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復讐と報恩の双剣(アイデース・フィロソフォス)  作者: enhancedcat
*最終章「地上に幸福を返す者」*
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第28話

 一切が隠し立てせず語られた。

 そもそもケパロス子爵と名乗る自分が、どういった人間であるか。

 本名は――ニケ・ラヴオスだということ。

 父を殺され、母と引き裂かれ、幼くして牢獄に入れられたこと。


 そこでネストルと名乗る、ケパロス師に出会ったこと。


 死んだも同然だった自分を救い、知恵を授けてくれたこと。

 そして、明らかになったケパロス師の意図――聖剣。

 脱獄の願い叶わず、すべてを託して死んでいったこと。


 地上に再び生き返ってから、ニケは身につけた洞察力によって経済を正確に見通し、外国株に投資をすることで短期間のうちに必要なだけの財をなしたこと。

 ラコタイ国で貴族の位を購入し、名門出身の青年貴族としてパルセに来た目的。

 果たすことの出来た、「七剣人」への復讐。


 預言の剣マニケーによって一時的によみがえった父たち、ケパロス師――。


 イーリスと二人の公爵令嬢だけでなく、いつの間にか他の貴族たちもぞろぞろ集まって、ニケが語るのに耳を傾けていた。

 その中にはフォンクラン公爵とリリナルゼーテ公爵の姿もあった。

 

「――ケパロス師は私に、イーリスさん、孫娘のあなたを幸せにするようおっしゃいました。だからあなたを幸せにしようと、莫大な財産と申し分ない地位を不思議な方法で用意したのは、ケパロス師その人なのです。私は地上にいらっしゃらないケパロス師の、最後の意志を遂行する手足なのです」


「そんな……おじいさま……亡くなってらしたのですね……」

「ケパロス師は亡くなりました。しかしその意志は生きています。その知恵もまた生きています。私はケパロス師からすべてを学び、すべてを受けついた者です」

 

「あなたの好きな古代語の格言はなんですか?」


 イーリスが唐突に問う。

 ニケは即座に答えた。


「『Philente dons co larre temp soson neltera. 古代クシフォ語:人事尽くして天命を待つ』。古代人バスシナクの金言です」

「……おじいさまと同じだわ。おじいさまもその格言が好きだったのです」

「そうでしょう。よくケパロス師はその格言を口にしていました」


「Zaxen eitei mo ldi kovotte sente nerkki; (古代クシフォ語:死すべき人間の種族が、限られた時間で何をするというのです?)」

「Janeloi si telon, xoste ne ttel perooi son takute. (古代クシフォ語:偉大な事業さ、産み、育て、伝え続けることをするのだ)。――ケパロス師の著した書物、『Xan me ledoo(古代クシフォ語:賢者の対話)』の中の文句ですね」


「……ニケさん……あなたは本当におじいさまの……」

「はい。ケパロス師の遺志を継ぐものです。いくらでも試して下さって結構」


 イーリスは瞳に涙をためて、


「いいえ。ごめんなさい。試したりして。……本当におじいさまが亡くなられるところに、立ち会ったのですね……」

「そうなのです。ケパロス師は孫娘のあなたが幸福におなりになることを望んでおりました。あなたが手にした財産、屋敷、地位はあなたを幸福にするでしょう」


 ニケの意図に反して、イーリスはきっぱりと首を振る。


「私は……お金や名前などで幸せにはなろうとは思いません。せっかくですが、そういうものは全部お返ししようと思います。そうしたものの出所が分かった今となっては。私はこれまでもこれからも、幸せのままです」

「ですが、再び宿屋などで辛い仕事につくこともないでしょう? あれを不幸と言わずして、なにを不幸と呼べるでしょうか」

「天空からおじいさまが見守っていてくださいます。それだけで十分なのです」

「……ああ! やっぱりこの方は、偉大なるケパロス師の孫なんだ!」


 ニケは感激に身悶えするように肩を震わせた。


「どんな苦境に立たされていても、幸せを感じる術を心得ている! それは賢者にのみ許されるすばらしい技術なんだ! それをイーリスさん、あなたは身につけておられる」


「おじいさまはいつでも言っていました。『人は安楽に生きるように造られている。食べるものも寝る場所も、神々が自然の中に、あらかじめ用意してくれている。ただ愚かな人々はそれに気づかず、あくせく無駄な苦労をしているのだ。人はどこにいても、刀剣神の偉大さを知ってさえいれば楽しさを感じることが出来るのだ――』」


「懐かしい響きです! あなたはやはりケパロス師と血がつながっているのですね。その優しい語り方には、ケパロス師に似たところがあります――!」

「あなたこそニケさん、おじいさまと六年間も一緒に、片時も離れず暮らした人ですもの。とっても懐かしい気持ちがします」


「さあ。それでは教えて下さい」


 ニケが改めてイーリスに訊ねる。


「どうしたらあなたは、幸せになりますか。もちろん今のままの生活でも幸せだというのはこの上なく結構ですが、どうしたらより幸せを感じられますか」

「そんな。私は何もしていただかなくていいのです」

「それでは……私の気が静まりません。イーリスさんを幸福にするよう、私はケパロス師と約束したのです。ぜひとも何か希望を言っていただきたい」


 イーリスははにかんだままニケの好意を断ろうとするが、ニケは一歩も引かない。


「そうですか……」


 ついにイーリスは折れた。


「そこまでおっしゃって下さるなら、ニケさん。お願いしようかしら」

「ええ。なんでもどうぞ」

「それじゃあ……」


 イーリスはじっとニケを見つめ、


「あなたと一緒にいたい、です」

「え……それはまたどうして?」


「だって、あなたとこうして話をしていると、まるでおじいさまとお話ししているような懐かしさと、安心感があるんです。もしよろしければ、私をあなたのお友達にして下さい。そして毎日お話をして下さい」


 思いも寄らない要求だったのか、ニケは顎に手をあてて考え込んでから、 


「でも私は、すぐにでも出かけなければならない場所があるのです」

「もちろんそれは、知っています。先ほどすべての事情を教えて下さったのですもの。ニケさん、あなたのお母さまのところへ帰られるんでしょう?」

「そうなんです。私は故郷に帰らなくてはいけない」


「では、私を連れていって下さい。私をあのお屋敷に閉じこめるのではなくて、あなたと一緒にあなたの故郷、そしてあなたの聖剣であり、またおじいさまの聖剣でもある、フィロソフォスの聖堂にお連れ下さいませんか」


 ニケは顎から手を離し、答えた。


「それであなたが幸せだと感じられるのならば、喜んで」


 イーリスは満足げに微笑む。


「もちろんですっ。ふつつかものですが、よろしくお願いしますね」

 

  *


 翌日、すでにパルセにニケとイーリスの姿はなかった。

 すべての事情を知ったサロンの貴族たちは、ニケの驚くべき正体とその来歴を褒めたたえ、終日そのことを話題にして飽きなかった。


 フィリナとフランは、どうしたわけか暗い顔をして一緒に時を過ごしていた。

 剣者は去り、事件は解決したというのに、どうして浮かない表情をしているのか。

 それを知るのは彼女たち自身の他にいないだろう。


「ケパロス子爵――ニケ・ラヴオスさんは――」


 フランは大きなため息をつきながら言う。


「――すごく博識な人だったけど。私たちの乙女心だけは知らなかったわね」

「そんなこと言ったらだめですよ、フラン」


 フィリナも応じてため息をつく。


「あの人は故郷に帰らなくてはいけないのですから」

「でもねえ。イーリスが羨ましいわ」

「それには、同感です」


  *

 

「こんなに慌ててパルセを発って、よかったのですか?」


 馬車の中でイーリスが訊ねる。


「いいのですよ。もうあの都市に用はないのですから」

「でも……ご友人に挨拶したりは?」

「私に友人と呼べる人はありませんからね」


「フランさんや、フィリナさんがいるじゃないですか」

「あの方たちには、昨日挨拶したじゃないですか」

「それはそうですけど……でもあんな行き当たりばったりの挨拶じゃ……」


「かまいませんよ。私をサロンに招待してくれた、リリナルゼーテ公とフォンクラン公の方にも、すでに公式な挨拶は済ませてありますし」

「そうですか……」


 ニケとイーリスの二人は、ニケの故郷アテナイ行きの馬車に揺られていた。

 秋晴れの、気持ちのよい穏やかな風が窓から入り込んでいる。

 風に撫でられたイーリスの髪が、たおやかに翻る。

 サロンでの華美な身なりとは異なり、かなり質素で地味な服装をしているのは、イーリスが派手な格好を好かないからだった。

 ニケは貴族の青年が好んで身につける、足下まで隠すほど長い白のガウンを着ていた。


「ところで……」


 しばらくの沈黙があった後、イーリスが口を開く。


「ニケさん、『友人と呼べる人はありません』とおっしゃいましたが、私のことは友人と思ってはくれないのですか?」

「もちろん、あなたは別ですよ。あなたは友人です」


「じゃあ……敬語をやめて、もっと砕けた言葉でお話ししませんか?」


「あなたが、そうしたいなら」

「はい。そうしたいです……ううん。うん、そうしたい。ニケ」

「それじゃあ……分かったよ、そうしよう、イーリス」


 ひまわりが花開くように、ぱっと満開の笑顔のイーリス。

 ニケははにかみ、感慨深そうに、


「久しぶりだ……こうして友人と親しく話をするのは」

「そっか……そうだよね。私も、そう。おじいさまとお父さまと離ればなれになってからは、友達とも会えなくなったから」


「ぼくもそうなんだ。牢獄に入れられるまでは、友達もいたけれど、果たしてまだ故郷にいるのかどうか……?」

「会えたらいいね? 楽しみだね?」

「きっと、驚くだろうな友達は。そして、何より母上が」

「うん。何よりもまず、お母さまを喜ばせてあげないとね」

「ありがとう――」


 ニケはイーリスの手を取る。


「――こうして一緒に来てくれて。今回の里帰りが終わったら、今度はイーリス、きみの家族のところへ一緒に行こう」

「え……いいの……?」

「もちろんさ。ぼくはたくさんの財産と、誰にも負けない力を持ってる。ぼくの持てるもの全部を駆使して、イーリスの家族を捜そう」

「……ありがとう、ニケ……」


 止まることなく馬車は進む、ニケの故郷へ。

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