表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
12/16

団欒、宿酔の午後にて


「先輩、そろそろ起きてください」


「うるさい……まだ寝かせて……」



 割れるように頭が痛い。

 清々しいほどの二日酔いである、必死に昨晩の記憶を辿るが三本目のアワビを開けたあたりから記憶が曖昧だ。



「まったく……どうしてナシさんを守る任務がありながら外で泥酔するんですか」



 なのでなぜベッドの隣にアハトがいて、こうして説教を垂れているのか分からない。



「……寝込みを襲うとはいい度胸じゃない」


「襲ってないですし襲わないです……おはようございます先輩、もうすぐ十三時ですよ」


「ナシに……ごはんを……」


「ペットに餌をあげ忘れたみたいに言わないでよ……ごはんならアハトに貰ったから安心してね」



 どうやらナシも居たらしい、お腹は空かせていないようで安心する。



「ドライがチーズケーキを持ってくるって言ってますよ、十五時には来るらしいのでそろそろ準備しないと……」


「じゃあアハト、二日酔いの薬を持ってきて、ついでに部屋の片付けと洗い物をお願い、あとナシが退屈しないように話し相手になってあげて」


「先輩、昨日ナシさんの連絡を受けて先輩とゼクスさんをそれぞれの家に送り届けたのは僕ですよ? 先輩も手伝ってくださいね!」



 ようやく話が見えた、酒には強いと自負している私がこの有様なのだからゼクスもかなり酔っていたはず、べろんべろんになった先輩二人の足として利用されたのか。

 私の無茶振りを拒否しないあたりからもこの男が底知れないお人好しであることを物語っている。



「アインスがお願いしなくてもアハトはずっとわたしの話し相手になってくれてるから安心して! お片付け、わたしも手伝うよ!」



 いつの間にか完全にナシが懐柔されている、神すらこの有様なのだから彼が無意識に落としてきた女性の数は計り知れない。



「……アハト、ナシに手を出したらただじゃおかないからね」


「だすわけないじゃないですか!」



 アハトはその性格と整った顔立ちのせいか、こう見えて交際人数は余裕で二桁である、それも全て相手からの告白だというのだから凄まじい。

 元来彼はイエスマンなので告白される度オーケーするが、別に付き合ったからと言って対応を変えるわけでもなくいつも通りなため、すぐに相手が飽きて捨てられるまでがいつもの流れだ。

 それを幾度となく繰り返しているが彼自身はなんとも思っていないらしい。

───彼は別れようと言われてもイエスマンだからだ。



「もしかしてあんたサイコパスなんじゃない?」


「違いますって! そもそも苦手なんですよそういうの……って、早くしないと間に合わないですよ! 早くベッドから出てください!」



 仕方なくベッドから起き上がり、寝室を出る。

 アハトがこの家の住人かのように迷いなく真っ直ぐ薬箱に向かい、グラスに水を注いで持ってくる。



「はいどうぞ」



 アハトは度々この家に呼ばれては家事をこなしているため、家の物の位置をほぼ把握しているのだ。

 差し出された水と薬を飲むと頭痛が引いていくのを感じた。



「ありがと、じゃあ片付けようか」



 私の家は玄関から一本廊下が伸び、リビングと物置───現在はナシの部屋だが───に続いている。

 リビングにはダイニングキッチンもあり、生活に必要なものが一部屋に詰まっている、寝室に続くドアもリビングにある。


 それゆえに、家の中で何をするにもリビングを通り、大半をここで過ごすことになるため───



「散らかってるなぁ……」


「何度来ても女性の家とは思えないですよほんとに……パッと見は床やテーブルに物が少ないので綺麗に見えるのがタチが悪いですね」



 本棚やキッチンなどは整理整頓のせの字も無い、細々とした収納にはなんの区別もなく物が放り込まれているし、リビングに入って死角になる所には脱ぎっぱなしの部屋着が積まれている。



「なんで先輩もナシさんも片付けをしようって思わないんですか? というかどうして定期的に僕が片付けてるのに次来た時には元通りになるんですか?」


「めんどくさいからに決まってるでしょ、ほら、早く早く」



 そう一蹴されたアハトは呆れたというようにかぶりを振ると、片付けに取り掛かった。





「やっと終わった! 今何時ー?」


「十四時三十分、ざっと一時間半ですね、お疲れ様ですナシさん」


「もーアハト、ナシでいいってば」



 いよいよ危ない、ナシの中では常にアハトの株が上がっているのかと疑うほどに懐くのが早い。

 思えばゼクスともすぐに意気投合していた、誰にでも愛想良くする八方美人なのかと一瞬思ったが、ツヴァイに対しては終始素っ気なく接していたことを思いだす。



「……私に労いの言葉は?」


「あっ、お疲れ様です先輩」


「なんか素っ気ない! やり直し!」


「えぇ……あっ! 来ましたよ!」



 インターホンが鳴った、ドライが来たらしい。

 モニターで見ると片手に紙袋を持っているドライの姿がある、ボタンを操作してドアのロックを解除した。


 まもなくドアが開く音がして、ドライがリビングに入ってくる。



「おじゃまするっすー、おやつのお届けっすよー」


「やったー! 待ってた!」


「ちょっと早めだったわね……危なかった」


「ん? アインスさん今なんか言ったっすか……? あれアハトさん、なんでいるんっすか?」



 入ってきて早々疑問符まみれのドライだが、本来いるはずのないアハトの姿を見てさらに疑問符を増やした。



「あぁ……べろんべろんに酔った先輩を家まで送ったら成り行きで泊まることになっちゃって……」


「なるほどっす……アインスさんはもっと肝臓をいたわって欲しいっす」


「私の肝臓は無理な時は無理って伝えろって言い聞かせてるから大丈夫、まだなんも言ってきてないから余裕なんでしょうね」


「ついでに腎臓と膵臓にも言い聞かしとくといいと思いますよ、無口なやつらなんで」


「はやくたべようよ!」



 待ちきれない様子で急かすナシ、それを聞いてドライが紙袋から白い紙箱を取り出した。

 側面を開き、中身を引き出すと円形のシンプルなチーズケーキが姿を現した。


 半分はきつね色に焼けたベイクドチーズケーキ、もう半分は真っ白なレアチーズケーキという構成だ。



「アハトは紅茶淹れといて、ティーパックの場所分かるでしょ」


「なぜか先輩の家なのにティーポットの場所もティーカップの場所も、砂糖の場所も全部知ってますよ……マドラーの場所も知ってますね……」



 ぶつぶつ呟きながらアハトは紅茶を用意し始めた、ここだけ聞いたら重度のストーカーである。

 私はキッチンからナイフを持ってきてケーキを切り分け始めた。


 切る度にこれがいかに絶妙に焼かれているか手に取るようにわかる、ナイフの切れ味もあるがそれ以上に生地が滑らかで、土台がサクサクとしているのだ。


 期待が高まる中ベイクドチーズケーキとレアチーズケーキをそれぞれ四等分、計八等分したものを皿に取り分けていると、紅茶の香りがリビングを満たす。


 アハトがティーカップとフォークを運んできてそれぞれの席の前に置くと、紅い液体がなみなみ入ったポットをテーブルの真ん中に置いた。



「いただきまーす!」



 お決まりの台詞と共にナシがチーズケーキを口に運ぶ、私もいただきますと言ってまずレアチーズケーキを口にした。


 滑らかな舌触りと濃厚な甘みの後に、クリームチーズとレモン風味の爽やかな味が程よいバランスで美味しく仕上がっている。

 アクセントとなる土台のクッキー生地もサクサクとした食感で、ふんだんにつかわれているであろうバターの味がする。



「美味しいですね、どこのチーズケーキなんですか?」


「俺の手作りっすよ! 半分ずつなのは自分用を取っといたからっす」


「ドライの手作りなんだ、すごく美味しい」


「へーすっごい! お兄さん上手なんだね!」


「いやー照れるっす」



 照れ笑いを浮かべながらそう言うと、ドライは照れ隠しに紅茶を一口飲んだ。

 私も紅茶を飲んでレアチーズケーキの味を一旦リセットした、続くはベイクドチーズケーキだ。


 しっとりとしていてとても濃厚な味だ、レアチーズケーキほどの酸味はなくより甘めに仕上げられていて紅茶によく合う味である。

 土台のクッキー生地が馴染んでいて味にまとまりがある。



「ベイクドチーズケーキが知ってるのより美味しい!ねぇねぇ、これどうやって作ったの? 」


「作る時に材料を濾したりちょっと一手間加えただけっすよ。 あとは焼いた後に三日くらい寝かせるんっす、そうすると土台に水分がクッキーに馴染んで味がまとまるんっすよ」


「へーすごーい! アインス、今度作ってよ!」

 

「頼むならドライに頼んで、私じゃこんなに美味しく作れないから」


「いくらでも作るっすよ! でもチーズケーキばっかってのも飽きちゃうんで次はまた別のものを作ってくるっす!」



 和やかな団欒の時間はあっという間に過ぎていった。





 みんなで夕食まで食べたあと、二十一時を過ぎたあたりでドライは帰宅した。

 アハトは家事をもう少ししていきたいそうで、あと一日泊まっていくことにしたようだ。



「先にお風呂入ってもいいですか?」


「ご自由に、ついでに風呂場周り洗ってくれてもいいわよ」


「言われなくてもそうするつもりですからご安心を、前来た時に洗剤置いときましたし」



 できた後輩で助かる、風呂掃除をアハトに任せて、うつ伏せで寝そべるナシを押しのけてソファに座る。

 テレビをつけるとニュースが始まったところだった。



「度重なるリベリオン過激派のテロ行為に対し、H.Pが異例の厳戒態勢を敷くことを発表しました」



 大陸間飛行機のハイジャックや病院の襲撃、大規模なリベリオンのテロ行為がこうも同時に多発するのは久しぶりだ、この対応は当然とも言える。



「なんでH.Pはリベリオンを無くそうとしないのかな」


「リベリオンはほぼ全人類が信仰してる宗教……というよりも実際にナシが存在することもあって完全な事実として認識している歴史、とてもじゃないけどリベリオンを無くすなんてできない……なにより」


「なにより?」


「H.Pは自分は神の加護を受けた存在だって言ってるの、ただでさえ権力があるのに神権政治まで取り入れてるわけ。 そもそも過激派なんて一部だから、無くそうとするよりもテロが起きたらPSEFなり国軍なり派遣するほうがよっぽど効率的って考えなんだろうけど」


「へー、合理的っていうか薄情っていうか……」


「……で、どうなの?」


「前と同じ展開だね……答えないよ」



 ナシがあっさりH.Pと交信したことを忘れてはいない、あれは単にナシが神だからという理由ではないだろう。


 近づいていくとナシは体を起こして距離を取ろうとする、しかしすぐにソファの端に行き着くと、私の肩を掴んで制止しながら言った。



「私が神だからどうっていう話にはほんとに、なにも答えないからね!? そもそもアインスが全然自分のことを話さないから不公平だよ!」


「たしかに、それもそうか……」



 たしかに自分の話をナシにしたことはほとんど無い、不公平というのももっともだ。



「じゃあ、私の昔の話をしてあげる」





 ナシに一本のナイフを見せる、これは記憶が制限される前の私が入隊後の私に託したもので、任務の時はいつも左の袖にグリップについたクリップで止めている。

 ブレードを展開すると、精緻な彫刻が施された鋭利な刃が姿を現した。


 興味津々といった様子でその彫刻を見つめたナシは、何かに気がついたように言った。



「この模様ってさ、あの銃と同じじゃない?」


「よく気づいたね、これと同じのを入れてもらったの」



 efkpのスライドに入れられた彫刻にはこれが自分のものであるという、言うなれば“記名”の意味を込めたのだが、同時に入隊前の自分の意志を忘れないためでもある。



「私は人助けがしたくてPSEFに入ったんだ、ただ人助けをするなら消防隊にでも入ったほうがよっぽど合理的なのは分かっていたはずなのにね。 実際助けた人は多くないし、殺した人の方がずっと多い。 でもそれがみんなの為になるって、誰かを助けることになるって信じて戦ってる」



 どうしてPSEFにこだわったのか今の私にはわからない、だがきっとここでなくてはならない理由があったのだろう。

 話し始めるとずっと胸の中に渦巻いていた気持ちが抑えきれなくなって、次々と言葉になって止まらなくなる。



「でもね、戦いに楽しさを感じている自分に気付いた。 それからはずっと自己嫌悪に苛まれて、やってきたこと全部が無駄に思えて、精神が不安定になっちゃって……結局その自分を受け入れることにした」


「そうしたらずっと楽になった、助けるためには殺すしかない、助けることと殺すことは同じ、だから楽しいんだって言い聞かせて、これが自分なんだって無理やり納得して……」


「私は許されないと思う、私は人殺しだから救われちゃいけない、もっと救われるべき人がいる。 でも……それが私の望んだことなんだからやり遂げないといけない」



 鼓動が激しくなる、自分のことをここまで他者に話すのは初めてだからだ。

 一通り話し終えて、自分がいかに罪深いか改めて認識した、だが不思議とナシにそれを知られて恥ずかしいとか、後ろめたい気持ちにはならなかった。


 ナシは目を閉じて私の話を黙って聞いていたが、目を開くとその蒼い瞳に慈愛を浮かべてこちらを見た。



「あらゆるものは与えられるもの、着るものや食べるもの、住むところ、安全、感情、知識……でもアインスは与える人、ほとんどの人にはできない、“与えること”をしてる。 きっとアインスには救いが与えられるよ」



 そう言って、ナシは私を抱きしめた。


 あまりに突然の事で、最初に考えたのは自分と同じ匂いがするのはシャンプーも洗剤もおなじだからか、ということだった。


 ナシの拍動を感じる、穏やかでいて力強い。


 背中に腕を回して、お互いの心臓のリズムを交わし合う。


 いつまでそうしていたか、私は彼女に聞いた。



「ねぇ、ナシ」


「なに?」


「こんな私が……こんなに幸せで、こんなに救われて、いいのかな……」


「……わたしが許すよ」



 ずっと彼女の体温を感じていたくて、私は少し腕の力を強めた。



───その現場を見てしまったアハトが無言で風呂掃除に戻ったのは言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ