近未来百年史(5) 人生論と結婚観の変化
民間企業への人型ロボットの支給が続き、労働の現場はほとんどロボットが支えるようになった。
日本人は働かなくても十分に生活できるようになった。掃除と洗濯と炊事は家事ロボットが行うようになった。物は充足していた。生活費はベーシックインカムで十分だった。その財源も不安は無かった。健康で文化的な生活を志向していれば、余裕のある生活を実現できた。
人生とは何であるか、人間はいかにあるべきかが、非常に重要なテーマと認識されて議論されるようになった。最終的には「未来を決めるのは人間でなければならない、未来を決められる人間でなければならない」という標語に集約された。
即ち、未来を予想して比較・選択・決定する事と、その為に必要な能力を磨く事が人間の基本的な仕事とされた。また、仕事と表現すると語弊があるが、次世代育成の出発点となる妊娠・出産も人間の専権事項とされた。
この頃、従来の結婚制度では人口の維持は覚束ないとの意見が提出され、大きな議論が巻き起こった。性の乱れを憂慮する声も根強かったが、減り続ける人口という現実の前に徐々に声が小さくなっていった。
育児を任せられる程に高度化したロボットの登場もこの流れを後押しした。これに伴い、育児は義務ではなく権利であるという意見も出されて物議を醸した。最終的には児童相談所など虐待問題の最前線で現実を見てきた職員達の生々しい声に押される形で結論が出た。
母体保護の観点から、妊娠した女性は都市の産科病院の近くに住む事が推奨された。この関係で都市の宿泊00施設が整えられ、様々なタイプが用意された。こういった施設に宿泊した場合は出産後3ヶ月程度を目処に帰宅する事になるが、妊娠初期から約1年間の留守の間、自宅は家事ロボットが維持した。
宿泊施設への引っ越しと同時に、妊婦には専用のロボットが支給された。妊婦に支給されたロボットは、身の回りの世話や、様々な妊婦情報の収集と母親教育、通院を含むスケジュール管理、各種行政手続き、妊婦不安を和らげる為の話し相手からカウンセリングまで行った。このロボットには産科と婦人科に関する医学知識も与えられ、妊婦の状態の判断と情報収集整理、病院との密接な連携も行われた。
子が生まれる時に、専属の育児ロボットが支給されるようになった。これは親ではなく子の専属であるとの意味を強調して乳母ロボットと呼ばれたが、通称として「ばあや」という呼び方が定着した。乳児の安心感を考慮して、乳母ロボットにはふくよかで落ち着いた女性の容姿が与えられた。
妊婦用ロボットは出産後もそのまま母親に付けられて、体力の落ちた母親のケアなどを行った。家事ロボットは家事一般の他に、父親の日常をサポートした。
親本人と親のロボットと乳母ロボットとの話し合いが定期的に実施され、育児方針などが議論された。この話し合いは建前では意味が無く、親の本音を吐露する事が望まれ、親のロボットが本音を引き出す役を担った。
親の漠然とした不安などはカウンセリングの対象となったが、継続的な育児放棄の意思や暴行の兆候が確認された場合は、乳母ロボットは子を連れて児童施設に保護を求めた。
こうした流れが定着し、様々な事例が社会全体で共有されるようになった。妊娠・出産と育児への不安が除かれ、女性の結婚願望は高まった。
他方、男性については、将来不安が激減した事から闘争心を削られて積極性を失いつつあった。男性ホルモンの分泌が減少し、結婚しない・子作りしない事例が増加を続けていた。対策として政府は、勝敗のはっきりするスポーツや格闘技などを奨励したが、成果は限定的であった。
このように男女間で恋愛に対する温度差が激しくなり、特定の相手との永遠の愛を至上とする価値観は現実的ではなくなった。必然的に、複数の相手と同時に付き合ったり、グループ内での多層的で複雑な恋愛事情が多発するようになった。しかしこれを咎める第三者の声は小さくならざるを得なかった。
巷間の事情は様々でも、行政府としては遺伝上のリスクを把握する必要があるとして、出産後にDNA鑑定して遺伝上の両親を明らかにし、戸籍に登録する制度が始められた。臍帯血バンクの制度が整えられ、同時にDNA鑑定の実施が義務付けられた。取引情報庁が情報省に格上げされて、これらの情報を管理した。
乳母ロボットや家事・秘書ロボットからの情報も、全て情報省が一元管理した。個人情報のほとんど全てが情報省に集められるようになっていった。
こうした仕組はプライバシーの侵害であると、識者はこぞって糾弾した。しかし統計処理された育児関連情報を乳母ロボットが共有するようになり、乳母ロボットは育児経験豊富な人生の先輩以上に頼りになるようになった。そのような状況を目の当たりにして、母親を中心に肯定的な意見が広がっていった。
肯定意見が優勢とは言え、高度なセキュリティの確保は最重要課題と言えた。情報省との通信は専用回線と独自プロトコルが用意され、インターネットとの接続は遮断された。その他様々な最先端セキュリティー技術が導入され、また、職員の防犯教育も徹底された。
それでもセキュリティ上の不安を訴える者は居た。実際に情報省への不正アクセスの痕跡が発見された事があった。偏執狂的と揶揄される程の執拗な捜査が行われて犯人グループが特定・逮捕され、厳しすぎると人権団体から抗議される程の厳罰が処せられた。犯人グループに外国籍の人間が居て、刑罰の内容についてその国から正式に抗議まで来たが、これに裁判所と政府は連携して対応。判決を覆す事は無かった。
この事件は国民から情報省への信頼を得る事に大きく貢献し、以後、情報省への情報蓄積に対する不安の声は小さくなった。
ここで挙げたような恋愛観や結婚観は、小説ならともかくリアルで実施となると、今の日本人には受け入れ難いであろう事は承知しています。
が、男性の性欲低下という前提で人口維持の問題を解決する方法は、私にはこれしか考え付きませんでした。後は人工授精とかになってしまって、そっち方面は、事情があるならともかく一般化するのはいかがなものかと思うのです。
もし良い方法がありましたら、是非とも御教示ください。
ちなみに男性の性欲低下が既に現実の問題となっている事は、皆様ご承知の通りです。