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かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
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再会、名無しの庭にて

 年季の入った木製扉の前に立つと、入隊して約四年経った今でも緊張する気持ちを抑えられない。


 まだ寒さの残滓が残る空気を吸い込んで、PSEF本部へと足を踏み入れる。


 まず目に入るのはホログラム投影されたPSEFのシンボルとスローガンである五つの単語───自由、博愛、友愛、親愛、人道───元々は国軍の総司令部として使われていた建物なので、古風で装飾華美な内装からはやや浮いている。


 ツヴァイが無言で先導し、私とアハトがそのあとを追う形になった。


 隣を歩くアハトが耳打ちしてくる。



「先輩……その、右腕はどうしたんですか……?」


「えっ……ツヴァイ、伝えてないの?」



 ツヴァイはこちらを向こうともせずに言った。



「伝える必要があるか?」



 いつにも増してツヴァイが嫌味ったらしい、苛立ちそのままに問い返す。



「どういう意味よ」


「お前は無期限謹慎処分になった、詳しいことは後で話すが、当面の間任務には参加出来ない、よって現状は他の隊員に伝える必要は無いと判断した」


「なっ……ふざけん……「先輩! 落ち着いてください!」


「ようやくいつもの調子に戻ったな……いい機会だ、悔い改めろ」



 嫌味たっぷりの笑みを浮かべてこちらを向いたツヴァイに殴りかかろうと拳を作る。



「この……「やめてくださいってばほんとに! 比熱が小さいんだから……」



 アハトに押さえられ、拳を解く。



「こんなことをしている場合ではない、神の元へ急ぐぞ」



 それだけ言ってツヴァイは少し歩調を速くした。



「たぶん隊長は先輩を除隊に追い込もうと考えてるんですよ、先輩は短気なので暴力沙汰でも起こさせれば……」


「その気ならとっくの昔に除隊してる、別の考えがありそうだからとりあえず乗っかってるの……はやく行こう」


「とりあえず、ですか……」



 “謹慎者”となってしまったことはこの際どうでもいい、重要なのは神との対談だろう。



 ───────「ようやく会えたね」



 あの言葉、あの声は、本当に神のものだったのだろうか?



「あんなこと初対面の人には言わない……ってことは……人違い?」



 AEARTH暦は三〇五六年前に神の遺体が空から落ちてきた年から始まっている、神が生きていたのはそれより前だと聞く、当然私が生まれているはずもない。


 “神”がどういったものなのかすらわからない現状では確かな結論は出ないが、“エリカ”とも言っていたこともあり、現状は人違いとするのが妥当ではある。


 エントランスホールを横切ってエレベーターに乗ろうとすると、ツヴァイがアハトを手で制して言った。



「アハト、お前はここで待機だ」


「……了解です」



 哀れにもただの足として利用されたアハトは大人しくエレベーター前で足を止める。


 ツヴァイが操作パネルで部屋を指定すると扉が閉まった、ちらと見えた部屋の名前は聞いたことがないものだ。


 一瞬軽い慣性を感じ、扉が開く。

 先程までとは打って変わって、無機質な狭い通路の先にドアが見えた。


 ツヴァイが先導してドアの前に立つが、この先に“神”がいるなどと言われても到底信じられない。

 正直に言って、なにも変わったところはないように見える何の変哲もないドアだ。



「……アインス、くれぐれも粗相がないようにな」



 ツヴァイがドアの指紋認証に手をかざすと、無音でドアが開いた。





 真っ白な部屋には簡素な机と椅子だけが置かれ、古びた装丁の本が床に散らばっている。


 遅れて私は艶やかな銀髪を肩に流し、シンプルな白いドレスを身にまとった“神”が椅子に座っていることに気がついた。


 一歩進み出ると、こちらに背を向けていた神は本を閉じ、ゆっくりと、こちらを振り返った。


 その姿は、子供のようなあどけなさと女性的美しさを併せ持っており、青空のような青い瞳からは確かにどこか人間離れした神々しさを感じる、自分でも信じられないことに、しばし私はその姿に見とれてしまった。



「……ようやく会えたね……エリカ」


「……約束通りアインスを連れて参りました、つきましては今後もティオレにご協力をお願いします」


「そんなに畏まらなくていいって何回も言ったよね? 約束は守るから、しばらく二人にしてくれないかな」


「……承知しました」



 ツヴァイが退室し、ふたりきり───神を一人と数えて良いのなら───となった部屋は、しばらく静寂に包まれる。


 神と目がかち合い、瞬きすら許されないような時間が過ぎる。



「あぁ……本当に……久しぶり……」



 次の瞬間、恍惚とした表情で一歩二歩と歩み寄ってきた神に抱きしめられる。


 思考が完全に停止し、慌てて私は口を開く。



「あ、あの神サマ!……申し上げにくいんですけど、たぶん私は人違いかと……」


「……神サマ? 私は“ナシ”だよ……? あぁそっか……そうだね……ごめんねアインス、驚かせちゃった?」



 抱擁を解いて神───ナシはえへへと照れ笑いした。


 遅れて私はある可能性に思い至った。

 先程の会話からして私の引渡しはナシがティオレに遺識を提供する条件、つまり私はナシにとってなにかしら重要な存在だということ。


 私がナシの機嫌を損ねてしまってはそれがおじゃんになるかもしれない、国あっての我が身だ、それは避けなければ。



「私の事を覚えてるんですか……?」


「らしくないなぁ、普通に話してよアインス、ちゃーんと覚えてるよ」



 そう言ってナシは私の身体を観察し始めた。

 患者衣越しに腹を触って「うわぁかたい」と言葉を漏らし、髪を触って「さらさらだね」と呟きながら私の全身を観察していく、別に身体を見られる程度なんともないが、人払いをしてまですることだろうか。



「じゃあ……ナシ、なんでツヴァイを部屋から出したの?」


「せっかくまた会えたのにむさくるしいのが居たら雰囲気ぶち壊しでしょ? だから必要ない場面では部屋の外にいてもらおうと思って」



 そう言って笑うナシだが、まだ聞きたいことは残っている。



「どうして私を呼び出したの?」


「それはね……私のボディーガードになって欲しいから、強いんだよね?」


「そりゃあまぁ、多少は……」


「じゃあ決まり! 早速でかけよう!」



 上機嫌に鼻歌まで歌いながらナシは跳ねたり回ったりして喜びを表す。


 ───────思った以上に、掴みどころがない。



「ちょっと待って! 勝手に決められないし、私は右手が動かなくて護衛もままならないし、謹慎中なの、せめてツヴァイに話を通して……」


「あの人と話せばいいの? じゃあおいでよ男の人」


 不敵な笑みを浮かべながら、トーンを下げて「話そうよ」と言ったナシが大きく左腕を振る、ちょうど、誰かを招くように。


 ドアから電光が走り、強制的に開かれた。


 異常を察知したツヴァイがこちらにハンドガンを向けたが、静かに銃口を下げる。



「……お話は終わったようですね、神様」


「だから……まぁいいや、話は終わったよ。 この子をボディーガードにすることと、わたしの希望するだけの自由の保証、この二点を了承くれればわたしの頭なり体なり、好きにしてもらって構わないよ」


「……!! 約束が違います! アインスは諸事情で護衛としては使えませんし、貴女は国……ひいては世界の最も重要な財産です、安全な場所で技術提供をして頂かないと……」


「ならいいよ、“H.P”だっけ、それと話すから」


「なっ……H.Pと、ですか……」



 H.PはAEARTHを二四〇〇年近く統治している概念人格の呼び名だ、ティオレにメインサーバーを置き、全世界の政治経済全てにおいて強い影響力を持つ。


 PSEFでも機密扱いだがツヴァイはPSEF隊長という立場からH.Pとの直接交信の術を持っている、ツヴァイ班でしか知りえないこのことも神にはお見通しというわけか。



「私の一存ではどうにも……」



 ツヴァイの言葉を無視し、ナシが目を閉じる。



「はい、許可を取りつけたよ、確認してよ男の人」



 通信端末を取り出したツヴァイが驚愕の顔を浮かべる、本当に許可を取りつけたらしい。



「……そういうことなら構いません、ご自由にどうぞ……情報提供の概要などは追ってご連絡しますが……必ず、アインスと同行してください」


「言われなくても、私とアインスはずっと一緒だよ。 ね? アインス?」


「……そう……そうだね、ナシ」



 その言葉を聞いて、私の胸に湧いたのはは底知れぬ恐怖と、どこか満ち足りたような気持ちだった。





 時代遅れのガソリン車の中で、不幸な男、アハトと私の密談が交わされていた。



「……先輩、どうするんですか」


「知らないわよ! 護衛に失敗したら本格的に私は極刑か……もしかしたら“意識化”されて人格が消滅するまで……」



 身の毛もよだつ妄想に至ってしまう、昔その手の刑罰が執行されている映画を見たことがあるので余計に恐怖が煽られる。



「悪い方に考えるのはやめた方がいいですよ先輩」


「わかってる、でも腕がこの有様じゃ、何も出来ない……」



 不能となった右腕をどうにかしなければ自分すら守れない、本格的に腕を切断して義手にしてしまうのが最善策のように思えてきてしまう。



「で、そのカミサマはどこなんですか?」


「ここだよ! ただいまアインス! この人は?」



 ナシが車のドアを開けて言った、部屋に置いてあった本を貰いに行っていたのだ。



「おかえり、ナシ。 この人は私の足の……「アハトです! 初めまして!」


「わたしはナシだよ、よろしくねアハトさん」


「よ、よろしくお願いします! じゃあ先輩、とりあえず病院に戻ればいいですね?」


「そうね、お願いアハト」



 エンジンがかかった、静かとは言い難い音が鳴る、アハトに言わせれば“いい音”らしい。



「ガソリン車かぁ、懐かしい……いいよね」


「ナシさん分かってくれるんですか!? 先輩は鉄クズだのオガクズだの言って……」



 思いっきり運転席のシートを蹴りつけてアハトを黙らせる。


 また、車が走り出した。




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