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メンバー集め デイジー・ラボラトリ 1

 可哀想なオーランドは研究室に閉じ込め、二時間後に迎えに行くと言って放置した。

 中にアルも残っているのが気がかりだったがもうどうしようもない。

 オーランドの性癖をスティーブンは知らないが、獣欲の滾りをぶつけられていないことを祈るばかりだ。

 しかし、二時間後どういった顔で会えばいいのだろう。

 触れてやるべきか、無かったことにするべきか、難問だ。

 やはりここは、違う話題を持ってきて有耶無耶にするのが正しいと思われる。

 スティーブンは次の人材の勧誘に向かう。亡きオーランドの想いを背負って。


「行くぞ、アシュリー」

「ん? あれは放置していいのか?」

「それ以外の何がある。聞き耳立てて喘ぎ声でも聞けってか」

「いや、そうではなくてだな……まあいい、無粋なことは言うまい」

「?」


 歯切れの悪いアシュリーを放っておいてスティーブンは歩みを進める。

 向かう先は学生寮を出た先にある技術棟──通称最低楽団──の、鉄鋼コースだ。


「ウォーウルフ、どこに向かっている。技術棟は嫌だぞ、あそこは耳が痛くなる」

「お前の研究室だって大概うるさかっただろうが」


 散歩を嫌がる犬のようなアシュリーの手を掴んで引きずりながら、技術棟の中へ。

 学院で最も雑多な学科である技術科は機械構築・鍛冶鉄鋼・土木建築・裁縫調理・絵画音楽などなど技術と呼べるものならば何でも守備範囲、とにかく手に職を付けるための場所だ。

 とにかく騒音の種類が多いために一つの場所に集められ、防音対策はしているが完璧ではない。数々の騒音が不協和音を奏でる、この世で最悪の楽団というのは技術科のことだ。


「あああ、耳がおかしくなりそうだ。早く帰ろうウォーウルフ、技術科なんて遠征に行かないのが多数派だろう」

「部屋に入れば防音壁で多少はマシ。それに、だからこそその少数派を取り込めたらぐっと有利になるんだ。いるといないじゃ大違いだぞ」

「そこまで言うなら我慢してやるが、ちゃんと優秀なんだろうな。自慢じゃないが私は人見知りだ、私を気遣ってくれる人間でないと仲良くできる自信なんてないぞ。ぶっちゃけオーランド・ベイ相手にも緊張していたからな」

「本当に何の自慢にもならないな……」


 スティーブンはそっと息を吐く。振り返るとアシュリーは無い胸を反らして「えっへん」とドヤ顔をしていた。

 はたきおとしたくなったのは内緒だ。


「腕は保証する、なんたって技術科の六位だ。常識人で性格もまとも、僕たちと違ってな」

「腕の良い職人って頑固おやじみたいなイメージがあるのだが……」


 何を想像したのかアシュリーは体をぶるりと震わせるが、スティーブンはそれを笑って否定する。


「それはない。陽気な人だしそもそも女性だ。まあ、少し男勝りな部分はあるが」

「……それは……良いのか?」

「何がだ?」

「……分からないならいい。でも、私は今とても寒いぞ」

「確かに春にしては今日は冷えてるな……」


 室内、それに熱量が多い場所にしては気温が低い。

 部屋に入れば多少マシだろうが、技術棟は無駄に広いのでまだ歩く。


「生姜飴、いるか? 体が多少は温まるぞ」


 ポーチを漁って以前技術科調理コースの友人からもらった飴を引っ張り出してアシュリーに差し出す。

 それに対して非常に複雑そうな顔が返された。

 はて、生姜は苦手だったろうか。


「なんでその気遣いができて……いや、ありがたく頂戴しよう」


 二人で飴を転がしながら歩く。

 調理コースの部屋を通ると、肉の焦げる非常に良い匂いが空腹を加速させる。

 そこでようやくスティーブンは昨日の夜から何も食べていないことに気づいた、今は昼。

 準備が忙しくうっかり忘れていた。そろそろ死ぬかもしれない。


「アシュリー、最後にちゃんとした飯食ったのはいつだ?」

「…………昨日の朝?」

「よし、下には下がいた」


 思わず拳を握り締めてガッツポーズをしてしまう。


「おい待て。それかなり危ない思考になっているぞ。上を見ろ、上を。というか本当に大丈夫なのかお前。これが終わったら食堂に行こうじゃないか、な?」


 アシュリーに心配されるようでは本当に末期かもしれない。

 スティーブンは少しだけ思い直した。


「………そうだな」



 ***



「で、その技術科六位の名前はなんと言うのだ?」

「デイジー・ラボラトリという」

「技術科のためにあるような姓だな」

「分家の娘で本家の方は代々宮廷御用達の職人一家らしいぞ」

「ほーん……」

「興味なさげか」

「ないこともないが宮廷なんて一生関わることもなさそうなのでな……」

「まあ、お前はそうだろうな」

「騎士の叙勲の際には宮廷に行くのだろう? 精々頑張りたまえ、第八位」

「うるさい」


 なんて会話をしているうちに目的地へと到着する。

 大きく頑丈な金属製の扉の中からは鉄を打つ音が一つ二つ、一定のリズムで聞こえてくる。

 昼時だ、残っている者はそう多くないだろう


「着いたか」

「……いくらなんでも広過ぎだろう、建物に入ってから二十分は歩いたぞ」


 少し乱れた息を整えながらアシュリーが言う。体力の無いこの少女にとってはこの距離の行軍すらも厳しいらしい。


「そりゃあ規模が違うからな。人数もそうだが設備が整ってなきゃ始まらないコースも多い、剣と杖だけがあればいい騎士科や魔術科とは違う」

「……まあ、世間様に一番貢献しているのも事実だし、仕方がないか。……でもなぁ、もうちょっと医学方面にも予算を出してもらいたいものだ」

「医学? 治癒魔術の方が手っ取り早いだろ?」

「知らないのか。人の潜在魔力量は年々徐々に低下している、数百年後には人類は魔力不足で魔術が行使できない未来だってあるのだぞ? その時になって医学に頼っても遅いのだ」

「ふーん……」

「興味なさげか」

「いやだって僕死んでるしな、そのころ」

「無責任な奴だ」

「……まあ精々頑張れよ、フランケンシュタイン博士」


 意趣返しとばかりにスティーブンは皮肉気に言う。

 対してアシュリーは拗ねたようにぶすくれる。


「ふん、お前の死体は有効活用させてもらう。安心して死んでいいぞ、お前の生には私が意義を与えてやろう」

「僕が死ぬ前提かよ」

「むしろ何故その生活習慣で死なぬと思っているのか私には不思議なのだが?」

「……僕は五十まで生きる」

「若干リアルなのやめろ」


 ちなみに平均寿命は七十弱。


「……そろそろ入るか」

「そうだな」


 夢を追ってはいるが現実も見えている二人は不毛な会話を止めることにした。

 精神がえぐられる。

 気を取り直してスティーブンは扉に手をかけ、そして──


『スラスターオン!』

『────!!??』


 部屋の中から陽気な声と、それを諫めるような声にならない声が聞こえた。


「え? ウォ──」


 アシュリーの声も、伸ばした手も届かない。


「ぐぇ──」


 ──突如として突き破られた扉から飛び出した大きな弾丸。

 迸る轟音突風大質量をその身に受けたスティーブンは潰れた蛙のような声を上げ、死んだ。


「いや……死んでない……ぞ……」


 最後の力を振り絞ったのかそれだけ言うと、がくりと力を失った体。

 やっぱ死んだ。


「ウォーウルフーーーー!?」

『『わーーーーーー!!??』』

「スティー!?」


 最低楽団の不協和音に、絶叫が加わった。


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