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復讐と報恩の双剣(アイデース・フィロソフォス)  作者: enhancedcat
*最終章「地上に幸福を返す者」*
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第26話

 リリナルゼーテ公爵家のサロンでは、一つの大きな騒ぎが持ち上がっていた。

 いや、サロンばかりではない。

 パルセ全体が、ある一つの話題で持ちきりだった。


 言わずもがなそれは、「七剣人」が失脚し、行方をくらました事件のことである。


 ケパロス子爵が三人の剣者に無謀な決闘を挑んだ晩の翌日、七人の剣者は王宮から姿を消していたという。

 どういうわけで「七剣人」がパルセを去ったのか、確かな情報を持つ者はいない。

 しかしいなくなったことは確かなのだ。

 追放されていたクシフォ王は、再び王座に帰還した。

 同時に、「七剣人」が現れる前に議会を構成していた貴族も、政界に戻った。

 有力貴族の中でも特に首班の地位を占めていたリリナルゼーテ公とフォンクラン公は、かなり仕事が忙しくなったようだった。


 ところで、社交界に集う貴族たちが首を長くして期待していることがある。

 それは――無謀にも「七剣人」に決闘を挑み、その後消息を絶っている、ケパロス子爵がサロンに姿を現すということだ。


「明らかにケパロス子爵は、『七剣人』の逃亡に関係しているな」

「その通り。未だ真相は闇の中だが、ケパロス子爵だけは事情を知っているだろう」

「あの豪勢な城には帰ってきていないらしい。あそこの召使いが言っていた」


 客間の隅で―― 


「――心配ですね、フラン。子爵様がどうなってしまったのか……」

「ほ、本当に、心配だわ! だ、だってケパロスさん、勝ち目のない決闘の後、いなくなっちゃったのよ……!」


 メルメラたちしつこい求婚者がいなくなったことで一安心しているかと思われたフランとフィリナ二人の姫だが――心配のために泣きそうな表情で、静かに語り合っていた。

 いつものようにめかし込んでいるもの、どことなくその美しさは悲しみを帯びている。


「まさか殺されちゃったんじゃ……」

「そんなことは……ない……はずです」

「…………」


 沈痛な面もちの二人。

 貴族たちが口やかましく噂に興じている集まりから離れ、不安を分かち合っていた。


「……心配だわ」

「うん…………」


 気分転換にと、フィリナがそばにいる召使いにデザートを頼もうかと思った矢先、


「ダルダロード公爵令嬢、イーリス様!」


 客間の入り口で、そう呼び上げる声が響き渡った。


「だ……ダルダロード公爵……って!」

「そうだわ、ケパロスさんのお父上の名前だわ!」

「公爵令嬢って、つまり、子爵様のご兄妹?」


 フランとフィリナのみならず、ダルダロード公爵の名に聞き覚えのある貴族たちが、一斉に新たな来客に視線を注ぐ。


 ――そこには蝶のように可愛らしい、桃色のドレスに身を包んだ女の子の姿があった。


「あ……あの、ええと、あの……私どうしたらいいか……こんなすごいところ……」


 透き通るようなアッシュブロンドの髪に、大きな黒い瞳。

 そのあどけない顔から、女の子の年齢はおそらく十歳以下であろうと思われた。

 召使いの呼び上げが間違っていないのならば、女の子は公爵令嬢のはずであるが――

 きょろきょろと辺りを見回し、落ち着かない様子だ。

 入り口で立ち止まったまま、貴族たちの好奇の視線を浴びていることに驚き、


「ふわああ……あの……ああ、あの……ふわあああ……」


 顔を真っ赤に染め上げ、今にも恥ずかしさで気絶してしまいそうである。


「私、連れてくるね」


 見かねたフランが立ち上がり、女の子の方へ歩いていく。

 イーリスと呼ばれたその女の子は、自分へ向かってくるフランを恐怖の目で迎えた。


「怖がらなくていいわよ、ね。いい子だから、お姉ちゃんたちの方へいらっしゃい?」

「……あ……は、は、はい……どうも……」


 貴族たちの視線をかいくぐりながら、二人はフィリナのもとまでやってきた。

 召使いの手によって、即座にイーリスのための椅子が用意される。

 イーリスはフランに促されて座り、ほっと大きな息をついた。


「ようこそ、リリナルゼーテ家の客間へ。私は公爵令嬢のフィリナです」


 フィリナが椅子から腰を浮かせてにこやかに挨拶すると、


「ど……どうも……あの、ありがとうございます……あの、あの、イーリス……です」


 おどおどとした調子で、イーリスも挨拶を返す。


「私はフラン。フォンクラン公爵令嬢よ」

「イーリスといいます。……あの……先ほどはありがとうございました」

「いいのよ。あのままじゃ、あなた、きっとあそこで沸騰してただろうから、ね」

「ええ、私たちのところへ一番に来て下さって、嬉しいです」


 フランもフィリナも、優しい笑顔をイーリスに向ける。


「は……はい、ありがとうございます……!」


 イーリスも笑みを浮かべかけたが、ここでも周囲の貴族たちがみな自分に注目していることに気づき、うつむいてしまった。


「気にしないで下さい。可愛いから、みんな見とれているんですよ、お嬢ちゃん」


 フィリナがイーリスの肩をさすってやると、


「そんな……私なんて……」


 イーリスは謙遜しているのか、照れているのか、ますます顔を下に向けた。


「というかあの……よく誤解されるのですが……私はこれでも、十六歳なのです」

「えっ――あっ……ごめんなさい!」

「いいんですいいんですっ」


 見た目でイーリスの年齢を判断して、ついお子さま扱いしてしまったフランは、慌てて頭を下げた。フィリナもびっくりして、まじまじとイーリスを眺める。


「でも――可愛い。すばらしい長所ですよ」

「あ……ありがとうございます。でもフィリナ様がうらやましいです……」


 イーリスの視線は、フィリナの豊かに膨らんだ胸部に向いていた。 

 それに気づいたフィリナは、顔を赤らめてあたふたと視線を泳がせた。

  

「ところで――あなたのお父上は、ダルダロード公爵なの?」


 頃合いを見計らい、フランが本題を切り出す。


「ケパロス子爵は、あなたのお兄さまかしら?」

「……ええと……私は、その……場違いなんです」


 イーリスは直接質問に答えず、か細い声で言った。


「場違い?」

「はい……。私はこんな、お嬢様たちのいる世界の人間じゃありません……」

「……というと?」

「私は……その、貴族じゃありません。……ただの平民なんです」

「まあ。ではダルダロード公爵というのは……?」


 フィリナが驚き、イーリスに穏やかに問いかける。


「あの、あのですね。私自身、すごく戸惑ってるんです。私にはそもそも、親もないし、頼れる身寄りがないんです。公爵が私の父親なんて、そんな、とんでもないことですよ――」

「え、どういうことかしら……?」


「あの、私もよく分かっていないんです」

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