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かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
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追悼、殉教者の墓前にて

 ぽっかりと空いた墓穴にゆっくりと棺が降ろされ、二十人ほどの男女が代わる代わるスコップで棺を埋めていく。

 ツヴァイ班や他班の班長、なぜかクルデシム医師の姿もある。


 誰もが無言だった。


 ただ一人ゼクスだけが泣いていて、その嗚咽が時折聞こえるだけだ。


 私は涙こそ流さなかったが、フンフが死んだということを改めて実感して、言い知れない虚無感に襲われていた。


 私がスコップを三回持ったあたりで穴は埋まり、リベリオンの牧師が祈りを捧げる。



「この男、フンフは祖国と仲間の為その命を捧げました。 神よ、どうかこの男に労いと休息を……そして、残された者たちへ祝福を」



 当の神は、穏やかな顔で瞑目している。


 牧師はもちろんのこと、参列したツヴァイ班以外のPSEF隊員はナシが神であることを知らない、さらに言えばPSEF内でもツヴァイ班はあくまで神の“遺体”を奪還したことしか知らされていない。


 なのでツヴァイ班の面々はこの祈りが言葉の通り“神に届いている”ことを知っている。

 もっとも、届いてどうなるのか私達は知らないのだが。


 ツヴァイが菱形に棒が組み合わさった形の墓標を地面に突き立てた、誰が合図したわけでもなく次々に花が添えられていく。


 私とナシも白百合を墓標の下に添えるため数歩前進し、前かがみになる。


 その時、ナシが小さな声で呟いたのが聞こえた。



「その魂に、救いが与えられんことを」





 教会の中で葬儀後の食事会の準備が進められている。

 私とナシは長椅子に腰掛け、その様子を黙って見ていた。


「アインスちゃん、腕の具合はどう?」


 いつのまにか隣に立っていたクルデシム医師が話しかけてきた、私は右腕を上げて拳を作ったり開いたりしてみせながら答える。


「お陰様で絶好調、長袖だと思ったより目立たないもんね」


「ならよかった」


「……なんでここにいるの?」



 ここに彼がいることはおかしい、とてもフンフと接点があるようには思えない。

 妙に私に協力的なのも合わせて彼はとても“くさい”、体臭は無くても行動が胡散臭すぎる。



「……古い友人を悼むのはいけないことかい?」


「フンフはほとんど本部と本部内の寮に缶詰めだった、あなたと接点が持てるはずはない」


「“古い”って言ってるように、彼がPSEFに入隊する前に付き合いがあったのさ、PSEFに入隊すると入隊以前に交流があった人物との接触は制限されるからね」


「……とりあえず信じることにする」


「信じるもなにも、これが理由だからね。 それじゃ僕はおいとまするよ」



 それだけ言ってクルデシム医師は出口へと歩いていった。

 ナシの護衛という任務上、現在最も警戒すべきなのは彼かもしれない、仕方なかったとはいえ強化外骨格の製作で神の遺識を持ち込んだことはバレているし、社会的な地位と財力がある。



「アインス、また人が来たよ」



 ナシが耳打ちしてくる、見るとこちらにゼクスが歩いてきていた。

 ゼクスとの関係は現在この上なく険悪だ、彼の師とも親とも言えたフンフは私が殺したようなものなのだから。

 ナシもその原因の一端であると言えないこともない、下手に飛び火はしないようにしなければ。



「ナシ、アハトのところに行ってて」



 頷くとナシはアハトの方へと走っていき、入れ替わるようにゼクスが私の隣に座った。



「神の護衛はどうした、傍を離れさせていいのかよ?」


「アハトと話したいらしくてね、目が届けばそれでいい」



 しばらく沈黙の時間が続く、大きく間をあけてゼクスは言った。



「なぁ……嬢ちゃん、悲しいよな?」


「……決まってるじゃない、仲間だったんだもの」


「そうだよな、仲間だからフンフさんは命を張って嬢ちゃんを助けたんだもんな」


「……何が言いたいの?」


「お前は、責任を感じてないのか?」



───責任


 思い返せばあの時の私はまともではなかった、二度にわたって単騎突撃し遺体こそ手に入れたが、別に私が一人で行かずとも遺体の回収は可能だった。

 フンフは私を助けようとして自ら犠牲になった、間接的とはいえ私が殺したようなものである。


 このところずっとそのことを思っていた、日が経つほどに記憶が薄れている、なぜあんな行動をしたのか自分でもわからない。


 だが、一つだけ確かなことがある。



「私は、呼ばれていた」


「神にか? あの時神は死んでたんだぞ?」


「一人で動こうとする時は何かが私を動かそうとしている時……」


「……ヤクでもやってんのか? で、どうなんだよ、責任は感じてるのか?」


「ゼクス、その辺にしといてあげてくださいっす」



 そう言ったのはドライだった、ゼクスは不服そうな顔を浮かべて心底きまり悪そうに席を立った。



「まったく、人の神経を逆撫でするの、趣味なんっすか? まぁいいっす……アインスさん、これを見てくださいっす」



 差し出されたのは一枚の封筒だった。



「遺書?」


「フンフさんのものっす、でも見てわかる通り……」


「封が切られてる……中身は?」


「この写真だけっす、裏にアインスへって書かれていたので渡しておくっす」



 受け取った写真はツヴァイ班の集合写真、自然とフンフの姿を探してしまう、そしてふと、その茶色の双眸と目が合った。



「あっ、そろそろ食事会が始まるみたいっす。 今度約束通りチーズケーキを持ってお邪魔するっす」


「ありがとね、ナシと待ってる」





「アインスぅ、スカート脱ぐの手伝ってよ」


「ちょっと待って、私も手伝って欲しい」



 帰宅した私達は慣れない喪服のスカートを脱ぐのに手間取っていた。



「安い旧式ファスナーの喪服を買ったのがここで仇になるなんて……完全に噛んじゃってる……」


「仕方がないから“かみさまぱわー”使っちゃおうかな……ほい!」



 ナシの掛け声と共にファスナー部分が裂けた。



「あっ、力加減が難しいなぁ」


「ちょっ!? はぁ……もうこの際いいよ……どうせ買い換えるし」



 どうにも神らしさが無いナシだがこういった場面ではその能力を発揮する、この前も冷蔵庫の下を掃除する時冷蔵庫を浮かしてもらったことがある。



「今日は神話を教えてくれるって言ってたよね?」


「そうだった、でも……取り敢えず服を着ようか」



 ナシの下着姿は同性ながら目のやり場に困る、そこまで自分の身体に自信があるわけではないのだがどこか敗北感も感じる。


───しかし思い返せば、ここまで他人と心を通わせるのは初めてかもしれない。


 アハトやドライとも親交はあるが、この短期間でここまで仲を深められたのはナシが神だからなのだろうか。



「アインス? 早く服着なよ」


「あぁごめん、考え事してて」


「わたしがどんなふうに崇め奉られてるのか早く知りたいからさ、急いで急いで!」





 神は十の指を分かち、心臓を造られた。


 心臓は十の星となり、神はそこから七十三の複製を造られた。


 その十の星を端として、神は無数の星で空を満たされた、これが宇宙である。


 全七十四の宇宙を遍く統べるため神は七十八の神をその御髪から造られると、それぞれの心臓の数に応じて権能を授け、自らは五柱の神々と共にこの星へと降り立たれた。


 五柱の神々はそれぞれネズミ、クジラ、カメ、ヒヨコ、そしてヒトの姿を成しており、ネズミは十二、クジラは十一、カメは十、ヒヨコは九、ヒトは一つの心臓に宿した権能で世界創造を手助けされた。


 しかしヒトは神の姿を象って造られたにもかかわらず、他の神より劣っていること、その無力を嘆いた。


 そして神に助けを求めた。


 神はヒトに救いを与えられた、ヒトからセム、ハム、ヤペテの三人を創り、こう言いつけをした。



「与えたのは救い、無限の(ちから)、子を育て、多くを知り、長くを生きなさい。 これを守ればあなた達はきっと繁栄するでしょう、しかしそれだけではいけません、あなた達は助け合わねばなりません、その為に無き者には施し、有る者には尽くし、名を掲げなさい」



 ヒトに与えられた能、それは“個性”だった。





 テーブルに広げた神話の本の一ページを読み上げて、私は聞いた。



「こんな感じ、実際のところどうなの? こう言ったの?」


「さぁね、答えを言っちゃったらつまらないでしょ?」



 ナシはかぶりを振る、だが創世の秘密を握る神が目の前にいるのだ、みすみすこの機会を逃す手はない。



「そこをなんとかさぁ、私が大事じゃないの?」


「それとこれとは関係ないじゃんか! ……真実、つまり意味を知ったらそこで終わりなの、人は信じて信じ続けて考え続けることが最も尊く大切なんだから、信じ続けた先、その生が終わるときにしか真実にたどり着いてはいけないし、たどり着けないの、わかった?」


「おぉー、なんか神っぽい、本気でナシを神っぽいって思ったのは初めてかも」



 私は神などはなから信じていなかった、宗教なんてもってのほかで、神に祈るなんて馬鹿馬鹿しいとずっと思っていたのだが、やはりナシは神なのだと実感する。



「当たり前でしょ、神様なんだから」


「じゃあさ、ナシは……フンフに救いを与えられる?」


「……それも秘密、与えられるか与えられないかは、アインスが死ぬまでわからないよ」



 思ったより口が堅い、そもそもナシは自分が神扱いされることが嫌い───特に私が神と言うと不機嫌になる───なので怒り出す前にこの話題は終えることにした。



「もうこんな時間か……」


「アインスはそろそろ寝ないとね、明日は予定があるんでしょ? 」


「そう、ナシも着いてくるんでしょ? 早く歯を磨いて寝る準備してね」


「はぁい、今日は疲れちゃったな」



 あくびをしながらナシが洗面所へと向かう、私は一息つくとフンフの写真を取り出してしばらく見つめた。


 フンフは何を思ってこの写真を私に宛てたのかずっと気がかりだった。


 この写真は約半年前、ドライがフェルムに潜入する直前に撮ったものだ、ツヴァイは相変わらず仏頂面だが私とドライ、アハトとゼクスは笑い、そしてフンフも少し不自然ながら笑っている。


 フンフは強かった。

 ツヴァイにも引けを取らないか、場合によってはそれ以上に。

 才能を見抜く力もあり、ゼクスを始めとする優秀な隊員の育成も行っていた、実際今日の葬儀に参列したほとんどのPSEF隊員はフンフから訓練を受けた者だったようだ。



「楽しそうだね、みんな」


「……歯は磨いたの?」



 ナシは白く輝く歯を見せつけて言った。



「この通りぴっかぴかだよ! フンフさんってどんな人なの?」


「フンフは……寡黙だから一見冷たい人のように思えるんだけど、なんていうか……すごく暖かい人だよ」

 

「優しい人だったんだね……」



 ナシが真剣な顔で写真を見つめる、彼女がフンフに救いを与えられるのかそうでないか、もう答えは出ている気もする。


 私はナシが花を供える時に言っていた言葉を無意識のうちに発していた。



「その魂に、救いが与えられんことを」



 ナシは少し驚くと、続けて言った。

 


「その魂に、救いが与えられんことを」



 私はなんとなくではあるが、神ですら魂に救いを与えられるか否かなど知りえないことを直感していた。

 だからこそ、私達は信じるしかないのだろう。


───きっと救いは与えられると。



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