伝えた使者、アグローニは許し難い存在です。処分をさせてください」
「アグローニは神教の幹部よ」
「肉を食らい、女を抱き、あまつさえ修道女を孕ます事が神教の幹部のやることですか?」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる龍姫。
「……分かりました。アグローニの処分は任せます。神皇様の扱いは待っていて。考えます」
「何卒よろしくお願いいたします。姫様、私達は、姫様の為に、全て動きます」
「こうやって意見をくれるのは嬉しいわ、フェルライン」
「失礼いたします」
部屋を出るとユレミツレが控えていた。
「ユレミツレ、ぶち殺してこい。案内はエールミケアがしなさい」
「はい!ミケア!行くわよ!」
「待って!まだ場所がーーー!」
ユレミツレに引きずられるエールミケアを見ながら
「チャズ、そんなに遠い日じゃないわ。準備しておいて」
「もちろんよ、フェル。生まれてしまったことを後悔させてあげるからね」
龍族達が出て行った部屋。
「リグルド様……」
顔を覆う龍姫。
リグルドは龍姫にとって理想の幹部だった。
「リグルド様にだって性欲はあった。ハユリさんは何度もリグルド様を求めた。それでも、あの二人は神のために仕えつづけた」
神女になったハユリは何度も精神的におかしくなったのだ。
その度に、父のような存在であるリグルドに救いを求めた。
その時の事を聞き伝えたことがあった。
ハユリは神女として限界を感じ、神女を降りたい。そのために、禁忌を犯させて欲しい。リグルドの子を産みたいと。
リグルドは最後までハユリを守った。禁忌など犯さなかった。
だが、ハユリは神女による心労が原因で若くして亡くなった。
リグルドは後悔して言っていたのだ。
欲望に負けた方が正しかったのか?と
何度も何度もハユリを抱きたくなっていたと吐露していた。
それでも抱かなかった。
あの葛藤こそが幹部であるべき。
「リグルド様、私は、正しいのでしょうか?」
龍姫はひたすらに、神に祈っていた。