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第五章 「ハリー&ゲンジ」


「うわぁ~、この鉄砲、ぴかぴかしてて素敵ねぇ~」

「かっこいいわ~♪」

 裸の遊女たちがハリーの拳銃を扱いながら、口々に褒め称える。

 ハリーは葉巻を吹かしつつ、一人気に入った遊女の豊かなバストを枕にして、ぼんやりとそれを眺めていた。

「こら、あんまり勝手に触るなよ? オモチャじゃないんだから、危ねーぞ?」

「え~、いいじゃない少しくらい」

「ねぇ~、それ私にも良く見せてよぉ~。――へぇ~、綺麗ね~」

 何かと揶揄されることの多いハリーの愛銃だが、光り物好きの遊女たちには専ら評判が良かった。

「ねぇ、あんたって強いの?」

 ハリーは気障に答える。

「もろちんだとも。凄腕さ……」

「えぇ~、ホントにぃ~?」

「ウフフ、こんな甘えん坊のくせにぃ~?」

 遊女たちは柔らかな声で笑った。

「さては信じてねぇな~? フフ~ン、ちょっとそれ貸してみなっ?」

 ハリーはSAAを受け取ると、得意のガンスピンを見せて遊女たちにひけらかした。

「へぇ~!」「くるくる~って、ねぇ、今のもう一回やって?」

「ふぅ~ん、器用なもんねぇ~」「ちょっとそれ、撃って見せてよ?」

 興味津々に言われるが、ハリーは冷静に受け流す。

「やめときな。俺の抜き撃ちは早すぎて、お前らの目には追えないぜ」

「それじゃあさ、私が危ない目に遭ったときは助けてくれる?」

「あぁ、いいぜ?」

「私も?」

「うん」

「ねぇ、私は~?」

 遊女たちが猫のようにやって来て、ハリーに擦り寄った。

「みんなまとめて助けてやるよ? すべての女を俺は愛する……。――とまぁ、そんなことどうでもいいからチュッチュしよ~?」

 そのままイチャイチャと、くんずほぐれつの団体戦。そのとき。

 どたどたと慌しい足音を立てて、廊下から娼館の主人が顔を出した。

「おい大変だ! 自警団の奴らがやって来るぞ!」

『――えぇ~っ!?』

 その言葉に、遊女たちは顔色を変えて浮き足立った。

「大変っ、こうしちゃいられないわ!」

 皆すぐさま立ち上がって、矢庭に衣服を身につけ始める。

「な、なんだっ? どうしたんだい?」

 一人状況が飲み込めないハリー。

 忙しく動きながら、遊女たちが慌てた口調で説明してやった。

「今すぐここを出て逃げるのよ!」

「WHY? 何故?」

「自警団の奴らが私たちを攫いに来るからよ!」

「あいつら、時々やって来ては、私たちのことを無理やり屋敷まで連れて行って、慰み者にするの!」

「それもただ働きよ!? 三日も四日も大勢で寄って集って!」

「しかも全員、変態揃い!」

「変態か?」

「そうよ! 縛られたり、叩かれたり、噛みつかれたり!」

「ん~。なるほど、そりゃあ変態だ」

「冗談じゃないわよまったく!」

 実感の篭もった遊女たちの言葉に、ハリーは他人事で頷く。

 そうこうしている間にも、表からは大勢で馬を駆ける喧噪が聞えて来た。

「うわっ、もう来たの!?」

「急がなきゃ!」

 焦る遊女たちを尻目に、ハリーは一人、胡坐を掻いて呑気に手酌酒。

 ドアが蹴破られるように勢い良く開いた。

「おぉ~い! 女がいたぞぉおおお~う!!」

 下卑た笑い声とともに、有象無象たちが次々と踏み込んで来る。

「キャアアアッ!」

「ゲッヘッヘッ! ほらほらぁ~!」

「やめてぇえ~! いやぁあああ~!」

「大人しくしろッ!!」

「助けてぇえ~!」

「ヒィイハァー!!」

「放してよ~ぅ! いやだぁ~!」

「た~っぷり、可愛がってやるからなァア!」

 逃げ惑う遊女たちを、面白そうに追い掛け回して強引に捕まえる野党たち。

 ハリーは乱痴気騒ぎでしどろになる部屋の中、静かに立ち上がった。

 そして鋭く一喝。

「おいッ!」

 途端に空気が凍りついた。

 嬌声を掻き消して、自警団の連中が能面のようにハリーを睨む。

「……あぁんっ?」

 剣呑な雰囲気が暗雲のように立ち込めた。

「なんだテメェは?」

 ハリーは答えず、無言のままじりじりと歩み寄る。

「……」

 屈強な男たちが物騒に色めき立ち、空かさず銃を抜いて構えた。

 遊女たちは希望と期待の眼差しで、ハリーの勇姿を見つめている。

 ハリーはゆっくりと立ち止まり、そして、

「肩に糸くず、ついてますよぉ?」

 と、揉み手をしながら全力でごまをすった。

「ちぇっ、脅かすんじゃねえよバカッ!」

「ほら、もういいから、大人しく下がってな?」

 銃口を突きつけられ、ハリーはニコニコ、男たちの指示に従った。

「はぁ~い! ボクちん、大人しくて、とっても良い子で~す! えへへ~☆」

 遊女たちは心底ガッカリする。

「この腰抜けっ!」「臆病者!」「約束が違うじゃない!」「サイテーよ!」

 女たちは縄で縛られ、易々と馬に乗せられてゆく。

「じゃ、女は貰っていくぜ。オッケー?」

「まぁ二、三日したら返してやるからよぅ?」

「たっぷり働いてもらった後でなぁ、キヒヒッ!」

 乱暴に馬の脇腹を蹴り上げ、激しく砂埃を上げて、意気揚々と去って行く自警団の連中を、ハリーはハンカチを振って見送った。

「不束者ですが~」

 声が遠ざかりながら返ってくる。

「ざけんなテメェ!」「帰ったら覚えてろよ!?」と遊女に脅されるが、ハリーは気にしない。

「お達者で~」

 ――――。


 夜。酒場で一杯引っ掛け、ほろ酔い気分で歩いていたゲンジは男の怒鳴り声を耳にして足を止めた。盛り場の通りを疾走する影。一人の少女を追って、二人の男が血眼で駆けて来る。

「待てテメェ!!」「ぶっ殺すぞコラァア!!」

 黒い髪を靡かせて、必死に逃げる少女。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……ッ!」

 しかし誰も助けようとはしない。

 道行く者は誰も彼も、厄介ごとには関わりたくないと目を背け、進路を避けている。

 男二人の方は一目見て堅気ではないと分かった。

 ハリーやゲンジと同じ、闇世界の汚泥に身を浸した無頼の風貌。

「……」

 ぼんやりと道の真ん中に立ち止まっていたゲンジを、少女の潤んだ瞳が捉えた。

 少女はそのまま、脇目も振らずに駆け寄って、ジーンズの裾を掴みながら、ゲンジの大きな背中に隠れる。

 男たちも立ち止まってゲンジを睨んだ。

「おいテメェ! そのガキを渡しな!」

「痛い目に遭いたくなかったら言うとおりにしろ!」

 ゲンジはふっと溜息を吐いて、肩をすくめてみせた。

「おいおい。せっかく月の綺麗な晩だってのに、野郎二人がこんな子供相手に血眼で鬼ごっことは、粋じゃねーぜ?」

 男二人は息を弾ませ、野犬のように吼えた。

「うるせえッ!」

「そいつは俺たちが人買いから五十ドルで買ったんだ。何をしようと俺たちの勝手だろ!」

「ほぅ、たったの五十ドルか?」

 ゲンジは振り返って少女を見た。少女もゲンジを見ている。

 まだ十歳にも満たないだろう黒髪の少女。

 その姿はみすぼらしく、怯えた表情をしてはいるが、顔立ちは綺麗に整っていた。

「ふぅ~ん、こりゃあなかなかの掘り出しもんだなぁ。いったい何に使うんだい?」

「ハハッ、決まってんだろ!」

「もちろん肉便器よッ! 俺たちが飽きて責め殺すまで一生性奴隷として使ってやる! ケケケ!」

 男たちの言う意味が分かっているのかどうか、少女はゲンジのジーンズを掴んだまま震えていた。男は二人ともまだ若い。

「お前ら、自警団の下っ端か……?」

「ああ!? それがどうした!」

「俺たちに楯突くとどうなるか、分かってんだろうなッ!?」

 気性の荒さ、不遜な態度、滅茶苦茶な言動。

 どことなくハリーと重なって、ゲンジは思わずにやついてしまった。

「あぁっ? てめぇ、なに笑ってやがんだコラ」

「さっさとそのガキをこっちに渡せ! 殺すぞ!」

 答える代わりに、ゲンジはボキボキと指の骨を唸らせ、鉄拳を作り上げた。

「せっかくだが、渡すわけにはいかんなぁ」

「なんだと?」「どういつもりだ、テメェ……」

 ゲンジはたっぷりと余裕を見せつけて言う。

「俺の稼業は強盗だぜ? こんなもん見せつけられたんじゃあ、奪い取りたくなるのが(さが)ってもんだい。第一、このガキはお前らにはちと勿体ねぇ……」

 男たちの表情に、さっと殺意の翳が落ちた。

「チィッ!」「死ね!」

 空かさず拳銃を抜いて撃つが、弾は虚空を掠めた。男たちのハッと驚いた顔。

 実際、二人もそれなりに腕は立つらしいが、この程度ならゲンジの敵ではない。

 最初の一発をかわした時点で、もはや勝負は決していた。

「――下手くそ」

 一瞬のうちに間合いを詰め、ゲンジは手刀で素早く二挺の銃把を叩き落した。

 顎と鳩尾を殴りつけ、そのまま男たちの喉笛を、片手で一本ずつ、二人同時に締め上げる。

「ぐあっ!」「ガ、ァギ……ッ!」

 苦しげに呻く男二人の体を、大木のような腕で軽々と持ち上げつつ、ゲンジは囁いた。

「おい……俺はなぁ? ハジキを握っていい気になってるような奴が大嫌いなんだ。実力もねぇくせにデカイ口を叩き、そんなオモチャを振り回して偉くなったような気でいやがる。そういう手合いが、俺はたまらなくムカツクのさ……。――えぇ? 小僧、……強くなったような気がしたかい? 今まで楽しかったかい?」

 ゲンジの指が、ぎりぎりと男たちの首筋に食い込んでゆく。

「たっ、助けてくれぇ……ッ!」

「ギ、ァアアッ!! 殺さないでぇッ!」

 情けない声を上げる二人。黒眼鏡の奥で、ゲンジの双眸が凄愴に光った。

「生憎だったなぁ……?」

 ――ゴキッ、と鈍い音。

「命乞いは聞かねぇぜ」

 万力のような握力で男達の頸骨を圧し折ったゲンジは、二人の亡骸をその場に放った。

「けっ、クソ面白くもねぇや……。粋がるな雑魚が」

 失笑しながら、ぱんぱんと手を払い、背後の少女を振り返る。

 少女は茫然と立っていた。体の震えはもう治まり、怯えた様子もない。

 ただただぼんやりと、無垢な眼差しでゲンジを見ている。

「……」

 ゲンジはくるりと踵を返した。大きな背中越し、小さな少女に向けて言う。

「俺は強盗だと言ったがな、……実のところは〝木偶の坊〟で通ってる役立たずなんだ。いつもいつも、あと一歩ってところで獲物を取り損ねる。――フフ、今日はお前さ」

 歩き出しながら、ゲンジは笑った。

「ちょいと気取り過ぎだな。ガラもにねぇ。奴の病気がうつっちまったか……」

 葉巻を銜えて火をつけると、夜空を見上げ、月に紫煙を吹きかけた。

 ――――。



 ルークとコーネリアは自宅でひっそり、久々に二人きりの宵を過ごしていた。

 ゲンジは夕方、町の酒場で飲んでくると言い残して家を出た。ハリーは一度だけ訓練を見に来たあの日以来、もう二週間近く姿を見せていない。

 二人がこのジャスティス・シティに現れてから、早一ヶ月が経とうとしている。

 静かな夜だった。もともと四方を畑に囲まれているため、辺りには人気がない。

 盛り場の明かりは遠くに見える。以前と変わらぬ、緩慢な時の流れ。しかしルークの心はしたたかに高揚していた。テーブルについて愛用の拳銃を解体し、布で付着した汚れなどを丁寧に拭き取る。ボンバー先生ことゲンジから、銃はメンテナンスが大切だと教わった。実際はゲンジ自身の心得ではなく、単なるハリーの受け売りなのだが、まぁそんなことはルークたちの与り知らぬところだ。

 傍から見ても、どこか楽しそうな様子で銃の部品を磨き、再び組み立て直すルーク。

 夕飯の後片付けをしていたコーネリアが戻って来て、隣の椅子に腰を掛けた。

「いよいよだよ、コーネリア……」

 ルークは独り言のように熱の篭もった口調で言う。

「そろそろ本腰を入れて、決行の日にちと段取りを考えてもいい頃だろう」

 コーネリアも頷いた。

「皆この一ヶ月間、必死で頑張って来たんだものね」

「ああ……。この際だから正直に言うけど、僕らが革命団を結成した当時はまだ、あのジョーンズらを倒すだなんて、どこか絵に描いた餅のようでしかなかった。……けど、今は違う。決して不可能じゃないと本気でそう思えるようになったんだ」

「ハリーさんとゲンジさんのおかげね?」

「うん、そうだね。あの人たちがやって来てから、僕たちは着実に戦うための力と自信を身につけたんだ。本当に感謝しているよ」

 キラキラとした目で力を滾らせるルークに、コーネリアはどこか自身を卑下するように小さく俯いた。

「みんな凄いわ……。私は何も出来ないから……」

 ルークは少し驚いた顔で振り向く。

「何を言うんだいコーネリア。君だって、――」

 しかし彼女は首を横に振った。

「ううん……。私はみんなのように銃を取って戦うことは出来ないし、あなたのようにみんなを纏めて立派に率いるだけの力もないもの……」

「そんなことはない! こんなにも弱い僕が、リーダーなんて責任ある役目に就いていられたのも、君がいてくれたからこそだ!」

 それでもコーネリアの表情は晴れない。

「でも……私には、あんな気休めを歌うことぐらいしか……」

 ルークは真剣な顔つきになって、コーネリアを正面から見つめた。

 優しく手を取って重ね、落ち着いた声色で言う。

「コーネリア。気休めなんて、言わないでくれよ……。あれは、僕にとっても、革命団の皆にとっても大切な歌なんだ。君の歌はいつだって皆を癒してくれる。不安な心を勇気づけてくれる。僕がリーダーなら、君は革命団の象徴だ。だからもっと自信を持って?」

「ルーク……」

 彼は優しく微笑んだ。

「すべてが終わったら、教会で式を挙げよう? 仲間や町の人たちをたくさん呼んで、花を貰うんだ。愁いのない気持ちで、誓いを立てたい」

 コーネリアは夢想をするように目を細める。

「素敵ね……。まるで夢のよう……」

「夢じゃないよ。僕たちの理想は今や現実の形となりつつある。もうすぐだ。だから頑張らないと」

「えぇ」

 ――――。


 盛り場を離れ、めっきり人の気もすくなくなった夜道を歩きながら、ゲンジは背後の気配に気を留めていた。ぱたぱたと小さく軽い足音が一定の距離を保ったまま付いて来る。

 ゲンジは足を止め、振り返った。

「おい」

 そこにいたのは、先ほど助けた黒い髪の少女。

 突然振り向いたゲンジに驚いて、びくっと肩を跳ねさせた。

「なんだよ? 何か俺に用かい?」

「……」

 少女は何も言わず、ただ無垢な眼差しでゲンジを見つめている。

「あっそ。用がねえんなら、さっさとどこへでも行っちまえ」

 しっしと手を振って、ゲンジは歩き出す。

 すると再び、ぱたぱたと小さな歩幅で追ってくる足音。

 ゲンジは面倒臭そうに眉を顰めた。

「はぁ~……。あのなぁ?」

 ゲンジは振り返る。

「俺は忙しいんだよ。ガキと遊んでる暇はないの。お家へ帰んな」

 再び歩き出すと、性懲りもなく少女は追いかけてくる。

「いい加減にしろこのクソガキッ! ついて来るな!」

 ゲンジも今度は思い切り怒鳴りつけてやった。

 びっくりして泣くかと思っていたのに、少女は何故だか、ニコッと笑う。

「ちぇっ、薄気味悪い奴だな」

 ゲンジはとうとう走って逃げ出した。少女も急いで追いかけて来る。

 しかし二メートル近いゲンジと、その半分ほどの背丈しかない少女とでは、歩幅も身体能力もまるで違う。どんどん背後の足音は小さくなって行き、ゲンジは勝ち誇ったように哄笑した。

「ガッハッハッハ! ざまぁみろ~! べろべろばぁ~!」

 その様はまるで粋じゃない。そのうち、ドサっと一際大きく、後ろから物音が立った。

 少女が躓いて転んだのだ。

「……っ」

 砂だらけで地面に突っ伏した少女は、膝と肘を少し擦り剥いてしまった。

 立ち上がろうとするが、痛みで泣きそうになる。

「――」

 じわじわと大きな瞳から涙の雫が零れ落ちそうになったとき、ふわりと体が浮いて、ひょいっと軽く立たされる。大きな手のひらが、少女の体についた砂埃を払った。

「ったく……!」

 少女を起こしたゲンジは、少々バツの悪そうな顔をして言った。

「オメェ、一体どういうつもりなんだ? んんっ?」

 少女は物言わず笑う。ゲンジは溜息。

「パパとママは?」

 少女は首を振る。

「いねぇのか……。じゃあ、住んでる所は? 仕方ねぇから送って行ってやるよ」

 少女は首を振る。

「オメェ、名前は?」

 少女はただ静かに笑うだけ。

「おいおい、口も利けねぇってのか?」

 少女は不思議そうに首を傾げる。

「ふぅ……駄目だこりゃ」

 ゲンジも困ったように首を傾げ返した。

 そういえばあのチンピラたち、この少女を人買いから買ったと言っていた。

 ならば当然、身寄りも、住むところもないのだろう。

 この際、その人買いとやらに返品するのも一つの手だが、何しろどこの誰だかゲンジは会ったこともない相手だ。それを知る二人の男はさっきあの世へ送ってしまったし、少女本人からはどうも聞き出せそうにない。どちらにしても、これから街中を探し回るのは億劫だ。酔っ払っているので、余計に面倒臭く感じられた。早く帰って横になりたい。

「余計なことしちまったなぁー。助けるんじゃなかったよこんな奴」

 ゲンジは後悔しながらも、少女の屈託ない表情をしばらく見つめ、

「わかったよ……。――ついて来な?」

 仕方なく言って歩き出す。名前のない少女は大人しくついて来た。

 ルークとコーネリアの住む家へ、ゲンジは少女を連れて帰る。

 あの二人ならきっと、嫌な顔一つしないだろう。

 ――思ったとおり、二人の反応は非常に好意的だった。

「まぁ、可愛い」

 とまずはコーネリアが笑って、

「どうしたんですか、その子?」

 とルーク。ゲンジは掻い摘んで状況を説明した。

「盛り場で自警団の連中に襲われてたんだ。どうも身寄りがないみたいでな、しばらく泊めてやってくれねぇか?」

「そうだったんですか……」

「そういうことなら、全然構いませんよ」

 少女はぽかんとした顔で二人を見ている。

「おい。オメェもぼーっとしてねぇで、挨拶くらいしろよ?」

 ゲンジが促すと、少女はぺこりとお辞儀をした。

 二人は朗らかに微笑む。

「お名前は? 何て言うの?」

 コーネリアがしゃがみこんで、少女と目線を合わせながら優しく尋ねた。

「無駄だぜ? そいつは〝(おし)〟なんだ」

 ゲンジが横槍を入れる。

「そうなんですか……」

「ああ。こっちが何言ったって、喋りゃあしねぇよ?」

 少女は不思議そうに首を傾げる。透き通るような瞳をしていた。

 コーネリアは名前のない娘の黒髪を柔らかく撫でて、微笑みかける。

「エンジェル・アイ、こっちにおいで?」

 少女の手を取り、リビングへと案内する。

 ルークはその光景を見て、なんだか少し家族が増えたような温かい気持ちになった。

 ――――。



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