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第四章 「怒りの荒野」


 翌日。

 今日はこれから、革命団の訓練が行われる。

 欠伸を噛み殺して煙草を吸うハリーに、ゲンジはふと改まって尋ねた。

「なぁハリー? 本気で奴らの革命騒ぎに、加担してやるつもりなのか?」

「あぁん? へっ、まさか……。んなわけねぇだろ」

 ハリーは当然のように言って笑う。ゲンジは安心して聞き返した。

「ってことは、やっぱり?」

「もちろん。あんな馬鹿共は適当にあしらっておいて、隙を見計らい、納屋の宝を全部頂く。そうしたらこんな町、とっととオサラバよ? 後のことなんか知るもんかい。どの道、もう二度と会うこともねぇだろうからな」

 期待通りの返答に、ゲンジは思わず笑ってしまう。

「へっへっへ、さすがだぜ相棒! 俺たちはやっぱり気が合うなぁ!」

「ま、もうしばらくは様子を見ようぜ? 俺たちァ一応、お尋ね者だしな」

 ふとそこで、ハリーは何か考えついたように切り出した。

「なぁ、ゲン公……?」

「ん?」

「俺たちはこれから、馬鹿な農民どもを相手に殺しのお稽古だ。そうだろう?」

 ゲンジは怪訝な顔をして頷く。

「あぁ……。それがどうしたんだ?」

 ハリーはしたたかに口角を引き上げ、言った。

「思ったんだがよぉ、先生は一人いればいいんじゃねーのかなぁ?」

「はぁ……? ってオメェ、まさか、――!」

 ささっと身を翻し、ハリー肩越しに手を上げた。

「じゃ、あとは頼んだぜ、ボンバー先生っ!」

 そのまま一目散に逃げ出すハリー。

「おぉいッ!? ハリー! テメェ、待ちやがれェッ!」

 慌てて後を追おうとするゲンジだが、そこへルークがやって来た。

「もう何やってるんですかぁ~。みんな待ってますよ? 早く来てください」

「いいやっ、俺はそのっ、」

「ほうら! 早くぅ!」

 襟首を捕まれ、ずるずると引きずられて行く。

「ハリィイイイイイイ!! カームバーックぅううう!!」

 ――結局、訓練の指導はゲンジが一人で請け負うことになってしまった。

 皆の前に立たされると、既に集合を完了していた革命団の連中から質問が出る。

「ボンバー先生、今日はジャンゴ先生はいらっしゃらないんですか?」

 ゲンジは内心、悔しそうに歯噛みした。

 本来なら嫌味の一つでも言って唾を吐いてやりたい気持ちだが、立場上そうもいかない。

 仕方なく、本当に仕方なく、ゲンジはハリーをフォローした。

「あいつは今、敵の内情を探るため偵察に行っている……」

 皆の内から感嘆の声が漏れた。

「本当ですか!」

「だったら僕らも、何かお手伝いをした方がいいのでは?」

「バカ野郎ッ! テメェらみたいな素人じゃ、足手まといになるだけだ! でかいを口利くんじゃねえ!」

「す、すいませんっ……!」

「まぁ、向こうは奴一人に任せて、訓練は俺が見る。お前らも早く一人前になれるよう、気合を入れて稽古に臨め……! いいな?」

『はいっ!』

 声を揃えて気合の入った返事をしたあと、若者たちの間から口々に聞こえてきたのは、ジャンゴに対する畏敬と尊敬の言葉だった。

「さすがはジャンゴ先生、勇敢なお人だ……!」

「一目見た時から、かっこ良くて、凄い人だと思ってたんだ俺!」

「俺なんか、あの人になら掘られてもいいよ!」

「俺たちも早く、先生に認めてもらえるよう頑張らないと!」

 それを聞いて、ゲンジはほとほと、自分が情けなくなった。

 何故あんな奴の尊厳を守ってやらなくてはならないのか。

〝ちくしょう、あの野郎ッ……! 覚えてやがれ。帰って来たら、顔が変わるまでブン殴ってやるからなあッ!〟

「今日は射撃の訓練でしたよね?」

 ルークに言われ、ゲンジはぎくりと顔を顰める。

 早速、鬼門に突き当たった。ゲンジは射撃がからっきしなのだ。

 とりあえずは皆に銃を持たせ、五人ずつ列を作って並ばせる。

「銃の撃ち方は簡単だ。弾を装填、ハンマーを起こし、引き金を引く! それだけだ!」

 そんなことは素人にだって分かる。

 ゲンジはつっこまれる隙を与えないよう、早速訓練を実施した。

「まずはルーク、前に出てやってみろ」

「は、はい!」

 指名を受けたルークは言われたとおり、不慣れな手つきでシリンダーに弾を込め、激鉄を起こすと銃を構えた。

「あの標的を狙って撃て」

 ゲンジの指差す先、十メートルほどのところに、小さなレンガが一つ、立てて置かれている。

「いいか? 精神を集中しろ。深呼吸をして、まずは気持ちを落ち着けるんだ」

「はい……」

 当たり障りのない、まるで何にでも使えるような注釈だが、今のルークにそれを疑う余地はなかった。ずしりと手のひらに圧し掛かる、重たい鉄の感触に緊張が走る。

 ルークは良く狙うと、思い切って引き金を引いた。

「……っ!」

 瞬間、鼓膜を突き破るような銃声が轟き、発砲の衝撃に視界がひどくぶれる。

 生まれて初めて撃った拳銃の迫力に、ルークは驚いて、思わず尻餅をついてしまった。

 無論、弾は命中していない。

「バカ野郎、お前それでもリーダーか!? もう一度やってみろ!」

「はいっ……!」

 ルークは狼狽しながら立ち上がると再び激鉄を起こし、狙いを定める。

 さすがにもう尻餅はつかなかったが、今度も弾は当たらなかった。

「撃つ時に目を瞑るな! 最後までしっかり目標を見るんだ! いいな!? もう一度!」

 額に滲んだ汗を拭い、ルークは構える。鬼気迫る必死な双眸で、引き金を引く。

 結局三発目も当たらなかったが、ゲンジは許容した。

「まぁ、いいだろう。初めはこんなもんだ。まずはそいつに慣れることが重要だからな」

 振り返ってみると、他の面々も間近で見る拳銃の迫力にすっかりおっかなびっくりした顔で固まっていた。

「おいおい、なんだなんだ? もう怖気づいちまったのか? 情けねぇなぁ」

 軽く嘲笑するゲンジに、一人の団員がおずおずと言った。

「あのう、ボンバー先生、お手本を見せては頂けないでしょうか?」

「えっ? いや、それはオメェ……」

 ゲンジとしても、出来れば見せてやりたいのだが、撃っても十中八九当たらないのだからどうしようもない。もともと、射撃の訓練はハリーが担当するはずだったのだ。

「――甘ったれんなッ!」

 別に、ハリーのように格好をつけたいわけではないが、今後のことも考えて、今は威厳を保っておかなければなるまい。

「――こういうのはな、人のを見て真似るもんじゃねえ。要は経験だ。テメェら一人一人が、自分自身の感覚でコツを掴まなきゃ意味がねえんだよ! それにさっきも言っただろう。まずは慣れるところから始めるんだ。この際、最初から上手く的に当てようだなんてことは考えなくて良い。そいつの感触を、反動を、音を、体にしっかりと覚え込ませるんだ!」

 もっともらしく言って誤魔化すと、ゲンジは矢庭に指示を飛ばした。

「ほら、ぐずぐずすんな! 次はお前らの番だぞ! 最初の列、前に出ろ!」

 言われた通り、前列の五人が銃を握り締めておずおずと前に出る。

 不安な顔つきで弾の装填を確認すると、まちまちに激鉄を起こした。

「両手で握って、しっかりと足腰に力を入れろ! ビビるなッ! ……じっくりと狙いを定めて、――撃てッ!」

 ゲンジの号令に合わせて、少々ばらけつつ重なり合う銃声。

「一発撃ったら、後ろの列と交代! ローテーションでぐるぐる回すんだ! ほら次! もたもたするな!」

 ――革命団の連中は皆、生まれて初めて銃を握ったという者ばかり。もちろん操作も構え方もぎこちないのだが、皆、真剣に取り組んでいる。ほとんど弾が命中することはなかったが、中には最初の一発でいきなり当ててしまう者もいた。

「当たった……っ!? 当たった! やったぁ!!」

「馬鹿、まぐれだ。――今の感覚を忘れんなよ?」

「はいッ! ありがとうございますっ!」

 一人の若者が用意の段階で銃を暴発させ、足元の地面を撃った。

「なにやってんだテメェは! 死にてぇのかッ!?」

「すっ、すみません!」

「むやみやたらと引き金に手を触れるんじゃねえ! そいつをナメてると、お前ばかりか他の連中まで巻き添えを食う羽目になるんだぞ! 慎重に、そして素早くやるんだ」

「は、はい!」

 ――なんだかんだと言いつつ、ゲンジは結構良い先生のようだ。

 仲間たちと共に射撃の訓練に励みながら、ルークは改めて実感していた。

 拳銃というものは、当然のことながら傍から見ているのと、実際に撃ってみるのとでは、全く印象が違う。

 腹の底まで響き渡る銃声、骨を軋ませるほどの反動、瞼に焼きつく激しいマズルフラッシュ。何もかもが圧倒的なパワーで、ともすれば、引き金に指をかけただけでも思わず肩が竦んでしまいそうになる。

 ルークは今の自分と比べるように、あの酒場でのことを思い出した。

 あの時……。こんな物を冗談半分で、しかも正確無比に、目にも留まらぬ早撃ちとして見せたハリーは、やっぱり凄かったのだ。

 普段はふざけているが、決して口先だけの人じゃないと、ルークは危険な敵地で一人、偵察に身を投じているだろうハリーのことを尊く思った。


 その頃、ハリーは。――

「えっへっへッ! 女はイイ~♪」

 前金で貰った五千ドルを手に、街の娼館で裸の遊女たちに囲まれていた。

 絡み付く肢体。むせ返る色香。ばら撒かれる金。

「ガッハッハッ! 見ろ! これぞ荒野のガンマン最強の姿である!」

 もはやガンマンでも何でもない、ただのスケベ野郎だ。

 ……――――。



 小鳥の囀る清々しい朝。ゲンジはルークとコーネリアを手伝って、畑の土を肥やしていた。

 麦藁帽子を被り、首からかけたタオルで顔を拭う。

「ふぅ~」

 そうして一服、のんびりと葉巻の芳香を喫するゲンジの背後。

「くすくすくす……!」

 沸々と笑いを堪えながら、足音を忍ばせてやって来た影が一つ。

「ゲ~ンちゃんっ♪ そのお帽子、似合ってるネ?」

 ゲンジは振り返ると、もう怒る気分にもなれず脱力した。

「はぁ~あ。……オメェ、二週間も一体どこをほっつき歩いてたんだ?」

 ハリーはへらへらと上機嫌に笑いながら鼻の頭を掻く。

「まぁね、ちょっと天国に」

「女郎屋か」

「ご名答」

「二週間、ずっとか?」

「勿論」

「けっ。よくやるぜ、この色キチガイめ……」

「英雄、色を好むってな? あれ? あんまり怒ってない?」

「呆れてるんだよこのバカ。連絡の一つもよこさねぇで……」

「そうかそうか、まぁ怒ってないんなら話は早いや」

 ハリーはいけしゃあしゃあと、手のひらを出してよこす。

「あぁん? なんだいこの手は?」

「金貸してくれ」

「はぁ? オメェ、もう前金使っちまったのかよ!?」

「おう、すっからかんだ」

「全くオメェって奴は、どこまでっ……!」

 頭を抱えて唸るゲンジに、ハリーはあっけらかんと催促した。

「ほら、御託はいいから早く金よこせ?」

「冗談じゃねーやいッ! 俺はもうお前とのコンビを解消するわッ!」

 ばっさりと言い切って、どこかへ行こうとするゲンジ。

 ハリーはその太く逞しい腰にしがみついて、駄々っ子みたいに引っ張った。

「まぁまぁ! そんなつれないこと言わないでよぅ~? お友達でしょう?」

 ゲンジはまとわりつくハリーを振り解く。

「放せゴミ! キサマはろくでなしだ!」

 怒鳴りつけるも、ハリーは面白がるばかりだ。

「へへへっ、何を言ってやがるんだぁ? そんな格好して、畑仕事なんかしちゃってまぁ。オメェこそ、まさかこのまま百姓に納まっちまうつもりじゃねぇだろうな? んん~? そんな厳ついツラして、感情に流されやすいんだから」

 怒気に染まったゲンジの表情が、一層ドス黒いものへと変わる。

「もとはと言えばテメェのせいだろ! あぁんッ!?」

 思い切り胸倉を掴み上げ、ハリーの細い体躯を激しく揺する。

「うわっ、うわっ、――ちょっと待ってゲンちゃん!? 嘘嘘嘘っ! 冗談だって!」

「この野郎ッ! 死ねッ! お前ッ、死ね!!」

 二人で一悶着やっていると、ルークとコーネリアが小走りでやって来た。

「ハリーさん!」「おかえりなさい!」

 二人とも嬉しそうな笑顔。

 ゲンジが仕方なく手を離してやると、ハリーはころりと表情を変えた。

「おう!」

 不敵な笑みを浮かべ、相変わらずの大物気取り。

「大変だったでしょう?」

「……んんっ?」

 コーネリアの言葉を受け、ハリーは〝何のことだ?〟とゲンジを一瞥。

 もちろんゲンジはそれを黙殺した。

「どうでしたか、敵の様子は?」

 ルークの問いかけで、瞬時に状況を察したハリーは、頭と口先をフル回転。

 何の違和感もなく、適当に話を合わせ始めた。

「――ああ。酷いもんだったぜ。奴らの所業は目に余る。まったく許せねぇな……!」

 本当にこういうところだけは、びっくりするほど賢い男だ。

「そうですか……」

「やっぱり……」

 深刻な表情で項垂れるルークとコーネリアに、ハリーは切り出す。

「俺はまた明日から別行動を取る。それでな、必要経費として五千ドル用意して欲しいんだ。出来るか、ルーク?」

「五千ドルですか……。わかりました、すぐに用意します」

 ハリーは薄っすらとあざけた笑みを頬に滲ませ、

「ムッフッフ、頼んだぜぇ?」

 ゲンジはほとほと愛想が尽き果て、代わりに畏敬の念すら沸いて来そうになった。

〝なんて奴だ全く〟

 ハリーは平然と二人を連れ添い、家の方へと歩いて行く。

「コーネリア~。俺、腹減っちゃったよ……。ここ三日ほど、ロクなもん食ってねーんだ」

「そうなんですか。それじゃあ、すぐにお食事を用意しますから」

「うん、とびきり美味いやつを頼むよ」

「ウフフ、任せてください?」

「ねぇハリーさん、今日は午後から訓練があるんです。見てくれますか?」

「んー? まー、気が向いたらねー」

「お疲れでしょうから、無理にとは言えませんが、ハリーさんがいない間、僕らもそれなりに頑張ったんですよ? 皆、毎日ヘトヘトになるまで一生懸命やっています」

「ふーん、そーかいそーかい。ごくろーさん」

「もちろん、ゲンジさんのおかげではあるんですが、是非ともハリーさんに、その成果を見て貰いたいんです! お願いします!」

「あーもう、分かった分かった。とりあえずは飯食って一眠りだ。その後でな?」

「はいっ!」

 傍から見れば、なんだか仲の良い家族のようにも見えるが、実情を知っているゲンジとしては少々複雑な気分だった。

〝堅気の人間ってのは、本当に損をするんだなぁ〟と痛切に実感した。

 ――――。


 午後からの訓練。

 久々に見るハリー、もといジャンゴの姿に、革命団の若者たちは皆、普段の倍以上にテンションを上げていた。二週間に渡る過酷な特訓の成果を、今日は見せるのだ。

 当然のように士気は高まり、皆、目を輝かせて熱く意気込んでいる。

 ゲンジの号令でいつものように列を成し、一人ずつ前に出て、レンガを的に射撃を行う。

 その光景を見て、ハリーは素直に感心した。

「へぇ~、なかなか様になってるじゃねーか」

 ほとんどの者が、しっかりと一発目で的を射抜いてゆく。

 団員の腕は見違えるほどに上達していた。

 銃の操作にはすっかり手慣れ、心なしか体格も良くなった気がする。

 銃を構えたその顔つきは、自信と期待からか、精悍とし、薄っすらと一端の風格すら漂い始めている。今まで銃に触れたこともなかった素人が、二週間でここまで出来れば上等だろう。ハリーは声を潜め、ゲンジに言った。

「おい。あいつらお前なんかより、よっぽど筋がいいんじゃねーか?」

「ふっふっふ、俺の教え方が上手いのよ?」

 ゲンジも言いつつ、なんだか鼻が高そうだ。

 全員が撃ち終え、ハリーが軽く褒めてやると、皆は揚々と舞い上がって喜んだ。

 しかし当初の目的であるジョーンズと自警団の打倒にはまだまだ程遠い。

「おいおい、まだ浮かれるのは早いぜ?」

 ゲンジは皆を制して、ハリーに促した。

「そうだな。じゃあ、最終目標はこれだ。――」

 言うや否や、ハリーは帽子をゲンジに投げ渡し、そのまま地面に転がり込んだ。

 焼け付いた砂を巻き上げ、勢い良く地面を横転しながら、コルトを引き抜いて素早く撃つ。

 正確に飛んだ銃弾が、標的のレンガを粉砕した。

 体に付いた砂埃を払い、ハリーはすくっと立ち上がる。

『おぉ~っ……!』

 革命団の連中からは大きな感嘆の声と拍手が沸き起こった。

 ゲンジが説明する。

「本物の敵は常に動いてる。実戦になればお前らだってじっと突っ立ってなんかいられないんだぜ? 今度は動きをつけながら、それでも正確に撃つ練習をするんだ。オーケィ?」

『はいっ!』

 ゲンジから帽子を返してもらうと、ハリーは外套を翻し、皆に背を向けた。

「それじゃあ俺は、そろそろ偵察に戻る。――次に会うときは、もっと成長した姿を見せてくれよな? 健闘を祈ってるぜ……」

 革命団の皆に尊敬の眼差しで見つめられながら、ハリーは颯爽と風の中を歩き去った。

 団員たちの熱心な声が聞えて来る。

「カッコイイなぁ~!」

「俺たちも早くジャンゴ先生のご期待に答えないと!」

「皆、しっかり頑張ろう! よろしくお願いします! ボンバー先生!」

『よろしくお願いしますっ!』

「あ、あぁ……」

 これじゃあゲンジも、ハリーを引き止めるわけにはいかない。

 ハリーはこれを狙っていたのだろう。

〝ちくしょうあの野郎~ッ!〟

 ゲンジはまたもや出し抜かれた悔しさを胸に秘め、訓練を再開するのだった。



 …………。

 本日の訓練を終え、夕暮れ時の荒野には、ギターの旋律とコーネリアの歌声が流れる。

 革命団の者は皆、砂だらけの汚れた顔を連ね、団子になって固まっていた。

『うち仰ぐ空、風は雄飛に~。雲はたなびき、暮れる黄昏~』

 すっかり聞き入ってしまう者と、声を合わせて一緒に歌う者、反応はそれぞれだが、皆の貌にはどれも清々しい笑顔がこぼれ、和やかなムードに包まれている。

 薄っすらと夜の張が落ちかけた空には、きらきらと星が瞬きつつあった。

 風は涼しく、穏やかに。

 まるで過酷な訓練の疲れさえも、癒されて行くかのよう。

 ゲンジは少し離れた位置から、そんないつもの光景を横目に眺めていた。

 コーネリアはこうして、訓練の終わりにはいつもあの歌を聞かせている。

 この町にやって来た最初の日、酒場でハリーと聞いた、あの歌だ。

 ルークに訊いたところ、あの歌はコーネリアが革命団結成の際に作ったものらしい。

 虐げられる貧しい民を想い、平和な生活を祈って、作られた歌だそうだ。

 ゲンジは当初、それを嫌な歌だと称していたが、別に曲そのものに対する批判を言っているわけではない。

 緩やかなメロディは、コーネリアの優しい人柄と声に合っているし、あの旋律が流れるところ、どこかその場の空気そのものが、自然と澄んだものに変わるような心地さえある。

 しかしそれ故か、ゲンジにはなんとなく馴染めなかった。

 それは初めてルークやコーネリアに会って話したときと、同じ感覚。

 堅気の彼等に対する侮蔑とも引け目ともとれぬ、微妙で尚且つ、確かな疎外感。

 どうにも歯痒い気分だ。

 仮にもこれからジョーンズら体制派と戦い、乗っ取りを図ろうとする反乱軍の歌とは思えない。ハリーの言い草ではないが、もっと強気で臨むべきだとゲンジも思っていた。

 この歌はなんというか、前の向きなようで、薄ぼんやりとした悲愴感が全体に漂っている。不安と恐れの表れだと、ゲンジは感じていた。

 まぁ、だからと言ってわざわざ水を差すほど野暮ではない。

 皆は楽しそうにやっているし、その結果、彼等の理想が叶うかどうかも、本来ゲンジには関わり合いのないことだ。ハリーにしてもきっと同じことを言うだろう。

 あの男は能天気馬鹿なようで、その実、性根のところでは冷酷だ。

 だからこそゲンジは安心して、ハリーと組んでいられる。

 殺って、殺られて、殺りかえす。――裏稼業の畦道では、情に絆されるとロクなことにはならないのが鉄則だ。

 金で損をするだけならまだいい、それで命を落とした奴を今までに何人も見てきたし、ゲンジ自身、幾度も危ない目に遭って実感している。

〝所詮、住む世界が違うんだ……〟

 葉巻の紫煙を胸に染ませ、ゲンジは遠い目で彼等の姿を見つめた。

『うち仰ぐ空、風は雄飛に~。遠い日の夢、今はいずこに~』

 歌が終わる。

 そうして一日一日が、矢継ぎ早に過ぎて行くのだった――――。

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