第3話
「覚悟せよ、無礼な方々。我が剣イフティムスを見てなおこの世にある人間は、ここにいる仲間たちのほか一人もいないのだ」
「それはこちらも同じこと。俺の剣メルメラを目にした者は必ず死んでいる。――さあ、そちらの二人も剣を手に取られよ」
敵に促され、ラヴオス伯爵もマクネス氏も腰の剣を抜いた。
それは当然剣者たちのものと異なり、宝石のように色鮮やかに輝いているわけではないし、神の力を宿しているわけでもない。鞘や柄が金、銀で装飾されているものの、人間の職人が造った一般的な鋼の剣だ。
それでも剣者でない二人は後込みすることなく、美しい姿勢で剣を構えた。
「子供を抱えたままやるつもりかね」
ラヴオス伯爵が冷ややかに問うと、オムブロスは壁にニケを押しつけ、剣オムブロスの柄の先端でちょっと小突いた。すると、漆喰のような灰色の粘液が流れ出て、ニケと壁を接着してしまった。
聖剣の持つ不思議な力だ。
「これでいいだろ」
ニケはオムブロスの腕から離されたものの、今度は謎の粘液によって身動きがとれなくなったのだった。
「さあ、心おきなく闘うとしよう」
「――お父様! 父上!」
今にも決闘の火蓋が切って落とされるという瞬間、ニケが不吉な予感を察知して暴れ出す。ニケは大人たちの会話を全て理解したわけではなかったが、自分のために父親とその友人が命をかけていることだけはなんとなく分かっていた。
「ニケ、大丈夫だよ。私は強いんだからね。ルビーのように真っ赤なこの剣、イフティムスは無敵だ」
イフティムス男爵は穏やかな声でニケを励ました。
「――決闘開始の合図は? これは決闘というより、誘拐犯の懲らしめとでもいった方が正しいだろうが」
そして敵に勇ましく剣先を向ける。
メルメラは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「合図? そんなものは不要だ」
「どうして不要なのだ」
「全員が剣を抜いた瞬間から、すでに闘いは始まっているのだ」
「とことん形式を無視する無礼な者たちめ」
「だがもうお前たちは決闘を承諾した。逃げることは許されない」
「それは承知している。最後に、なぜ剣者が三人も揃ってこんな不正な闘いを挑んできたのか、その理由を聞かせていただければ文句はない」
「教えてやる。こんな寂れた聖堂へ出向き、子供を人質にしてまでお前たちの命を奪うのは何の目的のためであるかを」
濃緑の剣を持つシンテスが、聖堂の最奥、説教壇の後ろの、聖剣フィロソフォスが納められている石櫃を指さした。
「一つ、俺たち『七剣人』がクシフォ国を支配する際障害となるであろう、強力な剣を封印するため。預言の力を持つ仲間の一人が、あろうことかこんな田舎の聖堂の、フィロソフォスとかいう無名の剣を封印するよう言い出したのだ。何かの間違いだとは思うがな」
『七剣人』という単語を聞いて、ラヴオス伯爵は顔色を失った。
「では最近各地の都市を襲撃しながら、要人を殺害して回る七人の剣者というのは……?」
「そうさ、俺たちのことだ。目的の二つ目は、政治家であるラヴオス伯爵、学者のマクネス氏、その二名の友人である剣者イフティムス男爵の殺害」
「そんな――!」
ニケが悲痛な声で叫ぶが、大人たちは取り乱すことなく、むしろ納得がいったという顔をする。
「それだけ聞けば十分。あなた方は国王に味方する者を殺し、国王の地位を自分たちのものにしようというのだな」
「その通りだ。強者が人々を支配するのは当然の理だ」
「これで心おきなく闘えるというもの」
「そうこなくてはな」
――これで言葉は交わし尽くされた。
イフティムス男爵は剣者でない二人を庇うように前進し、剣を構える。
対するメルメラ、オムブロス、シンテスは、三者三様それぞれ異なる構えをとった。
ラヴオス伯爵とマクネス氏は、一瞬の隙をも見せまいと剣に集中力を込める。
物音一つしない聖堂で、無言のまま対峙して数秒が経過。
「食らえい!」
――張りつめた静寂を破り、先に一歩を踏み出したのはイフティムス男爵の方だった。
身体を柔軟にしならせた不規則な動きで跳躍、上空から相手の脳天と首筋を狙う奇襲!
剣イフティムスの湾曲した刀身のように、使い手の男爵も柔らかな身体を駆使した、曲線的な戦術を用いるのだ!
「ええい! やられるか!」
鷲のように襲いかかる真紅の刃を、三人はそれぞれの剣で受け止めようとする。
――だがしかし!
「その動きは読んでいた!」
頭部への攻撃はフェイント!
そのまま三人を飛び越え彼らの背後に着地し、猫のように素早いターンでシンテスの背中を狙う!
「くっ……速い!」
シンテスの反応は遅れた。振り向いて防御姿勢をとることも出来ず、とっさに突き出した腕にイフティムスの刃が滑るように食い込む!
痛みを感じさせる間も与えず、真っ赤な剣は敵の腕から真っ赤な鮮血を噴き出させた。
「下がってろシンテス!」
傷を負った仲間を突き飛ばし、オムブロスが男爵の前に躍り出る。
「こいつの素早さには俺の剣が有効だ!」
目にも留まらぬ速度の突きを紙一重で回避しながら、オムブロスは灰色の剣の峯をさっと撫でた。すると切っ先から、ニケを壁に縛り付けた漆喰状の粘液が蜘蛛の糸のように飛び出し、男爵に噴きかかる。
「――なにっ!」
「もらったぁ!」
灰色のねばねば状の物質は空気に触れてすぐに固まり、男爵の右肩を動かなくしてしまった。
「それならば!」
剣を左手に持ち変え、ちょうどメルメラの放った左のわき腹を狙う突きを防いだ。
そしてその場で助走なしの軽快な跳躍。壁を蹴って前転し、再びラヴオスとマクネス二人の下へ着地する。右肩を封じられていては不利だ。そのため一度敵から距離を置いたのだった。
「イフティムス! 大丈夫か!?」
「問題ない。相手に傷を負わせたが、私はまだ傷を負っていない」
「だがその肩は……?」
「ただ石みたいに固まっただけだ。左肩が自由なら闘えるさ」
仲間の心配もよそに、男爵は再び剣を構える。
剣の輝きに照らされ赤く燃え立った瞳が、メルメラとオムブロスを睨みつけた。
「今度はこちらから仕掛けさせてもらう!」
メルメラがその黄色水晶のような剣で、上段から斬りかかる。
重い一撃を何とか男爵は受け止めるが、利き腕でない方の腕で剣を握っているため、おもわずよろめいてしまう。
それに乗じてオムブロスが、脚を斬りつけようと低い姿勢で飛び込んできた!
メルメラの斬撃が繰り返され、男爵はオムブロスの攻撃に対処することが出来ない。
「死ねい!」
あわや致命的な傷を負わされる、そんな一瞬。
「させるか!」
「――なんだと!」
オムブロスの剣から男爵を救ったのは、ラヴオス伯爵の剣だった。
灰色の刃を受け止めたのち、隙のない連続技でオムブロスを寄せ付けない。
「剣者以外の男に不覚をとったか!」
思わぬ事態に一旦後退するオムブロス。
しかし伯爵の剣は衝撃で刃こぼれしてしまった。
「やはり普通の剣では駄目か!」
「次は私がやるぞ!」
伯爵と交代するように、マクネス氏がオムブロスを追撃する。
「私だって剣の技には覚えがあるんだ!」
「剣者でないくせに愚かな!」
体勢を立て直し、マクネス氏の攻撃を受け止めるオムブロス。
細身のマクネス氏だが、剣で鍛えた体力には常人以上のものがある。
疲れを知らない攻撃の連続、鋭い反撃を華麗に回避するステップ。剣者であるオムブロスさえ舌を巻く、見事な技量だ。
「どうだ! どうだ!」
「くっ……こしゃくな!」
刃と刃が何度も激しく合わさり、かん高い音が鳴り響く。それは金属音とは異なる、鈍くて耳障りな音だ。聖なる材質で出来ている剣と、鋼の剣が合わさる場合、こうした不快な響きが立てられるのだ。
「そんなものか男爵! さっきまでの動きはどうした!」
男爵は伯爵とマクネス氏に助けられ、命拾いしていたものの、メルメラを相手に苦戦を強いられていた。
剣メルメラの黄金の発光が、男爵の目をくらませると共に、右肩に付着した物体が鉛のように重いため、徐々に体力を失いつつあるのだ。
「私の力はこんなものではない!」
額の汗を拭うことも出来ず、弱々しい反撃を繰り出す男爵。
「ならばさっさと、死ぬ前に、力を発揮してみせろ!」
たやすくその反撃をいなし、メルメラは男爵の心臓を狙う。
「その一撃を待っていた!」
右半身を後ろに退いて回避行動をとる。刃は男爵の右肩、オムブロスの出した灰色の物体に当たった。
石を金槌で力強く叩いた時のような音が立てられ、男爵の動きを封じていたそれは、粉砕されて飛び散った。
メルメラは灰色の粉塵が目に入り、思わず瞼を閉じてしまう。
「ちぃ!」
――男爵はその隙を見逃さなかった。
両手で剣イフティムスを握り、横一文字、暴風のように斬りかかる。目標は首だ。
「これで二人目!」
刃は赤い閃光となり、メルメラの首へ疾駆する!
「ぐおあっ!」
しかし――――!