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昔日の約束

 雲一つない蒼い空の下、草木生い茂る深緑の庭園。

 そこに、雪のように白い少女と、灰かぶりの少年が芝生の上で向かい合っていた。

 少女は高級そうなドレスをこれでもかと土や泥で汚しながらも、非常に得意気な表情でその右手を少年へと差し出した。

 見惚れてしまいそうな微笑みに、思わず顔を赤くする少年。

 少女の手には、一本のクローバー。

 葉の数は、幸運を表す四枚だった。


「大きくなったら──」


 それは、いわゆる一つのテンプレート。

 誰にでもあったかもしれない、昔日の一幕。

 幼き頃に心を通わせた少年少女たちの交わす将来の約束。

 硝子細工のように脆く、湖面の月のように幽かなそれは幾許かの時を経て俄かに消えてしまうこともあるだろう。

 だが、今この瞬間、その純真さは一片の翳りのない真実であり、時に何人にも断ち切れぬ運命の赤い糸として二人を繋ぐ──


「あなたを私のお婿さんにします」

「へ?」

「します」

「え?」

「します」


 ──などとは少し違う様相を呈していた。


「宣誓。私はノブレスオブリージュに則り、手練手管を使い権謀術数の限りを尽くし、愛する者をこの手中に収めることを此処に誓います」

「ノブレスオブリージュ関係なくない?」

「天が崩れ、地が裂け、海が全てを飲み込まぬ限り、私はこの誓いを守りましょう」

「ゲッシュなの???」

「首を洗って待っていなさい」

「斬るの!?」

「首以外もきれいにしておくように」

「なんで?」

「お口の香りはレモンがいいわ」

「キミ本当に伯爵令嬢か!?」


 そこに乙女が夢見る幻想は欠片もなく、

 少年が掻き抱く憧憬も存在しなかった。

 あるのはそう、我欲、情欲。そして、執念。


「というか僕、平民……」

「では騎士になりましょう。私と一緒に学院に行って騎士になれば叙勲されて貴族の仲間入りよ」

「騎士ってそう簡単になれるものでは──」

「なりなさい」

「いやでも確か叙勲の条件って毎年成績上位七名だけ──」

「なります」

「なんで断定口調!?」

「ちなみにあなたの分も入学手続きはすでに済ませておきました」

「僕の自由意思は!?」

「…………?」

「可愛らしく首を傾げないでくれ!」


 一方的な通告。退路の遮断。将来の強制。

 家格の差を思う存分に使ったプロポーズという名の別の何か。

 笑みは引き攣り、冷や汗が止まらない。

 同い年のはずの華奢な少女が発する得も言われぬ、もとい有無を言わせぬオーラが、そこには明確に感じられた。


「……ついてきてくれないの?」


 そしてこれだ。

 目を潤ませての上目遣い。

 その涙が嘘か真かは、こうなってしまっては関係ない。


「……行く、よ」

「……でしょ?」

「…………」


 もはやこれまで、追い詰められた子羊は控えめに頷いた。


「なら、これ」

「あ、はい」


 そして胸元へともう一度ずいっと差し出される右手に、少年はつい流れでそれを受け取ってしまう。


「これで契約は成立ね」

「そうなの!?」


 とんだ押し売り詐欺同然。

 少年は肯定の意を持つ言葉を何一つ発しておらず、事前説明もまともに受けてはいない。まあ元より拒否権もないが。


「あら、四つ葉のクローバーの花言葉を知らないの?」


 少年はきょとんとした表情を浮かべ首を左右に振る。

 それを見た少女は悪戯っぽい顔でゆったりと彼の側へと寄り、花のように美しいその唇で耳元にそっと囁いた。


「私のものになってください」

「……っ!?」


 そうして少女の繰り出した渾身の右ストレートは見事に少年のハートを打ち抜いた。

 先とは一転して少し照れたようにはにかむ姿は、かくも可憐で勝るあらめや。

 ここだけ見れば間違いなく麗しきご令嬢。

 かくして敗北に天秤の傾いた少年は震える声で尋ねる。


「なんで、僕なんだ……?」


 少年の容姿に特筆すべき点はない。

 少年の能力に特筆すべき点はない。

 少年の性格は──コンプレックスの塊だ。


「僕は大した人間じゃない、君の隣に立つ資格なんて──」


 ……少女の人差し指が少年の唇を閉ざす。

 それがどうしたの? と、少女は笑った。

 そして言う。


「あなたが欲しいから」


 理由なんてそれだけよ、と。

 こうして二人は繋がれた、運命の赤い糸ならぬ赤いリードではあったが。


0527改稿

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