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既知宇宙生物カタログ

既知宇宙生物カタログ #H2-G-2-G

作者: yokosa

【第6回フリーワンライ】

お題:狂い踊るワルツ


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 人類が宇宙に進出してから数世紀。

 幾百光年の海原を駆け巡り、数々の未踏を制覇してきた。

 それこそ星の数ほどの銀河には、生命の存在する惑星も数え切れず発見された。代表的な地球外生命と言えば勿論、ファーストコンタクトとなった#Aである(別項リンク参照)。

 中には地球型生物の生存に適さない惑星もあったが、それでもしぶとく生命は誕生した。

 例えばこの#H2-G-2-Gである。

 宇宙基点からオリオン座の方角にある、第百一象限の辺境惑星トッフーの環境はまさに過酷の一言で、大気は存在するものの太陽型恒星に面する側は常に沸騰して干上がり、行き場をなくした水分が裏側へと集まって広大な海を為していた。

 恒星に面した乾いた大地と、日陰になった暗い海。まるで赤と青のツートンカラーで塗り分けたボールのようだった。それらは傍目には変化がないように見えるが、その実、公転と自転によって常に地表は変化し続けているのである。

 発見者が茶目っ気で名付けた「騒がしの海」は、ある時は荒野の窪地となり、また別の時には惑星の裏に回って深い海の底となった。

 寒暖差が厳しいどころか、陸地と海という目まぐるしく移り変わる環境では、原始生命ならばともかくも、進化した知的生命など発生するわけもなかった。

 ところがである。

 これはまさしく、陳腐に宇宙の神秘としか表現しようがないが、惑星トッフーには、ただ一種だけ知的生命体がいたのである。

 その名はウォルツ。

 彼らは移り変わる環境に適応した、魚類の特徴を備えた人型の生命体だった。

 海の面ではエラ呼吸を行い、海中の藻に似た植物や微生物を食べた。

 一方、陸の面では肺呼吸に切り替え、発達した四肢を用いて地上高く伸びた樹木(満潮時に枝葉が海面上へ出るよう進化した)を器用によじ登っては若芽を食べ、また水かきのついたその手で地中深くに休眠している生物を摂った。

 その身体は過酷な環境に耐えうるために、石のように頑強だった。


 彼らは高水準の知的生命体でありながら、音声言語を持たなかった。

 考えてみれば当然である。

 日の面では水分が全て蒸発する死の世界で生きねばならず、影の面では海中で生活しなければならないのである。

 特に問題なのは陸地での生活だった。口を一度開けようものなら、誇張ではなく体内の水分が全て蒸発しかねない地獄。最低限の呼吸以外、体外へ通じる穴は堅く閉じなければ生きていけなかった。

 そこで疑問に登る問題がある。彼らがどうやって体温調節をしていたのか、だ。これには未だに謎が多く、明確な回答が出ていない。

 それと言うのも、宇宙条約においては、知的生命体の健全なる発育のために彼らへの接触は厳禁とされており、察知されない距離から探査プローブによる観察しか出来ないからだ。

 そんな環境に置かれた彼らは、我々から見れば不思議な言語を編み出した。

 それを一言で表すなら、肉体言語である。

 彼らは手足の動き、身体の向き、表情や目線で意思疎通を行った。

 その様がまるで華麗に踊るように見えたことから、彼らはウォルツと名付けられた。

 舞踏言語は生活に密着したものだが、その性質上、あまり細かい内容や緊急性のある情報伝達には向かなったのは明白である。

 しかし、前述したように惑星トッフーには知的生命と呼べるものはウォルツ以外にはなく、他に彼らの天敵は皆無だった。

 ウォルツを脅かす生物は、彼らの発生以後一度たりとも生まれなかったのである。だからこそ彼らはすくすくと発達したし、また舞踏言語などという悠長な情報伝達がまかり通ったのである。


 実際のところ、ウォルツに関して語ることが出来る事項はあまり多くない。

 と、言うより、これでほとんど終わりだ。

 ここまではウォルツを観察して得られた情報の集積である。

 しかし、ここから記すものは、探査プローブによって収集した厳然たる事実の列記である。


 トッフーのウォルツの観察が始まってからしばらくして、奇妙な現象が起こった。

 普段は地球産生物の中でも最も鈍重なナマケモノのようにゆったりと動く彼らであるが、その中の一集団が陸地で突然慌ただしく騒ぎ始めた。

 騒ぐと言っても、勿論言葉そのままに騒ぎ立てるわけではない。

 いつにも増して鋭く、華麗に踊った。我々人間から見るならば、超一流のダンサーが演目のクライマックスを飾る激しい踊りを舞っている、というところだろうか。

 その動きがあまりにも激しいため、意思疎通が上手くいかないかった。一体のウォルツの激しいダンスに対して、周りのウォルツはついていけなかったのである。

 困惑する周囲のウォルツを代表して、別の個体が進み出て、まるで二体で絡まるように踊り出した。

 それはまさしく、ウォルツの由来となったダンス――つがいの雄雌によるワルツだった。

 かつて地球人は、まだその母なるゆりかごに安寧としていたころ、中世代の始めにユーラシアと呼ばれた大陸の西に興ったある地域の文明――その文明のくだらない政治で言われた名句がある。

「会議は踊る。されど進まず」

 その言を借りるならばさしずめ、

「会議は踊る。されど通じず」

 といったところだろうか。

 狂い踊るワルツは悲しい平行線を辿った。


 結局のところ、その個体は初めて見るウォルツ以外の生物について、集団の全員に伝えようとしていたのであるが、それはまったく完全に初めての概念だったために、意図するところが他の個体に伝わることはなかった。

 そしてまったく残念なことに、惑星トッフーにおいて初めて確認されたそのウォルツ以外の生物によって、ウォルツはことごとく狩り尽くされたのである。

 その生物もまた、トッフーの過酷な環境の中で全て死に絶えた。今では惑星トッフーに知的生命体は存在しない。

 謎とされるのは、なぜウォルツの天敵が存在しないはずのトッフーに、突然別種の生物が発生したのかである。探査プローブの故障によって、それらの詳細は不明となっているのが悔やまれる。

 プローブによる断片的な情報から、どうやらウォルツを捕食した謎の生物は第百一象限の手前、第百象限の惑星で発見された肉食性の鼻行類に酷似する特徴を備えていたということである。探査プローブは第百象限のその惑星を経て第百一象限の惑星トッフーに辿り着いたのだが、まったくもって不思議な出来事である。

 生命の進化はまさに数え切れない無数に枝分かれした可能性の先端にあるが、このようにまったく別々の環境でまったく偶然に似た特徴を備えた生物が生まれることもゼロではなく、地球産生物で言うならばほ乳類のイルカと魚類のサメが酷似した特徴を備えているのと同じで、これを収斂進化と呼ぶ。

 これについては興味深い例が#S-L-T-4-A-Fにある(別項リンク先参照)。


『既知宇宙生物カタログ #H2-G-2-G』・了

 今回はおバカSFの金字塔『銀河ヒッチハイク・ガイド(原題:The Hitchhiker's Guide to the Galaxy)』をリスペクトした。

 今まで結構苦し紛れで書くことが多かったんだが、これはなんか結構ノリノリで書けた。

 ダグラス・アダムズのノリ大好き。『H2G2』サイコー!

 ちなみに映画版は観たことない。


 当然ながら当作品はヒッチハイク・ガイドとはなんの関係もありません。

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