騎士科六十一位 スティーブン・ウォーウルフ
生まれというのは絶対だ。
貴族は最初から貴族であるし、天才ってやつは最初から天才で。
自分たちのような平凡な一般大衆が生まれた後にどれだけ足掻いたって、後天的にそれらの属性を得ることはできない。
持つ者と持たざる者を隔てる溝は、たとえ死んでも埋まりはしない。
最初から、そう決まっている。
ゆえにこそ彼らは理解しない。
出来ないということが分からない。
彼らが無責任に語るキラキラとした夢や希望のその陰で、どれほどの人間が非情な現実に打ちのめされていることか。
知らないのだろう。
知る必要もないのだから、平気で無茶を言ってくる。
(……本当に、無茶を言う……)
そして今日もまた、光に魅せられた馬鹿が一匹。
灰かぶりの少年──スティーブン・ウォーウルフはそう独り言ちた。
首元ではブロンズのドッグタグが揺らめきながら鈍い光を放っている。
彼は現在、イーストウッド王立総合学院付設の大闘技場の舞台に立っていた。
本日のイベントの名は学院騎士科主催の青帝杯、毎年春に開催される学院最強の騎士を決めるトーナメントだ。
その五回戦まで、スティーブンは勝ち残っている。
しかし、今回そんな彼に相対するのは東洋の着物を纏い、静かに佇む紅の少女。
腰に刀を携えた彼女の名はセラ・アオイ。
首から提げたドッグタグは白金製のそれ。
騎士科序列第五席。栄えある学院七騎士が一人、一切両断の紅剣姫。
(ああ嫌だ、これだから天才は嫌いなんだ)
自然、手が震えていた。武者震いではなく、純粋な恐怖ゆえに。
まだ試合前だというのにスティーブンの背中は冷や汗でびっしょりと濡れている。
目の前の少女は主観的にも、客観的にも、凡才のスティーブンが敵う相手ではない。
数える気にもならないほどによくもまあ集まった観衆の中で、スティーブンの勝利を信じる者など余程の数奇者か浪漫主義の博徒くらいだろう。
誰もがセラ・アオイの華麗なる美技に注目し、期待している。
この場での哀れなる子羊である彼の役目は、彼女の引き立て役に他ならない。
──だが、それがどうした。
(そんなこと、僕が一番わかっている)
それを理解してなお、自分はここにいる。
場の空気に呑まれそうだった自分を叱咤してスティーブンは前を向く。
やるべきことはただ一つ。
元より全て覚悟の上だ。
死ぬ時は前のめりと、相場が決まっている。
「精々、派手に散ってやるさ……」
呟き、思考を切り替える。
抗うために。
脳内ノートをパラパラとめくる。赤丸を付けたページを開き、前日までに散々に練ってきた作戦手順を反復する。
騎士科第五席セラ・アオイ。東洋剣術の達人。葵一刀流の皆伝。
得意技は居合。小柄ゆえにリーチが短く筋力にも恵まれていないが、学院屈指の敏捷を誇り、技量の一点に絞れば学院一位と目されている。
潜在魔力量は他の七騎士に比べれば格段に低く、用途も身体強化と魔力放出に限定される。だが逆に言えば、素の状態では七騎士で最強とも言える。
性格面は寡黙だが実は好戦的。特に戦いを楽しむ悪癖あり。
正直スティーブン個人としては非常に理解し難いが、彼女は常に強敵を求めており、手に汗握る、燃え上がるように血の滾る死闘というのを望んでいるらしい。
ゆえに彼女が選ぶ道は勝利への最短経路ではなく、相手の技を受け、それ以上の力を以って跳ね返す、魅せる戦い。
(まあ要するに、舐めてるわけだ)
スティーブンはセラの試合を何度も観戦したことがある。
その際にふと気づき、やがて確信したことが一つ。それは、七騎士との対戦を除いて彼女がほぼ全ての試合で本気を出していないということ。
常に同じ型から入り、同じ技を繰り出す。基礎の反復でもしてるつもりか、場合によっては指南するように、相手の全力を引き出そうと手加減して戦っていたこともある。
まるで、その方が面白いと言わんばかりに。
当時の相手がそれに対し何を思ったのかは定かではないが、スティーブンにとってそれはひどい侮辱だ。
見下されるのはなんであれ気分が悪い。
だが同時に、それが彼女の弱点。彼女は戦闘開始直後には全力は出さない。
むしろ窮地に陥らないかな、とさえ思っている節さえあろう。
初撃を防いでのカウンター。可能性は恐ろしく低いが、もしうまく決まれば、おそらく勝てる。
天才と言えど人の身、その耐久は魔物に及ぶべくもない。
逆に言えば、そこを逃せばセラ・アオイにスティーブン・ウォーウルフが勝利する術など存在しないのだ。
(気分は悪いけど、見下されて勝てるならいくらでも見下してもらっても構わない)
欲しいのは勝利という結果のみ。その為なら、何だってする。
何だってしてきたから、スティーブンはここにいる。
今回もそうするだけだ。
右手の剣を構え、左手の盾を握り直す。
「始めッ!」
審判による開始の合図。
五丈先にはセラ・アオイ。
しかし彼女の敏捷性ならば距離を詰めるのに一秒と要るまい。
大方の予想通り、先手はセラ・アオイが取った。というか、スティーブンはそもそも取りに行く気が無い。どう足掻いても取れないし、取りに行く度胸もない。
重要なのは予測とタイミング、スティーブンのスピードでは見て反応するには些か以上に遅すぎる。
繰り出す手は全て決め打ち、外れたらそこまでだ。
次の瞬間、スティーブンを小さな影が覆った。
「はァあああああ!」
(予想通りッ!)
正体は、セラ・アオイの跳躍からの振り下ろし。
スティーブンはそれを盾で受け止める──ということはしない。どうせ盾ごと叩き斬られるのがオチだ。
選択は回避、一歩下がると剣圧が鼻先を掠める。
ギリギリだった。
(予測よりも早いか……!? これだから天才はッ! すぐ成長しやがって!)
セラ・アオイが次の動作に入る、よりも早く次の回避に移る。
繰り出されるは疾風怒濤の突き。
「せぇいッ!」
「なんっ……のォ!」
狙いは喉、というのは分かっていた。
ならば予測速度を上方修正した上で、体を反らせば良い。
──はずだった。
(ッ!? 掠った!)
脳に体が追い付かない。
スティーブンの頬を剣が掠る。薄皮一枚が斬られ、血が飛び散った。
顔が熱い。試合用に刃を潰しているはずだが、摩擦で焼き斬られたか、恐るべき速度である。
だが、直撃ではない。
「はッ!」
(袈裟斬り!)
スティーブンは左腕を掲げて斬撃を盾で受け止める。
重い一撃に腕が軋むが、気にしない。盾に埋め込んだ術式を使って瞬間的な魔力放出を敢行。
衝撃によって刀を弾く。が、セラ・アオイの体幹が崩れることはなかった。
刀を握り直し、すぐさま斬り込んでくる。
その一瞬前に動く。
迷うどころか、考える暇すらない。事前に決めた動きをトレースするだけ。
避ける、剣でいなす、盾で受ける。気づけば十手が噛み合った。
(あと……三手っ……!)
そこまで耐えれば、好機は必ず来る。
あと三手、計算通りに──
「……そこォ!」
「がッ!?」
予測が外れ、斬撃が右脇腹に直撃する。
(外した!? いや違う! 相手が外しやがった!)
常道から外れる一手。尋常じゃない衝撃が体を襲う。
逆流した胃液を無理に飲み込む。喉が酸で焼かれる感覚が不快だったが、そんなことはどうでもいい。
まだ、終わっていない。ルート修正はまだ可能、予想外だが想定内。
(構うな! どうせ斬れやしない、骨の一本や二本くれてやる!)
痛みを無視し、歯が折れんばかりに踏ん張る。
肉を切らせて骨を断つ、ではないがセラ・アオイの攻撃は軽い──他の化け物連中に比べればだが──たった一撃なら耐えられないものでもない。
実戦なら、真剣だったなら今頃既にスティーブンの胴は真っ二つだったことだろう。
戦場ならば即人生ゲームオーバー、だがそれも関係ない。
「刀、もらうぞ!」
「むッ!?」
防御は間に合わなかったが、見事に胴に入ったカタナを脇で挟み右腕を絡めるようにして抑え込む。
ほぼ全ての分野で負けているが、膂力だけはセラ・アオイとスティーブン・ウォーウルフの間に明確な差はない。
勝つか負けるかは精神論の領域だ。
刹那の均衡が生まれ、会心の一撃にスティーブンが揺らがなかったことに彼女は少しだけ驚いたように、目を丸くする。
「むぅ」
(ここだッ!)
空いた左腕、盾で彼女のがら空きの脇腹に殴り掛かる。
盾といえども、縁を薄く鋭く削れば立派な武器だ。
さすがの七騎士でも、セラ・アオイは女性らしく華奢、今の軽装なら直撃すれば骨の幾らかは持って行ける。
「ボディがお留守だ──」
気が逸り、スティーブンの顔に自然と笑みがこぼれる。
完璧に決まった。
遂に、七騎士に一撃が──
「……惜しかった」
「…………くそっ」
──決まらなかった。
ただの一度として鈍間の刃は届かない。
瞬時の判断で刀から手を離したセラは、目にも留まらぬ速度を以てして自身の右肘と右膝で挟むようにして、スティーブンの一撃を寸でのところで受け止める。
ついでとばかりに狙われた左手首が砕かれて逝ったのを、スティーブンは鈍い痛みと共に感じた。
「見事」
「化け物め」
両者から思わず出たのは称賛の意を持つ声。
一方は微笑ましいものを見る慈愛を共に。
一方は嫌悪感を隠そうともしない呪詛と共に。
「化け物は傷つく……」
「あ、いや、すまない……女性に言うべき言葉ではなかった」
「ん」
ゆっくりと構えを解き、二人はいったん距離を取る。
明暗は、はっきりと分かれていた。
損傷の激しいスティーブンに対し、セラは無傷だ。
「一つ質問してもいい?」
ふと、彼女の方が刀を鞘に納めて話しかけてきた。
とはいえ油断はしていない。隙がある訳でもなし、そもそも不意打ちできるようなスピードはスティーブンにはない。
「……どうぞ」
少し考えてから、乱れた息を整えるためにスティーブンは了承する。
左手首にテーピングを施す。
「あなた、本当にブロンズ? 正直甘く見ていた、申し訳ない」
(やっぱり見下していたのか……仕方ないけど……)
ちょっとだけ、げんなりした気分になる。
しかし、問われたのならば答えてやるのが世の情けだろう。
「ブロンズで間違いないよ。今までお勉強さぼって色々やってたからね」
肩をすくめて言う。まあ、自慢できることでもない。
「なるほど。お勉強はちゃんとしないとダメだよ」
「いやいきなりそんな一般論を諭されても……」
「私が教えてあげようか? 安心してほしい、楽しい勉強法なら知っている」
「……遠慮する、勉強が嫌いなわけじゃない。他にやりたいことがあって忙しかっただけだから」
「そう、ならいい。けど、助けが要るなら私を呼んでくれてもいい」
「あー……ありがとう? でいいのかな……」
「ん」
セラがいきなり真顔でそんなことを提案してくるので、スティーブンはなんだか疲れたような顔をする。
この間にも腹と手首がジンジンと痛みを訴えてくるので、あまり会話とかしたくない。
骨に響く。
「あなたの実力ならゴールド筆頭も夢じゃない。自信を持つといい、頑張って」
セラはファイトと、小さく両拳を掲げながら優しく笑った。
無意識だろうか、言外にどれだけ頑張っても自分には及ばないと言ってることには気づいていないらしい。
驕りか、ただの事実か。
後者だろうなと、スティーブンは自嘲気に笑う。
「この状況だと皮肉にしか聞こえないんだけれど?」
「本心。私に及ばないからといって気に病む必要はない。当代の七騎士は規格外の存在、比べること自体間違いだと愚考する」
「……ご親切にどうも」
歯噛みする。
セラの言葉に悪意はない。きっと、十割善意の誉め言葉。
そこに傲慢さはなく、客観的事実をそのまま語っているに等しい。
受け取る人によっては、これ以上ない評価であることだろう。
(ああ、まったく……反吐が出る……)
気に病む。いつだって気に病む。何度だって気に病む。
無慈悲な現実をそのまま割り切れる性格をしていたのならスティーブン・ウォーウルフはこんなところまで来なかった。
体がボロボロになるまで歩き続けなかった。
片田舎で雑貨屋の店番をやっている、そんな安穏とした人生を送っていたはずだった。
握りしめた拳から赤い血が滲みに出て、滴り落ちる。
(そりゃあね、あんたらは強いよ、天才だ、きっと英雄になる)
学院七騎士、セラ・アオイ。
彼女には自分を凡愚と見下すだけの資格がある。
だが、それでも。
(自分の限界は自分で決める、あんたらに決められる筋合いはない……!)
そしてなにより──
「まだ、負けてない」
「む」
「僕はまだ立っているぞ、セラ・アオイ」
勝負は見えている。それを否定できる術をスティーブンは持ち合わせていない。
これより先はただの悪足掻き。
多少賢い頭を持っているなら、いたずらに怪我を重ねるよりも潔く負けを認めた方が身のためだと、賢明な判断をすることだろう。
なにも、今日で全てが終わる訳ではないのだから。
「あまり舐めるなよ、ジーニアス……!」
──もう一度言おう、それがどうした。
負けたら悔しい。そんなのは嫌だ。
往生際が悪いのが、この平凡な身に与えられた唯一の武器。
諦めるという選択こそが、己にとって最も難しい一手であるゆえに。
スティーブンは剣の切っ先を、少女に向ける。
「う~ん……男の子だ」
セラが楽しそうに呟く。
喧嘩帰りの弟でも見るようなその視線が気に食わない。
「でも、うん。確かに今のは失言だった。謝罪する。……そして、全霊で掛かってくるといい。私は、その全てを跳ね返す」
「……そうだな、少し喋り過ぎだ、再開しよう」
「ん」
審判からの指導が入る前に、再度の臨戦態勢。
先ほどとは空気が違う。
小手調べとは違う、居合の構え。つまりはセラ・アオイ必殺の型。
明鏡止水とはこのことだろう、微動だにしていないのに近寄った瞬間斬られる気がして仕方がない。
雑念の一切を排除した、驚異的な集中力。
澄み切った湖面に一石を投じる勇気が、どうにも出てこない。
(手は抜いていないんだろうが、余裕がありますって感じだな……)
スティーブンは一度短剣をベルトに納め、右手で腰のポーチを漁る。
目当ての物を手にすると、一度深呼吸をしてから気を奮い立たせる。
「その顔歪ませてやる……ぜっ!」
吼えると同時にスティーブンはナイフを二本、セラに向かって投げ撃つ。
同時に抜剣しながら飛び掛かり、短剣を振り下ろす。
ナイフは少し体を反らすだけの最小限の動きで避けられる。
「遅い」
短剣はセラに届くことなく、無情にもがら空きの胴に再度、前回以上の威力を以って居合斬りが放たれた。
(これは……不味い……!)
肺が圧迫され、呼吸が止まる。
「むっ!?」
痛痒の声を先に上げたのはセラだった。
豪快に吹き飛ばされるスティーブンだが、寸前、手首の痛みを押して左腕をセラの眼前で振るったのだ。
爪が皮を裂き、左手に溜まった鮮血が少女の視覚を奪う。
うら若き乙女に血を振りかける行為に申し訳なさはあったが、なりふり構ってはいられなかった。
「ゴホッゴホッ……っはぁ、死にそうだ……!」
無様に転がされた先でスティーブンは咳き込む。
痛い、痛い、痛い。
痛みに集中しなければ、すぐさま意識を失いそうだった。
だが、まだ倒れる訳にはいかない。まだ、終わっていない。
「……でも、計算通り」
激痛を耐えながら、スティーブンは精一杯の強がりの笑みを浮かべる。
瞬間、セラの足元で榴弾が爆発した。
とっておきの手。試合用に付き本物よりも遥かに殺傷能力を抑えた物ではあるが、直撃すればかなりのダメージを期待できる。
視界を奪われた状態では避けようもなく、たとえ身体強化を施した体であれ、ただでは済まない威力。
七騎士とて、不死身ではない。
「…………今のは危なかった」
まあ、当たればの話だったが。
「次に取っておいた方が良かったかな……」
煙の中から現れた無傷のセラを見て、スティーブンは天を仰ぎ、息を吐く。
ネタ切れだ。
相手に向けられた歓声を聞きながら、立ち尽くす。
「終わり?」
そう尋ねる少女の顔には冷や汗一つ流れていなかった。
「おかげさまで、完売御礼だ」
上げた右手を握って開いてひらひらと振る。
前回までの試合で使った小道具は数知れず、ほとんど補充もできず臨んだこの試合。
どれだけ意表を突くかが重要な戦いで、持ちネタの少なさが響いた。
一度見せた技は二度と通用しない、その技量を持つのが学院最強の七騎士だから。
「一つ質問いいか?」
今度はスティーブンの方から問いかける。
セラは「ん」と頷き、続きを促す。
「どうやって避けた? とっておき中のとっておきだったんだが」
制限ギリギリ、限りなく黒に近い白である手榴弾、本来ならば第二位や第四位の要塞級の相手のために取っておいた手札。
見られた上に仕留められない、考え得る限り最悪の結果だった。
「勘」
「勘?」
「そう、勘」
「んなもんどうしようもないな」
必死で準備した作戦が、なんとなくで敗北する。悪夢か。
「血は、ちょっと驚いた」
セラは袖で軽く目元を拭いながら言う。
「……それは本当に申し訳ない。変な病気を持っていないことは保証する」
「ん、大丈夫。返り血なら浴び慣れている」
「………………」
「魔物のだよ?」
「あ、ああ、そうだ、そうだよな……」
スティーブンは物騒な想像を振り払う。
「それで、降参する?」
セラが首を小さく傾げながら聞いた。
「しない」
簡潔に答える。
「痛いよ?」
「既に痛い」
自慢じゃないが限界はとうに超えていた。
根性は偉大である。
「そう……じゃあ、うん。頑張ったご褒美に、あなたの勇気に敬意を表して、秘伝をお見せする」
「そいつは……ありがたい、のかな?」
「たぶん」
「たぶんか」
「今まで誰にも見せたことない、本当は卒業前の御前試合まで内緒にするつもりだったけど、気が変わった」
「いいのか? 僕はともかく、騎士王だってこの試合は見てるぞ」
「心配無用」
「その心は?」
その問いには微笑一つで答えず、セラ・アオイは構える。
先ほどと同じ抜刀術、居合の構えではあったが、少し違う。
試合開始前から感じていた、威圧感や厳かな空気が、消えた。
スティーブンは無駄だと理解しながらも、姿勢を低く盾を掲げた。
そして──
「三宝 一ノ太刀 阿頼耶」
誰一人、その剣筋を見極めることはできなかった。
審判も、観客も、他の七騎士さえも。
風が吹いたその瞬間、彼らが見たものは、ゆっくりカタナを鞘に納めるセラ・アオイと、糸の切れた人形のように倒れ伏したスティーブン・ウォーウルフの姿。
「大丈夫、誰も視えないから」
青帝杯・五回戦・第二試合
騎士科第五位セラ・アオイ VS 騎士科第六十一位スティーブン・ウォーウルフ
勝者 セラ・アオイ 試合時間 八分四秒
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