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かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
8/16

着信、呼び出しの先にて

 目を開くと車内には日差しが差し込んでいた。

 アハトもナシもまだ眠っている、時間は九時頃だろうか。

 携帯端末を確認すると不在着信が数件入っていた、キモデブ医───クルデシム医師と、ツヴァイだ。

 とりあえず頼みの綱であるクルデシム医師は存命であるらしい、ほっと一息と言ったところである。



「ツヴァイか……どうしよう」



 要件はわかり切っている、神が無事か否かの確認だろう、向こうはチップでこちらの位置は把握しているはずなので、そんなことは自明であるのにも関わらずだ。



「一応かけ直してあげるか」



 通話ボタンを押し、携帯端末を耳に当てるとまもなく通話が繋がり、低い声が応答した。



「アインス、神は無事か?」


「挨拶もなしにそれ?」


「質問にだけ答えろ、もう一度聞く、神は───「ぶーじーでーすーよー」


「……了解、以上だ」



 ぶつり、と一方的に通話が切られた。

 くそが、と小声で呟きながら携帯端末をシートに置く。



「先輩……あんまりやり過ぎないでくださいよ? そもそも謹慎中なんですから……あっ、おはようございます」


「おはようアハト、いつの間に起きてたの?」


「とりあえずお話は全部聞いてました、よく隊長相手にあんなふうにできますね、むしろ尊敬しますよ」



 後輩から浴びせられる冷ややかな目線を受け流しながら答える。



「えーと、あれ、“あいじょうひょうげん”ってやつ」


「つまり、除隊されるかされないかのラインを攻めるのが先輩なりの愛情表現ってことですね……さて、今日はどうします?」


「とりあえずこの車を変えないと、車のダメージ加工は流行ってないし、別のにした方がいいでしょ」


「それもそうですね、でもこの子もまだ走るあたり優秀ですよほんとに」



 そう言って、アハトがエンジンをかけようとするが、反応がない。



「……あれ?」



 アハトが目に見えて焦り出し、二度三度と試みるが車は主人になんの反応も返さない、アハトも察しがついてきたようだ。



「これは……やられましたね……曲がる時にエンジン周りに食らったのがセルモーターあたりに当たったみたいです……」


「あっちゃー、どうする?」


「どうもこうも、歩くしかないですよ……はぁ……業者呼ばなきゃ……」



 どうやら、今日はアハトの厄日らしかった。





 鳥が鳴いている。

 三月の空気はまだ冬らしさがあり、ベッドから出た途端に体を刺すような寒さが襲った。

 どうやら自動空調が切れていたようだ、手動で空調をつけると、洗面所に向かう。


 顔を洗って歯を磨き、髪を整える、毎朝のルーティーンをきっちりとこなしてキッチンへと向かう。

 すると、ナシがちょうど寝室からでてきたところだった、おはようと声をかける。



「おはよぉアインスぅ、ねむいぃ……」


「もしかしてだけど、神様らしさって神様の義務教育で習わないの?」


「かってないんしょうでわたしをくくらないでよぉ、ねむいものはしかたないよぉ……」



 第四次神奪還作戦から二週間が過ぎた。

 私にしては珍しく、すぐに打ち解けた間柄になったナシとの生活は、これまでの淡白な一人暮らしとは打って変わった色鮮やかなものとなっていた。



「服が前後ろ逆だし、大丈夫? 起きてる? 顔でも洗って目を覚ましてきたら?」


「うん……そうする……」



 とてとて、という効果音がぴったりの歩き方でナシが洗面所へと向かっていった。

 朝食を考えながら大きく伸びをしていると、通話の呼び出し音が鳴った。

 番号を見てうげっと声が出かけた、相手はキモデブ医ことクルデシム医師だ。



「アインスちゃーん、おはよう!」


「……おはよう、どうしたの?」


「注文の品ができたから知らせようと思って」


「ほんと!? どこに行けばいい?」


「ティオレ第一隔壁内にあるネゴの製作所だよ! あっ、モーニング奢るよー」


「りょーかい、すぐ行く」



 朝食も奢るとはなかなか気が利く男だ、出発するべくナシに声をかける。



「ナシー! 出かけるから着替えてー!」


「はーい! 朝ごはんはー?」


「あの人が奢ってくれるってさ!」



 また一日が始まっていく、私は、こんな穏やかな日々にどこか懐かしさを覚えていた。





「来たね……どうぞこちらへ、ささ、座って座って」



 クルデシム医師に椅子を勧められ、言われるがままに座った。

 第一級地区にある建物らしい、清潔感のある内装だが、立ち並ぶ工作機械がここが製作所であることを主張している。



「アインス……ここ、すごいね……」



 隣に座ったナシの感想に相槌を打とうとするとクルデシム医師が早口でまくし立てた。



「でしょうよ! ネゴ随一の製作所だから製品全部が一級品! 品質には期待していいよ! いやぁしかしようやく完成したよ、名前はデータファイルの名前そのままなら【T5-ABA-74P】だね、意味はよくわからないけど」


「早く見せてくれない?」


「ごめんごめん、アインスちゃんは早くみたいよね」



 そう言いながらクルデシム医師は目の前のテーブルの上に“注文の品”を置いた。


 それは以前見た通りの鋭利な曲線で形作られ、ところどころ意味がわからない刻印が入った、真っ黒なガントレットのようなものだった。

 手先から前腕までをすっぽりと覆う形状で、触れると外装はひんやりと冷たい。



「付けてもいい?」


「どうぞどうぞ、こちとら動作確認もしてないんでね」



 不穏な言葉は気にせずガントレットを手に取ると、まずその軽さに驚いた。

 かといって強度に不安はなさそうだ、右腕を持ち上げてテーブルに乗せ、ゆっくりと差し込んでいく。


 指先まで入ったところで、文字通り、右腕に神経が“戻ってきた”



「すごい……動く……!」



 掌の開閉等の動作に一切違和感がない、ナシの遺識とネゴの技術力の偉大さの片鱗が垣間見える。



「いやぁほんとに治っちゃうんだ、神経外科医としてもびっくりだよ。 相談なんだけど製作の対価はこれの設計データでどう? 連絡先貰っちゃったけどさ 」


「うーん、ちょっとまって」



 流石にこの対価が連絡先一つというのも割に合わない、それに彼が下心だけではなく純粋に医師としての熱意も持って動いていることがだんだん分かってきた手前、おいそれと断りづらい。

 しかしこれは神の遺識の私的利用なので、最低限ナシに了承はとっておかねば何かしらの処分があるかもしれない、そう考えてナシに耳打ちする。



「ナシ、どう? 渡しちゃっていい?」


「うーん、まぁいいんじゃない? そもそもわたし、三千年もタダであげてたんだし、それよりかっこいいねーそれ、みせてみせてー」



 ナシが好奇心の赴くままに右腕を触って、つついたり引っ掻いたり握ったりと好き放題してくるが、そんなぞんざいな扱いを受けてもびくともしないあたり確かな剛性を感じた。


 なにはともあれ了承は取れた、キモくてデブでもちゃんと彼は医者なのだなぁとしみじみしつつ、返答する。



「対価はデータでいい、好きに使って」


「ありがたいね、やっぱり提供者としての名前は伏せた方がいいかな?」


「職業柄あんまり名前は出して欲しくないかな、色々本当にありがとう、クルデシムさん」


「うんうん、僕も人助けができて良かったよ、じゃあ機能説明に移ろうか」


「えっ?」


「僕もびっくりしたよ、それ、シールドが出るんだよね」



 思いもよらない機能に驚きを隠せない、食い気味に私は聞いた。



「シールド!? どう出すの?」


「出ろって思ってれば展開するよ、連続だと十秒くらいしか出ないんだけどね」


「そんなアバウトな……」



 言われるがままに出ろと念じると───────ぶぉん、という音とともに半透明の青白い円盾が展開した、ナシがかっこいい! と言葉を漏らす。

 半径四十センチメートルはあろう大きさだが重さは感じない、しかも触れられるし厚みもある。

 出した時と同様に戻れと念じると消滅した、どこで思考を読んでいるのかさっぱりだ。



「ここまで器用に意思を読み取って動かすものなんてそうそうないよ、しかもそのシールドがどこから出てるのかも一切謎、なんで動いてるのか誰もわからないけど動いてるっていうね、いやはやほんとにびっくり。 あと、一番時間がかかったのが材料の生成なんだよね」


「材料?」


「それに使われてる金属の組成が未知のものでね、うちの施設を総動員しても約三百グラムを生成するのに十日もかかってるんだ。 性質もほとんどわかってないんだけど、表面がアモルファス状態で対腐食性と強靱性が異常に高いし、その他も一口では言えないほど金属素材として他に類を見ないほどに高性能だ、正直こっちの金属の方を大量生産できるようになったらティオレの軍事力は国際的に揺らぎないものになるんだけどね……ほんとにいいものだから大切にしてよ?」



 後半に行くにつれて早口になりながらクルデシム医師が言った、そういうことは口頭ではなく文面で伝えてくれた方がわかりやすいのだが聞いた手前言い出せない。



「もちろん、大切に使うけどメンテナンスはお願いね」


「メンテナンスは有料で頼むよ……さて、モーニングに行こうか!」



 意気揚々と歩き出したクルデシム医師に連れ立って、私達は朝食を食べるため製作所をあとにした。





「いやー食べた食べた! あそこ美味しかったねー」


「ホットケーキの美味しさはどこに行っても変わらないよね……考えた人は天才だと思う……」


「古代エジプトの人に聞かないとね、もともとは神様への捧げ物なんだよ」


「エジプト? どこの国?」


「むかーしの国だよ、アインスは知らないかも」



 ホットケーキで全知全能の一端を知ることとなるとは思わなかった、聞いたことがないがどこかの国の別名なのだろうか。



「よーし、とうちゃーく!」



 家に到着し、ドアを開くとナシが一目散にソファに向かい倒れ込む。



「ぼふー」


「勢いよく倒れこまないでよ、下の階に響くし……外行きの服がシワになっちゃうでしょ?」



 私の家は四十階建てのタワーマンションの二十四階、上等な家だがあまり騒がしくして近所の注目を買いたくは無い、特に神を匿っているとあれば尚更だ。


 外行きの服は私がナシに貸しているものだ、というかナシの着る服は出会った時に着ていたドレスを除いて全て私のものしかない、体型が似ていたのが幸いだった。



「じゃあナシ、帰ってきたばかりだけどすることも無いし、世界史の続きをしようか」


「わかったー、前はどこまでやったっけ?」



 最近は家にいる間はもっぱらナシにAEARTHの歴史を教えている、家にいてもトレーニングと読書くらいしかやることが無いので、三千年に及ぶAEARTHの歴史を教えるのは暇つぶしにお誂え向きだったのだ。

 とはいっても、まだ三千年の歴史のうちの三百年代なのだが。



「リベリオンが結成されたところからだったっけ」


「そう、リベリオンは結成者は伝わっていないけど、その当時はジェンティム・エレムっていう国の反政府レジスタンスとして活動していたから、宗教組織ではなかったの。 革命は成功するんだけど、そこで出てくるのがティオレ、当時もっとも国力があったジェンティム・エレムを国内の混乱に乗じて属国にして、世界全体を統一すべく七百年戦争を始めたの。 そしてティオレはAEARTH暦七百年に勝利して、本当に全世界を統一してしまった。 そこで始まるのがH.Pの五十年統治、五十年で世界全体のインフラや政治体制を徹底的に整備して、その後に各国に主権を返還した、ジェンティムエレムを除いてね」



 後半あたりからナシが話についてこれなくなっている、顔からして理解していなさそうだ。



「なんでじぇんなんとかには返されなかったの?」


「ティオレの隣国だったから国土を拡張するのと同時に、ジェンティム・エレムは革命の影響で王族不在となっていて情勢が不安定だったから、ってことらしいけどね、真相はH.Pしか知らないかな」


「なんとか流れはわかったよ、ジェンティムなんとかって国は強かったんだけど、反政府組織が起こした革命で国内が混乱していたところをティオレに征服されて、そこからティオレが全世界を統一して各国を整備したあと主権を返還した……ってことでいい?」


「そう、戦争中にも細かく色々あったんだけどね、ここの時代はAEARTH史でもっとも熱く、そしてややこしいの、ここからはほとんど技術が発展しつつたまにリベリオンが暴れるだけ」



 身も蓋もないが、実際のところAEARTHの歴史はそんなものなのである。

 平和な時代が続き、神から得られる情報を元に文明を築き上げ、そこにリベリオンが干渉して不和を起こす、基本的にはこの繰り返しで面白みにかける。



「ちなみに今はどういう状態なの?」


「今はティオレの敵にフェルムが加わっただけで、基本的には世界とリベリオンの過激派が対立してるだけの、それ以外はものすごーく平和な時代だよ」



 そーなんだーとナシが気の抜けた返事をする、もう少し細かく七百年戦争中の同盟や、休戦期間中の各国の動きについて解説するかと思っていると、また携帯端末から着信音が鳴り響いた。

 ツヴァイの番号だ、以前車で通話して以来だが、今回ばかりは要件がわからない。



「もしもし」


「ツヴァイだ、フンフの葬儀が来週に決まった、第三隔壁にある教会で行う、ついては神と共に参列するように」


「……わかった」


「以上だ」



 通話を切る、あまりに淡白な会話である。



「なんて?」


「葬式に来いってさ、ナシの分の喪服を買わなきゃな……」



 私の頭にあったのはフンフの最期の言葉、そして入隊後知り合ってからフンフからしてもらった多くのこと、そして───────



「ゼクスに、なんて言えばいいんだろう……」


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