閑話.ケーキ屋の店長
ここは王都の北に位置するクロシアン公爵領の領都。
俺はこの街でケーキ屋という商売をさせてもらっている。
自分で言うのも何だけど、俺のこの店は街の貴婦人方や若い娘達には人気があって毎日大盛況だ。
これの原因はこの領が豊かで富裕層でなくとも、ちょっとした高級品であるケーキに手が出せるというのが大きい。
領主様様だ。
そういえば領主様は今は王都に行っていて、領はその息子が統治しているんだったから、息子様様か...
どっちでも良いか。
今思い出したけど、今日はその領主様の息子の嫁さんが街に来る日だったか。
何だかこの時間にしては客足が乏しいと思っていたんだ。
皆、その方を見に行ったのだろう。
なんだかすっきりしたのが嬉しくて女房にこれを話せば、呆れた顔をされた。
どうやら知っていたらしい。
「アリア様は人気があるだから、当たり前じゃない」
当たり前だったらしい。
そして領主様の息子の嫁さんはアリア様と言うらしい。
「店長、アリア様を知らないんかい」
こじんまりとした店の奥に置いてあるテーブルの一つに、奥様とお子さんと座っている天人族の男が話しかけてくれた。
「恐れながら...」
「ははっ、相変わらすのほほんとしてんなあ、店長は。」
男が愉快そうに笑う。
この方は奥様とお子さんとよく俺の店に来てくれるので、たまに話すことがある。
名前は確かダンさんと言った筈だ。
ダンさんとその奥様に、国王陛下までもを巻き込んだ壮絶なラブストーリーを聴かされているとまた店の扉が開いた。
入ってきたのは天人族の子供の三人組。
八歳くらいの黒髪黒目の少年と、同じくらいの歳の金髪に美しい緑の瞳を持つ少年の間に居るのは、彼らより少し年下と見て取れるフードを深く被った少女。
二人の少年がその少女を庇うように立ってしっかりと手を繋いでいるのが何とも愛らしくて口許が思わす綻ぶ。
三人は好みのケーキを選ぶと空いているテーブルに移動して、楽しげに話ながらケーキを食べ始めた。
三人とも食べ方から姿勢まで何だか品があって、育ちが良さそうだ。
新しい客が来て口を閉ざしていたダンさんは子供達を興味深そうに見ていた。
訂正する。ダンさんは子供達が座るテーブルに歩み寄った自分の息子を面白そうに見ていた。
「こんにちは!ぼくはエドっていうんだ!きみたちは?」
ダンさんの息子ははっきりとそう告げるとニパッと友好的な笑みを彼らに向ける。
その人好きのしそうな笑顔に流石はダンさんの息子だと思う。
だがそのエド君に対して、二人の少年は警戒心剥き出しの眼差しを向けている。
しかし少女の方はそうでもなく
「私はメイよ」
高く澄んだ愛らしい声で答えていた。
「メイちゃんってよんでいい?年はいくつなの?ぼくは六さいだよ」
「いいよ。私は五歳。ほら、二人も自己紹介して」
少女が両側の二人の少年を促す。
「…………」
「はあ……ヴァスと呼んでくれ。こいつはアダムだ。俺らは七歳」
まだ拗ねている様子の金髪の少年に代わって背の高い黒髪の少年がやれやれといった風に簡単な自己紹介をした。
それからエド君も一緒のテーブルに座り、四人で喋っていた――金髪の少年は未だにエド君の方を見ようとしないが。
店が小さいのもあって、会話は丸聞こえだ。
何気なく聞こえてくるそれに耳を傾けているとちょっとした違和感を感じる。危険なものではない、ちょっとしたずれ。
女房によれば、俺は普段は鈍いのにこういう勘は鋭いらしい。『新しい服を買っても気づかないのに浮気は気づきそうな男』と言われた時はちょっと傷ついた。
俺はその違和感の正体について考えた。
ふと、気づく。エド君以外の三人の言葉遣いや口調は年の割にとても大人びているのだ。
大人が子供の声で喋っている。それが違和感の正体。
「なあ、店長、エドって年の割に幼いと思うか?」
カウンターまで移動したダンさんが俺に耳打ちする。
彼も同じように感じたらしい。
おそらくエド君が幼いのではなく、その逆だろう。
彼らは何者なんだろうか。
教育を受けているようだし、裕福な商人の子供か。若しくは……
まさかな……でも、おそらく……
うん、そんな気がする。
以上、名もないケーキ屋の店長より