ダリスグレアとグレアミール
グレアミール。
元暗殺部隊のダリスグレアが、戦争時の大怪我により引退。
しばらく事務仕事をしていたが、本人の希望もあって、民間に戻ることになった。
ダリスグレアは帝国との攻防戦で気づいたことがあったのだ。
「なんで、エルメルダ王国の戦中飯はこんなに美味しいんだ」と。
ダリスグレアは聖女の大陸出身で、あまり帝国のある大陸には行かなかったのだが、その大陸にありながら、聖女を信仰するエルメルダ王国のご飯に感動したのだ。
「もしかして、うちの大陸、ご飯不味すぎ……?」
戦中飯なんて、味なんてどうでもいいことが多い。もちろん例外はあるが、それにしても美味しかった。
気になって、事務仕事に配置転換後、帝国に行き食べ歩きをしたら、やはりご飯が美味しい。
理由は調理だった。
帝国の大陸は、料理に工夫をする。
聖女の大陸と違い、生で食べられるものが少ない。
味も悪い。それが故に、美味しく食べられる料理方法が発展した。
そこでダリスグレアは気付いたのだ。
「帝国の料理方法で、聖女様の大陸の食材を使えば、激うまになるのではないか」
グレアミールという料理店を、聖都に出すことにした。
グレアは自分の名前。ミールは大衆的な食材という意味だった。
安価で、美味しい食事を、みんなに届ける。
そういうコンセプトだった。
料理に手間がかかれば、その分人件費はかかる。
なのだが、それを「大量に作る」ことで薄めようとした。
暗殺部隊退職のお金がたっぷりあったので、大きな建物を買い、大きな食堂にしたのだ。
ダリスグレアの考え方はシンプルだった。
「旨くて、安くて、早ければ、絶対に人は来る」
200人が入る食堂など前代未聞であった。
だが、ダリスグレアは勝算があったのだ。
グレアミールのメニューはシンプルだった。
「日替わり定食A、日替わり定食B」
二つしかない。
それも殆どの具材は共通。
手間がかかった料理だとしても、大量に仕込めば、そうでもない。
そして、二つしか料理を用意しないから、とにかくすぐに出た。
この「注文したらすぐ熱々の料理が出る」
というのは聖女の大陸では前代未聞だったのだ。
屋台のような仕組みを食堂に取り入れたのだ。
結果、その食堂は毎日人がごった返していた。
「はい!A定食1丁!」
「B二つ入ります!」
厨房は大騒ぎだった。
ダリスグレアは端っこで、店員たちの動きを観察していた。
「うーむ、これ以上は限界だよねー」
混雑が凄いのだ。
当初の200席では全く足りなかった。
仕方なく近所の家を買い取って無理やり席を増やしたのだが、今度は厨房が間に合わなくなってきた。
「店を増やすか。賭けだな、それも」
ダリスグレアは悩んでいた。
そんな最中
「ダリスグレアさん。ご結婚をはやく考えられた方が」
食堂を開くにあたり、飲食店のギルドに加入したのだが、そこではいつも言い寄られていた。
ダリスグレアはまだ19。
だが、女性の結婚適齢期としては過ぎる年齢であった。
既にグレアミールという店舗を成功させているダリスグレアの評価は高く、縁談の話は多かったのだ。
ダリスグレアは新規店舗の相談に来たのだが、それどころではなかった。
「あの、結婚とかの話をしにきたのではなく。わたしはですね」
新規店舗の話をしにきたと言っているのだが
「息子の嫁が死んでのぉ」
「孫の嫁にしてあげたい」
「話を聞いてください……」
ダリスグレアは結局新規店舗の話が出来なかった。
「実際、わざとなんだろうな……」
これ以上人気店が増えると困るということだろう。
だからわざと話題をそらす。
「別の街に作ろうかな」
そう考え始めていた。
夜。
グレアミールの店舗の1スペースにダリスグレアは住んでいた。
別に住居にこだわりはなかったのだ。
元々暗殺部隊だっただけあって、どこでも寝れるのだ。
すると
「!!!!」
殺気。
ダリスグレアは飛び起き、慎重に様子をうかがう。
すると
「放火か!!!」
油の匂いと火打石の音。
ダリスグレアは音のする方にダッシュをする。
そして
「放火魔ども……え?」
そこには、火打石と油を持っていた、顔見知りのギルドのメンバーがいた。
「ううううう!!!!!酷い!!!酷いですよ!!!!!」
号泣するダリスグレア
「すまなかった!!!嬢ちゃん!!!!」
「本当に悪かったよ!!!本当にすまない!!!この通りだ!!!!」
放火魔の犯人は顔見知りだった。
それを認識した途端に、ダリスグレアは大泣きしたのだ
『しんじてたのにーーー!!!』と
放火を企てた男たちも、その号泣で慌ててしまい、今に至る。
「嬢ちゃんの店がなくなれば、うちの店に来てくれるのかと思ってしまってな……」
「えええーーーんん!!!」
責められるのではなく、泣かれるという事態に、男たちは心の底から反省していた。
「嬢ちゃん、詫びにもならんが、うちの店をグレアミールとしてやってくれ」
「ああ、俺もだ」
「本当ですか!?」
「ああ、信じてもらえないかもしれんが反省したよ。本当にすまなかった」
「これからは身内として支えるよ」
「ありがとうございます!!!」
老舗の二店が、グレアミールとして再出発することになった。
これにはギルドのメンバーも驚いたが
「人気店だからな」で終わった。
「さあ!グレアミールはここから発展していきますよ!」
この後も、レイプされそうになったり、殺されそうになったり、また店を燃やされそうになったりしながらも、グレアミールは、発展し続けた。
そして
「……聖女様がお亡くなりになられた……」
かつての先輩、ヒルハレイズからの手紙。
「病気なのに、最近は元気だった。きっと聖女様の祝福ね」
ジュブグラン、ヒルハレイズと最後に会えた。
グレアミールの経営は既に後継指名した男性に渡している。
「名誉欲か。私は、グレアミールの看板の絵で生き続ける。これも名誉欲かもね」
看板の絵。
店員から提案されたときに、断るという発想がなかった。
「グレアミールこそが、私の生きた証」
様々な苦難も、乗り越えられた。
「暗殺部隊には向いてなかったなぁ。何回死にそうになったんだろう。あの大怪我も幸運のうちだったんでしょうね」
暗殺部隊として引退を決定づけた大怪我。
でも
「でも、あれのおかげで、みんなに顔向けできるかな」
今でも思い出せる、死にかけたときの敵の言葉
『仲間に誇り高く報告するがいい。一人で限界まで耐えきったと』
「頑張ったよ、わたし」
目をつむり、ダリスグレアは息を引き取った。
聖女の大陸の結婚適齢期は15歳。
20歳超えると行き遅れ扱いでした。