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かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
6/16

厄日、鉄の箱にて

 整然と並んだ超高層ビル群を抜けて、第二隔壁の産業区画に行くためのゲートに到着した。


 ティオレは“壁の国”の名の通り国土の殆どは壁で囲まれている、古来から国土拡充の度に新たな壁を作り続けていたためで、現在も伝統的に壁の建設が行われている。


 その壁の各所に設けられているゲートでは、内側に行くほど厳しい検問が実施されている、つまりここ(中央区画)が最も厳しい検問が行われるゲートということになる。


 築数千年ともしれないゲートの前で車が停止した。


 するときっちりとした制服を身につけた守衛がやってきて、淡々と告げる。



「IDまたは通行証の提示を」



 いかなる用事であれ、ゲート通過の際の身分及び目的の提示は義務である。


 アハトはPSEF隊員証を見せて言った。



「後ろの2人の護送です」


「了解しました、お気をつけて」



 守衛は私たちをちらちら見ながらも手早くID認証してゲートを開いた、アハトが会釈して車を発進させる。


 いかにゲートでの検問が厳しいとはいえPSEFとなればその業務は多岐に渡り、ほとんどの業務は機密である、そのため中央区画のゲートですら顔パス同然なのだ。



「ねぇ、アインス……あれはなに?」



 ナシが指さしたのは後方、閉まりつつあるゲートの先に屹立する建造物───────



「あれは、H.Pのメインサーバー、単に“塔”って呼ばれてる」



 高さは二千メートルを超えると言われ、国政の主要機関も塔の内部にある、ティオレだけでなく全世界で最も重要な建造物と言っても過言ではない。


 にも関わらず、その全容は一切不明である。


 「ふーん」とナシが気のない返事をする、何故聞いたのだろうか、つくづく行動も言動も謎だ。



「なんか道が変な感じだね、ツルツルしてて滑りそう」


「こういう大通りの路面はソーラーパネルになっていて、景観を損ねずに発電できるようになってるんですよ」


「へー、なるほど……随分豊かになったなぁ……」



 しみじみとそう言うナシを見て、ようやくわかった、彼女は自分がいた頃と今の世界を比べているのだ。

 黙って窓の外の景色を見つめるナシの顔はこの上なく神らしい、超然とした雰囲気だった。



「あぁ、そうだ、ナシとアハトに話しておかなきゃいけないことがあるの」


「先輩から真面目な話が出るのも久しぶりですね、どうぞ」


「私はいつも至って真面目よ……で、用件はツヴァイからの言いつけ……当たり前だけどナシが“神”であることは最高機密とし、ナシもみだりにさっきみたいなことはしない……いい?」



 ナシはつまらないといったように「はーい」と答えた、非常に心配だ。


 アハトはサムズアップで了承すると、何やらつまみを回した。


 ノイズと共に国営放送の音声が流れ始める。



「もしかして、ラジオ?」



 ラジオはガソリン車以上の“化石”である───私もアハトに聞いていなければその名前を知らなかった。



「なんちゃってラジオですけどね、国営放送の電波を受け取って音声だけ流すんですよ」



 無音だった車内にとりとめもない話題を伝えるニュースが流れ始めた。



「───────速報です、ティオレ大陸間航空機がリベリオンの攻撃により墜落、死傷者多数とのことです、繰り返します───────」


「リベリオンが大きく動くのもなんだか久しぶりですね、ヘイヴン以来大人しかったんですけど」


「リベリオンって?」


「端的に言えばあなたの信者、穏健派もいるんだけどそれと同じくらい過激派もいて……度々こういうテロを起こすの」



 過去に起きた国際上の不和、紛争の大半の原因はこの“リベリオン”によるものだ。大きく分けて過激派と穏健派の二つに分かれており、南半球の大陸に国家をも築き上げている大宗教である。



「私の……信者が?」



 ナシの顔が曇る、今の段階では彼女に伏せておくべきだったかもしれないと遅れて思い至る。



「あなたが悪いわけじゃないから、気にしないで」



 我ながらフォローが下手である事に恥入るばかりだが、ナシはこくりと頷いて調子を戻した。


 今の言葉で立ち直れたならば結構なことなのだが、飄々としていて付き合いづらいことこの上ない。



「しかし、こうもナシさんが復活した直後だと変に勘ぐっちゃいますけど、先輩はどう思います?」


「確かにそうも思えるけど、なぜ襲ったのがティオレの国内便の大陸間航空機なのか説明がつかないし、そもそもナシの蘇生はPSEFの極一部の人間にしか知らされていない」


「僕らも下手に機密を漏らそうとすれば“チップ”で丸わかりですしね」



 PSEF隊員には利き腕とうなじにチップを埋め込まれ、現在位置や会話情報などを常時モニターされている。


 正規の手続きなしに下手な動きをすれば即座に相応の処罰が加えられる、また、捕虜となった際の処分、フンフのように生死の確認にも度々利用されている。



「じゃあ過激派特有の特に目的のない攻撃かぁ……ツヴァイ班も近々仕事があるかもしれないですね」


「ツヴァイ班は大仕事のあとだし、しばらく休暇でしょ、私は長めの“春休み”を貰ってるし」


「職を失わなかっただけありがたいと思ってくださいよ、先輩……」



 アハトは呆れ気味にそう言って、大きくため息をついた。





「そろそろ病院ですよ」


「割と遠いのね……」



 ニュースが同じ話題をたっぷり五回は繰り返した頃、車が病院のだだっ広い敷地に入った。


 目先大きな問題である右腕に関して、私は決断を迫られる状況にある。


 つまり、腕を切って義手を付けるか、外骨格で動かすかの二択である。


 腕を切るのは御免被りたいので、外骨格を付けることが有力ではあるが、マッスルスーツで筋肉を外付けしてもなお行動に制限が出来てしまう。


 元々一部分だけの運用が想定されていないゆえの弊害であるため、大金を積んで新規開発を依頼しても納品は数年かかるだろう。



「あっ、ドクターヘリが飛んでますよ、こっちに来てますね」



 アハトの言葉で思考が遮られた、窓から空を見上げると、飛行機事故の被害者が乗せられているのであろう高速航行型のドクターヘリが見えた。


 しかしそんなことはどうでもいい、私はアハトに聞いた。



「ねぇ、アハト」



「はい?」



「私の腕、どうしたらいいのかな……?」



「先輩……」



 アハトはなんと言っていいかわからないと言った様子でバックミラー越しに合わせていた目を逸らした。



 それは、私が泣いていたからだ。


 溢れ出る涙が止まらなかった、声を抑えても、抑えきれない。


 きっと多くのことが起こりすぎたのだ、冷静に状況を見ている普段の私からすればなんともないことが重なって、いつのまにか私が耐えきれる許容量を超えてしまっていた。


 右腕が動かなければ仕事もままならない、生活にだって大きな支障をきたす。


───それに、片腕ではナシを守ることができない。



「ナシさん、動かなくなった腕を動かす方法、知りませんか?」



 アハトの問いかけにナシはしばらく難しそうな顔をして、答えた。



「ちょっと待ってね……あるよ」



 ナシはそう言うと、得意げに笑みを浮かべる。



「これは“T5”謹製の超高性能外骨格でね……あぁいけない、アハトさん、ケータイ貸して」


「ケータイ……あぁ、古風な言い方をするんですね、どうぞ」



 ケータイの意味がわからなかった私は、アハトが取り出した情報端末でその意味を察した。



「ありがと……泣かないでアインス、これがあれば大丈夫だよ」



 情報端末の画面に表示されていたのは、私が知っている無骨な外骨格とはかけ離れたデザイン───────流線型の鎧と言うべき様相を呈したものだった。



「製品名はT5-ABA-74P、試作だけしか作られてないけど、設計は完璧だからだいじょーぶ」


「……つまるところそれがあれば先輩は治るんですね?」


「これが作れればの話だけど……どう? 作るあてってある?」


「設計があればなんでも再現可能な時代ですし、技術があるところを探せばなんとかなると思います……やりましたね先輩!」



 神から得た技術を再現してこの国は発展してきたのだ、大手の製造会社に持ち込めばどうにかなるだろう。


 どん詰まりだった状況にようやく光明が差してきた、あとはどこに頼むか決めるだけだ。



「良かったですね先輩……ほら、涙拭いてくださいよ、これがなかったらどうするつもりだったんですか?」


「腕を切り落として義手にするか、肉体換装するか迷ってた」


「ほんと、考えが極端な人だなぁ……良かったですね今言っといて、勝手に腕を切り落としたら怒りますよ、僕」


「あんたに怒られる義理はないわね……でも、ありがとう、アハト、ナシ」





 病室に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。



「あっ、アインスちゃ~ん」


「うげっ、キモデブ医だ」



 つい本心が口をついて出てしまう。


 あの声音は、間違いなくあの医者だ、恐る恐る振り返る。


 声の主、キモデブ医は数時間前に会った時に比べ、清潔感は八割増し、恐ろしいことに体型も心なしか細めになっている気がする。



「誰ですかあの人……」


「私、知らない」


「酷いなぁ、でも元気そうでなにより、僕忙しいから行くね、またあとで」


「来なくていい!」



 手を振るキモデブ医を睨みながら病室に入った。


 四人部屋の病室には私一人だったのが、既に残りの三つのベッドのカーテンは閉じられ、人がいることを示す表示がされている。



「アインスひどいよ、あんな言い方しなくてもいいじゃん」



 ナシが咎めるように言った、しかし起きがけに剥き出しの欲望をぶつけられ、その後にあからさまに関心を引こうとする様は気色が悪いとしか言い様がない。


 ベッドに座り込み私は言った。



「キモいものにキモイと言って何が悪いの? アハトもそう思うでしょ?」


「同意を求めないでくださいよ……何があったのか知らないので何も言いませんけど」


「なんともアハトらしい中途半端な意見ね」



 そう言うと、おかえりなさいませとディスプレイ表示していた箱型機械を操作して遮音モードでカーテンを閉めた。



「さて……ここから、ナシをどうしようか」



 本心をいえばさっさと病院からはおさらばして、ナシをそばに置きつつ強化外骨格の作成に向けて動きたいのだが、勝手に退院する訳にもいかない。



「別に私のことはどーでもいいから、ご飯食べよーよ! わたし、おなかへったよ!」



 ナシがごねる、もっとこう、神らしい品格というか、そういうものは無いのだろうか。



「わかったわかった、ちょっと待ってて」


「とりあえず面会時間が終わっても、訪問者用の宿泊施設があるので宿は問題ないですね、僕は先輩の命の為にもナシさんを死守しますが……」


「ありがたいわね、ちなみに私は?」


「自衛してくださいよ……そもそも病院で命の危険なんてないんですから。 希望を出せば明日には退院できるでしょうし、一晩だけですよ」


「自衛は“一晩だけ”ね、言質とったわよ」


「こりゃやられましたね……まぁ暇な時はエスコートしますよ。 それはそれとして、ナシさんもお腹が減ったみたいですし、ご飯食べませんか?」



 確かに朝から何も食べていない、そう気づくと途端に胃が空腹を訴え始めた。



「じゃ、アハトの奢りね」


「先輩の生き死には半ば僕の手にあると言っても過言ではないですよ?」



 得意げに言ってのけたアハトの姿を見れば、本当は奢らせる気など毛頭ないことなど告げられるはずもない。

 今回ばかりは乗っかってやることにする。



「アハトも言うようになったわね……まぁ今日ばっかりは奢ってあげるわ」


「先輩、ごちになります!」


「えーっと、ごちになります!」





 食堂はもうすぐ夕食時であるにも関わらず人がまばらで、私達は適当な席を見繕って座った。


 自動注文プログラムが起動し、メニューが表示される、患者用と一般用で別れてはいるが内容は大差ない。


 病院食とはいえ、供されるものはなかなか豪華である、だが私は迷わずララストロファー───焼き煮干し燻し肉───を選択する。



「えっとアインス、聞いてもいい?」


「どうしたの?」



 ナシがメニューを凝視しながら、そのうちの一つを指さした。



「ららすとろふぁーってなに?」


「肉料理のひとつ、牛肉を焼いて煮て干して燻したものなんだけど、ぶっちゃけ美味しいものではないわ」


「大人の味とも言い難い……こう、不味くはないんだけどちょっと不味い寄りの味ですね、先輩いわくそこに魅力を感じるらしいですが」


「不味いものは食べてみろがわたしの信条のひとつなの、わたしこれで!」


「なんか似てますね……そう思うと顔立ちすら似てるように思えてきますよ」



  不味いものは少し引っかかるが、たしかに変わり者というかひねくれ者というか、ナシからはどこか自分と似たものを感じるような気もする。

 ナシの顔を見てみると蒼い瞳と目が合った、会ったばかりの時に比べるとだいぶ緊張は無くなっていた。



「言われてみればたしかに……しかしこれまた微妙……まるでララストロファー……」


「似てる気もするけど、目の色も髪の色も違うし……」


「髪? そういえば黒くしてたっけ、そろそろ色が抜ける頃かな……ほら」



 私の瞳は金色で、髪は白い───銀色と言えば聞こえはいいのかもしれないが───のだが、目立つので作戦中は数日で色が落ちるカラーリング剤で染めているのだ、ちょうど色が抜ける時間だ。


 根元の方からすーっと黒色が抜け落ちて、髪が真っ白になる。



「真っ白だ……これ、地毛なの?」


「私が覚えてる限り生えてくる毛は全部真っ白なの、目立ってしょうがない」


「ナシさん、あまり追求しないでやってくださいよ、先輩のコンプレックスなんで」


「うっさいわねアハト! わざわざ言わなくてもいいわよ!」


「はいはいわかりまし……ん? あの人って……」


「げっ」


「そんな声出さなくてもいいじゃないの、ようやっと手が空いたよ、お待たせ、銀髪も似合うね」



 キモデブ医がいつの間にかテーブルのそばに居た、無遠慮に私の隣に座ると白い歯を見せつけて笑顔を浮かべる、香水がきつい。



「待ってない!……けどちょうどよかった、退院の手続きをしたいんだけど」


「もうお別れかぁ……ぼかぁ寂しいよ……あれ、でも右腕はどうするのさ、国外に出るなら紹介状とか諸々書くよ?」



 思ったよりも親切な態度に、少し自分の態度が悪いことをしているように思えてきた、今更改めるつもりは無いが。



「お気遣いありがとう、でも遠慮しとくわ。 外骨格を作ろうと思ってるから」


「ほほー、なるほど……それでもボクちん手をかせちゃうんだなーこれが」


「……というと?」


「こう見えてボク……パパがここの院長、それでママが……“ネゴ”の会長なのさ」



 言葉の意味がわからず一瞬呆然としてしまう、ネゴは世界の製造や物流を一手に担う機関である、さすがに信じられない。



「ネゴ? 今ネゴって言った?」


「そうですとも、僕のコネでぱぱぱっと依頼してあげようと思って」


「そりゃ美味しい話だけど、どうしてまたそこまでしてくれるわけ?」



 親切心でここまでしてくれるとは思えない、先程から見ている限り下心がちらちらしているようにも思えるのだが、それすらわざとらしさがある。


 ここまで旨い話には必ず裏があると理性も警鐘を鳴らしている。



「そりゃあ、ネゴへのフリーパスを提供するのにタダで、ってのもおかしい話か……そうだなぁ……でも欲しいものは買えちゃうし……ふむ、まぁ、PSEF隊員に恩を売った、ここに価値があるんじゃないかなと」


「言っとくけど、私があんたに出来ることはそう多くないわよ」


「じゃあ、とりあえず連絡先だけ……」



 今日は厄日らしい、私は渋々、彼に連絡先を伝えるのだった。




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