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Ⅶ時 人形の喪失

 結婚シーズンにオススメ! とキラキラした文字で書かれたそのドレスは、控えめなピンクにふんわりとボリュームを出させ、ちょっとした上品さをレースで醸し出していた。城下町にしては、なかなか値段の張るものだったが、刺繍なのか細かなレースのあしらいがかわいくて、ついショーウィンドウに飾られたドレスを眺めてしまう。


 結婚式、かぁ。

 気付けば社交界から離れていたから、友人の結婚式にすらろくに出ていない。同年代の結婚式には男性を同伴するのが基本だ。まだ結婚していない場合は婚約者、婚約者が居ない場合でも、誰かと口裏合わせて婚約者として同伴するのが当たり前。


 どうしてそんな当たり前に、今さら付き合わなければならないの。


 ユリアが嫌いなわけではない、むしろ仲が良かった。学校に居る頃、よく話していた友だちだ。だけどそれも、卒業すれば関わり合いがなくなる。どんどん社交界に出て行くユリアと比べて、私はずっと屋敷に閉じ込められていた。父を恨んでいるわけではない、あのような嘘ばかりの世界に出て行きたいと思わない。だが結果は同じでも、自分で選び取った未来ではない。



「王子との結婚は嫌でも、ドレスには憧れるのか」

 突然の声に驚いて横を向けば、しげしげとドレスを眺めるルシファが居る。たった数日顔を見なかっただけなのに、なんだかすごく懐かしく感じられた。久しぶりと声をかけようとしたものの、ドレスをじっと見ていたところを目撃されてしまったことから、ぱっと連想してしまう。

 ──あいつは単純に嬢ちゃんを誰にも取られたくなくて、野郎ばっかんところに居させたくなかっただけだよ。

 思い出すとかっと血がのぼる。アーヴィングの云うことをまるまる信じたわけではないのだが、そこからいろいろ考えてしまったこと自体がすごく恥ずかしい。──そういうつもりはない、ただのからかいだ、と自分に云い聞かせる。

「あー、そう、なら結婚自体に抵抗があるわけではないんだな……」

 私の動揺など気付いた様子もなく、何を勘違いしたのかルシファは納得顔で頷いている。

「あのねぇ……私だって、恋愛結婚には一応憧れるわよ」

 私の両親は恋愛結婚だ。異国から流れて来た母を大貴族の嫁にしたいと云った時、周囲は当然反対したのだが、父はそれを押しのけて結婚した。それこそ胡散臭いほどの嘘の出会いを捏造して結婚し、私を産み、そうして母だけが先に逝った。男児も残すことができずに、と後に残るのは批難だけだったが、父はその一言一言を黙らせた。それほどまでに母を愛していたのだと、それだけはこんな娘でも純粋に信じることができている。私の中で母の記憶は曖昧でおぼろげだ。だから父の気持ちがわかるとは云わないが、仲睦まじい夫婦の記憶は私の頭にもある。

「学友が今度、結婚するの。恋愛結婚だそうよ」

「そりゃあめでたいな、同じ爵位か」

「よく御存じで。きっと運もあるのよね。……お祝いするべきかしら?」

「呼ばれているのならすれば良いだろう」

「入れ違いで招待状は届かなかったの。たぶん屋敷に送ったんだと思うけれど」

 エリクが見せて来たのはつい先日のことだが、式の日程は随分と近づいていたから、だいぶ前に送っているはずだ。そう、まだ私が屋敷に居る時に。まだルーガーデン家がある時に。けれど私は招待状を受け取っていないから、あの混乱していた時期に届いたのだろう。駄目もとでアリョーシャに訊いてみたら「今度確認しておいてあげる」と軽く云ってくれたが、あの調子だしあくまで彼の配達区域は庶民ばかりなので本当に探してくれるのかは怪しい。

 今さら手に入れる方法もなく、エリクの約束を無視すれば、祝うと云っても花束を贈るぐらいしか思いつかない。理由を説明すればどうにかなるかもしれないが、そこまで迷惑はかけられない。

「それとドレスを見ていた理由は、同じなのか?」

「友だちが全部用意するから同伴するよう云うんだけど、やっぱりそれで参加するのは癪だわ」

 あんなにも貴族を嫌がっているくせに、あくまで私は貴族の友人として行きたいのだ。エリクの同伴者ではなく、ユリアの友人としてあの式に参加したいと思っている。わがままかもしれないが、それが貴族社会で生きて来た私が見つけた友人への、敬意だと思って欲しい。


「……くのか」

 いきなりの低いルシファの声が、よく聞き取れなかった。

「……え?」

「同伴者として行くのか」

「そんな気はないって断ったけどね、あの調子じゃあ無理矢理連れて行かれそう」

 下がった声のトーンに驚きながらも、私は軽く答えるよう努めた。エリクのことだ。やると云ったらやる、強引ではあるがあれでもたぶん、私のことを少しは考えてくれての発言なのだと思う。しかし私の呆れた口調をどう捉えたのか、ルシファの顔つきは真剣だ。

「──招待状、取りに行くぞ」

「……取りに行くって、何所に?」

「おまえの屋敷には届いているんだろう」

「そう、かもしれないけど、取りに行くなんて……」

 あまりにも現実味のなさすぎる話に笑おうとするが、ルシファはさらに言葉をかぶせてくる。

「なら招待状を取りに行って、堂々と結婚式に行けば良いだろう」

 あまりに突拍子な発言と、少し怒っているような口調に戸惑ってしまう。いけないと思いながらも、少し声が震えてしまう。

「それで見つかっても、同伴者が居ないわ」

「俺が行く、俺が同伴者になる」

「……あのねぇ」

 このお坊ちゃんは何を云っているのだろう。半ば呆れたような声で間を入れたが、それさえも遮るようにルシファは低い声で続ける。

「今おまえが同伴で行くと云うことは、確実に婿候補になるんだぞ。王子の求婚を断って結婚したかった男と行くことになる」

 そう云われたらそうなるのか。王子を蹴って結婚したい相手がエリクとは、外見的には大差ない気がする。エリクは気易いし好きだが、あの人ほど貴族らしい人も居ないだろうと思う。既に貴族としての生き方を刷り込まれているからか、たまに私には残酷なほど現実を見せる。そういった面も合わせて嫌いではないのだが、わがままを云える今ならばやはりお断りしたい。

「別に私の家はもうないんだから気にする必要はないわよ。だいたい、ルシファを連れて行ったらルシファがそうなっちゃうじゃない」

「下手に他の貴族を連れて行くよりましだ」

「……ただの結婚式よ」

 思わず弱々しくなる言葉尻をとらえて、数秒視線が合う。この人はどうしてこんなにも必死なのか、既に訊くのも莫迦らしくなる。この人は本当に信用して良いのかと、ずっと云いわけして誤魔化していたい。

「屋敷に行こう」

 手を掴まれ、自然と歩き出してしまう。招待状があることを望んでいるのかないことを望んでいるのか、もはやわからなくなってしまった。


・・・・・


 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。自問自答しても答えは出て来ない。何せ私があれこれ云っている間に着いてしまったのだから。

「……懐かしいわね」

 たった数箇月前のことなのに、ここに居ることが懐かしく感じてしまう。父ゴルデアの死を看取った後、莫大な財産の代わりにこの屋敷を出なければならなかった。男児を残せなかったルーガーデン家は御取り潰しが決定したからだ。貴族ならば最上級の屈辱であるが、私は何も感じなかった。

「でもここはもう引き下げられているんだから入るに入れないわよ」

「でもシルビアを誘った友人は、送ったままなんだろう?」

 ならきちんと届いている可能性が高いと、ルシファはあくまでこだわる。しかしそこらへんは非常にあいまいだ。何せ情報がエリクの容量を得ない高飛車な説明だけだから、きちんと確認できていない。


「……もしかしたら、転送されてお義母様たちのところにあるかもしれないわ」

「なぜそこまでしてここにはないと云い張る」

「だってここはもう私の家じゃあ……」

 言葉が止まったのは、柵の向こうでがしゃんと音が響いたからだ。無人の家からどうして音がするのだろうと思っていたら、ルシファに腕を掴まれ塀の裏まで引っ張られたところで、まるで隠すように抱え込まれた。

「ちょ……何」

「静かにしていろ」

 さっきまでのまるで不貞腐れているような子どものような雰囲気は消えて、低い声が耳元に響いた。その瞬間に思う。ああ、これがこの人の本性なのだと。レイアートの前で安穏としたり、アーヴィングの前で不貞腐れたり、私の前で笑ったり、どれも本物のルシファだ。だが時にこうして冷たくなることもできる。顔を見ることができずとも、今のルシファの顔が、以前のように冷ややかなものになっているのが想像できた。必要があれば容赦なく斬ると云った時の、あの顔を。

「ご苦労様でございました、これでよろしいでしょうか」

 腰の低そうな、しかし落ち着いた声色が懐かしくて、思わずはっと顔を上げる。しかし塀に隠されていて玄関は遠く見ることもできない。

「ああ、問題はない。引き取りは順調に進むだろう」

「しかし陛下は公爵地位をまだ破棄していないとの噂を聞きました。ルーガーデン家の完全なる消滅、それが第一のはずではありませんでしたか」

「ラウに先手を打たれただけだ、すぐ済まさせる」

「かしこまりました」

 ぱたんと馬車の戸が閉じる音がして門が開かれる。ルシファは私を引いたまま塀の外まで隠れると、高級な馬車を見送った。屋敷街だ、すぐに見えなくなったのを確認すると、私はルシファを離れてそっと屋敷の中を窺う。


「……レオノフ」

 馬車を見送った後なのだろう、屋敷の入口からそっと空を仰ぎ見るその初老の男性は、非常にこの屋敷とマッチしていた。少しやつれたようにも見えるが、瞳はしっかりとあの強さのままだ。

「あの人は?」

「……執事よ、小さい頃から知っているわ」

 父よりも屋敷に居ることが多く、幼い頃はよく遊んでもらったことを思い出す。今ではすっかり初老の執事と云う体が似合う年齢になってしまったが、彼はいつも優しい紳士だった。私にとってはそれこそ肉親に近い、一番信頼できる人だ。──いや、人だった。

「元気そうで良かったわ」

「……シルビア」

「わかっている、わかっているわ」

 うつむきながら屋敷から離れて歩き出すと、流石のルシファも何も云わずに付いて来た。ここら貴族の屋敷街を徒歩で行く人など居なかったが、私たちは無言のまま歩き続けた。ただカツカツと足音だけを響かせて、賑やかな城下町にようやく着いた頃にはもう日が暮れ始めていて、帰るにはもう少し先を急がないと日が暮れてしまいそうなのに、私はそこで糸が切れたように、ベンチに腰を下ろしてしまった。

「シルビア」

 ルシファは優しく呼んでくれるが、なかなかすぐに返事をすることができなかった。頭の中をいろいろなことがぐるぐると回っている。


 あの日も、いつものつまらない一日が始まる朝だった。

 ──すぐに帰る。

 ──いってらっしゃいませ、お父様。

 お辞儀はほんの少し斜めに三秒。しっかりと視線を上げた時には、もう父の背中が見えない。いつの間にか、無意識のうちにそういう習慣をつけてしまっていた。父の目を見なければ、私はちゃんとルーガーデン家の令嬢で居られたのだ。

 ──ちょっとシルビア! 早く朝食の用意をさせなさいよ!

 送り届けた先から、義姉の金切り声が飛んで来る。

 ──ちょっとシルビア、あんたどうして起こさなかったのよ。当主も見送れない妻なんて体裁が悪いじゃない。

 ──シルビア、あたしの指輪がないんだけど何所よー。

 シルビア、シルビア、シルビア。呼ばれるものは自分の名だが、返しているうちに自分は本当に生きているのかを疑っていた。機械と何変わらぬ動作で動き答え、感情と云う感情を殺していた。そうしなければ、その生活を認めることができなかった。

 ──お嬢様! 旦那様が……!

 使用人が駈け込んで来たのは、義姉の指輪を捜していた時、出て行ってからそんなに時間は経っていなかった。途中でクロームの丘に寄りたいと云った父を馬車から下ろして、レオノフが馬車を止めるため少し目を離した隙に父は足を滑らせたらしい。クロームの丘はそれなりに標高があり、冬場ならばまず命は助からない場所だった。馬車を止めてレオノフが父のもとへ向かおうとした時、姿が見えないからと丘の方へ進むと、丘下に無残な姿で横たわる主の顔を見つけたのだった。



「……レオノフは、いつも居ない父の代わりに、屋敷に居てくれたわ。母の看病もしてくれたみたいで、私はずっと、あの人に頼っていたの」

 レオノフより父の方が年下で、かしずいてはいたものの、おじい様に近い感覚で親しくしていた。強行な結婚をした所為で親戚から見放されていた我が家で、唯一の味方だった。だから頼っていた。少なくとも物心ついた時のかわいくない私が、素直に甘えられる人だった。

「父が亡くなった後も、すべてやってくれたわ。私は涙も流さずに、ただ淡々と看取って父が守ってくれた家も捨てた。私が最後にした決断は、家を捨てることだけ」

 悲しかったのだろうか、未だにわからない。父のことを訊かれると、答えに詰まる。厳しい人ではなかったはずだ。だが優しい人と云う印象もない。ただ、遠い人だった。だからと云って、ぼんやりしていて良いはずがない。私は浅はかだった。貴族の裏と云う裏を見て育ち飽き飽きし、そんな貴族を毛嫌いしていたくせに、実際にその目を養うことなどできていなかったのだ。そんな自分に腹が立つ。


 ルーガーデン家は、レオノフによって潰された。それに気付くことのできなかった自分が、腹立たしくて堪らない。


「……一緒に居た男は、フランツ・ロイ・バルシャイと云う」

 いきなりの声に思わず顔を上げると、ルシファの表情はうまく夕陽の影で覆われ、隠れてよく見えなかった。

 流石の私でもその名前は知っている、現国王レウの弟だ。国王一家の兄弟で王になれなかった者は真名(まな)を名乗り出す。国王の本名は許された者のみが知ることのできるもので、それ以外には一生別名のままで人生を終える。現王子のラウやラウラ、ラウドといった名前も、仮のものだ。王弟フランツは王の選出から外れると、側近になることもせず、一貴族として上流界に名前を売り始めた人で貴族内では有名人だ。

「あの人が……?」

 そんな人がどうしてレオノフと、と考える間もなく声が飛んで来る。

「シルビア、おまえは今、どうしたい?」

 唐突に問いかけられた先に、ようやくルシファの瞳が見えた。子どもっぽい顔でも、あの厳しい顔でもない。私よりも葛藤を抱えている群青の瞳に、私は思わず声をなくす。

「助けを乞えば、おまえは助けてもらえる状況だ」

 助けを乞う、と云われて溢れそうだった涙が枯れた。

「……助け?」

 助けなんて要らない。私は、自分の足で立てる。立ってみせる。これは自分の失態だ。父がいきなり死んで、動揺していたなどと云い訳にもならない。これでよろしいですかと尋ねるレオノフに、私はただ頷いていただけなのだ。最後の最後までルーガーデン家の長女らしく、女主人らしく立つことはちっともできなかった。私はただの、人形だった。


 自分の失態ぐらい、自分で取り戻す。悔しくなってルシファをにらんだが、その視線はあっけなく空振りしてしまった。

「シルビア、云え」

 予期もせずぐっと手を掴まれ、私は込み上げて来た悔しさをぶつけることもできない。

「俺が全部、どうにかする。だから俺に任せてくれないか」

 ──シルビア、おまえはここに居なさい。

 ──シルビア、外に出てはいけない。

 父の声がこだまする。どうしていつもこうなるのだろう。どうして私はシルビア・ルーガーデンとして、一人の人間としていつまでも立てないのだろう。


 私、生きているの?

 その一言すら云えず、父と別れた。

「離して……」

「シルビア、聞いてくれ。俺はおまえに……」

「離して!」

 戦士(アソイブ)に勝てるほど強い力はなかったが、立ち上がってできる限りの力で振り払えばルシファはあっけなく手を離した。

「私だって生きているのに……!」

「シルビア……」

「私は人形じゃあないの!」

 云う相手を間違えている、そんなことはわかっていても、込み上げてくるものを止められなかった。ルシファの呼ぶ声をひたすらに無視して、がむしゃらに城下町を駆け抜けた。市場が終わりを迎える時間、片付けや最後の値引きの呼びかけが聞こえる中、私は全速力で駆け抜け、妖精使いの家へと走り抜けた。幸い誰も居ない家に入ると、ずるずる扉を背に崩れ落ちた。


 ──だから俺に任せてくれないか。

 掴まれた腕に、まだ感覚が残っている。ルシファの必死さが感じられて、嬉しくないはずがなかった。だからこそそれよりも先に、悔しさの方がにじみ出て来たのだ。同じ場所に居たいと思ったのに、守る存在として下に見られている事実が、悔しくて堪らないのだ。


 なんの役にも立たない私が同じ視線に立ちたいなんて、傲慢すぎる。

 私にとってルシファはそれだけ特別なのだと、思い知らされたのだった。


・・・・・


「まったく、嫌な話ですこと」

 アーウィングは年齢にふさわしくない不貞腐れた顔で、これみよがしに厭味を吐き出すとソファにどっかりと座った。ラウは返す言葉もなくずっと諦めていたのだが、何度も繰り返されると流石に反省の念も失せ、飽きて来る。


「だからすまなかったと云っているだろう」

「別に謝られるようなことじゃねぇけどよ」

「隊長、謝られておいてください、殿下は少し不注意に過ぎるところがあります。もう少し叱ってくださっても結構です」

 侍従サルトルの強い口調に、ラウはさらに言葉を失うしかない。自分の不注意を目撃された挙句、彼に命じて置いた仕事を奪うようなことをしてしまったのだ。叱られても文句は云えない。

「まさか出て来るとは思わなかったんだ」

「子どもの云いわけにしかなっていませんよ。頭に血が登ると後先考えず正直に動き過ぎるのは、陛下によく似てらっしゃいますが」

 たかが侍従と云えど臣下として間違いを正す者こそを忠臣とするサルトルに、ラウの言葉など通用しなかった。

「姿を見られていたら完全に終わりだったでしょう」

「それはアーヴィングにしたって同じだろう」

「俺には妖精が居るから問題ないって、仕事を割り振ったのはおまえだろう。向こうの妖精にも、見られなかったんだろうな?」

 そう尋ねられると心配が残る。何せ王族は生まれつき守妖精が居ない。だからラウにも守妖精という存在はよくわからない。例外として見えるのは、シルヴィアに付いている守妖精ぐらいだ。ラウに相手の守妖精がいったいどんな反応を示したかなどわかるわけもない。明らかに自分の失態でしかないことに、ラウも自分で呆れている。


「──すまなかった」

「まぁひとまずそれは置いといて、お嬢ちゃんは大丈夫なのか」

「……おそらくは。それこそ妖精使いと守妖精が放って置かないだろう。あの様子では見られた気配もなかった……だろう?」

 一緒に見ていたアーヴィングにそれこそ訊き返せば、さぁと首をかしげられる。

「残念ながらフランツも右腕も、嬢ちゃんも見ていないからな。俺が見たのはぼけっとしていたルシファだけだぜ」

「──そうか」

 あの屋敷に張り込むようアーヴィングに指示していたのはラウである。そのラウが不注意で屋敷に行ってしまったのがすべての失敗だった。こだわる用事がないのなら、別段行く必要もなかったというのに、そこで見てしまったのはルマンド・レオノフの裏切りとフランツ・ロイ・バルシャイの結託。ずっと確信していたことだったから、実際にその場を見られたのは良かったのだが、問題はそれを、シルビアに見られてしまったことである。それだけは避けるべきことだったというのに、咄嗟にその場から彼女を離すこともできず、その場を見させてしまっていた。自分がただ、その場面を確認したいがために、彼女に事実を見せてしまった。あの場に飛び出してでも、帰らせるべきだったと、今さらながら思う。



 しかし後悔したところで遅い。彼女は事実を知り、自分を責めている。何をするかわかったものではない。一人にはできないが城に居るラウにはどうすることもできない。そんなラウに急報が入ったのは、偶然でもなかった。

「殿下、謁見を申し出ている者が居るのですが……」

「今すぐにか?」

「はい、それが……ルーガーデンのエオリオ、と申しておりまして」

ラウは思わず生唾を飲み込む。エオリオ、忘れもしない、シルビアの守妖精。守妖精なんて生ぬるいかもしれないほどの、まるで家族かのように彼女を必死に守るそれ。──すべての発端の、それだ。

「すぐに通してくれ」

 彼がどういう要件で来たのか、問うまでもなかった。ラウが椅子から降りて客人を迎えようとしたが、それをするまでもなく彼はすぐにやって来た。

「やあやあラウ殿下、良いご身分ですね」

 にこにこと笑顔で入って来たシルビアの守妖精エオリオは、とても感じの良い好青年にしか見えない。長身に銀色がかった白髪と白い肌、銀の瞳はとても印象的で忘れることはないだろう。人型の妖精が崇められている一つに、あらゆる生物になれるという利点がある。つまり人であるその姿も、自分で形を決めるらしいのだが、彼はずっとこの姿のままだ。おそらく市井ではその目立つ姿を変えてシルビアを守っていたに違いない。


 だからこそ、彼の憤りが伝わって来る。笑顔の裏には激しい怒りが見え隠れしている。

「エオリオ、すまない。これは俺の落ち度だ、俺にできることはなんだってするし、文句もなんでも受け入れる。ただ、シルビアのことだけは守らせて欲しい」

「──話の前にじゃあ一つだけ」

 そう云って微笑んだまま好青年は、次期国王の顔面を思い切り殴りつけたのだった。


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