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第八章 「群盗荒野を裂く」


 ジョーンズの屋敷まで強制連行されたハリーとゲンジは、物置と見られる殺風景な一室に監禁され、激しい虐待を受けた。

「オラオラッ! 踊れ踊れぇえええ!」

「――うっ、ぐッ!」

「クァハハハハハッ!!  そぉ~らッ!!」

「――ガ、ハア……ッ!」

 縄で手足をきつく縛られ、殴り放題、蹴り放題のサンドバックにされるゲンジ。

 既に顔は血だらけ、意識も朦朧としているグロッキー状態だった。

「痛ぇか? 痛ぇのかァー? んんー? へへへっ、ならもっと痛くしてやるよ!」

「死ねェ!」

「シュッシュッ!」

「――――」

「チッ! 寝てんじゃねぇぞこのカスが!」

 耐え切れず気を失っても、すぐさま顔面を殴られる激痛で目が覚める。苦痛によって意識を失い、苦痛によって意識を取り戻すことの繰り返し。それでも辛うじて耐えていられるのは、ゲンジの肉体が人並みはずれて強固であるが故。

 肉体的に標準以下のハリーは疾うにダウン。殴られる代わりに上半身を裸にされ、床に押さえつけられている。

「へっ、よく見りゃあこいつ、女みてぇなツラしてやがる」

「ツラだけじゃねぇぜ? 体の方も随分と細せぇや」

「おい。テメェそれでも男か? それでもガンマンかァ!? あぁー?」

 ハリーは苦し紛れにも強がって笑った。

「色男は華奢と相場は決まってんだ。てめーらみたいなブサイクと違ってな……?」

「なんだとこの野郎ッ!」

 がつがつと顔面を踏みつけられ、せっかくの色男を台無しにされる。

「ケケケ」

 火のついた葉巻を手にした男が、ハリーの素肌でそれを揉み消した。

「ヴぅあっ、くうっ、――熱ッ!!」

 歯を食い縛って身を捩らせるハリー。

 他の男たちも寄って集ってハリーを灰皿代わりに使う。

「ほらほら? オメェも一服どうだ?」

「ばっ、やめッ……!」

 ハリーは必死に顔を背け、拒絶の意を示すが、火のついた葉巻の先端を無理やり口や鼻の中に押し込まれた。

「○×△□※☆@!!」

 ――その後も、水を張った桶に何度も顔面を沈められ気絶させられたり、逆さ宙吊りにされて全身を鉄棒で滅多打ちにされるなど、目を覆いたくなるような過酷な暴行が立て続いた。

 散々弄りものにされた挙句、ボロ雑巾のようになって床に転がった二人。

 錆び付いた蝶盤が鈍い音を立てて軋み、扉が開かれた。

 金髪のエレンと、ジョーンズの秘書ジョナサンが姿を現す。

「こいつらか?」

 ジョナサンの問いに、自警団の一人が肩をすくめて答えた。

「ああ。間違いねえ」

 力なく床に倒れ伏しているハリーとゲンジの面を覗き込み、ジョナサンは顔をしかめた。

「ふぅむ。随分と痛めつけられたらしいなぁ? 酷い顔だ」

 突っ伏したままのゲンジが血の混じった唾を吐き捨てる。

「けっ、他人事みたいに言いやがって……ッ!」

「うるせえッ!! 誰が口利いて良いっつったよ!?」

 郎党の打ち下ろした踵が巨漢の鳩尾に激しくのめり込む。

「ぐぅッ……! ちくしょう覚えてやがれ! テメェら絶対ッ、皆殺しにしてやるからなァ!」

「黙れっつってんのが分からねぇのかよ!!」

 よせばいいものを大声で喚き散らし、わざわざ痛い目に遭うゲンジとは対照的に、体力的に限界のハリーは大人しくしたまま、じっとエレンの方を見ていた。

「……」

 別段、何を期待していたというわけでもないが、案の定、白装束の冷血女はぴくりとも表情を変えない。その代わりにハリーの目が捉えたのは彼女の背後。隠れるように立ち、ひょっこりと顔を覗かせたのは一緒に捕まったはずのエンジェルアイだった。

「お、おい、ゲン公!」

「ん……?」

 ハリィの呼びかけで、ゲンジもそれに気づく。

「――お前っ、エンジェル!?」

 エレンは振り返り、何やら含みのある笑みを浮かべてゆったりと問うた。

「知り合いなのかい?」

 少女は全く迷いの無い挙動で〝知らない〟と首を横に振る。

「なっ……!? お、おいハリィ、これは一体どういうことなんだ?」

 状況が理解できないゲンジは相棒に解釈の仕方を尋ねた。

「つまりはあのガキ、俺たちを裏切ったってことだ」

「ナニィ!?」

「大方、俺たちに先がねぇことを見限って、あのブロンディに上手いこと取り入ったんだろう」

 ハリーは端的に説明したあと、自身も呆れたように嘆息した。

「……全く、ガキだと思って油断したが、所詮は女だったってことだ。ちょっとでも都合が悪くなると、コロっと風向きの好い方にいかれちまいやがる」

「けっ、だから女は嫌いなんだ!」

 ゲンジは悔しそうに吐き捨て、声を大にして言った。

「おい、エンジェル!! てめぇ何やってんだ! 戻って来い!!」

 少女は矢庭に、あっかんべーをして完全拒否の意を表す。

 いっそ清々しいくらいに見事な手のひら返しだった。

「ちぇっ、ホントに悪い子だな……」

「テメェの教育が悪いんだろッ、この木偶ッ!」

「よく言うぜ。あの不人情さはテメェにそっくりじゃねーか!」

 なにやら言い争いを始める二人に、ジョナサンが呆れて肩を竦めた。

「お前ら、自分たちの置かれた状況が分かっているのか……」

 エレンも涼しげに哂って口を開く。

「君たちの処遇は〝火炙り〟に決まったよ」

 極刑宣告を聞かされて尚、二人は特に怖気づいた様子もない。

「へぇー」

 他人事のように言って、軽く受け流すゲンジ。

「まぁ、そちらさんの兵士を二人も殺ったんだ。そうなるのは当然だろうなぁ?」

 ハリーも同じく不遜な態度を改めようとはしなかった。

「それで? いつ、俺達をローストビーフにしてくれるってんだ?」

 刑の内容など問題ではない。肝心なのは、猶予があとどのくらい残されているのかということ。要はその間に段取りをつけて、逃げればいいだけのことなのだ。

「期日は明日の午後。市中引き廻しの上、中央広場での公開処刑だ」

 何気ないジョナサンの返答に、ハリーとゲンジは顔色を蒼白に変える。

「――えッ、明日っ!? そそッ、そいつは困るなあっ!? 今ちょっと俺、体調悪いし!」

「どうせ死ぬのに体調もクソもねぇだろ!」

「いやぁ、それにほら、明日は仏滅だぜ!? 確か来週の日曜日が大安吉日だったから、その日にずらした方がいいんじゃねーのかなぁ? うん!」

「結婚式の日取りを決めてんじゃねえんだよ!」

 自警団の無頼漢たちから、それぞれ気の利いたツッコミが入る。

「チッ!」

〝おいおい、冗談じゃねぇぞ!〟

 ハリーは内心焦っていた。

 処刑になるまで、少なくとも数日は猶予があるだろうと踏んだからこそ、大人しく捕まってやったのだ。しかしいくらなんでも、明日までに脱出の糸口を掴むのは難しい。

 こんなことなら、あのとき酒場で無茶な抵抗に臨んだ方がまだマシだったかもしれない。

「さぁ、それじゃあ始めようか?」

 団員の一人が機を見計らったかのように言うと、周囲の有象無象たちは待ちかねていたと言わんばかりに色めき立った。

「おいちょっと待て、何をする気だ……?」

 異様な雰囲気を察して、ゲンジが少々戸惑いつつも問い掛ける。

 下卑た笑いを含んだ声で、返答はすぐに返ってきた。

「クックックッ、処刑の下準備だ」

「お前らの手足を切り落として、皮を剥ぐのよ」

 ――!?

 驚愕するハリーとゲンジをよそに、自警団の雑兵たちはその歪んだ嗜好心をくすぐられたかのように各々喋り出す。

「五体満足のまま生かしておいたんじゃあ、逃げ出すかもしれねぇしよぉ?」

「テメェらは俺たちの仲間を二人も殺しやがったんだ。このまますんなり殺したんじゃあ、俺たちの気が済まねぇ」

「へッへッへッ! まずは耳から削ぎ落とす」

 ゲンジが頬の筋肉をぴくぴくと引き攣らせながら、今一度確認する。

「ご冗談でしょ……?」

 返答はなく、敢えて二人の恐怖を煽るように、自警団員たちは不気味な笑みだけを浮かべていた。たっぷりと間を持たせた後、傍らに置いてあった工具箱から取り出されたのは、随分とヤバイ臭いのするノコギリやペンチ。ドス黒く乾ききった返り血の跡が、ベットリと付着している。

「――」

 二人は今度こそ、完璧に怖気づいた。

「ちょっ、ちょっとッ、待ってくれェエエ!?」

「うるせえッ! 男のクセに往生際が悪ぃんだよ!」

 一度は完全に聞き流されるのも、ハリーはしつこく願い出た。

「頼む! 話があるんだ! とにかく聞いてくれ! お願いしますぅ!」

 大の男が脇目も振らずに土下座する、なんともみっともない絵ヅラ。

 短い合間に、ハリーはもう必死で捲くし立てた。

「噂によれば自警団は今、ちょうど人手が足りてねぇと聞く! だったら死んだ二人の代わりによぉ、俺たちを雇ってみるってのはどうだろう!? もちろん腕には自信がある! それに責任を取るっていうのは死ぬことじゃなく、生きて何を成すかだと俺は思うんだ! きっと役に立ってみせるぜ!? なぁ、そうだろう相棒!?」

 ハリーの機転にゲンジも全力で乗っかった。

「お、おうよっ! もうこの際だ、金はいらねえ! ただ働きでも何でもいいからよぉ!? なんとか考えてみてくれよ!? なぁ!? 後生だから! オナシャス!」

『――ガッハッハッハッハ!!』

 団員達から思い切り笑い飛ばされる。

「ふざけんな! 誰がテメェらなんぞ、仲間に加えるもんか!」

「そこをなんとか!」

「うるせえーッ!! もう大人しく裁きを受けなッ!!」

 いよいよ年貢の納め時かと諦めかけた時、逸る有象無象の狂犬たちを制したのは、エレンだった。

「……」

 無言のまま、相変わらず何を考えているのか窺い知れぬポーカーフェィスで、金髪の女ガンマンはハリーとゲンジの前に出る。

「お、おい……。まさか、オメェ――」

 団員の一人が反射的に喋りかけて、ハッと自ら口を噤む。

 エレンに対して、軽々しく意見などしようものなら、埃を払うように殺される。

 今ここに生き残っている自警団の面子は、これまでにそういう連中を嫌というほど見てきたのだ。死にたくなければ、黙っている以外の選択肢はない。

 陰湿な沈黙の中、エレンは透き通るような女の声で二人に話しかけた。

「腕には自信があると言ったね?」

 ハリーとゲンジは顔を見合わせ、戸惑いつつ答える。

「あ、あぁ……」

 エレンは後ろの面子を振り返り、さらりと命じた。

「二人の縄を解け。それから坊やに拳銃を」

 納得のいかない表情で、しぶしぶ言われた通りにする自警団の猛者たち。

 体の自由を許された上、拳銃まで返して貰い、ハリーは怪訝な顔をして尋ねた。

「どういう風の吹き回しだ」

 エレンは答えず、突然、懐からナイフを数本引き抜き放ち、目にも留まらぬ速さでハリーに投げつけた。

「……ッ!」

 空かさず床に転がり込み、ハリーは使い慣れたSAAで投擲された凶刃を迎撃する。

 発射された銃弾は、すべて正確に迫り来るナイフを弾き飛ばした。

 はあっと安堵の溜息を吐き、肩を落とすハリィ。

「おい……。いきなりナニしやがんだよ……」

 エレンは意に介さず、胡散臭い笑みだけを浮かべていた。そして一言。

「合格だ」

「……はぁ?」

「君はウチに、入団を希望していたんじゃないのかな?」

 ハリーはエレンの言葉を正しく理解するため、短く逡巡した。

 自警団への加入を認められた。ということは、処刑は免除。

 つまり命拾いしたということだ。

「OH~っ、ハレルヤ!! HAHAHA! ナイストゥ・ミィ・トゥ~! ブラザーズ!」

 ハリーは大喜びで、明らかに嫌な顔をしている他の団員たちに絡み出す。

 エレンは次に、ゲンジと対面した。

「先に断っておくが、俺ァ、ハジキはやらねぇぜッ?」

 金髪女の涼しげな瞳を威圧的に睨むゲンジ。緊張が走る。

「――へんっ、今時ハジキも扱えねぇような奴なんかいらねぇや。こいつァ不合格だな」

 自分が助かったことで、すっかりいつもの調子を取り戻したハリーが、薄情に提言した。

「テメェ、どっちの味方なんだよ!?」

 エレンは軽く笑って許容する。

「いいだろう」

 基本的に彼女の言葉は必要最低限にすら説明が足りていない。

 それを行動で補うかのように、金髪の女は腰からガンベルトを外し、小姓のエンジェルに投げ渡した。ゲンジはぴくりと薄い眉毛を跳ね上げ、揉み手をするような声色で言った。

「俺と素手で渡り合おうっていうのかぃ?」

 男と女、それに体格もまるで違う。

 しかしエレンは、するりとポンチョを脱ぎ捨てると、「遊んであげるよ」と余裕の表情を微塵も崩さないまま、挑発的に手招きをした。

「お互いに自信満々だな。気持ちがいいや!」

 女相手に容赦なく襲い掛かるゲンジ。しかしその胸中は些か勝負の行方を達観していた。

 油断のならない相手であることは間違いない。恐らく、それなりに何か手妻もあるのだろう。

 だが素手での格闘は完全にゲンジのアドバンテージだ。負けるとは到底考えられない。

 エレンには二年前の恨みがある。一発くらい本気でぶん殴っても、罰は当たらないだろうと、ゲンジは安易に高を括っていた。

「ムゥウンッ!」

 破壊力抜群の右ストレートが、豪快に風を切ってエレンを狙う。

 しかしこれはかわされ、美しいブロンドの髪を数本掠めただけに留まった。

「……」

 だがこの程度は当然、想定の範囲内。体勢を切り替え、矢継ぎ早に相手の腹を狙った左アッパー。鋭く短く、左拳を掬い上げる。これなら避けられまい。 

 だがエレンは無理に避けようとはせず、自ら進んでその一撃を受け止めた。

「――何ッ……!?」

 瞬間、包み込むように、打撃の力が消えて行く。

 威力を吸収、いや、拡散された。

〝なんだ今のは……!?〟

 一旦距離を取ると見せかけて、離れ際、顎を狙ったハイキックを放つ。

 エレンはやはり、独特な手妻でこれも悠々と受け止めてみせた。

「チィッ……!」

 ヘビー級のゲンジが、女などに本気を出して手玉に取られるという嘘のような光景。

 未知の体術に翻弄され、ゲンジは些か冷静さを欠きはじめた。

 その時点で、もはや勝敗は決していたといえよう。

 一手一手の質はだんだんと粗くなり、数打ちゃ当たるというように、無茶苦茶な攻撃を繰り出すゲンジ。エレンは淡々とそれらを受け流しつつ、一瞬の隙をついて、巨漢の背後を取った。

「くッ、しまっ――!」

 地を這うような回し蹴りが、ゲンジの足首を華麗に打ち抜いた。

 バランスを崩し、倒れる巨体。

 受身を取ってすぐさま立ち上がろうとするが、腕を捻られ、逆に押さえ込まれる。

 力づくで拘束を振り解こうとするが、何故かビクともしない。

 腕を力がこもらないような角度に捻られていたのだ。

「東アジアの国に古くから伝わる武闘術で、合気柔術とかいうらしい」

 ゲンジの頭をぐりぐりと踏みつけながら、エレンは恍惚に論った。

「相手の力を受け流し、逆に利用する。キミのような力自慢相手には打ってつけの手妻さ」

「クソッ……!」

 ゲンジは悔しそうに歯噛みをする。

 完敗だった。こうなった以上は自警団へも不採用。死刑が確定するだろう。

 ぽん、と不意に肩を叩かれゲンジは振り返った。

 そこには妙に精悍な顔つきをしたハリーの姿。

「……」

 それを見た途端、ゲンジの胸中に深い感慨が浮かんだ。

 なんだかかんだで長い付き合いだ。荒野に生きる男として、お互い長生きは出来ないだろうと覚悟はしていたものの、いざ別れが来たのかと思うと、思いがけず涙さえ滲みそうになる。そんな情の篤いゲンジに対し、ハリィは。

「ばいばーい」

 と、なんの感慨も無さそうにあっさりと別れを告げた。

「こんの野郎ッ! 地獄の底から這い出してきて、必ずお前をぶち殺してやるぞッ!!」

 ハリーはエンジェルを真似て、憤慨するゲンジにあっかんべーをした。

 エレンはガンベルトとポンチョを身につけ直し、エンジェルを連れて部屋を出てゆく。

 その去り際、冷血女が自警団の面々に対して口にしたのは、意外な一言だった。

「いいかいキミたち? 新入り二人に、色々と教えてあげるんだよ?」

 ハリーとゲンジはぽかんと顔を見合わせた。ゲンジが信じられないといった口調で問う。

「お、おい。ありゃあ、どういう意味だぃ?」

「良かったねゲンちゃん。どうやらあなたも、合格したみたいよ?」

 ゲンジは短く逡巡する。

 つまりはハリーと同様、処刑は免除。命拾いしたということだ。

「OH~っ、ジーザス!! HAHAHA! ナイストゥ・ミィ・トゥ~! ブラザーズ!」

 ゲンジは大喜びで、明らかに嫌な顔をしている他の団員たちに絡み出した。

 ――――。


 屋敷の廊下を歩いて行くエレンとエンジェル。

 ジョナサンが後ろから追いついて来て、隣に並んだ。

「エレン。お前一体、何を考えてるんだ?」

 歩調を合わせて歩きながら、エレンは前を向いたまま、澄ました顔で聞き返す。

「何を、とは?」

「とぼけるな」

 ジョナサンは眉を顰め、咎めるような口調で言った。

「ろくすっぽ調べもせずに、あんな奴等を自警団に加えるなんて正気なのか?」

「人手が足りなくて一番困っていたのはキミだろう? スカウトの仕事が少し減ってよかったじゃないか」

「馬鹿を言え。あんなの信用出来るか」

「ほぅ? フッフッフ……」

 金髪の美女を模った殺戮兵器は心底可笑しそうに笑って立ち止まった。

 ジョナサンの方を振り返り、アイロニカルに言葉を返す。

「それじゃあ一つ尋ねるがね、キミは私のことを信用しているのかい?」

「何だと?」

 ジョナサンは俄かに意外そうな顔をする。ブロンディは構わず、質問を続けた。

「他の面子はどうだい? キミはあんな連中を、本当に信用出来るっていうのか?」

「……くっ」

「言っておくがね、私は端から誰のことも信用なんかしちゃいないよ。ボスも、君も、もちろん他の連中もさ」

 再び前を向いて歩き出しながら、白衣(びゃくえ)の女傑は自らの哲学を軽口のように語った。

「信用なんていう言葉はね、ジョークか寝言で使うからこそ許されるんだ。間違っても素面で口にするようなことじゃない。手を組むために必要な条件は、金、すなわち財力か、殺しの腕だけだよ」

 いっそ痛快なくらい殺伐とした闇の稼業の定め書き。

 ジョナサンはそれ以上話題を続ける気にもなれず、彼女の背中を見送った。

 ――――。


 自警団の下っ端団員がたむろする部屋の中で、ハリーとゲンジは密かに身を寄せ合い、今後の事を相談した。

「おいどうする?」

 ゲンジのシンプルな問いに、ハリーは楽観で答える。

「どうするもこうするも、こうなった以上は流れに乗っかるしかねぇだろ」

 一体どこから取り出したのか、ハリーは赤い覆面を巨漢の相棒に差し出した。

「なんでぇいこれは?」

 ゲンジは意図をよく理解できずに問い質す。

「今日から俺達は仮にも自警団の一員なんだぜ? 町の連中にはそれなりにツラも割れてる。色々と面倒なことにならねぇよう、変装の一つでもするのが利口ってもんだろう?」

「なるほど……。それで? 名前の方はどうする?」

「まぁ、それも平生のままじゃあ不味いわな。う~ん、どうしよっかなぁ……」

 もっともらしく腕組みなんかをして、わりと真剣に考え込むハリー。

 そんなとき、団員の一人が近寄ってきて、ひそひそやっている二人に声を掛けた。

「おい新入りぃ! そういやオメェら、名はなんていうんだい?」

 ここで下手に迷って無駄な不信感を抱かれては困ると思ったハリーが咄嗟に答えた。

「えーっと、俺はインディオ」

 ゲンジも今度は即座に反応する。

「俺はサンチョだ」

 自警団のお歴々は、既に不信感を露にしていた。

「わかりやすく悪役っぽい名前だな……」

 二人は薄気味の悪い笑みを浮かべて肩を組み、威勢良く声を揃えた。

「「アミーゴ!」」

 社会の底辺にようこそ。こうして二人の自警団ライフがささやかに幕を開けた。

 ――――。


「お待たせしてすいやせんっ! 酒と煙草、買って来やしたぁ!」

「おう、待ちくたびれたぜぃ!」

「インディオ、酌をしろ」

「へい! 喜んで!」

「ほら、お前も一杯やれや?」

「へい! ご馳走になりやす!」

「インディオ! 年貢の取立てに行くぞ! ついて来い!」

「へい! お供いたしやすっ!」

 団員皆の舎弟として扱き使われながら、元気一杯、愛想を持って振舞うハリー。

 手際が良く、何事にも器用なハリーは恐るべき八面六臂ぶりを発揮し、すっかり皆から気に入られていた。本人もノリノリな様子で、日夜、自警団の下っ端として町を荒らすお手伝いをしている。今日も先輩方と共に馬を駆り、拳銃片手に町へと繰り出す。

 この日は一人で、取立て役を仰せつかった。

「ひぃいい! 堪忍してくださいぃ!」

「ふざけんなよこのジジイ! あぁん!? 金を払え! 払う金がねぇってんなら、代わりに娘を貰っていくぞ、オッケー!?」

「そ、それだけはどうか!」

「無限のパワーを食らえ!」

 年老いた農夫を容赦なく銃のグリップで殴り倒し、易々と娘を攫って行く。

「きゃあああッ! 助けておとっつあ~ん!」

「ガッハッハッハ! 悪は勝~つッ!」

 ハリーがすんなり取り立てを終えて戻ると、表で悠々と待っていた先輩団員たちは上機嫌に笑いあった。

「インディオ。テメェもなかなか、この仕事が板についてきたじゃねーか」

「へい! 兄貴たちのおかげです!」

「フッフッフ、まったく見所のある奴だな」

「今日はオメェにも、女をヤラせてやるぜ。まぁ、俺らが使った後でだがな?」

「ケッケッケ、有り難き幸せ!」

 充実した自警団ライフを送るハリー。それに比べてゲンジはというと――。

「おいサンチョ! テメェ、床磨きは終わったのかよ!?」

「あー、いえ、それがまだ……」

「この野郎ッ! チンタラやってんじゃねーぞ!」

「すんましぇん……」

「それが終わったら次は便所掃除だ。さっさとやれ!」

「……」

「なんだ貴様、その目つきは!?」

「ったく、役に立たねぇグズだなァ!」

 不機嫌そうに一人の男がゲンジの頭を打ん殴った。

「痛ッてぇ~! こいつッ、なんて体してやがるんだ!?」

「そういうところもムカツクんだよ!」

 何事にも不器用で、ハリーのような狡猾さもないゲンジは、すっかり皆から蔑まれ、苛められていた。

 夜。薄暗い部屋の隅で一人床を磨きながら、賑やかな宴の中心をぼんやりと眺めるゲンジ。なんとも惨めな男の姿。

「うわっはっはっは!」「ケケケケケ!」「ほらもっと飲め飲め!」

 人間のクズどもがご機嫌に酔っ払い、どんちゃん騒ぎに現を抜かしている。

 渦中には相棒の姿も見えた。

「おぉい新入りぃ! 一つ景気づけに裸踊りでもやれやぁ!」

「へいッ!」

 誇り高き荒野の男にとって、最も屈辱的な言いつけにも迷うことなく従い、

「それじゃあ僭越ながら、ご披露させて頂きやす!」

 ハリーはすっぽんぽんになってテーブルの上に立ち、滑稽な踊りを始めた。

「――ジョーンズ知事、最高~ッ! 自警団バンザ~イッ!」

 周囲は途端に大爆笑。生きるためにはなりふり構わぬ、無様な男の姿がそこにあった。

 ゲンジは傍目に眺めながら、しみじみと呟く。

「まったく、長生きするぜ……あのゴミ野郎」

 一見、境遇的には正反対のようだが、共に落ちぶれ、すっかり情けなさ全開のハリー&ゲンジであった。

 ――――。


 屋敷の上階に位置する自警団団長の個室。

 一階のラウンジから聞えて来る下っ端どもの馬鹿騒ぎは遥か遠く、静かな夜の窓辺に腰をかけ、エレンは閑雅にエンジェルの酌を受けていた。二人だけの空間に無駄な会話は一切なく、終始リラックスした静けさに満ちている。金髪の美女が不意に口を開いて言った。

「キミは孤児(みなしご)かい?」

 エンジェルは空いたグラスにとくとくと酒を注ぎながら静かに頷く。

「それじゃあ、人買いにも出されたのだろう?」

 少女が再び首肯すると、ブロンディーは目を細め、俄かに微笑んだ。

「私もそうだった」

 あっけらかんとしたエレンの告白に、エンジェルは少し驚いた顔する。

「フフ、別に珍しいことでもないだろう……。私は六歳のときに家族を失ってね、それ以来十年間、色んな男たちのもとで、玩具として飼われて来たんだ」

 エレンは珍しく、少し酔っているようだった。やや力のない表情を浮かべ、眼下に広がる町を見下ろしながら綺麗に磨かれたグラスを傾ける。

「女が一人で生きていくには、ここは険し過ぎる……」

 時はワイルド・ウェストと呼ばれた時代。ヨーロッパからの入植者増加に伴い、アメリカ合衆国は国土拡大政策としてフロンティアと称される未開拓地域への漸進的な開拓を進めた。

 ゴールドラッシュ、アメリカ初の本土横断鉄道線の開通など、伝説的な栄華と郷愁を持って語られることの多い時代であるが、その影の部分には、侵略と殺戮の歴史がある。

 ――マニュフェスト・デスティニー 〝大いなる天命〟

 この一方的な大義名分を掲げた白人侵略者たちは、インディアンと呼ばれる先住民を迫害・蹂躙・掃討して、土地を強奪した。

 最終的に推定一千万人いたとされる先住民族の人口は、白人たちの直接的・間接的虐殺によって実にその95%以上が死に絶えたという。そこに人権や生命の尊厳などという意識はない。

 国家が暴力によって、他者の権利を剥奪するということを認めたのだ。

 そんな状況下で白々しい法律など機能するはずも無く、社会道徳は著しく低下。

 巷にはガンマンやアウトローといった犯罪者たちが横行し、傷害、強盗、殺人、強姦、ありとあらゆる暴力的支配が各地で疫病の如く蔓延していた。

 事実上の無法状態。力あるものが欲望の赴くままに弱者を食い荒らす針地獄の様相。

 暴力が剥き出しになった時代だったのだ。

「――なんだかんだと言ったって、結局いつだって強いのは男の方さ。女は弱い。いくら泣いたって誰も助けてなんかくれない。弱者は容赦なく食い殺されるのが夜の常さ……」

 エンジェルは酒の瓶を抱えたまま、黙って付き添っていた。

「こんな荒れ果てた土地で、金も身分もなく、力の弱い女が一人で生きて行くためには、娼婦か修道女か、あとは男にでも縋るしか道はないだろうね……」

 冷たく無機質なエレンの瞳に、ふと強い意志の滾りが宿る。

「だが、私は御免だ。人殺しと呼ばれようが、淫売と罵られようが、戦って勝ち抜く。目的の為には手段も選ばない」

 女は少女の目をしっかりと見つめて、優しく言い聞かせた。

「キミも良く覚えておきなよ? 力で男に劣る私達は、気概と知恵でそれに勝たなきゃいけない。男は女を食い物にしようとする、だったらその裏を掻いて、逆に食い殺してやるんだ。遠慮なんかいらない。利用できるものはすべて利用して、役に立たなくなったものは迷わず切り捨てる……女の特権さ」

 酒に酔い痴れ、子供相手に生きる術を説くブロンディは、殺人マシーンなどではない。

 生臭く、必死で生きている、ただ一人の人間だった。

「誰のことも信じちゃいけない。信じていいのは、――」

「――カネ」

 エンジェルがそう口にすると、エレンは破顔一笑した。

 少女もそれに倣ってにっこりと笑う。

 荒れ果てた大地の果てで、逞しく生きる女同士のささやかな交流。

 エレンは流れるような手つきで愛用のコルトを引き抜き、入り口の扉に向かって発砲した。硝煙が噴き出し、木製のドアに直径数センチの風穴が開く。合図を受けたエンジェルが内側から錠を解き、扉を開いた。

「……ゥ、ぐあッ……!」

 ドア越しに急所を打ち抜かれ、男は倒れ込むと同時に絶命した。

「野郎が女同士の会話に聞き耳立てるなんざ、粋じゃないぜ?」

 足先でうつ伏せとなった死体をひっくり返して顔を確かめる。

 自警団の下っ端構成員だった。名前は覚えていない。

「さぁて、誰の差し金かな?」

 銜えた葉巻に火を点しつつ、エレンは不敵に口角を歪めた。

 ――――。

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