メンバー集め アシュリー・フランケンシュタイン 1
・放置してるわけじゃないんですよ(-"-;A ...アセアセ
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イーストウッド王立総合学院では六年次になると、学生が成人を迎えることもあり座学よりも実技の割合が大きくなる。
特に騎士科と魔術科は将来戦いを生業とするため実戦経験を積む目的で、必修科目であり本格的な実地研修である遠征が始まる。
戦乱が終わり、人の戦争が終わり告げられ、その後のごたごたがひと段落着いた現在、騎士や魔術師の敵は専ら魔物である。
全ての生命は多かれ少なかれある程度の魔力を有するが、自身の魔力量を制御できず暴走し、圧倒的な身体能力の代わりに理性を失い、凶暴性を増したものが魔物とされている。
魔物の被害はいつの時代でも人類の悩みの種であり、時には魔物の手によって全滅した町や村も存在する。
学院では魔物を討伐しに行く実地研修は度々行われていたが、今までは近隣に生息する比較的弱い魔物ばかりを相手にしていたが、これからはより強い敵を求めて人の領域を離れ各地へと遠征をするのだ。
「さて、栄えある一等学生諸君。遠征の時間だ。君たちは本物の戦場を知ることになる。これまでの実地研修とは訳が違うぞ? 学院全体で安全にはできる限りの憂慮をするが、毎年命を落とす者も少なくはない。参加の際に誓約書はちゃんと書いて提出するように。遺書の用意もだ。男衆、ベッドの下のエロ本は処分しろよ。女性諸君、引き出しの奥のラブレターを出すのも忘れるな。それだけ、命の保証はない。だがもし……怖気づいた、と君たちが言うのなら強制はしない。命は大事だ、個々に事情もあるだろう、その選択を責めはしない。……しかし、騎士とは死地を行く者、修羅を歩む者、これを乗り越えずしては王国の守護者とは足り得ない。覚悟を決めろ、気合を入れろ。お前たちが一世の雄として名を上げんと思うのならば、たとえそこにどんな危険があろうとも、打ち勝て、跳ね除けろ、己の矜持を見せつける時だ」
なんて演説が教師からなされたのが二日前、今は二週間の遠征準備期間だった。
遠征は所持品から移動手段にメンバー構成、行動方針から討伐対象の選定まで全て学生だけで決めることになっている。
教師に聞けばアドバイスはもらえるが、評定に若干のマイナス補正がかかる。その点をどう考慮するかも含めて、学生の能力が試されるのだ。
安全を重視するなら直接教えを乞うのが最善だが、人脈を駆使して先達から情報を得るという手段も可能。ただそれには信頼できる相手を選ぶ必要がある。
この遠征は成績に最も影響するためスティーブンとしても上位陣と水をあけられるわけにもいかない。
築き上げた知識と経験に人脈を活かし、上位を狙う。
「まず、誰と組むかだ」
第一声がそれだった。
学院一等学生寮では騎士科第八位スティーブン・ウォーウルフと、学院入学以来からの親友である第二十八位オーランド・ベイが作戦会議を開いていた。
共にブロンズからシルバーを飛ばしてゴールドへと昇級した、なにかと話題の二人だ。
「拙とウォーウルフ殿がおりますれば前衛は回りましょう。欲を言えばあと一人は欲しいところですが……あまり贅沢は言えませぬな」
「まあ、騎士科でフリーの人間は少ないからな……」
「ローレンス殿たちと組めれば良かったのですが……」
「二つ等級の離れた相手とは組めない。不便だが、意図はわかるしな……」
「お三方も悲しんでおられるかと」
難しい顔をする二人。
スティーブンは元々所属していたチームを離れ、一からのチーム作りを強いられていた。
しかしながら、学院生活も六年目となれば大方の人間関係は出来上がっており、また等級の入れ替わりも少ない騎士科ではフリーの人間というのは少ない。
友人知人はそこそこにいるが、愛着のあるチームから離れたがる者はそう多くいないだろう。
加えて──
「他のチームに入れてもらうのも手ではありますが、ウォーウルフ殿は嫌なのでありましょう?」
「……すまない、面倒をかける」
──スティーブンはチームリーダーになる必要があった。
意を汲んでくれる友人に感謝しつつ、腕を組んで唸る。
プラチナを目指す以上は、遠征で控えめに言って無茶をしなければいけない。
しかし、命のリスクがある遠征でそんなことをしたがるゴールド以下の学生は少ない。
プラチナは他の学生からは雲の上、違う次元、常識の外にいる存在だ。ゆえに彼らが目指すのはゴールド、つまりは一等学生の地位であり、その維持に限られる。
スティーブンはマイノリティ中のマイノリティ、賛同してくれる人間などオーランドぐらいのもの。
既成のチームに入ってしまえば、高みを目指すことすら不可能となる。
「なに、拙がゴールドに上がれたのもウォーウルフ殿の助言あってこそ。多少は面倒をかけてもらわねば恩が返せぬというもの」
得難い友、実家が宗教の大家らしいスキンヘッドの大男は奇妙な仕草で合掌し、優しい顔で微笑んだ。つもりらしいがぶっちゃけ人相が怖い、とスティーブンは思った。
慣れたが。
「……助かる」
「お気になさらず」
頭を下げようとするスティーブンを制し、オーランドは鷹揚に頷いた。
「まだ見ぬチームメイトを探しに行こうではありませんか」
「……そうだな、チームの下限は四人、最低でも二人は見つけないと」
「医術科から一人は欲しいですなぁ……」
オーランドは思案するように顎に手を当てる。
何が起こるかわからない遠征で回復手段を持たずに行くのは自殺行為も甚だしい。
下手をすればチーム作りの失敗で遠征メンバーから弾かれる場合だってあるだろう。
「欲しいというか必須だな。たぶん医術科がいない時点で減点は確実だろう。ここで躓くわけにはいかない」
神妙な面持ちで頷くスティーブン。鞄からメモを取り出してぱらぱらとめくる。
そこには実力者たちや注目株の能力や癖、性格などが書かれている。
主にライバルとなる騎士科のデータが多いが他科もある程度収集してあった。
「ムーア殿など、どうですかな?」
はたと、閃いたとばかりに人差し指を立てたオーランドが挙げた名前は医術科四十七位のジェームズ・ムーアー二等学生。
スティーブンも過去に何回かチームを組んだことがあった。若干正確に難があるというか癖が強かったのを覚えている。
「彼は無理だ。こんなこと言うのは正直憚られるが……彼はプライドが高くて強権的な性格だからな。人の下に付くようなタイプじゃない。自分より順位が下の人間としか組まないよ」
優秀ではあるがコンプレックスの塊で度々格上を妬んでは上位者であることにひどく拘る人物だった。
その代わり自分より下の人間にはわりかし優しいので評価に困ったと、メモにも残っている。
天才が嫌いという部分は同意だが、スティーブンは天才が嫌いであっても彼らの努力と実力は尊敬しているのでそこが合わなかった
「あー……そうでしたな……」
オーランドは上を向き記憶を思い返していくと、段々と微妙な表情になっていく。
ゴールドやプラチナへのやっかみが凄まじく、同意を求められても角が立たないように愛想笑いを繰り返すしかなかったのを思い出したのだろう。
「ではベッソン殿は?」
「ベッソンか……彼は事なかれ主義だしなぁ……医術科は遠征が必須でもないし参加しないんじゃないか?」
だから医術科は貴重なんだけど、とスティーブンはぼやく。
需要と供給の不均衡、つまりは腕の良い人間は競争率が高い。
「ふぅむ……しからば……ド―ネン殿なら?」
「彼は最近入院したぞ、胃を壊して」
「ああ、過度に神経質な方でしたものな、遂にですか……南無……」
二人で今は亡きライアン・ド―ネン二等学生へと鎮魂の祈りを捧げる。
お互い宗教は違うが思いは同じだ。
なんてことはさておき。
「ううむ、拙は他に案が浮かびませぬな……生憎と一等学生には伝手が少なく……」
提案された三人は全て交流のあった二等学生だった。
基本的にオーランドの持つ人脈は宗教など独特な方面に偏っていて、頼りにするには些か癖が強すぎる。
彼は文字通りお手上げと、両手を上げて低く唸る。
しかしながら、そんな言葉とは裏腹にその表情には余裕があった。
わざとらしくにやにやと、実に楽しげだ。
「して、隠し玉はお持ちなので?」
ともすれば試すような、からかうような口調だった。
ある意味では信頼の証とも言えよう。
スティーブン・ウォーウルフならば名案を持っていて当然という期待の表れなのだから。
「あるとも」
スティーブンは若干の引き攣った顔で、しかし全力で強がった笑みを浮かべた。
ノートをぱらぱらとめくり、赤い丸のついたページで止める。
そこに書かれた名前はアシュリー・フランケンシュタイン。
医術科三十位の一等学生だ。
「最高にピーキーな、とっておきが」
***
「あの……疑うわけではありませぬが……本当に大丈夫ですか?」
目当ての人物がいるという場所に辿り着いた二人は、その部屋の前で呆然と佇んでいた。
学院では二等学生から個室が与えられるのだが、加えて一等学生になると希望すれば研究室を専用に借りることができる。
ここは、アシュリー・フランケンシュタインの研究室だった。
学生寮であるはずなのにここら周辺に人気が無い。少ないではなく、無い。
「なんと言いますか……その、大丈夫ですか?」
オーランドは他に言いようがなく、言葉を繰り返す。
だが、理由は明白だ、無理もないだろう。
──何かが壊れる音がする。
風船が破裂するような音や、爆竹を鳴らしたような音、鈍器で人を殴った時の鈍い音、耳をつんざくような悲鳴に、蛙が潰れた時のような苦悶の声、そしてそれを嘲笑うかのような高笑い。
地獄というものが本当に存在するならば、おそらくこの場所は音だけならそれを完全に再現しているに違いない。
「大丈夫じゃない」
「え?」
「大丈夫じゃない」
呻くように声を絞り出すスティーブン。
彼が苦々しい表情をしているのはいつものことだが、こうも怯えて躊躇っているのは珍しい。
泰然自若を座右の銘とするオーランドもこれには同様を隠せない。
「ここには、どのような方がいるのですか?」
「アシュリー・フランケンシュタイン。医術科三十位の一等学生。一言で言えば、マッドサイエンティストだ……」
「ああ……」
全て察したとばかりにオーランドは悟り顔を浮かべる。
馬鹿と天才は紙一重という言葉があるように、学院の成績上位者には変人が多い。
スティーブンだってある意味その一例だ。
しかし、騎士科一の大丈夫じゃない男に大丈夫じゃないと言わしめるとは如何ほどの御仁であろうか。
「本当に行くので? ウォーウルフ殿のことだ、候補は他にもおりましょう?」
ここで引くような男でないことは知っているが、聞かずにはいられない。
「腕は確かだ。根性もある。悪人でないことも間違いない。協調性もないことはない。かなりの頑固者だが、相手を尊重できるだけの器量もある。ただ……」
「ただ……?」
そこだけ聞けば、優良物件だ。
「頭が、おかしい」
「…………」
スティーブンは頭痛をこらえる様に眉間を抑える。
その口からは無意識なのだろうが「行きたくねぇ……」と素の声が漏れていた。
努力のスピード違反とも恐れられる彼がここまで嫌がるとは……。
自分としても身が引き締まる思いだ。
「……では、行きますか?」
決起を促す、ここで手をこまねいていても何も起こらない。
「………………………………よし」
不自然に長い間に不安を覚えるがオーランドは努めて無視した。
「ノックしないので?」
早速とばかりにドアノブに手をかけるスティーブンに尋ねる。
女性の部屋にノックもなしに入るというのは許されざることではというのは、さしものスティーブン相手でも咎めてしまう。
「ノックなんかされても気づかないから勝手に入れ、と言われている」
「なんと!」
思わず大きな声を出してしまう。
なんとも剛毅な性格をしていることもそうだが、そんなことが許されるほどの仲であったこともだ。
スティーブンはその意味に気づいていないようだが、オーランドは先ほどから続く背筋の寒気が一層強まるの感じた。
(しかし……ここで拙が説明するのも無粋というもの。くわばらくわばら……)
オーランドはそれ以上は口を噤む。
「アシュリー・フランケンシュタイン! 入る──」
ガチャっと音がした刹那、バンッ、と大きな音がする。
スティーブンが扉を開けた瞬間に閉めたのだ。燕の如き早業であった。
「どっ、どうなされたか!?」
「す、すまない、心の準備が足りなかったみたいだ」
いったい何がそこにあるのだろうか。
スティーブンは心拍数が急激に上昇したようで、胸に手を当てて落ち着かせるように深呼吸をする。
「行くぞぁ痛ーっ!?」
「ウォーウルフ殿―――――――!!!」
もう一度スティーブンがドアノブに手をかけたタイミングで扉が勢いよく開かれた。
扉はスティーブンの頭部にダイレクトアタックをして大きく吹き飛ばす。
「止まれ! 止まって! まっ、待ってくれぇ!」
部屋の中から若い女性の声が聞こえたと同時に、何か黒い物体が飛び出してくる。
オーランドはそれを咄嗟の反応、考えるよりも先にその長い腕を伸ばし、飛び出てきた小さなそれを捕まえる。
──黒い……てるてる坊主のような……なにか。
なんとも不思議な生物だった。そして意外にも力が強い、手のひらサイズでありながら今もオーランドの拘束から脱出しようともがいている。
「おお! ありがとう通りすがりの人!」
次に部屋から出てきたのは蒼髪碧眼の白衣の少女。
ぼさぼさの髪とすす汚れた肌、深い目の隈に加えよれよれの服には何かの液体の染みた跡、そして今にも折れてしまいそうな華奢な体。
おそらくは、アシュリー・フランケンシュタイン。
なるほど、まともではない。
「あ、いえ、拙は……」
事態が上手く呑み込めず言葉に詰まったところで、少女は倒れているスティーブンに気づく。
「ん? スティーブン・ウォーウルフ?」
「やあ……アシュリー・フランケンシュタイン」
赤くなった額を抑えながら少し涙目で言う。
「頼みがあるんだ」
オーランドはなんとなく、類は友を呼ぶという言葉を思い出した。
とりあえずまあ、二人とも、寝た方が良い。
***
「よかろう!」
「決断早いな」
スティーブンによるチームへの勧誘は電光石火で終わりを告げた。
「正直に言うと遠征には行きたかったんだが、チームを組んでくれる人間が見つからず困っていたところなのだ。私は友達いないからな!」
「本当に正直ですな」
「渡りに船ってことか」
「そうそれ!」
快活に笑うアシュリーに邪気はない。顔の素材も悪くない。
普通ならば友人の一人や二人いてもおかしくないだろうにとオーランドは訝しむが、原因はやはり見るからに不健康そうなその雰囲気か。
正直に言えば生気が、薄い。
それとも──
「いやなに、スティーブンには前々から治験を手伝ってもらっていたからな。みんな怖がって今まで誰もやってくれなかったのに……あれで研究が大いに進んだ。あの時の借りを返したいと思っていたのだ、喜んで協力させてもらうぞ」
「そっちが建前か」
「そう!」
「いやいや、先に本音を言っておりますが」
「些細なことだ!」
「なるほど、確かにこれは癖が強い」
遠い目をしながらオーランドは言う。悪い人間ではないことは理解できる。
しかしスティーブンは常にハイリスクハイリターンを選択するタイプの人間だ、彼の人選に間違いはないとは思いたいが先行きの不安がぬぐい切れない。
「それであのクソ不味い薬、完成したのか?」
「効果はそのまま、グレープフルーツ味にした」
「そいつはいいな、あれは人間の飲み物じゃなかった」
「いやがぶがぶ飲んでた気がするが」
「気のせいだろう」
その治験とやらの話をする二人。
ブロンズのころからとにかく忙しなかったスティーブンがいつもどこで何をしていたのか、どうして人脈が広いのか、オーランドは少し理解できた気がした。
「ふむ、お二方。それはどういった薬なので?」
蚊帳の外が少し寂しくて、あとは普通に気になって尋ねる。
すると、よくぞ聞いてくれたとばかりに明るい表情でアシュリーは一本の茶色い瓶を取り出した。
中には何やら液体が入っている、飲み薬であろうか。
「眠気を吹き飛ばしてくれる薬だ! 私はエナジードリンクと呼んでいる!」
「これがけっこう効くんだよ、オーランドも飲むか?」
「…………」
目の下に濃い隈をこさえた、青白い顔の二人がへらへらと楽しそうに笑う。
オーランドは「手遅れやも……」と半眼でそれを眺めながら丁重にお断りする。
踏み込んではいけない領域の気がした。
「無粋を承知で言いますがその薬、あまり常飲なされぬよう。決して、睡眠を疎かにすることのないように、死にますぞ?」
少々怒気を込めて強めに言う。
ブレーキの壊れたこの男は毎度のことだが車輪が壊れない限り止まらない。
放っておけばいずれバタッと倒れてぽっくり逝ってしまうだろう。
そうならないようによく見ていてあげてくれと、オーランドは頼まれている。
「……わかってる、これは切り札だからな、乱用はしない」
「本当ですかな?」
じろりと睨んで問うたのはスティーブンではなくアシュリーにだ。
「トーナメントの時期には毎日飲んでいたな」
「ほぅ?」
「アシュリーお前!?」
「いやだってこの人顔怖いぞ」
さらりと傷つくことを言ってくれる。否定はできないが。
だがそれよりも、重要なことがある。
「フランケンシュタイン殿、しばし席を離れますがすぐに戻ります、少々お待ちを」
「アシュリーで良いぞ、姓は長いだろう」
「ではアシュリー殿で、ちょっと説教してきます」
「うむ、ゆっくりで構わん」
許可をもらったのでオーランドはスティーブンの首根っこ掴んで猫のように持ち上げる。
鍛えてはいるが、元々が細身なのに加え病み上がりだ、軽い。
「ま、待てオーランド! 話せば分かる!」
「ええ、ですから今からじっくりお話しましょうや」
「り、リーダーは僕だぞ!?」
「忠臣の諫言も聞かぬ暴君に仕える気はありませぬなぁ」
「ぬぁあああああ!」
「はっはっはっ、筋力で拙に勝とうなど百年は早い」
オーランドはスティーブンを引きずりながら部屋を出る。
アシュリーはその光景を見ながらぽつりと呟いた。
「若と爺って感じだなあの二人……同い年のはずだが」
それはそうとして、アシュリーは準備に取り掛かる。
せっかくの来客だ、これを利用しない手はないと、作り置きの薬を確認する。
フヒヒと笑うその姿を、檻に入れられた謎の生物は何とも言えない瞳で眺めていた。