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第三章 「ジャンゴ」


 ――その日の午後。

 町外れの荒野に集められた、三十人余りの若者たち。

 皆、体は痩せ細り、頬は骨秀でているくせに、その眼光ばかりが鋭く光り輝いている。

 これが革命団のメンバーなのだ。リーダーのルークは皆の前に立ち、声を張って告げた。

「みんな聞いてくれ! 今日は朗報がある! 我等が革命団に心強い二人の助っ人が加わってくれた! 紹介しよう!」

 ハリーとゲンジが前に出る。まずはハリーから……。

 ズダーン!

 と、いきなり銃声を一発。ハリーはピースメーカーを蒼穹に向かってぶっ放した。

「聞けェエい、この雑魚者どもッ! 俺の名は、――荒地のジャンゴ!」

〝!?〟

「世界は広しといえど、射撃の腕で俺の右に出る者はいない!」

 何も知らない若者たちからは「……おぉ~っ!」というどよめきの声があがる。

「なんだか凄そうな方だ!」「マカロニっぽいお名前!」「カッコイイ!」

 しかし驚いたのはゲンジとルークである。もちろん、こんな打ち合わせなどした覚えはない。ハリーは構わず、堂々たる威厳を振り撒き、公言する。

「俺は今まで、東西南北、ありとあらゆる革命・戦を人知れず先導し、勝利に導いて来た! かの、OK牧場の決闘で最初の一発を撃ったのも実はこの俺! 伝説の大盗賊・幻のタネン一味を倒したのも、何を隠そうこの俺だ! 人は皆、俺を英雄と呼ぶ!!」

 熱烈な拍手喝采が若者たちの間から沸き起こった。

 ハリーは臆することなく悠然と手を振り、その声援に応える。

 傍らに立ったコーネリアも、これにはさすがにきょとんとしていた。

「ちょっ、ちょっとハリーさんっ!? 何を言うんですかいきなりっ!?」

「お前、一体どういうつもりなんだッ!?」

 皆には聞えぬよう、ルークとゲンジが囁き声で怒鳴る。

「まぁいいじゃねぇか。こういうのはな、少しくらい話を盛った方がいいんだよ」

 ハリーは悪びれる様子もなくヘラヘラと軽薄に笑った。

「俺たちはこれから体制相手に戦争をやろうってんだぜ? 勝つためには、どんどん強気に出て行かなくっちゃダメだ。みんなの士気を上げるためにもよ、先頭に立つ俺たちがデッカイことを言ってやらなくてどうするんだよ」

「なるほど、確かにそうですね! すみません、僕の考えが足りませんでした!」

 と生真面目なルークは神妙な顔をして納得してしまう。

「うむ、分かればよろしい」

 だがゲンジには通用しなかった。

 もっともらしいことを言ったつもりらしいが、どう考えても、単に格好つけてみんなにちやほやしてもらいたいだけとしか思えない。

「ほら、ゲン公! 次はお前の番だぜ? お前の通り名は俺より酷いんだから、間違っても本当のことなんか言うんじゃねーぞ?」

 確かにまぁ、木偶の坊は酷すぎるかもしれないが、ゲンジはあまり乗り気がしなかった。

 はっきり言って、こんなのはただの無茶振りだ。

「お願いします、ゲンジさん……!」

 ルークの真面目くさった表情に後押しされ、ゲンジは仕方なく皆の前に立つ。

 そして言った。

「おっ、俺の名は、――かっ、怪力・ボンバーヘッドだ!」

 凄まじいネーミングセンスの無さにハリーは倒れた。

 ルークとコーネリアも、必死に下唇を噛み締め、笑いを堪えている。

 ゲンジは赤面して、はらわたが煮えくり返る思いだった。

〝あいつら、あとで絶対ぶん殴ってやるッ……!〟

 しかし、何も知らない他のメンバーたちからは「おぉ~!」と感嘆の声があがる。

「斬新だ!」「シュールだ!」「逞しそうな方だ!」と、意外にも好評らしい。

 ゲンジはもうやけくそになって、咆哮した。

「てめぇらーっ! 俺たち二人がやって来たからにはもう安心だーッ! 相手が誰であろうと、勝利は確約されたも同じだぞ! 勝利と平和を、我等が手にするのだーッ!」

 熱烈な拍手喝采と希望の雄叫びが反響する。ルークは言った。

「み、みんな! これからこの、ハリ――いやっ、ジャンゴさんとボンバーさん(?)のご指導の下、訓練に励み、共に最後まで戦い抜こう!」

『おぉーっ!』

 盛んに声を揃えるメンバーたち。

 なるほど頭は悪いようだが、確かにルークの言う通り、やる気と団結力だけは確かな連中らしい。破れかぶれにゲンジが先導した。

「知事を倒したいかぁーッ!」

『おぉーっ!』

「自警団をぶっ潰したいかぁーッ!」

『おぉーっ!』

「声が小さーいッ! オーケーイっ!?」

『オッケーっ!!』

 もはや何の集団かわからなくなりそうだったが、ルークとコーネリアは頼もしそうにその光景を見つめていた。

 ――紹介を終えると、荒地のジャンゴことハリーは、早速若い連中に囲まれ、質問攻めにされていた。

「ジャンゴ先生、射撃の腕は具体的に言うとどれくらい凄いのでしょうか?」

「早撃ち0.3秒、暗がりの中、百メートル先の標的にだって百発百中よ」

『おぉ~』

「ジャンゴ先生! 幻のタネン一味を倒したというのは本当ですか!?」

「無論だ」

「しかし、タネンが死んだのはもう三十年近く前だったと聞いています。あなたは今、おいくつなんですか?」

「ん。それはだな、三十足す二十四は……え~っと。……――五十四歳だ」

「五十四歳!? まさか、とてもそうは見えません! 僕らと幾つも変わらないようにしか」

「フッ、真の英雄というものはな、決して歳をとらんものさ……。オーケイ?」

「おぉ~っ!」「さすがだ!」「含蓄あるお言葉です!」

 子供のような目をして聞き入る若者たちに、すっかり大物ヅラのハリー。

 得意のガンスピンを披露し、浮き足立った喝采を浴びている。

「あ~あ。全く、いい気なもんだぜ……。縦横無尽だなあのバカは」

 少し離れた位置に立ち、ゲンジは密かにそう悪態をついた。

「いいじゃないですか、活気があって」と、ルークは朗らかに笑っている。

「皆、とても喜んでいます」とコーネリア。

「おいおい。お前ら本気でそう思ってんのか?」

「ええ」

「なにか問題が……?」

 二人の能天気さにすっかり毒を抜かれ、呆れた顔で溜息を吐くゲンジだったが、――

「相方のボンバー先生も、さぞかし凄いお人なんでしょうね!」

「ああ。あいつは一度に巨象を三匹も殺した漢だ。素手でな?」

〝!?〟

「素手で!? 一度に象を三頭も!?」

「なぁ、ボンヴァ? 聞かせてやれよ、お前の武勇伝を、たっぷりとな?」

 唐突にお鉢がまわってきて、ゲンジは好奇な眼差しの的となった。

 ハリーの無茶振りも、ここまで来ると最早ただの悪ふざけである。

〝いい加減にしろよ、このホラ吹き野郎ッ! 俺は象なんか見たこともねぇぞ!?〟

 と。まぁそんなことは言えず、

「ぉ、おう……! まずは腹を蹴り上げ、それから肩を外してやったんだ。そうして怯んだところを――」

 ゲンジは仕方なく調子を合わせた。二人してとんでもない口から出任せを次々と吹き込んでやる。これなればもう無茶苦茶だ。それに気づかない奴らもどうかしているが。

〝こりゃあ、先が思いやられるな……〟

 こうして初日の顔合わせは、盛況のうちに幕を下ろしたのだった。

 ――――。


 翌日。手綱を握ったルークに連れられて、ハリーとゲンジは馬車に揺られていた。

 三人がやって来たのは町の片隅にある、寂びれた鍛冶職人の工房。

 誇りっぽく煤けた建物の中、一人の老人がのんびりと手酌酒に酔っていた。

「こんにちは、シャイアンさん」

 まずはルークが声をかけ、軽く挨拶をする。

 耳と鼻の頭を朱に染めて、老人は愚鈍な動作で振り返った。

「おぉぅ、小僧……。――ん? そっちの二人は、見慣れぬ顔じゃな……?」

「黙れジジイ! てめぇに名乗るいわれはねぇや!」

 何故かすこぶる不機嫌でいきなり喧嘩腰のハリー。

「すまねぇな、こいつは礼儀を弁えない奴でね」

「うむ、そのようじゃの」

「勘弁してやってくれ。まだほんのガキなんだ」

 ゲンジが慣れた調子で庇ってやった。

「あのう、それで、例の物を受け取りに来たんです」

 老人は腫れぼったい瞼に覆われた細い目で、愛想の良いルークを一瞥すると、皺だらけの顔に下卑た笑みを浮かべた。

「まぁいいじゃないか。とりあえず、ここへ来て一杯やらんか? どうも儂一人で退屈しておったところじゃ……」

 酒瓶とグラスを持って促す老人に、ルークは首を振って遠慮した。

「いえ、そんな。昼間からお酒なんて、僕は……」

「ふぅむ、お前は真面目くさくっていかん。ほれ、そっちの二人はどうじゃ? 見たところ、だいぶ不真面目そうなツラをしておるが?」

 ハリーはにやりと笑って、すぐさま駆け寄る。

「へへへっ、それじゃあ遠慮なく」

 と瓶から直接口に含み、

「んぐっ!?」

 ブーッと一気に、吐き出した。

「なんだこりゃっ!? 不ッ味いなァ~っ! ぺっぺっ!」

 ゲンジも一口、味を見た。確かに不味い。

「おい爺さん。こりゃあ、なんて酒だい?」

 シャイアン老は臆せず答える。

「儂が作った蒸留酒だ。しかし、そんなに不味いかのう?」

「ああ、こんなの飲めたもんじゃねぇぜ?」

「むぅ。最近は舌の調子までおかしくなったのか……」

 そう言いつつ、大して気に留めた様子もない。なんだか口調もどことなく上の空で、全体的にかなり気の抜けた老人だ。ルークは少し困った顔をして、

「あのぅ、シャイアンさん……」

 老人はルークを制して重い腰を上げた。

「おうおう、分かっておるわい。そっちの二人もお仲間なんじゃろう? ――さぁ、こっちへ来い」

 奥の部屋へ行き、棚を退けるとそこには隠し扉があった。

 階段が地下へと続いている。

「うへぇ、また地下かよ……」

 辟易するハリーを尻目に、ルークとゲンジはシャイアンのあとについて階段を下りる。

「おぉっ!」

 まず目の色を変えたのはハリー。ゲンジは顎に指をあて、しみじみと言った。

「なるほど、鍛冶職人ってのは表の顔か。アンタの本業はこっちってわけだな?」

 シャイアンは大したこともなさそうに答えた。

「いいや、これは単なる趣味じゃよ。本業はあくまでも鍛冶屋の方。この町じゃあ買い手もほとんどおらんし、しがない老いぼれの退屈しのぎじゃわい」

「年寄りの趣味にしちゃあ、ちょいと物騒な代物だな」

 地下にある秘密の空間には、所狭しと様々な銃器類が並んでいた。ルークが説明する。

「シャイアンさんは、コーネリアの父君と古くから付き合いのあった銃商なんです。単に売るだけではなく、既存の物を改良したり、自らの手で新しく造ったりもされているんですよ」

 なるほど、確かに他では見られないような珍しい物もたくさんある。拳銃使いであるハリーは目を輝かせて、一つ一つ手に取ってみた。

「よぉ爺さん、このライフルに付いてるちっちゃな望遠鏡は何だい?」

「そいつは二百メートル先まで正確に撃てる改造ライフルだ」

「ほぅ?」

「そのレンズを覗き込みながら照準をつけるんじゃよ。それによって肉眼では捉えらないほど遠く離れた位置にいる相手の急所でも、精密に狙撃ができるというわけなんじゃ。無論、炸薬にも儂なりの改良が加えてある」

 ゲンジも目に付いた物を手にして尋ねる。

「おい。このハジキ、おかしな形をしてやがるな。シリンダー(弾倉)がねぇぞ?」

「そいつは儂の造った、自動式拳銃だ」

「自動式?」

「うむ。従来の回転式拳銃と違うのは、誰にでも簡単に連射が出来るという点じゃな。一発撃つ度に激鉄を起こす必要のある〝リボルバー〟とは違い、その〝オートマチック〟は初弾を装填すると、あとは引き金を引くだけ。反動利用式で連射が可能なんじゃ。弾は最大で十発まで込められる。ちなみに弾倉はグリップの内側に収納されておるぞ」

「へぇ~。そりゃあ便利だな。もう回転式は時代遅れかい?」

「いや、そいつが世に出回るのはもう少し先の話じゃろうて。なんせ、三発に一発は不発が起こる」

「ナニィ? それじゃあ連射の利点は丸潰れじゃねーか」

「ああ、その通り。シンプルな造りのリボルバーとは違い、オートマチックは複雑で精密な構造をしておってのう。部品の数は多いし、コストもかかる、なによりも故障しやすいという難点。おまけに不発が起こったときの処理は、リボルバーの方がずっと簡単で早く済むんじゃから、世話がないのう。まだまだ実戦で導入するには、改良の必要がある品じゃ」

 一挺の大型リボルバーを見つけたハリーが興奮気味で声を上げた。

「うひょ~っ! でっかいピストルだなぁ、こりゃあ~」

 ハリーの愛用するピースメーカーより、およそ二回りほども大きなその回転式拳銃は、見るからに凶暴そうなシルエットをしている。手に取ってみれば、ずしりと重たい銃把の感触。

 どれだけ強力な弾が飛び出るのかと、ガンマンとしての嗜好心をくすぐられる。

「こんなにゴツイのは見たことねぇや。おい爺さん、ちょっと撃ってみていいか?」

「やめておけ。そんなもん撃ったら一巻の終わりじゃぞ?」

「おえ? そりゃどういう意味だい?」

 老人は意味深に含み笑う。

「そいつはのう、残念ながら拳銃ではない。――儂の作った拳銃型・爆弾じゃ」

「爆弾?」

「あぁ。銃身にはタップリと火薬が仕込んであってな、もとより弾なんかは出やせん。引き金を引いたら最期、撃った奴がそいつごとブッ飛ぶっていう寸法じゃ」

「へー。しかし役に立つのかい、こんなもの」

「まぁ、言ってみれば最後の切り札ってところかのう。追い詰められてどうしようもなくなった時、敵にそいつを見せびらかして差し出すんじゃ。まぁ拳銃に興味のある人間なら、まず間違いなく撃ってみたいと思うのが普通じゃろう。そいつはそういう、魅力的な姿をしておるからな」

「なるほど。ガンマン駆除の水銀灯ってわけかい」

 とゲンジが口を挟む。

「面白いこと考えやがるぜこのジジイ」

 シャイアンはそう言うハリーの腰にある物を目敏く見咎めた。

「お前さんも、少々珍しい銃を提げておるのう。ちょっと見せてくれんか?」

「おぉっ? こいつに目をつけるたぁ、お目が高いぜ?」

 ハリーは得意げに言って、くるくると手の中で回しながら、シルバーメタリックのピースメーカーを取り出した。

 シャイアンは熟練した手つき、目つきで、それを受け取り、じっくりと観察する。

「ふむ。コルトのSAA、――ピースメーカーのようじゃが……。改造品か? バレルが通常の物よりも長く切られておる。それにこの派手な装飾は……」

「へへへ、わかるかい?」

 自慢の銃を話題にされてご機嫌なハリー。シャイアンは何の気なしに言った。

「わかるとも。臆病なくせに格好ばかりつけたがる、青二才のチャラついた拳銃じゃ」

「ジジイてめえッ!!」

 ハリーが顔を真っ赤に染めて怒る。ゲンジは笑った。

「クックックッ……。爺さん、あんた最高。やっぱ見る目があるよ」

「けっ! 俺はなぁ、もともと年寄りが大嫌いなんだ! ヨボヨボしやがって気色悪い! どうせテメェらなんか生きてたって時間の無駄だろ! さっさとくたばりやがれェい!」

「おまけに短気で、思慮に欠ける。これは救いようがないなぁ」

「全くだぜ。イ~ッヒヒッ、ざまぁみろってんだゴミが!」

 さも愉快そうなゲンジ。ハリーは悔しそうに吐き捨てた。

「くっ、……おい、スカイウォーカーっ!」

「ルークです」

「俺は馬車に戻ってるからな! 早く来いよ!?」

「あ、はい。すみません。僕らもすぐに戻りますから……」

 機嫌を損ねたハリーが地下室を出て行って、ルークは困り顔を見せた。

「あんまり喧嘩しないでくださいよ」

「いやいや、あいつにはいい薬だぜ?」

 ゲンジは溜飲が下がったように軽く失笑する。

「おい、アナキン」

「スカイウォーカーです。――あ、間違えたっ。ルークです!」

 シャイアンは傍らに積んであった木箱を三つほど指して示す。

「ご注文の品じゃ。確認してみろ」

 言われたとおり、ルークは蓋を開け、中の物を確認した。

 新品の拳銃とライフル、そしてその弾薬がずらりと整列していた。

「革命団の奴等に配るものか?」

 ゲンジが尋ねると、ルークは神妙に頷いた。

「ええ。これでやっと実戦的な訓練に入れます」

 老人はパイプ煙草に火をつけながら、水を差した。

「気が知れんのう。わざわざ奴らに殺し合いを吹っかけようなんて。またこの町が騒がしくなりそうじゃ」

 ゲンジは意外そうに聞き返す。

「なんだい爺さん? アンタは反対派か?」

 シャイアンはどうでもよさそうな口ぶりで答える。

「血生臭い革命ごっこには興味がないよ。もうこの歳じゃからな。のんびりと余生が過ごせればそれでいい」

「ふん、食えねぇジジイだな」

 ルークは物言わず苦笑する。

「さっきの赤毛と、このアフロの兄ちゃんは新入りなのか?」

「新入りというよりは、助っ人に来てくれたティーチャーですよ。僕らは皆、戦うことに関しては素人ですからね、お二人が知識と技を授けてくださるそうで」

「ふむ。それじゃあ、討ち入りの日取りはまだ先かのう?」

「えぇ、もうしばらくは……」

「そうかそうか。ま、若いもんは元気があっていいことじゃわい。せいぜい、死なんように気をつけてな? 決行の日が決まったら教えてくれ」

「はい。ありがとうございます」

 老人に別れを告げると、ルークとゲンジは木箱を馬車へと積み込んだ。


「けっ、あのジジイ! この俺をバカにしやがって、ただじゃおかねぇからな……!」

 帰り道。荷台でのんびりと揺られながら、ハリーはすっかりへそを曲げていた。

 ゲンジは取り合わず、ルークに声をかける。

「なぁルーク、いいのか? あの爺さんには計画を話しちまってよ?」

 ルークはにこやかに答えた。

「シャイアンさんはああ見えて義理堅い人です。親を亡くした僕やコーネリアも、今まで色々とお世話になっていますし、信用できる人ですよ。それに、ああいった裏稼業では顧客の秘密を厳守するのが掟なんでしょう?」

「ん、まぁ、それはそうなんだが……」

 ゲンジは少々納得がいかない様子。ルークは気にせず、話題を変えた。

「それよりも、これからよろしくお願いしますよ、お二方! 早速明日にでも皆を集めて、訓練開始です!」

 ――――。



 ルークたちのオンボロ馬車とは入れ違いに、猛然と土煙を巻き上げ、馬を駆けて来た白い影。シャイアン爺の鍛冶工房の前で停まると、長いポンチョを翻しながら、颯爽と地面に降り立った。

 ギラギラとした白昼の陽光を照り返す、白いテンガロンハットと長い金色の髪。

 中から出てきたシャイアンが、若返ったような笑みを浮かべて駆け寄った。

「エレンちゅわあ~ん! よう来てくれたのう? ほれほれ、挨拶をしておくれ? むちゅ~っと! 熱いやつ!」

 進んで頬を突き出すシャイアン。

 エレンは冷然とした面持ちのまま、老人のしわがれた頬に軽く唇を当ててやった。

「ムッハァ~♪」

 シャイアンはでれでれと溶けてしまったようになる。

「さぁさぁ! 中に入っておくれ! 今日は上等のウイスキーがあるんじゃよ!」

 手を引かれ、ブロンドの女は促されるがまま、椅子に腰を掛けた。

 老人ははしゃぐような挙動でグラスと酒瓶を用意しはじめる。

 その様子を横目に眺めながら、エレンは葉巻に火をつけ、平坦な口調で言った。

「ミスター・オールドメン? 何か新しい情報は入ったのかい?」

 シャイアンはニコニコしながらエレンの隣にくっついて座る。

「まぁまぁ、それよりも一杯やろう! 話はそれからじゃよ! なっ?」

 エレンは黙ってグラスを受け取った。老人が愛想良く酌をする。

「……」

 優雅にグラスを傾けるエレンの横顔を、シャイアンはひどく熱っぽい目をして見つめていた。

 キメの細やかな金髪に了承なく触れながら、しみじみと呟く。

「エレンちゃん、お前さんは美しい……。儂もこの歳になるまで女という女は腐るほどに見てきたが、お前さんほどの別嬪には未だかつて出会ったことがない。儂は一目惚れしてしまったのだよ。笑わんでくれ。いくつになっても、恋は素晴らしいものじゃ……」

 そっと手を握り、柔らかく肩を抱こうとする老人の手を、エレンは軽く払った。

「話を聞かせてもらおう」

 すげない口調に、シャイアンは少し悲しそうな顔をする。

「冷たいのう。もう少し優しくしてくれんと、この老いぼれは寂しくて死んでしまうぞ……。どうじゃ、今晩ここに泊まって行かんか? ん?」

 老人の口説きなど、エレンは全く相手にしていない。

「なぁ~、たまにはいいじゃろう~? 儂はお前さんのこと、もっと色々とよく知りたいんじゃよぅ……」

 馴れ馴れしく手を這わせ、エレンのふくよかなバストに指を触れるシャイアン。

 エレンはいつの間にやら取り出していた拳銃を、老人の眉間に突きつけた。

「少々おいたが過ぎるんじゃないのかな? ミスター・オールド?」

 動じた様子などまるでない、冷ややかで、どこかゾッとするような丁寧な口ぶり。

 老人はがっくりと項垂れた。

「釣れないのぅ。そこがまた可愛いんじゃが……」

 シャイアンは眉間に突きつけられたエレンの銃を見てふと述べる。

「そういえば、さっきもそれと同じ銃を見たばかりじゃよ……」

「別に珍しいことでもないだろう? 今時のガンマンはみんなこれさ」

「ああ。しかしお前さんと同じ五,五インチじゃぞ。そいつは主役級の人間しか持てん」

 マカロニウエスタンに於いて、持てる銃の大きさには大体決まりがある。

 主役が五,五インチ。悪役が七,五インチ。その他大勢が四,七五インチといった具合だ。

「――しかも。あれは、ちょっと変わった様子をしておったなぁ……。ギンギラギンで、まるで飾り物のようじゃったよ」

 エレンは突きつけていた拳銃を下ろし、ホルスターに収める。

 エレンの持つ拳銃はハリーと同じ、コルト・シングルアクション・アーミー。

 シルバーメタリックに金箔の装飾という派手なハリーの銃に対し、エレンの使うSAAは、無骨で危険な艶を秘めた、漆黒の一挺。 

「詳しく話してもらいましょうか?」

 老人は頷き、妙にくねくねとした口調で喋り出す。

「さっきルークの小僧がやって来てのう? 銃を三十挺ほど受け取って行った。討ち入りの決行はもう少し先になるらしい」

「ふぅん、それで?」

「今日は二人、見慣れぬお供を連れておったな。名前は聞かなかったが、どうやら余所者らしい。ルークの小僧はその二人に、革命団の戦略と実技訓練を任せると言っておったっけ……」

 エレンはウイスキーで軽く喉を湿らせながら尋ねる。

「二人の特徴は?」

「そうじゃのう。一人は若い男。黒の帽子に赤毛の長髪、歳はアンタより少し下かのう。小生意気な奴で、ピースメーカーを持っていたのはこの男じゃ。もう一人は、モジャモジャ頭に黒眼鏡の大男。歳はエレンちゃんより少し上ぐらいかのう。筋肉質のゴツゴツとした体で、こちらはどうもガンマンではない様子じゃった」

 エレンは目を光らせ、密かにほくそえむ。

「そうか、あの坊やたちが革命団に……。フフ……」

「知り合いなのかい?」

「さぁ、どうだろう? 余計な詮索はしないことだよ、ミスター? 女の本性は魔物なんだ。知ればただでは済まない」

 老人はぽかんとした顔でそれを眺め、「今の話、儂から聞いたとは言わないでね」と頼んだ。エレンは何とも答えず、聞くだけ聞いたら、もう用はないと早々に席を立つ。

「エレンちゃん!」

 シャイアン爺は慌ててそれを引き止めた。

「もう帰るんかのう? たまにはもう少しゆっくりしていったらどうじゃ? 老い先短い年寄りを、あんまり焦らさんでおくれ」

 いじらしく尖った老人の唇に、人差し指をあて、エレンは妖美に微笑んでみせる。

「お楽しみは、また今度……。もっと私に有意義な情報を齎してからだよ?」

「むぅ~。それは辛いのぅ」

 背を向け、去ろうとするエレンだったが、少し思い直したように振り返った。

「しかしまぁ、……うん。――今日のお話は、なかなか面白かったよ、ミスター? それじゃあ、少しだけ、ご褒美をあげようかな」

 そう言ったエレンは、正面から老人に近寄り、おもむろにギュッと抱きしめた。

「はわわわっ……!」

 柔らかく大きな胸を顔に押しつられ、シャイアンは耳まで真っ赤になる。

「また来るよ。アディオス」

 耳元で蠢くように囁いて、エレンはその場をあとにした。

「うん、あでぃおす……」

 老人は惚けた表情で、走り去って行くエレンの凛々しい後姿をぼんやりと見送った。

 ――――。

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