爆走、爆炎燻る街にて
「アインス……あれ、まずかったんだけど」
「美味しくはないって言ったじゃない」
「神さまのお墨付きの不味い料理になったんですね……ララストロファー……」
食事を済ませて───なぜかキモデブ医も一緒に食事をした上にキモデブ医の分まで奢る羽目になった───私たちは病室へと向かっていた。
階段を登りながらアハトが問いかけてくる。
「退院はとりあえず明日という話なんですよね?」
「そう、だから今夜はナシの護衛頼むわね」
「よろしくねー、アハトさん」
「命にかえても守ります!……あっそうだ、先輩……その……“彼氏”なんですけど」
彼氏───────私のアサルトライフルがどうかしたのだろうか。
「彼氏が……どうしたの?」
「飛んできた瓦礫がもろに当たって、ほぼ全損しました……おかげで先輩の胴体への負傷が無かったんですが」
「なっ……」
全損。
“彼氏”に貢いだ金額をふと暗算してしまう、高給取りであるPSEF隊員の給与にして、約三ヶ月分。
もちろん金銭的ショックも大きいが、入隊当初から使っているものが壊れてしまったことのショックの方が大きい。
「……とりあえず先輩の家に装備は届けておきましたが……別れて別のと“付き合う”方がいいかと」
「別れって辛いもんだよね……同情するよ、アインス」
「はぁ……まぁ、ハンドガンも新しいのをオーダーしてるし、ついでに更新してもいいかな……」
現在PSEFで制式採用されているハンドガンであるGPHGは、耐久性はあるが動作不良を起こしたとか、信頼性に難があるという話をよく聞く、実際に第四次奪還作戦でも閉鎖不良を起こしていた。
なにより私は“デザイン”が気に入らない、のっぺりしていて、はっきり言ってダサいのだ。
「そういえば制式採用拳銃が更新されるらしいですよ、昨日試射したんですけど、電子認証付きのイカしたやつでした……新しいのを発注してるなら、先輩の分は不要って届けを出しておきましょうか?」
「じゃあお願いしとく、これで武器は全部自前になっちゃった」
早めにアサルトライフルは発注しなければならない、とはいえ、謹慎中なので使うのはいつになるか分からないが。
病室の前にたどり着き、別れ際にアハトが小包を取り出した。
「もしもの時のためにこれを渡しておきます、今夜のナシさんの護衛はお任せ下さい」
「私の命がかかってると言っても過言じゃないからね、頼むわアハト……えーと、ナシは……いい子にしてること」
「はーい、いい子にしまーす」
「それでは先輩、良い夜を」
◇
小包の中には小型拳銃【Mk29 NF2995-PDW】とスペアマガジン一つ、そして携帯端末が入っていた。
「寝るだけでここまで念を入れることになるとはね……」
時刻は21時半頃、そろそろ寝てもいい頃合いだ、私はベッドに横になって動かない右腕を見つめた。
キモデブ医───────名前を聞いたが忘れてしまった───────に強化外骨格の設計データは渡してある、完成次第私に連絡が来るそうだ。
もうしばらくこの不能の右腕と付き合っていかねばならないと思うとうんざりする、右腕が動いていないのは、傍から見ると目立つのだ。
髪の色も相まってか閉ざされた病院という空間の、食堂から病室の間を歩いただけでも視線を感じた、ナシとアハトがいたことでその時はなんとも思わなかったが、思い返せば恐ろしい。
目的がわからない視線と、奇異の目で見られることは苦手だ、自意識過剰と言われればそれまでだが、何となくその視線がどういったものなのかはわかる。
例えばキモデブ医と初めて会った時、彼から注がれた視線は純度百パーセントの下心だった、むしろ清々しいほどの。
しかし見られるのが苦手だからといって、仕事の時以外にも完全に髪を染めてしまうのは何か違うような気がしている、髪の色は私のアイデンティティと言っていい、それを周りに合わせてしまうのは、嫌だ。
なにより、その視線を注がれることに慣れる努力をするのが最適解だと考えているからだ。
「なんとか、慣れていかなきゃな……」
そんなことを考えているうちに、いつのまにか私は寝てしまっていた。
◇
着信音で目が覚める、ようやく寝付けたというのにまだ零時を回ったところだ。
「なによ……まったく……」
苛立ちながら携帯端末を取ろうと右腕を動かそうとして数秒硬直したあと、ため息を吐きながら左腕で携帯端末を取る。
「先輩、お休みのところ申し訳ないですが、病院から出てくださいませんか?」
「アハト……? どういうこと?」
「ナシさんが病院は危ないってずっと言って聞かなくて、でも曲がりなりにも神様な訳ですしお言葉に従った方が良いのではと……」
「はぁ……なるほど、まぁ目も覚めちゃったし、外の空気を吸いに行くかな」
「正面の駐車場で待ってます、それじゃ」
通話が切れた、なんとも手のかかる神様である。
私は患者衣のまま外出用に置かれているポシェットに小型拳銃Mk29と携帯端末を放り込み、病室を後にした。
足音を暗い廊下に響かせながら、点在する非常灯に薄く照らされた表示を頼りに正面玄関へと向かう。
外に出ると、深夜のひんやりとした空気が肌を刺す。
遠くに広がる夜景と巨大な壁、風の音とともにかすかにヘリのプロペラの音が聞こえる。
「さすがに、ちょっと肌寒いかな」
まだ冬の寒さが残る中、薄手の患者衣だけでは肌寒い、なにか飲み物でも買おうかと思ったところで、見慣れた人影を見つけた。
向こうもこちらに気づいたようで手を振ってきた、こちらも小さく手を振り返して早足で近づく。
「すいませんね先輩、起こしちゃって」
「だから! ここにいたらアインスが危ないんだってば! 早く逃げようよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらナシが主張する、彼女が危ないと言うのならきっと危ないのであろう。
「わかったわかった、じゃあドライブがてらどこか行く?」
「勝手に夜間外出するのはいいんですかね……まぁいいか、行きましょう!……ッ!!」
爆音、自分たちの影が長く駐車場の地面に伸びる。
「ほうら、言わんこっちゃない、早く逃げよう!」
揃ってアハトの車に向かって走り出す、真っ先に到着したアハトがエンジンをかけながら叫ぶ。
「先輩!ナシさん! 早く乗ってください!」
「言われなくてもッ!」
私達が乗ったことを確認してアハトが車を出す、二度目の爆音とともに銃声が聞こえた。
「アインス、あれはリベリオンなの?」
「わからない、けど、多分そう」
「ナシさんの居場所が割れているんでしょうか……?」
アハトの漏らした疑問に答えることは出来ない、「わかるわけないじゃない」と言おうとしたところで車体に銃撃が加えられる。
「くっそ……損害賠償請求してやる……」
「どこにする気!? とにかく迎撃する、ナシは伏せてて!」
パワーウィンドウを開けて、銃弾が飛んできた方向に発砲する。
ヘリから病院の屋上に降りる人影を多数、正面玄関の瓦礫裏に数人を視認するもこの銃の精度で狙える距離ではない。
「まもなく病院敷地内から離脱します!」
「アハト! PSEF本部に応援要請を!」
「今出してますよ! 有能なんで僕!」
手際のいい後輩で助かる、こちらへの銃撃は止んだ、と思われたのだが。
「車が一台来てる! アハト早く!」
「おっ、カーチェイスですか!? 憧れだったんですよねっ!!」
アハトがハンドルを切った、雑居ビルが立ち並ぶ街中に出る。
その力強い走りにこれが化石で動く化石の底力かと感心していると、後続の車から身を乗り出した男が発砲、銃弾が車体を掠めた。
こちらも反撃するべく撃ち返す、三発を車体に当てたところでスライドがホールドオープンした。
即座にマガジンをリリースするも、右腕が使えないことを思い出す。
「ナシ! マガジン取って!」
「これだよね……はいアインス!」
ナシが差し出したマガジンに銃を突き刺す形でリロードが完了し、再び迎撃体制をとる。
「アハト! この揺れどうにかなんないの!?」
「文句を言うなら道に言ってくださいよ! それにプロならどんな状況でも当ててなんぼって、先輩が前に言ってたの覚えてますからね!」
「うっさいアホト! 私はプロだから余裕に決まってるでしょ!」
「先輩ってちょろいですよね! 詐欺とか気をつけてくださいよほんとに!」
軽口を叩き合いながらも、私は後続車の駆動部を狙っていた。
Mk29は小型で隠し持つのには向いているが、近距離射撃以外はめっぽう弱く、個体によって弾道にクセがある、先程のワンマグでクセはある程度把握したが、片手での射撃であるのと悪路による揺れが災いしてまともに狙えない。
「アハト! 大通りに出て!」
「なっ、本気ですか先輩!? 被害を抑えるためにわざわざこの辺りを「いいから早く! 大事な車をさらに蜂の巣にしたくなかったら飛ばして!」
「ほんっとに、人使いが荒い……っ!」
アハトがエンジンをふかし、大通りへ出た。
大通りの舗装は高耐久ソーラーパネルで凹凸が少ないため揺れはほぼない、あとは私の腕頼みだ。
アイアンサイト越しに後続車のタイヤを捉えて、二度引き金を引いた。
弾丸は見事にタイヤに命中し、制御を失った車は回転しながらビルに突っ込み大破した。
「さすがですね先輩! とりあえず追手は無いようなのでこの区画の外周に向かいます!」
エンジンの音を響かせながら、車は夜道を走り去っていった。
◇
「すごいねアインス! びっくりしちゃった!」
「だてに謹慎してないからね、このくらい余裕よ余裕」
「と言ってもまだ謹慎が始まって三日ですけどね……そのうち二日は寝てましたし……はぁ……僕の“彼女”……」
ティオレの第二隔壁沿いに車は止まっていた。
今しがたアハトは被害状況を確認し終えて、未だかつて見たことがないほど落ち込んでいる。
「別れるって辛いもんだよね……」
「別れるって、辛いもんですね……」
「この子にはいくら貢いだの……?」
ふと気になって聞いてしまった、こんな化石を運用するには相応の金がかかるものだ。
「三千五百ドリカってとこですかね……いや……もっとか……」
「それってどのくらいなの?」
「ティオレの平均年収は千五百ドリカ、PSEF隊員だと年収は平均のだいたい四倍くらいで、アハトは入隊して二年と少しってところから察してあげて」
被害総額では私以上だが、全損していないだけありがたいと思って欲しい。
ナシの無邪気な質問に心を抉られたのかアハトが気味悪く笑いながら呟く。
「でも夢のカーチェイスができて良かったです……わざわざ防弾ガラスにしてるんですよこれ」
「道理で割れないわけだ……」
向こうの武装は見たところ大口径のアサルトライフルだったが、その攻撃をもろともしないあたりかなりの上物だろう、値段は想像に難くない。
「ラジオつけてくれる? さすがにもう報道も入ってると思うし」
そうですねと言ってアハトがラジオもどきを操作すると、ノイズののち音声が流れ始めた。
「です……繰り返します、ティオレ第二隔壁内の病院が、リベリオン過激派と思われる一派による襲撃を受けました、対テロ部隊により現在は鎮圧されていますが、被害状況は不明です……」
対テロ部隊というのはPSEFを指している、PSEFはあまりその存在を公に晒さないため、大抵は直接の表現を避けられる。
「クルデシムさん、無事かなぁ……」
「誰? その人」
「えっ、アインス忘れちゃったの? あのお医者さんだよ?」
キモデブ医のことか、ようやく名前を思い出した。
「確かに、万が一あいつが死んでたら唯一のアテが無くなる……」
急に不安になってきた、腕が使えないと困ることは身に染みて痛感したからだ。
だが連絡するのも気が引けた、私が連絡しても特に何かある訳でもないし、なによりキモデブ医の心配をしているように思われるのは癪に障る。
無事ならそのうち連絡してくるはずだ。
「まぁ、朝まで待とうかな……眠くなってきたし」
「そうですね……もう二時じゃないですか……寝ましょう……」
「おやすみー、アハトさん、アインス」
まもなく、二人と一柱は眠りに落ちた。