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かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
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応報、隔たりの内にて

 “当然の報い”



 そう言われてしまえばそれだけだ。



 私のせいで何人が命を落としたか、自分でも分からないのだから。



「そう、なんですね……」



 自分でも意外に思うほどに、私は右腕が不能となったことをあっさりと受け入れていた。



「前腕の欠損が特に激しく、右肘から下はほぼ断裂状態でした……骨と筋肉と表皮は再生できたのですが、神経だけはどうにも……精密検査の結果からも、指が軽く動かせる程度にしか回復しないと思われます」


「……なにか方法は無いんですか?」



 医者はしばらく考えると、ぽつぽつと言葉を発する。



「肉体換装するか……いっそ切断して筋電義手にするか……強化外骨格の転用も一つの手かもしれない、だけど細やかな操作は出来ないだろうし……腕を移植っていう手も取れなくはないか……しかし……」


「強化外骨格……」



 強化外骨格は入隊したての頃に装着したことがあるが、全身での連続使用は難しく、片腕だけだと重さでかえって動かせなくなる可能性が高く思える、かと言って腕を切り落とすかと問われてもお断りだ。



「じっくりお考えください」



 片腕が使えないのは仕事に大きな支障を来す、引退まで視野に入れなければならない。


 ───────その前に、謹慎が待っているだろうが。



「……今日って、何月何日ですか?」


「三〇五六年三月十一日です、貴女は飛来した瓦礫に当たって気絶し、約三日間眠っていました……再生治療でかなり体力を消費したので……」


「三日も……あの、神経に詳しい方っていらっしゃいませんか?」


「貴女を担当した神経外科医がいますが……あの……あまり大きな声では言えませんけど、会わない方が……」


「でも、専門家の見解も聞きたいんです」



 この一言を発したことを私は後に、少し後悔することになる。





「いんやぁ~おったまげたねぇあれは腕が皮一枚で繋がっててさぁ……」



 会わない方がいい、あの若い医者の言うことは正しかったと、メガネをかけた小太りの男がカーテンを開けた時に私は本能で察した。


 フケが浮いた頭、シワだらけの白衣、指紋だらけのメガネ、清潔感の欠けらも無い、こんな男に自分の体を触られたのかと思うと吐き気がする。



「えっと、右腕を動かしたいんですけど……」



 言葉を発した途端、熱烈な視線を感じて慌ててタオルケットで身体を隠す。


 少し残念そうな顔を浮かべたように見える医者は眼鏡をかけ直しながら



「これでも手は尽くしたんだけどねぇ……あまりにぐっちゃぐちゃで、あっ、ボクはそういうの好きなんだけど」



 後半を早口で捲したてた医者に、まったくもってフォローになっていないと内心毒づきながら、引き攣る顔を必死に堪えて平静を装う。


 そんなことより本題だ、私はできる限り真剣さを前面に押し出しながら聞いた。



「右腕を動かす方法について、神経外科医からの見解をお願いしたいです」



 無精髭が目立つ顎を擦りながら医者は言った。



「最近じゃあ筋電義手の応用で神経信号を橋渡しする装置が開発されてるって噂だけど、どうかなぁ……ほんとはボクのゴッドハンドをお見せしたいんだけど、繋げる神経もほとんど残ってなかったんだよねぇ……体に傷をつけたくないなら自然治癒による奇跡を信じるしかないかな」


「よくわかりました、要件は以上です、しーゆーぐっばいさようなら」



 さっさと視界からこの男を取り除きたい一心で言った。


 一応それらしい情報こそあったが、まだ実用化されていないのでは話にならない、ティオレでは認められていないが、他国に渡って肉体換装、またはアンドロイド化するという選択肢も考えねばなるまい。



「冷たいなぁもう、何か困ったことがあったら聞いてね。 あっ、かわいい顔についてた殴打痕もボクが元通りにしといたから安心していいよ、それじゃまた」



 嵐のような男だった、体臭があまり無かったのが幸いか。


 ため息をつくと、どうやらあの男に触られたらしい顔を洗うためベッドから降りた。


 点滴台を掴んでベッドから起き上がろうとしたその時、再びカーテンが開けられた。



「アインス、話がある」



 立っていたのは、ツヴァイだった。





 面会室の丸テーブルに私とツヴァイは向かい合って座っていた。


 ツヴァイは紺のスーツに身を包み、左の腕には高級腕時計、まさに木強漢といった面持ちを崩さずに告げた。



「国家機密レベルの話だが単刀直入に言う、執行部隊が本部に帰還した直後、神が蘇った」


「……神が、蘇った?」



 私の記憶が正しければ私と神はあそこで話しているが、あの時の私がとてもまともとは言えない状態だったことと、あまりに記憶が曖昧で確証が持てないため一旦黙っておく。



「そうだ、しかし……お前としか話をしたくないらしい」


「……私と?」


「何を考えているのかはわからんが、神は三日以内にお前と会わせなければ今後ティオレに協力はしないと言ってきた」



 神の遺体をわざわざ奪還したのも、全てはその身体に宿された情報───────“遺識”の為だ。


 AEARTH、さらに言えばティオレは神の遺識が無ければここまで繁栄しなかったのは確実だ、その提供がされないとなれば大問題である。


 その上フェルムは数年に渡り神の遺体を保有していた、大国であり最大の敵国であるティオレに対して優位に立てるような遺識もたんまり溜め込んでいることだろう。



「ちょっと待って、三日以内って……」


「今日が期日だ、さしあたっては今から本部に来て欲しい、謹慎の件も話を進めたいと思う」



 その濃緑の瞳には仕事のことしか映っていない、ひたすらに事務的だ。


 ツヴァイは四十一年前に若くしてPSEF隊長の座につくや無数の功績を挙げた、生ける伝説。

 伝説に人間味があるかと言われれば無いのは当たり前ではあるが、あまりに人間離れしているような気もする。



「私からもいくつか聞きたいんだけど」


「……手短かに頼む」



 そう言ったツヴァイの前に置かれた空のコーヒーカップに、追加のコーヒーを注ぎながら私は聞いた。



「みんなは無事?」


「フンフを除いて全員無事だ、お前はどうだか知らんが」



 右腕のことを知っての煽りだろう、右肩を上げながら皮肉たっぷりに私は言った。



「お陰様で私も無事……フンフは?」


「チップによって脳波の停止が確認されている、フンフは死んだ」



 あまりにあっさりと告げられたフンフの死、彼の最期の言葉が心の中で谺する。



 ───────「……お前をアインスにしたのは、俺だからだ」



 あの言葉の真意が私にはまだ分からない、考え続けたところで理解できるのか分からないが。


 神と話したことを言おうか迷っていると、私が言葉を発するより先にツヴァイはコーヒーを一息に飲み干して言った。



「葬儀は近いうちに行う、他に聞きたいことはあるか?」


「適宜聞く、行きましょ」





「ほんとに、人使いが荒いですよみんな……」



 運転席でアハトが不平を漏らす。


 病院を出て五分ほど、都合よく足にされた挙句、長時間待たされた───────生ける伝説が病院で迷っていたらしい───────彼の心労は察するに忍びない。



「なんでこんな時代遅れの車に乗ってんのよアホト、やたら揺れるんだけど」



 とはいえ、後輩いじりは止められないのだが。


 時代遅れとアホトという言葉がアハトの琴線にクリーンヒットしたらしい、声量大きく反論が返ってくる。



「古き良き時代のものと言ってくださいよ先輩、歴史あるものなんですからね!」


「ガソリン車なんて二千年前の化石を使うのあんたくらいよ、博物館にでも寄贈すればいいのに」


「だーかーらー! 人の趣味に口出ししないでください! あんまり酷いと“先輩の趣味”を衆目衆耳に公開しますよ!」


「私にだってネタはたくさんあるからね! 手始めにヤリマンと付き合って二股された話から晒していくから!」


「先輩!? その話は誰にも言わないって約束したじゃないですか!?」


「うるさいぞお前ら」



 ツヴァイの低い声に、アハトが顔を青白くしながら黙った。


 しかし思い返せば、アハトとこうして話すのがやけに久しぶりに感じる。



「でも……こうやって先輩と話すのも久しぶりですね」



 アハトも同じことを思ったらしく、バックミラー越しに目線を送りながら小声で言ってきた。



「なんでかな……なんでだろ……」



 窓の外の移りゆくビル群を見ながら、私は呟くのだった。



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