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かりそめの命、臥した棺にて  作者: 木島後輩
第一章 謹慎者と狂信者
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接吻、月光の下にて

 私は寝室のウォークインクローゼットを改造した武器庫に居た、しばらく整理していなかったせいで銃のパッケージやら弾薬箱やらでごった返している。



「おはよぉアインス……なにやってるの?」


「銃を整理してるの、今日新しいのをお迎えするからね」



 今日は見た目と使い勝手に辟易していたPSEFの制式拳銃、GPHGに代わるカスタムガンを受け取る日なのだ。



「しっかし多いね、どのくらいあるのこれ」


「五十丁くらい、でも使ってるのは二丁だけ」


「そんなに集めてどうするの……」


「それは禁句、人によってはキレられるわよ」



 収集に理由など必要ない、欲しいから集める、これだけだ。



「うわぁ、じゃあやめとく……アインス以外に言う人がいるかわからないけど」


「例えばアハトはレトロなものを集めるのが趣味だけど、家電に始まって空き缶まで集め始めて一部屋ゴミ処理場みたいになってるよ」


「アハトはいいの! なんか好感が持てるしさ、アインスももうちょっと優しくしてあげてよ」



 いつの間にか仲良くなっているらしい、あの男はああ見えて女たらしな所があるので、ナシが悲しみを背負わないよう気をつけなければ。



「いつもの接し方が私なりの優しさなの……ナシ、そこの長いやつとってくれる?」


「だいたい長いけど……これ?」


「そうそれ、NR74-P」


「名前言われてもわかんないよ……」


「わかる人は私くらいだけどね、未発売モデルだから」


「なんで名前で言ったの!?」


「意味は考え続けろって昨日言って……」


「あーもう! わかったってば!」



 ナシいじりはほどほどに、NR74-P───今どき珍しい木製ストックのトグルアクション式大口径ライフル───を壁にかける、これで武器庫はあらかた片付いた。



「あとは……」



 後ろに積まれた木箱に入れられたバラバラのアサルトライフル、“元カレ”を見る。



「よくもまぁここまで……」



 ロアレシーバー周りはまだ使えそうだが、アッパーレシーバーやハンドガード、バレルはとてもではないがもう使えそうにない。

 もちろんレイルに乗っかっていた各種アタッチメントや工学照準器も全部ダメになっている、正直これが一番の痛手である。



「でもこれが無かったら胴体にまで瓦礫が到達したかもしれない……」


「身を呈して守ってくれたんだね」



 まさか飛行中のヘリに瓦礫が飛来してちょうど私めがけて飛んでくるとは夢にも思わなかった、下手をすればナシも危険だったと考えると恐ろしい。



「あまりの運の悪さに自分でもびっくりだけど……こればっかりは幸運かな」


「ところでさ、時間……そろそろやばいんじゃないの?」


「やばいかも、ナシも急いで準備して!」



 どうやら、感傷に浸っているほど時間はなかったらしい。





 大規模な港があるティオレ第四隔壁内の都市イクルサド、そこにあるひときわ大きなビルの中に私達は来ていた。



「遅かったじゃあないか? えぇ?」


「ごめんねウルナオ、待たせちゃって」


「もー、アインスがギリギリまで片付けてるから」



 目の前に立っているのは禿頭の大男、ウルナオ=ネンス。

 AEARTH随一の武器装備製造会社ネンスファイアーアームズの代表である。

───結局約二十分の大遅刻をしてしまった。



「まぁいい、カスタム料は貰ってるからな」



 ぼったくり価格のね、などと軽口を叩こうと思ったが自制する、遅刻した手前あまり軽々しいことは言えない。



「で、そこのお嬢さんは? あんたの連れかい?」


「あっ、初めまして! 私はナシっていいます! ええっと、連れっていうか……」


「色々複雑なの、あんまり聞かないで」


「そうかい、面倒はごめんだからそうするよ……俺はウルナオ=ネンスだ、よろしくな、案内するぜ」



 ネンスファイアーアームズではガンスミスそれぞれに個室が与えられ、それぞれが独立してカスタムの依頼を受ける方式をとっている、ウルナオは代表という立場ではあるが一人のガンスミスとして他のガンスミスと変わらない部屋で仕事をしている。


 ウルナオの部屋に通され、椅子を促された。


 部屋の中には作業台や仮眠台、冷蔵庫などが置かれ、そこかしこに書類がまとめられている。

 壁にはポスターやら設計図やらが貼られ、全体として散らかっているようでよく見ると整然とした、まさしく職人の部屋といった趣だ。



「アインス、なんかすごいね」



 ナシも感動して小声で囁いてきた、無言で頷く。

 これまでも何度かカスタムの依頼をしてきたのでここに来るのも幾度目かだが、やはりここの雰囲気には惹かれるものがある。


 しかし、私の目は目の前のテーブルに置かれた木箱に釘付けになっていた。



「待ちきれないって感じだな、さて……見てもらおうか」



 ゆっくりと、あくびをしているように木箱の蓋が開けられていく。


 少しずつ中に光が入っていく、すでに赤いベルベット地が敷かれているのがわかる。


 そして───それは現れた。


 真っ黒な怪物だ、全く光らずにひたすらに光を食らうその姿は獰猛に見えて、どこか落ち着きがある。


 底知れない力が渦を巻き、私を手招きする。


 一言で言えば、“一目惚れ”だ。



「注文通りのカスタムガンだ、ほとんど全ての箇所に手が入っているがやっぱり目玉はスライドだな」



 私の感動をよそにウルナオがカスタムの説明に移る。


「スライドは前方にコッキングセレーションを追加して、エジェクションポートが左側にした、右側面にはエングレーブが施されている」


「リアサイトは角に引っ掛けて咄嗟のコッキングが可能なヘイニータイプ、フロントサイトには反射防止のセレーションを入れてる」


「フレーム側はアンダーマウントを追加、トリガーガードは肉厚に、ロングトリガーを付けて少しトリガープルを軽くした」


「延長されたアンビサムセイフティにビーバーテイルのグリップセイフティ、ステッピング済みのメインスプリングハウジング、そして大型のマグウェルを装着、内部のパーツの精度もかなり高めてある。 感想は……聞くまでもなさそうだな」


「持ってもいい?」


「もちろんだとも、隅々まで見てくれ」



 手に持つと精巧に作られたもの特有の重さを感じる 、ステッピングは角が立ちすぎておらず、素手で持っても痛みがない。

 手触りは滑らかで、すらりと一直線にエッジが伸びている、見れば見るほど美しい。



「ん? その右手はどうした」



 ウルナオが私の右手に気づいたらしい、下手にナシが神だと勘づかれるようなことはしない方が吉だ、ウルナオもクルデシム医師と同様に社会的地位と財力があるし、遺識を欲している人物のはずだからだ。



「ガントレット型のアクセサリーでね、かっこいいでしょ」


「あぁ、イカしてる……なぁ早く撃ってくれよ、早く反応が見たい」



 そう言われては仕方がない、ウルナオからイヤーマフとシューティンググラスを借りて、部屋の奥にあるドアを開けてシューティングレンジに入る。

 床にススひとつ無いよく手入れされたレンジだ、他にも何人か使用しているらしく、度々衝撃を感じる。

 遅れて入ってきたウルナオが三本のマガジンをテーブルに置いた。

 


「装弾数は七発、チャンバーに一発入れたら計八発だ、最近の銃にしては少なめだがそこは威力とあんた持ち前の命中率でカバーしてくれ」



 スライドをホールドオープンしてマガジンを入れる、マガジンにマグバンパーが付いているのとマグウェルの恩恵もあり確実に入る。


 スライドストップを下げてスライドを閉鎖し、前方二十メートルにある人型のターゲットペーパーを狙う。


 サイトは大型で視認性が高い、緊張と期待を胸にトリガーを引いた。


 爆音と共にターゲットペーパーの頭部に穴が空いたのが見えた、ナシとウルナオの歓声と拍手。


 興奮冷めやらぬうちにトリガーを引き、あっという間にスライドがホールドオープンする、マガジンをリリースしてまたマガジンを込めてスライドストップを下げる。


 気がつけばマガジン三本分の銃弾をターゲットペーパーに食らわせていた。



「いやはやお見事、さすがだな」


「撃っててここまで楽しい銃は久しぶり、高いお金を払っただけはある」


「そりゃあよかった。 じゃあ戻って座っててくれ、手続きしてくるからな」



 部屋に戻って椅子に座る、ウルナオはハンドガンと木箱を持って退室した。



「アインス、なんかすごいものみたいだけどさ、あれはいくらするの?」


「百七十ドリカってところかな、アハトの車とか元カレに比べたらまだ安いもんだよ」



───元カレは銃本体よりオプションの方が高くついていたため、実は元カレと同等の値段なのだが。



「お待ちどうさん、領収書と本体におまけの弾だ」


「あっ、そうだ……ウルナオ、次の依頼もしていっていい?」


「ほう、時間はかかるがいいかい?」


「……出来るだけ早くして欲しいけど、アサルトライフルを新調したいの」


「前に作った気もするんだがそいつはどうしたんだ?」


「この通り」



 私は肩にかけていたカバンをテーブルに置き、中身を取り出した。



「こりゃまた派手にやったなぁ……で、どうしたい?」


「いくらでもコストはかけていいから最高のものを、あとは出来ればここのパーツから使えるものは使って欲しい、特にこれは……」



 私が手に取ったのはテイクダウンピンだ、通常のものと違いリングがついており、そこにひよこのキーホルダーがついている。



「あんたこんな女々しかったっけか? まぁいい……金に糸目はつけないって言質はとったからな?」


「あんまり高かったらローンの相談をさせてもらうけど、コストは度外視でいい、希望のカスタムと欲しいオプションパーツはここにまとめといたから」


「了解だ、後で正式にメールする」


「ありがとう、また最高の仕事をしてくれると信じてるから」



 そう言って私とウルナオは固く握手を交わした。





 ネンスファイアーアームズからの帰り道、昼頃訪問したはずがすでに日が暮れかけていた。


 寂れた道を歩いて駅に向かう、第二隔壁内の都市のような小綺麗さはなく、眠っているようにも見える。


 イクルサドは港町だがあまり栄えていない、第四隔壁にあって第一隔壁まで遠いことと、そもそも大陸側から見るとイクルサドの港よりも第五隔壁から第一隔壁まで続く大河に行った方が近い上に効率がいいからだ。


 昔はフェルムがイクルサドを主に利用していたためそれなりに栄えていたのだが、ティオレがフェルムと国交を断絶したことでほとんど廃墟街と化している。



「アインス、行きも思ったんだけど、色んなところにある階段はなんなの?」


「あれは……見た方が早いかもな」



 ナシが指さした方向にある地下に続く階段へ進路を変える。

 階段の前に立つと、刺すような冷たい空気が下から吹き上げてきていた。

 階段を下ると広がっていたのは衛生的とは言い難い地下街、怪しげな看板や張り紙、道端で項垂れる生気が抜け落ちたような人影。



「わかったでしょ? ここがどんな場所か」


「……早く戻ろうよ」



 ナシがしきりに服の袖を引っ張る、もとよりティオレの中で最悪の治安を誇る場所に長居するつもりはない。


 再び階段を上る、ほんの少しの間だったはずが陽の光がやけに眩しく見えた。



「あそこは社会不適合者の吹き溜まり、まともな人は一生見ることがない場所」


「なんでそんなに詳しいの?」


「昔ゼクスに案内されてね、ゼクスは地下街の生まれなの」


「そうなんだ……」

 


 しばらく海風の吠える音と足音だけが二人の間に響いた、ナシが再び口を開く。



「謝っても許してくれないことなら、行動で示すしかないよ」


「……そうだけど、そうじゃない」



 ゼクスだけでなく、みんな分かっている。


 結局、どれだけみんなが自分を責めようと、フンフは自ら死を選んだのだ。


 みんな、それがただひたすらに、悲しく、悔しく、そして憤ろしいのだ。



「この世の全てのものは与えられるもの」


「ナシ……? どういうこと?」


「アインス、与えられる人はね、与えられるように行動しなきゃいけない」


「……具体的には?」


「例えば……約束を果たす、とかかな」





 もう時計は零時を回っていた、ナシは歩き疲れたのかとっくの昔に寝てしまっている。


 私は家のベランダに出て外の空気を吸っていた、第二級居住区の高層マンションの二十四階なだけあって景色は良い。

 雲ひとつない空を彩る満月とぽつぽつと光る星々、彼方に広がる第一隔壁の夜景と天に突き刺さるようにそびえ立つ塔。

 そういえば家を選ぶ時に決め手となったのはこの景色だったと思い出す。


 ゼクスやフンフのことを考えていたら、いつの間にかひたすらにネガティブな思考に陥っていた。


 いつもならナシにそれとなく相談するところなのだが、生憎それも叶わないのでこうして夜景を眺めて気分転換を図っている。


 思えば、私がこの罪悪感で潰れてしまわないのも、腕が動かなくなったショックから立ち直れたのも、すべてナシのおかげだ。


 いつの間にか……いや、出会った時から彼女とは尋常でないほどの“共感”を感じる、私は彼女が思っていることが何となくわかるし、逆も然りだろう。


 これが彼女が神だからなのか、それとも単に相性がいいのかわからないが、私の中で彼女の存在は日毎に大きなものとなっているのは確かだ。


 この生活も長くは続かないだろう、ツヴァイは無期限謹慎だとか言っていたが、おそらく次の大規模作戦では私を再び班に戻すはずだし、なによりPSEF隊員とはいえたった一人に世界共通の最重要資産を任せ続けるとは思えない。


 しかし、彼女がいなくなったら私は───




 ずっと手に握っていた卸したてのハンドガン、“efkp”を見つめ、そっとその先端に口付けをした。




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