2.幼馴染み(予定)
この国の貴族家は数が全体的に非常に少ない分、各家の人数が多い。
と言うのはつまり、ある侯爵家一族とは侯爵一家に加え、親族を含めたざっと五十人くらいのことを指すということである。
一族だけのパーティーでもどの家も数十人は集まるという現状。
人数が一番多い貴族家は一族だけで百人近くいるが、他国に比べるとまだまだ全人口に対して貴族が少ない。
これには、貴族家一家一家がその家系特有の『色』を持つようになる程に身内で結婚を繰り返し、人数があまり増えなかったという理由もある。
そうなると私の両親はかなり希少な事例だと言えよう。
実際、結婚をする際は王家一族からは勿論のこと、公にはならなかったがクロシアン家の中からも結構な数の反対の声が挙がったらしい。
これは父様が祖父の一人息子で、既に次期当主だと決まっていたからである。
私には分からないが、かなり凝り固まった思考の人がクロシアン家には沢山居るらしい。
そんな猛反対をされていた両親が無事婚姻関係を結べたのは、母様――当時十七歳――が、うちでお馴染みの国王陛下に直接頼み込んだかららしい。
我が母親ながら非常に大胆だと思う。
国王はそれまでは物静かで大人しいという印象しか持っていなかった姪を大層気に入り、結婚を許したと言う。
反対していた人も国王からの許しが出ている中でそれ以上反対をする訳にもいかず、父様と母様は晴れて夫婦になった。
そんな二人の子供の私だが、国王が切望するように王子の一人に嫁ぐのは血筋上は何ら問題がないわけである。
しかしクロシアン家からすれば父様に兄弟が居ない以上、その娘の私以外に父様の後の当主が務まる人が居ないのである。
なので私に兄弟が生まれない限り、私の結婚は婿入り以外の形は有り得ず、その場合はクロシアン家の誰かが相手になるだろう。
そう考えると私の生まれた家は大変面倒くさくて、うんざりする...
話を大分戻すが、つまりこの国の貴族家は兎に角少ない。
王家は当然だが一つ。子爵以下はそれなりに――勿論だがそれも他国に比べると少ない数――あるが、伯爵家に至るとその数は十前後まで減り、公爵家はたったの三つしかない。
ここで、私が生まれて一年半くらいの頃から四歳になった現在まで一緒に遊んでもらっている、幼馴染みの――というかまだ四歳なのでその予定の――お兄ちゃん達を紹介しよう。
一人はヴァス。
漆黒の髪に、同じ色の見るとまるで吸い込まれるような感覚を覚える瞳を持つきりっとした目鼻立ちの、歳の割に背の高い少年だ。
フルネームはヴァシリオス・リセーラ――私達は愛称でヴァスと呼んでいる。彼は私より二歳年上で現在六歳だ。
お兄さん気質で私達の中でストッパー役にまわることが多い。
もう一人は、輝くような金色の髪に、翡翠色の瞳を併せ持つ今はまだ美少女のような容貌の美少年だ。
こちらも六歳だが、将来は恐ろしい程の美青年になるのだろう。
名をアダム・リラベーンというこの少年は既にその天使のような美貌を最大限に活かす腹黒への道をまっしぐらである。
そしてこの今だ幼い少年二人はそれぞれリセーラ公爵家とリラベーン公爵家の継嗣なのだ。
本当に何という人達がうちの庭に集まって居るんだ。
三つの公爵家の跡継ぎ達がこんなにも同年代に集まったこと自体が色々と不思議なのだが。
「メイ、どうした?」
感慨深く眺めていたら不自然に思われたらしい。いけないいけない。
「ううん、なんでもないよ。」
心配そうに顔を覗き込んでくるヴァスに首を振る。
「やっぱりつまらない?」
「そんなことないよ。アダムもヴァスも魔法がとってもきれいだから」
「そうかい?ありがとう」
そう、今日は皆で魔法の練習をしている。
とは言っているが、私はまだ自分の固有魔法を知らないので、見学。
「はい、メイ、これを君にあげるよ」
「わあ、きれい」
アダムに渡されたピンクの薔薇の花は薄く霜で覆われていて、それが太陽の光を受けてキラキラと輝く。
今は秋でいくら北方の地域だからといってもまだ雪の時期ではない。
この霜は当然アダムが魔法によって生成したものである。
「おい、アダム、エドガーさんが睨んでるぞ」
ヴァスがひそひそと耳打ちする。
因みに監督は父様。
ちらりと見れば父様は私の手にある薔薇とそれをくれたアダムに厳しい視線を送っている。
「わあー、本当だ。大人気ないなあ」
「おい、やめろ」
苦労人の顔を浮かべる六歳児に、実にイイ笑顔の六歳児。なんともシュールな光景だ。
固有魔法は人によって十人十色、千差万別である。
元々それらすべては火、風、水、土、精の五原素から派生したり、組合わさったりしてできたものである。
五原素に近い程その魔法は希少なものであり、五原素の魔法を固有魔法として操る者は百年に一度の逸材であるらしい。
特に精の魔法はイングド王国の建国者が扱えたという伝説が残っているものの、それ以降現在に至るまでの五百年近く、使役者は一人も記録されていない。
そんな中、前世のラノベ感覚だと結構居そうなアダムのような氷魔法の使役者は、実を言うとこの世界ではかなり希少な存在だったりする。
氷魔法は五原素の一つ、水魔法からの直接の派生魔法である。使役者は歴代の者を併せても十に満たないのだ。
こんなレアな人材が当たり前のようにいるので、貴族家は本当に恐ろしいと思う。
「父様もにらまないのぉ」
私が言うと途端に父様はばつの悪そうな顔をする。親バカだなあ。
「親バカが」
この小声は聞かなかったことにする。
ヴァスの方を見るとこちらも聞かなかったふりを決め込んでいる。熱心に自身の掌を見つめている。
よく見るとその肌の上や指の間を細かい紫色の雷が這っている。
一歩間違えると大なり小なり火傷や痺れなどを己の身に引き起こすのが雷の魔法。
発生の確率は氷魔法より大きいが制御が難しく、成人しても全く思うように扱えないという事態も珍しくない魔法である。
六歳で威力も出現範囲もここまで操れるのは十分に天才の域である。
父様も感心したようにアダムからヴァスへと視線を移している。
「僕も魔法がもっともっと上手くなったら、今度は氷の薔薇をメイにプレゼントするね」
その一方でこの美少年は無邪気を装った笑顔と言葉で父様に睨まれている。懲りないな、この人も。
この子供らしい年相応の言葉遣いも、この天使の如く天真爛漫な笑顔も、こてんと傾けた頭も全てが全て計算づくなのがたちが悪い。
私も人に言えたものじゃないけど。
ヴァスも同じようなことを思っているのか、いつの間にか魔法を止めて呆れた顔をアダムに向けている。
「メイ?」
やめてよ、巻き込まないでよ。
「あー、うん」
「うん!楽しみにしてて!」
曖昧な返事をするとそれを気にした素振りもなくアダムが笑う。
(え、なにこれ、殺気?)
ヴァスの顔が盛大に引き攣って
「そろそろ疲れたし、かくれんぼでもしよう。」
「うん!アダム、魔法はなしよ!」
私もヴァスの言葉に乗る。
父様の頬、ぴくぴくしてるし……
「そんなことしないよ」
「この前池に氷はってはしの下にかくれてたのにぃ?」
「それで逆に直ぐバレたけどな」
「ヴァスは黙ってて。流石に今は寒くてできないよ」
「エドガーさん、今日はありがとうございました。」
ヴァスは父様に向き直って丁寧に頭を下げる。
その動作は滑らかで優雅でまだ六歳の筈なのに貴族の気品が溢れている。
「あ、ああ...私は見ていただけなので気にしなくていい。ヴァシリオスこそ、今だ六歳とは思えない制御能力だったよ。」
「光栄です。」
「父様ありがとぉ!」
「ありがとうございました、おと――むぐっ」
アダムが話し終わる前に、私とヴァスが同時に飛び掛かってその口を塞いだ。
ヴァスと視線で合図を送り合いながら二人で火種を爆弾から引き離す。
(こいつ、今『お父さん』って言おうとした!)
アダムは抵抗することなく、愉快そうに目を細めながら私達に引き摺られていた。