第19話
「――剣者メルメラ様、剣者オムブロス様、剣者シンテス様!」
召使いが到着した招待客の名を大声で呼ばいあげる。
会話をしている三人にも、しっかりとその名が耳に届いた。
「――!」
おもわずフィリナとフランの二人は硬直する。
「…………」
「…………」
客間の貴族たちが不安げに見守る扉から、意気揚々と入ってきたのは、名前を呼ばれた当の三人、メルメラ、オムブロス、シンテス。
ここ最近はどことなく元気のないような様子で、サロンへ来ても遠くから二人の姫と子爵のやり取りに鋭い眼光を投げつけるだけだった。
だが今日は違った。ずるそうに唇を歪ませて、真っ直ぐずんずんと子爵を目指してやってくる。
「これはどうもこんばんは、剣者の方々。真っ先に私のところへいらっしゃるとは光栄です。何かご用でしょうか?」
剣者の三人は子爵の前に立ち止まり、質問に答えようとしない。
まずシンテスが口を開いた。
「貴様の身辺調査をさせてもらった」
「……それはご苦労なことです」
「俺たちの権力を使えば、どんな人間の産まれも暴くことが出来るのだ。貴様についてもう俺たちは確かなことを知っているぞ」
「光栄ですね」
涼しい顔の子爵に噛みつかんばかりの勢いで、オムブロスが唸る。
「貴様は身分を偽っているだろう」
「……何のことですか?」
「貴様はラコタイ国の生まれではない。貴様がどこで産まれた人間なのか、知っている者はいまい」
「私はこの地上で産まれましたよ。それは確かです」
「貴様は公爵の息子ではない。子爵ですらない。貴族ではないのだ」
「そうですか」
「人ごとみたいな顔しやがる……!」
「私は他でもないリリナズゼーテ公とフォンクラン公の紹介でこのパルセの社交界へ足を踏み入れたのです。二人の公爵はこの上ない証人でしょう。私は貴族ですよ」
「証拠がないんだよ!」
激昂するオムブロスを制して、メルメラが一歩進み出る。
「貴様はあれだな、公爵に雇われている卑しい身分の外国人だな。さしずめ神学校を出た、学者崩れとでもいうんだろう」
「どうしてそう思われるのですか?」
「いっぱしの貴族みたいに澄ました面して、古代語なんて扱いやがるからな」
「しかし私が学者崩れだとしても、どうしてそんな学者崩れを、公爵は社交界へ連れてきたのですか?」
「それは簡単だ。俺と姫の結婚を邪魔するためだ」
「何をおっしゃるのか。あなた方はこの国最大の権力者です。私如きが邪魔など出来るはずもないじゃないですか」
「ああ言えばこう言う。ええい忌々しい。エセ貴族のひょうたん学者めが!」
「そうした物言いは侮辱というものです」
「侮辱しているんだよ、はじめからな」
「貴族への侮辱は許されませんよ」
「でもお前は貴族じゃないからな。侮辱し放題さ」
「侮辱された貴族には、決闘を挑む権利があります」
「――っ、くっ、ぐははははっは! 馬鹿言うな! 死ぬだけだぞ。もちろん俺たちは決闘大歓迎!」
「その言葉、本当でしょうね」
「誰に口を利いていやがる! 本当の貴族ならほれ、さっさと決闘を挑んでみろ! 出来ないだろう? 謝ってパルセを立ち去るなら今のうちだぞ! え、どうする?」
「――では、決闘をしましょうか」
――空気が凍った。
メルメラ以下三人は、意表を突かれて目を丸くした。
脅えながら剣者と子爵の会話を聞いていた姫二人は、無意識にお互いを抱きしめ合った。
遠巻きにその様子を見ていた貴族たちも、思わず悲鳴に近い声を漏らした。
――剣者に決闘を挑むなど、正気の沙汰ではない。
子爵の側から決闘の申し出をするなどというのは、単なる自殺行為に過ぎない。
「こうまで貴族の名誉を毀損されては、決闘によって、すなわち剣によって決着をつけなくてはなりませんからね。そうでしょう? 侮辱をこらえるなどというのは、貴族の態度ではない。侮辱した相手を斬ってこそ、本当の名誉を重んじる貴族です」
「…………本気で言っているのか?」
「本気も本気です。……さあ決闘を受けますか、それとも発言を撤回し、謝罪をしますか?」
「バカなことを言いやがる。死にたいらしいな」
「……死にたい? 私が死にたがっているとでもいうのですか?」
「そうだろうよ。俺たちに戦いを挑もうなんて」
「だが勝てば死なないで済む」
「……おいおい、勝つつもりでいるのかい」
「そうですよ」
「「「……がはははははははは!」」」
三人は一斉に笑いを爆発させた。
「こいつは貴族でもなければ学者でもないやね。ただの頭のおかしい気取り屋だよ! 自分を剣者に優る剣士だとでも思ってるらしいや! 殺してやれ殺してやれ! せっかくそっちから提案してくれたんだ、お望み通りさっさと済まそうや」
「――――殺すのは私だ」
「え…………?」
一瞬。
子爵の上品で洗練された雰囲気が消えた。
代わりに顕れたのは、野獣的なためらいのない殺意。
その場にいた全ての人が、違和感を覚え困惑した。
はたしてそこにいるのは、本当にケパロス子爵なのか……?
だがそれはあくまで一瞬のことだった。
何事もなかったかのように、いつもの優雅さで席を立った子爵は、
「それでは決闘の日付を決めましょう」
「お……おう」
「日付――いや、私はこれからすぐにでも決着をつけたいのですが」
通常、貴族の決闘はその場ですぐ行われない。
約束を取り付けて、通常一週間から一ヶ月の猶予を持たせるのが形式である。
しかし子爵はその形式を破ろうと言う。
特に形式に則ることを信条としているはずの一流の紳士が、このような血気にはやったことを言うのだから普通ではない。
貴族たちは子爵が本当に狂ったのかと考えた。
だが子爵はいつもと変わらない、品のよい態度で応じる。
「私は狂ってなどいません。それよりも皆さん、青年の決闘は貴族の華ですからね。そんなに心配そうな顔をせずに、どうかもっと楽しそうにしていて下さいよ」
メルメラはそれを挑発ととらえ、激怒した。
「その余裕を斬り捨ててやる。いいとも、今から決闘だ。場所はこの館を出てすぐ、修道院の裏手の広場がいいだろう」
「よろしい」
「広場がお前の墓場になる」
「そうやって侮辱を重ねる分、しっかりと剣で精算してもらいます――では。逃げないように。立会人はあなたたちが選んだ人間を連れてきて下さって結構」
子爵はそれだけ言うと、颯爽と館を出ていった。
残された人々は唖然とした。
決闘を挑まれた三人は立会人を決めることもせず、卓にあったグラスの酒を飲み干すと、広場へ向かうべく館を去った。
「せいせいするぜ、あの気取り野郎を斬れるんだからな」
「むこうから決闘を仕掛けてくれるとはありがたい」
「思い知らせてやる。素性の知れない不気味な奴め」




