3.領都
ブックマーク登録ありがとうございます。
とても励まされています。
各話に題名をつけることにしました。
あとは気づき次第ちょこちょこと編集させてもらっています。
これからもよろしくお願いします。
近況報告をしますと、私は五歳になった。
前々から受けていた貴族家の子女のための英才教育と、この体の物覚えの良さに加え、前世で培った知識のおかげで、私はこの屋敷にある本の大半は読めるようになったのだ。
知識は力なり。
と、いう訳で私は半年前から父様の書斎にある本を片っ端から読み漁っているのだ。
以前は唯一の情報源が父様と母様や使用人達の会話だけで怪しまれないように自ら聞くことはしなかったので、いまいち掴めなかったこの世界が漸く少し分かってきたのが今日この頃。
まあ話は長くなるので後程……
使用人達は私が今まで被り続けてきた年相応の猫が少し剥がれたので少々気味悪がっているように思う。
単に急に大人びたので寂しがっているだけかもしれないが。
その反面父様は私が書斎に入り浸るようになったので、嬉々として一人掛けの――とは言っても私と父様が二人並んで座れる程の幅はある――ソファーを運び込ませた。
仕事の合間に私を見ては表情筋を少し緩めているあたり、親バカは健在である。
書斎にある資料で、他の貴族家について、イングド王国について、周辺国についての本を集中的に調べ上げていた私は最近は隣の書庫にも手を伸ばしている。
ヴァスもアダムも七歳になって、公爵家嫡男としての責務――おそらく勉強――などが増え以前程の頻度でうちに通うことができなくなってしまった。
まだまだよく来ているが。
どこぞのおっさんよりは多いので、現段階では疎遠になることはないだろう。お互いの立場からして、あの二人とは寧ろ生涯の付き合いになる可能性が高い。
心なしかそのおっさんの訪問最近少なくなっている気がするが……
「姫様」
おっと、今日はそれどころではないのだ。
呼ばれた方を見ると、扉の隙間から茶髪の青年が顔を覗かせていた。
茶髪は短く切られていてツンツンと上を向いて逆立っている。顔は少し幼いが爽やかな好青年風の容貌である。
その身を包んでいるのは白と青の守護騎士の制服で左腰には剣が下げられている。
「ダリス」
この青年は伯爵家の出で、剣の腕と魔法を買われて父様に私のお付き兼護衛をさせられている。私と一番歳が近いことも理由の一つだろう。
私もこんな才能溢れる若者に子供の御守りみたいなことをさせてしまって心苦しく思っているのだが……
少々我が儘を言ってしまっている自覚はある。
少々というか、結構な我が儘であったりしたりしなかったり……
――はい、ごめんなさい。今日のは大変な我が儘です。
でも、これだけは譲れない。
「何か問題があったの?」
扉の隙間から身を滑り込ませて再び閉めてからダリスは口を開く。
「はい、すみません。今しがたヴァシリオス様とアダム様がいらしたのですが、如何致しましょう?」
(えっ)
最悪だ。
今日のことは絶対に家の人にはバレてはダメなのだ。
特に過保護な父様には、絶対に。
因みに今日父様は領地の見廻りに出掛けているので書斎には私達しか居ない。
唇を噛み締める。
いつもなら大歓迎なのだけれど、どうしてよりにもよって今日来てしまったんだろうか、ヴァス達は。
「姫様、私からの提案なんですが、お二方にも御同行を願うのはどうでしょうか?」
因みにダリスと私は仲が悪いわけではない。寧ろ私達は父様が嫉妬するくらいには仲が良い。
だけれど、ダリスのこの堅苦しい口調は滅多なことでは崩れない。
私としてはもう少し砕けて欲しいのだけれども。
少し考える。
確かに二人なら付いて来てくれそうだけれど……
「でも、フードは一人分しか用意してないでしょう?」
「はい。しかし、領民は自分の住む領地を統治する貴族家の"色"は知っていても、他の土地の貴族家のものまで知っている人など殆ど居ません。」
ダリスは敷地を出たことがない私とは違い、こういった領民達や街の様子もよく知っている。
「それに、知っていたとしても彼らの色は珍しい色ではありませんし、見て直ぐにわかるのは貴族くらいなものです。」
そう、今日私はダリスとお忍びで街に行くのだ。
異世界転生の話では定番だが、分かって貰いたい。好奇心もあるが、元日本人としては人里が恋しいのだ。
何故この日を選んだのかというと、父様が暫く家を空けているのに加え、今日は母様が領主家の一員として領都の視察に行く日。
母様が行くのは、ただ単にその容姿や例の父様との結婚騒動、国王への直訴事件や貴族の間では珍しい恋愛結婚をしていることが人気を呼び、今はすっかり有名人であるからという理由。
ダリスによれば、その相貌を一目見るがために近くの街からはこの日領都を訪れる人も居るのだそうだ。
「なら、ヴァスとアダムに相談しましょ!」
「はい、姫様」
二人は予想通り直ぐに了承してくれた。
アダムは兎も角、しっかり者のヴァスは少しは反対するかもしれないと思っていたが「領都でアリアさんが来る日に表立って悪事を働く不逞の輩なんて居ない。路地裏とかに寄り付かなければ大丈夫だろう」とのこと。
母様とその護衛達を見送ってから私達は早速昨年三人で見つけた生け垣の中の抜け道から敷地の外に出る。
「どうやって出る御つもりなのかと疑問でしたが、こんな場所があったとは……盲点でした……戻ったら警備の方に……」
ダリスはなにやらぶつくさ言っている。
「言ったら駄目よ!使えなくなるじゃない!」
「しかし姫様……」
「駄目だぞ、ダリス。ここは秘密でメイに会いに来る時に俺達が使うのだからな」
ヴァスが少々妙な言い分で加勢する。
確かに見つけた時にそんなような約束をしたけれど、本当にそんな秘密の逢瀬みたいなことをする気なのか。
「そんなことをしなくてもお二方ならいつでも会えるでしょうに……」
ダリスの言う通り公爵家嫡子である二人なら同じ公爵家であっても会わずに門前払いなどできない。
「報告なんてしたら次から使えなくなるから駄目よ、ダリス」
「……はあ、仕方ないですね。でもここを使うときは必ず私に言ってください。必ずですよ、姫様。」
「わ、わかったわ」
その表情の熱気に思わずどもってしまった。
それから私達はアダムの「ねえ、早く行こう?」という声で街へ出発した。
街は屋敷からそう遠くはない。
父様の書斎から見えるくらいなので子供の足でも時間はあまり掛からなかった。
領都は一歳の時のあの日以来訪れていないので、敷地から出るのは実に四年ぶりだ。
とんだ引きこもりである。
街は賑わっていて、人々が忙しなく行き交っている。
一つの場所でこんなに沢山の人を見るのは久しぶりで、前世では日本生まれ日本育ちだった私には懐かしく感じられた。
商店街のような場所でも、店を出している商人達が互いに競い会うように声を張り上げて道行く人に自分の商品を売り込んでいる。
「お、そこの嬢ちゃんちょいと野菜見てってくれよ!美人さんには安くするぜー」
「そこのお兄さん、良い男ねー。恋人に髪飾りでも贈らないかい?」
「奥さーん、今日の夕飯に魚料理はどうだい?旦那が喜ぶぞー」
因みに二つ目はダリスに向けられていた言葉だ。
ダリスはその出店のお姉さんに曖昧な苦笑を返していた。
今のダリスは騎士の制服から街の人が着ているようなシンプルで実用性重視の服に着替えて、上から外套を羽織って腰に下げた剣を見えにくくしている。
私も飾り気のないワンピースの上にフードを被っているが、ヴァスとアダムはそのままの服。
しかし、普段から二人はあまり着飾らないので生地は上等だがそれ程目立たない。
ところで今私は右手をヴァスと繋いで、左手をアダムに捕られている。深く被っているフードが落ちそうになるとどちらかが空いている手で直してくれる。
気を遣ってくれているのは嬉しいけど、私は片方の手をどちらかと繋いでいれば良いと思うのだ。
何だか街の人が微笑ましい物を見る目をこちらに向けている気がして少しだけ恥ずかしいし。
それから商店街歩いていると、ある文字が目に入って、私は動きを止めた。