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かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
13/16

開戦、骸の山にて

 負荷がかけられた大胸筋と僧帽筋、上腕三頭筋が悲鳴をあげる。

 とめどなく汗が流れ、髪からもぽたぽたと汗が落ちる。



「アインス! あと一回!」



 ナシの声援を受けて歯を食いしばり、息を思いっきり吸って、腕を曲げる。

 そして息を吐きながら震える腕を伸ばし、床に倒れ込んだ。



「おつかれ! 今日のメニューは終わりだね!」



 荒い呼吸を整えながら汗を拭う。

 ナシが差し出してきた水入りのボトルを受け取って喉を鳴らしながら飲み下した。


 今日は九月十一日、謹慎生活も半年が過ぎようとしている。



「……さすがに半年も作戦に出ないと身体がなまってくるか……」



 作戦時はマッスルスーツによって筋力が増強されるのでトレーニングは最低限だったのだが、引きこもり生活が祟って身体がたるみ始めたためダイエットも兼ねて始めたらハマってしまった。


 ひたすら暇な謹慎生活の良い暇つぶしにもなり、今では週二回のペースのトレーニングが習慣となっている。



「いい感じだね! プロテイン用意しとくから、シャワー浴びといでよ」


「そうする、ありがとね」



 すっかり家に馴染んだナシがキッチンに向かうのを横目に、脱衣所に向かう。


 鏡に写る汗だくの自分を見て達成感を感じつつ、腕を上げるのに難儀しながら汗を含んだシャツとスウェットパンツを脱いだ。

 下着もさっさと脱ぎさって洗濯かごに放り込む───さすがに下着をアハトに洗濯させるのは気が引けるので、あとで洗っておこうとふと考える。


 最後に右腕から強化外骨格を外す、完全防水なので濡れても問題ないのだが、肌に汚れはたまるのでついでに洗っておきたい。


 全身汗だくなので冷房がきいた脱衣所の空気が一気に肌寒く感じた、急いで浴室に入ってシャワーを浴びる。


 セミロングの白い髪を流し、首筋、肩、腕と汗を流していく。

 特に汚れが溜まっているであろう右腕はしっかりと流し、残り少ないシャンプーを手に取る。


 髪につけて頭皮をマッサージしながら泡立て、シャワーでしっかりと流していく。


 トリートメントも髪の一本一本に揉み込むようにして塗って流す、以前はこの作業すら難しかったのが今ではすっかり慣れ、ほとんど以前と同じようにできるようになった。


 風呂から上がるとまずバスタオルで右腕を拭いて強化外骨格を付ける、そして全身をしっかりと拭いていく。

 ドライヤーは後回しにして、とりあえず頭にバスタオルを巻いて下着をつけるとリビングに戻った。


 ちょうどナシがプロテインをカップに注いでいるところだった、ありがとうと言ってココア味のプロテインを一気に飲み干すと、先程水も飲んだので胃にずっしりと重みを感じた。



「プロテインはそれで最後だったよ、シャンプーも残り少ないし……冷蔵庫もほとんど空っぽ、そろそろ買い出しに行かないとだね」


「そうだね、久しぶりに“足”も呼ぼうか」





 暑さが残る気候の中、第二隔壁の外壁沿いにある駐車場に三人の人影がある。



「先輩、まさか荷物持ちとして呼んだんですか?」


「察しが良くて助かるわ、そういうこと」


「もっといたわってあげてよ……ありがとアハト」



 大量の買い物袋を車に積み込みながら、アハトは自分が呼ばれた理由を遅まきながら察していた、荷物持ちとして彼以上の適任者はいない。



「お昼奢るから許してよ、次は薬局にお願い」


「……とびきり高いのを奢ってもらいますからね! 今日は休日を削ってきてるんですから、はやく乗ってください!」



 後部座席に座るとまもなく車が発進し、駐車場のすぐ前の大通りに出る。


 交通量が多い道だがアハトの化石車───無事に修理され元通りになった───はその中でも異質な雰囲気を放っていて、歩道からも少なからず視線を感じる。

 薬局に行くには第三隔壁に行った方が早い、アハトもこのあたりの買い物事情には詳しいので何も言わずともゲートの方面へと進む。



「ちょっと進みが遅いですね……あぁ、なるほど」


「どうしたの?」


「水素運搬車の車列に巻き込まれたみたい、ゲートの手続きが長いからちょっと待たないと」


「なんで水素なんか運んでるの?」


「核融合発電に使うのと、電力として使うためですね。 電気そのままより一旦水素に変換した方が輸送や貯蔵でロスが少なくて効率的なんですよ」


「そういえばアハト、前に水素で動く車に乗ってなかった?」


「あれは……ガソリン車よりも時代を感じましたね、あの時代は発電による環境被害が目立ったので、電気を使わない車と銘打って出始めの技術を取り入れたんですよ。 結局は水素を作るのに電気を使うのでなんの意味もないのが面白いところなんですが」



 今となってはティオレの社会に水素は広く浸透している、昔の電線がある風景は無くなり、空を広くしたと形容されるほどだ。



「それにしても遅いですね、いつもならもう少し進むはずなんですが……何かあったんでしょうか?」



 アハトがラジオを付けようとするが、何も音が流れない。



「あれ? おかしいな……」



 彼が疑問を漏らした直後、銃声が響いた。





 開戦を告げる銃声を聞いて、道行く人が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 周囲の車からも次々に人が降りていき、遠目にゲートが閉鎖されたのが見えた。


 そしてどこからともなく現れた狂信者、リベリオン過激派が道行く人に無差別発砲を始める。


 咄嗟に姿勢を低くして身を隠し、カスタムハンドガン“efkp”を抜いた。

 アハトが携帯端末を操作するが、すぐにその手を止めて言う。



「まずいですね……ジャミングされていて本部に連絡がつきません。 車を捨てて逃げようにもナシさんを守りきれるか……かと言ってここに居ても囲まれて終わりです。 先輩……どうします?」



 窓の外に見える敵を数えると───二十を超えている。

 おそらくここから見えないところにも無数に出現したであろう敵に対して、efkpの弾はチャンバーに一発とマガジン二本分の計十五発、とても処理しきれない。


 アハトはナシに付いてもらわなければならないので自由に動けるのは私一人に限定される、となれば選択肢は───



「私は敵を引きつけながらジャミングの元をどうにかする、アハトはナシを連れてすぐそこのビルの屋上の方に行って、ここより電波状況がいいかもしれない」



 敵は道路上の民間人を追うばかりでビルの中までは入っていない、そう簡単にビルは崩せないので屋上近くまで登ってしまえば敵が来る方向も限定されて防衛しやすいだろう。


 しかし私の言葉にアハトは淡々と反論する。



「あの人数に対して一人で突っ込むのは無茶です、粗造品とはいえ奴らの武器はアサルトライフルです、ハンドガン一丁じゃなんともなりません」



 そんなことはわかっている、しかし無数の敵の目がある中、ビルまでの数十メートルを三人で通過できるはずはない。



「いいから! 行って!」


「だめです! ……先輩、ずっとそんなやり方ばかりじゃほんとにいつか死にますよ」



 いつになく真剣な声音、しかしまだ彼はわかっていない。



「私たちは死ぬのなんて怖くない、あなただってそうでしょ?」


「そういうわけじゃ……!」


「自分が死んで悲しむ家族もいなければ将来への不安もない、私たちから記憶が取り上げられるのはそうするためだって貴方も知ってるでしょ?」


「……」



 アハトが大きくため息をつく、車に銃弾が当たり始めた。



「時間がない、ビルに向かうタイミングは任せる」


「わかりました、どうかご無事で」


「帰ってきてね……アインス」



 大きく頷いて返し、efkpを握り直すと、ドアを開けた。


 強化外骨格からシールドを展開し隣の車の陰まで走る、発砲音からしておそらくこちらに気がついて発砲しているのは三人。


 弾幕が止んだ瞬間半身を乗り出しサイトに二十メートル先の敵影を重ねてトリガーを引く、轟音と共に打ち出された銃弾が正確に戦闘用アンドロイドの急所である腹部を撃ち抜いた。


 すぐに前進し左前方の車の陰に隠れる、また弾幕をやり過ごして一人処理した。


 マッスルスーツ無しでの戦闘のため肉弾戦では戦闘用アンドロイドには勝ち目がない、こうして確実に一人ずつ処理するのが最善策。


 弾幕が増えた、敵が応援を呼んだらしい。



「キリがない……」



 そう漏らして私は深呼吸する、弾幕が途切れた瞬間走り出す。


 目指すのは最初に倒したアンドロイドの場所、私の影に弾幕が刺さりながらもすんでの所で最寄りの車の陰に隠れることが出来た。


 傍らに転がるプラスチックの塊から粗造品のアサルトライフルとそのスペアマガジン二本を頂戴する、本体側の残弾を確認するとスペアと合わせて九十発はある。


 弾幕が途切れたタイミングでこちらも弾幕を貼る、二人に命中し一人は絶命、もう一人は瀕死と言ったところか。


 だんだん敵が集まってきている、マガジンをベルトに差し込んでスリングを肩からかけると再び走り出した。


 目指すのは瀕死のアンドロイドの場所、道のり半ばで弾幕が再開する。

 右腕をかざしてシールドを展開したが、一向に当たる気配がない。



「どこ撃ってんのよあいつら……」



 明らかに私の方向ではない、あさっての方向に弾が飛んでいる。

 粗造品だが人に当てられるだけの精度があるにも関わらず、なぜか意図的に私に当てていないかのような撃ち方だ。


 難なく瀕死のアンドロイドの元に辿り着くと、左の袖からナイフを取り出してアンドロイドの首筋を切る、ここに運動を司る神経回路があるためこうすれば一切の抵抗を封じられる。



「どいつがジャミングしてるの? 教えれば殺しはしない」


「……俺は、ノインだよな?」


「知らない、教えないの?」


「……俺は───



 腹部にナイフを突き立てる、たちまちアンドロイドは機能停止し、蛍光色の血液が吹き出て刃と手にこびり付いた。


 ノイン、これはPSEFの隊員のコードネームのひとつだ。

 PSEFの隊員のコードネームに規則性はなく、班が違えば同じ名前はいくらでもいる、こいつがノインかどうかなど誰も知るわけがない。

 そもそも、リベリオンのアンドロイドであるこいつがPSEFのコードネームを持っているはずがないのだ。


 おそらくこいつらは私たちを狙っている、つまり私がPSEFであることを知っている、なので適当な揺さぶりをかけたに違いない。



 “敵に情けをかけたり必要以上の時間を与えるな”



 誰かからの教えが頭をよぎった。





「だめだ……通じない」



 屋上に来たはいいものの、電波状況は一向に良くなっていない。



「アハト! 扉!」



 振り返ると後方の扉からリベリオンが二人入ってきていた、遮蔽物がない屋上では圧倒的に不利だ。


 僕がレッグホルスターからハンドガンを抜くより早く、ナシさんがリベリオンを吹き飛ばした。

 落下していく彼らを気にもとめず、ナシさんは言う。



「あの人たちが軽くて助かったよ。 信じる神様に送って貰えるなら本望だろうしね、良かった良かった」


「そんなことが出来るのに先輩を助けないんですか!?」



 まさしく神通力、いまいち神らしさがない彼女の神らしい一面を垣間見た。



「アインスは大丈夫、だけどさすがに分が悪いね」


「なんとか助けられませんか?」



 屋上の柵越しに地上の様子を見ると、先輩の鬼気迫る戦いが見えた。

 今日の先輩はスキニージーンズに白いタンクトップ、茶色のガウンという出で立ちだったのだが、既にガウンは無くなり、白かったタンクトップはアンドロイドの蛍光緑色の血液に染まっている。


 しかしその先にはおそらく百はくだらないであろう数のリベリオン、どう考えても突破は無理だ。


 どうしたものかと頭を抱えていると、ナシさんが呟いた。



「あの車、ばーんってできないかな」



 その視線の先にあったのは───水素運搬車だった。





「アインスーーー!!!!!!! 車!!!!!!!」



 突然頭上から浴びせられた謎の指示に一瞬戸惑うが、すぐにその意味を察した。

 前方のリベリオンの大群をどう処理したものかと考えていたところだったが、その手があったか。


 しかし水素運搬車が積んでいる水素はかなり厳重に管理されている、爆発を起こそうにもまずは運転席に行かねばならない。


 そうと決まればあとは走るだけだ、水素運搬車までの道のりを走り抜ける。


 警戒はしているが、やはり弾幕はこちらに放たれているようでそうでは無い、わざと外しているのに何らかの意図があるようにも見えるが、見たところ一切の規則性はない。

 とりあえず敵がいる方向に向けて引き金を引いているだけというような、気味が悪い感覚だ。


 水素運搬車の運転席にたどり着く、表示はよく分からないがとりあえず手当たり次第にスイッチをオフにしていくと、後ろから破裂音が響いてきた。

 一気に液体だった水素が気体になり、内圧に耐えきれなくなった容器が破裂しているのだろう。


 急いで車から降りて最寄りのビルに入る、無人のロビーを駆け抜けて階段をかけ上る。

 四階まで上がったところでナシ達がいるであろうビルに向かって叫んだ。



「隠れて!!!!」



 そしてシールドを展開し、躊躇いなく水素運搬車に向けて引き金を引いた。


 視界が真っ白に染まる。


 何度か瞬きをしたあと、外を見ると下に見える水素運搬車の列は消滅し、リベリオン達もほとんどが吹き飛んだようだった。

 幸いにも水素運搬車が爆発の衝撃をかなり和らげたようで想像より被害は少ない、アハトの車も無事だ。


 しかし、私の目は衝撃的な光景を写した。



「まだ……増えるの……?」



 どこからともなくといった表現が的確だろう、リベリオンが爆発のあとからどんどん湧き出てくるのが見える。


 肩からかけていたアサルトライフルを構え、そこに向けて引き金を引く、敵は倒れるがそれ以上に増え続けていく。

 マガジンをリリースして二本目を差し込む、再び全弾打ち込むが効果はない、三本目も同じ結果に終わり、あっさりと弾は切れた。


 efkpを構えるがその効果がないことを悟る、既に二百を超えているであろう彼らに対して火力が圧倒的に不足しているのは明白だ。


 最善策は逃走、しかし既にリベリオンの群れはビルの入口を塞ぎつつある。


 途方に暮れたその時、上空から機銃掃射が降ってきた。





「ありがとうズィーベン、助かった」



 ベテランヘリパイロットのズィーベンがサムズアップで応じる。

 戦闘地域から離脱するヘリの中で、私たちはようやく一息つくことが出来た。



「あの爆発のおかげでジャミングが消えて救難信号が出せたんです、良かったですよほんとに」


「あの車に気づいたわたしを褒めてよ!」


「はいはい、二人ともすごいすごい」



 あれだけの数のリベリオンが第三隔壁寄りとはいえ、第二隔壁内に現れたのは驚くべきことだ。

 ここまで大規模にリベリオンが動くのは数年ぶりだ、最後に行った大規模なテロは確か───



「事案54N以来の大規模テロですね、記録でしか知らないのでなんとも言えませんが」


「事案54Nってなに?」


「国立第54N学園っていう学校にリベリオンが攻め込んで、中にいた人をほぼ皆殺しにした事件。 生き残りは一応居たんだけど救出後まもなく全員亡くなった……史上最悪のテロ」


「ティオレの国内もかなり混乱して、それに乗じてフェルムは神の遺体を奪ったんです、記録も断片的で……」



 補足するアハトの言葉の半ばで、私はあることに気がついた。



「ねぇ……このヘリ、どこへ向かってるの?」


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