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第二章 「エクスタシー・オブ・ゴールド」

 ――――。

「……ん、んん」

 朝。小鳥の囀りで目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。昨日、羽目を外して飲みすぎた所為か記憶がすっかり飛んでいる。ハリーはぐるりと室内を見渡した。どこかの民家らしい。向かいのソファーでゲンジが巨体を横たえ、呑気に鼾を掻いていた。

「おい……。ゲン公。起きろ。コラ、――痛ッ!」

 一発叩いて起こしてやろうと思ったが、ゲンジの胸板は鋼鉄のように硬く、殴ったハリーの方が拳に痛みを覚える始末。

「ったく、この木偶の坊めぇ……。筋肉以外に取り柄はねぇのかよ。オラッ!」

「――にゃあ!?」

 股間を殴ると、一発で起きた。

「なにしやがんだよ、朝っぱらから……!」

 ゲンジは眠たそうに目を開くと、ぐるりと周囲を見渡した。

「ん、おいハリー……」

「あぁ?」

「どこだ、ここは?」

「さぁ。俺にもさっぱり……。記憶がねぇんだわ……」

「はぁ、飲みすぎなんだよオメーは」

「開幕早々キャラ変わるほど飲んだオメーに言われたかねぇよ」

 眠気覚ましに煙草を一本。ハリーはブーツの底でマッチを擦った。

「確かブロンディと会った辺りまでは覚えてんだけどな~。そっから先がどうにも……」

 その言葉に、ゲンジが眉を顰めて反応した。

「ブロンディ……?」

「ああ、ブロンディ=エレンだよ」

 ゲンジははっとした表情で反芻した。

「ナニィッ!? あの裏切り女と会っただとッ!?」

「うるっせーなぁー。でっかい声を出すなよ。頭に響くでしょうが……」

「オメェ、それっ、どこで会ったんだっ!?」

「昨日の酒場だよ……。あの女、今は自警団に居るらしいぜ? それも団長だとさ。なんでもジョーンズ=ネッガーがご執心とか」

「ホントかそりゃ?」

「ああ」

「確かあいつ、北の方で賞金稼ぎやってるって噂には聞いてたがな」

「まぁ大方、その評判を聞きつけたジョーンズが、スカウトしたんじゃねぇの?」

「なるほど。……それにしてもあのアマぁ、――」

 ゲンジは大きな手のひらを握り締めて、鈍器のような拳を作った。

「細切れにして肥溜めへブチ込んでやりてぇな、チクショウ……ッ!」

 その台詞に今度はハリーがはっとする。

「そうだ! 思い出したぞ!」

「なんだ?」

「俺、あの女に財布を掏られたんだ!」

「ナニィ!? 本当か!?」

「おう! それで何だかよく分からねぇが、拳銃を撃った!」

「殺ったか!?」

「いや、ブロンディじゃねぇ。あいつには逃げられた」

「ちぇっ、なんだよ……。っておい。ちょっと待て!? それじゃあオメー、いったい誰を撃ったんだ?」

「ん~。……アイ・ドント・ノゥ?」

 ひきつった笑みを浮かべるハリーに、ゲンジは詰め寄った。

「まさかオメェ、八つ当たりで他の奴、ブッ殺したんじゃねぇだろうなぁ!?」

「いや~、それは覚えてねぇな……。けど、俺の腕は酔ってても正確だから、或いは……?」

 ハリーはピースメーカーを取り出し、シリンダーに残った弾丸を確認した。

 六発すべてが空の薬莢。ゲンジは頭を抱えた。

「あ~、こりゃ駄目だ……。六人も殺したのか」

「よし。逃げよう」

 二人は早速、身支度を整え、さっさととんずらしようとドアを開いた。

「――あら、お目覚めですか?」

 そこで出くわした思わぬ人物に、二人は驚いて硬直する。

「すぐ朝食の用意をしますから。少し待っていてください」

 笑顔でそう言ったのは、昨日、酒場で歌を歌っていた娘・コーネリアだった。

 ハリーとゲンジは、ぽかんと間抜けな顔を見合わせる。

「おい、ハリー……。どういうことだこりゃ……?」

「さ~っぱりわかりましぇん……」

 二人はとりあえずソファーに腰掛けなおし、調理台に立ったコーネリアの後姿をぼーっと眺めていた。

「ハリーさん」

「はっ、はいぃっ!?」

 急に呼ばれて、ハリーは素っ頓狂な声を上げてしまう。

「卵、どうされます?」

「あぁ~、もうなんでも、はい~」

 デレデレした声で言うハリーを、ゲンジはきっと睨みつける。

「えぇーっと、そちらの方は……」

「あっ、ゲンジと言います~。なんでも結構ですから、どうぞお構いなく」

 デレデレした声で言うゲンジを、ハリーはお返しに睨みつけた。

 そして二人はこそこそと話し合う。

「おい。ハリー、やっぱりテメェが何かしたんだろ……?」

「んなこと言われたって、覚えがねぇものは仕方ねぇだろ……」

 すると、今度は男が現れた。見るからに優男の風貌をしたコーネリアと同年代の青年。

「やぁ。お二方とも、早いですね。昨日は僕も飲みすぎてしまったようで、まだ少し頭が重いです」

 ゲンジはハリーに小声で問うた。

(おい、誰だ……?)

(知らねーよこんなダサイ奴)

 青年はゲンジを見て、思い出したように言う。

「そういえば、ゲンジさんにはご挨拶がまだでしたね。――はじめまして、僕はルークといいます。あなたのことは昨日、ハリーさんから良く聞かせていただきました。どうぞよろしく」

 差し出される手のひらを、ゲンジは引き攣った愛想笑いを浮かべながら握り返した。そして密かにハリーを睨みつける。〝やっぱりオメーじゃねえか!〟と。

 ハリーはそっぽを向いて、知らん顔。

「~♪(口笛)」

 ――そうして何だかよくわからないまま、四人は同じ食卓についた。

 ロクデナシのハリーとゲンジは普段まともな朝食など取らない。それもこんなに穏やかな空気の中、女の作った手料理なんて何年ぶりだろう。食事は質素だが、幸せそうな雰囲気だ。

 向かいに座ったルークとコーネリアを見て、ゲンジは尋ねる。

「お前ら、夫婦なのか?」

 すると二人は顔を見合わせて、少し照れたように苦笑した。ルークが遠慮がちに答える。

「いえ、その、それはまだ……」

「まだってことは、いずれはそうなるってことか」

 ルークとコーネリアが並んでいる姿はお似合いだ。

 二人ともなんだか雰囲気がよく似ている。

 優しげで、純粋そうで、ともすれば虫も殺したことが無さそうなイメージ。

 ゲンジは隣でがつがつと目玉焼きに食らいつくハリーを見て、なんだかガッカリした。

 まるで自分たちとは住む世界が違う。正真正銘、清廉潔白な堅気の男女。まるで白と黒だ。同じなのは貧乏という点だけ。

「ちったァ、お行儀良く食えよ! もとは上流階級のボンボンなんだろテメェは!」

「お行儀が悪いから、上流階級をリストラになったんでしょうが!」

 そんな二人のやりとりにルークは微笑し、

「ところで、ハリーさん」

「黙って喰え!」

「いや、あのっ、例の話なんですけど……」

「例の話?」

「ええ。今日の午後にでも一度、皆を集めてお二人のことを紹介したいと思うんです」

 そんなことを言われても、記憶が無いので何のことだがさっぱり分からない。

 もう面倒臭くなって、ハリーは本当のことを話した。

「あのなぁ、デューク?」

「あ、ルークです」

「悪いんだがよ? 俺、昨日のことなんにも覚えてねぇんだわ。だからお前の言ってること、俺はさっぱり分かんねぇ」

「えっ……!?」

「お前、俺とどこで会ったんだ? 一体どういう成り行きで、俺らはここにいるんだよ?」

「うんうん」とゲンジが同意を示す。

 ルークはコーネリアと顔を見合わせて、それから困ったように言った。

「そんなぁ、本当に、何も覚えてないんですか……?」

「うん。全然」

 ルークは仕方なく、これまでの経緯を説明した。

 昨日酒場で会って、自分がこの家に誘ったこと。

「へぇ~。そんなことがあったのかぁ」

 他人事のようなハリーに代わって、ゲンジが尋ねる。

「それで、例の話ってのはなんだ?」

 ルークは言った。

「ジョーンズ=ネッガーを倒すために、力を貸してもらいたいんです」

「ふぅん、あっそ。……――って、ナニィ!?」

 身を乗り出して反芻するハリーとゲンジに、ルークは落ち着いた口調で説明した。

「僕たちは、ジョーンズ知事の十年に渡る圧政に耐えかねて、革命団を組織しました」

「ルークは、そのリーダーなんですよ」と、コーネリアが付け加える。

 ハリーとゲンジは驚きを隠せない。

「いや、ちょっ、ちょっと待ってくれ! ジョーンズを倒すだとぉ?」

「おいおい正気かよ?」

 ルークは至って真剣に首肯した。

「お二人も既にご存知かと思いますが、このジャスティス・シティーは完全自治区域に指定され、国の管轄からも外されています。しかし、完全自治とは名ばかりで、実際は悪徳知事・ジョーンズ=ネッガーによる独裁統治です。市民は高い税金と無茶な年貢によって苦しめられ、それが払えない者は容赦なく粛清の毒牙にかけられている。十年に渡る厳しい搾取を受け、もうこの町には貧乏人しかいません。そして、ジョーンズお抱えの自警団、これがまたタチが悪い……。もともと無宿無法の荒くれたちを雇って組織された自警団は、ジョーンズの命令にこそ従いますが、その実、権力を笠に着て町を荒らしまわる暴徒と化しています。税金の取立てだと言っては民家に押し入り、妻や娘たちに乱暴を働く。時々店にやって来ては金品を要求し、何か少しでも気に入らないことがあると、懲罰と称して公然と殺人を行う。それでも、誰も彼らには逆らえません。腕が立つ上、バックにはあのジョーンズが付いていますから……」

 コーネリアが悲しそうに言った。

「実はルークの両親も七年前、たった六百ドルの税金を滞納したがために殺されたんです」

「今でも月に一度は公開処刑として、罪もない者たちが殺されています。見せしめの為だけにです! 秋口には、自警団による人間狩りが催され、貧しい民が遊び半分に虐殺されます! こんなことが、許されると思いますかっ!?」

 悔しそうにテーブルを叩いて嘆くルークだが、ゲンジは冷たい口調であしらった。

「へっ、別に珍しくもねぇやな。いまどき人間一人の命の値段は、コップ一杯の水よりも安いんだぜ? 甘ったれんな若造、テメェは世の中を知らなすぎだ」

「そうそう。さすがは年長者、いいこと言うねぇ~」

 ハリーとゲンジは言うまでもなく、ジョーンズや自警団寄りの人間だった。

 欲しいものは奪い取る。気に入らない奴は殺す。面白おかしく好き勝手に生きて、運悪く死んだら、はい、それでお終い。単純にして明快な仕組みだ。今さらそれを不満に思うこともない。しかし、ルークは。

「――そんなのは、間違ってます……!」

 ハリーはどうでもよさそうな口ぶりで言った。

「そんなに嫌なら、こんな町とっとと捨てて、逃げちまえばいいじゃねーか」

 それにはコーネリアが説明した。

「この町の人間が勝手に土地を離れることは禁止されているんです。夜逃げともなれば税金の滞納と並ぶ重罪で、見つかったら死刑にされてしまいます」

「着の身着のまま逃げ出せたとしても、僕らのようなしがない百姓には、他に生きて行く方法がありません。逃げていたって始まらないんです。皆で一致団結して立ち向かい、体制を変えなければ、いつまでも状況は苦しいままです。それに、この町に愛着のある人間だって、本当はたくさんいます。この町がこんな風になってしまったのは、すべて十年前、あのジョーンズという男がやって来てからなんです。あの男さえ倒せれば、きっと、また良い町に変えられるはずなんです……!」

 熱弁を振るうが、相変わらずハリーとゲンジはどこ吹く風。

「ふ~ん、そりゃあご立派なこった」

「そんなに上手くいくもんかねぇ~」

「出来る出来ないじゃありません、やるしかないんですよ!」

 ゲンジはルークの決然とした表情をまじまじと見つめ、言った。

「お前、リーダーって割にはやけに若いな。いくつだい?」

「僕は今年で二十になります。コーネリアは十八です」

 それを聞いてハリーは笑った。

「はっはっは! 呆れたもんだな。まるっきりガキの遊びじゃねーか」

 しかしそれしきのことでルークは怯まない。

「まずは僕たち若い衆が立ち上がり、道を拓くんです! そうすれば自ずと、市民全体の士気も高まり、揺るぎ無い団結が生まれます! お二人には是非とも、先陣を切るための助っ人をお願いしたいんですよ!」

 そんなこと言われても、二人にはとんと興味がない。

「ご冗談でしょ」

「俺たちは余所者だぜ? かかわり合いのねぇことだ。勝手にやってくれ」

 ルークは大げさに嘆いた。

「そんなぁ、あんまりですよハリーさん! あなた、昨日言ってくださったじゃないですか! 俺は百戦錬磨の英雄だから任せておけって! 困ってる奴等は見過ごせない、悪い知事を必ず倒してやる、そう仰ったじゃないですか!」

「おい、ハリー? おめぇ、そんなこと言ったのか?」

「いや~、俺きのうは、だいぶ気持ち良く酔っ払ってたんだなぁ~」

「それでご丁寧に証文まで書いてくださったんですよ!?」

「なにっ? 証文だと?」

「あーっ! きったねぇぞテメェ! 酔った勢いでそんなもん書かせて、俺を無理やり縛りつけようって魂胆だな! 卑怯者め!」

「いえ、それはハリーさんがご自分から書かれたんですよ? 僕はそんなの構わないって申し上げたんですけど、『世の中、口約束だけは信用しちゃいけない』って……」

 ルークはそれを取り出してみせる。ゲンジが受け取って読み上げた。

「――宣誓、どいつもこいつもぶっ殺すことを誓います。――世界一のガンマン・鉄砲玉のハリーと、その子分、世界一の役立たず・木偶の坊のゲンジ……」

 パチパチパチ~と、一人賞賛の拍手を送るのは張本人のハリー。

「かっこいいー、俺!」

 誤魔化すようにそう言って笑うハリーを、ゲンジは思いっきり打ん殴ってやった。

「おう、誰が子分だ? ああ?」

「ご、ゴメンよぅ、ゲンちゃん……? 俺、本当はそんなこと思ってないよ?」

「ったく! お前って奴はッ! 自惚れすぎなんだ! ちったァ反省しろ!」

 証文にはご丁寧に拇印と、なんだか良く分からないが、歯形までつけられている。

 ハリーは逆上して、「こんなもん! ただの紙切れだーっ!」と証文を破り捨てた。ルークは真摯な態度で、改めて二人に頼み込む。

「お願いします。革命団の者は皆、戦いに関しては素人なんです。手助けが必要です」

「けっ、生まれてこのかた銃を握ったこともないような百姓連中が、手練揃いの自警団を相手に、本気で勝てると思ってんのか?」

「それでも、やる気と覚悟だけはあります! 何よりも、団結した革命の意思が!」

「馬鹿馬鹿しい。そんなものは二束三文だ。誰が動くもんか」

「笑わないでください! 経験のあるあなた方に先導していただければ、きっと勝てます!」

 ゲンジは嘆息した。

「……あのなぁ? お前さん、なにか勘違いしてるんじゃねーのか? 俺たちは名の知れた英雄でも、偉大な革命家でもないんだぜ? 自分でも言うのも悲しいがよ、チンケな小悪党だ。悪いことは言わねぇ、他をあたりな?」

「そ、そんなっ、ご謙遜を! きのう酒場で、ハリーさんの早撃ちを見ました!」

 ルークは真っ直ぐな眼差しで、ハリーの方を向く。

「拳銃を構えたときのあなたは凄かった! 上手く言葉に出来ないのが口惜しいですが、今とはまるで別人のように、泰然と、異様な迫力を放ってらっしゃった……! そしてあの一片の狂いもない射撃の腕前。素人の僕にだって判ります。――あなた方は只者じゃない。僕は何故だか、確信してしまったんです。あなた方なら、きっと我々を勝利に導いてくださると!」

 煽てられたハリーは照れくさそうに頭を掻く。

「いやぁ、オメェ、なかなか見る目があるなぁ~? なんなら、もういっぺん見せてやろうか? ん~?」

 ルークはきらきらと鳶色の目を輝かせた。

「はいっ! 是非っ!」

 ゲンジはほとほと呆れ果てた顔をする。それはルークに向けられたものでも、ハリーに向けられたものでもある。

「はぁ~あ。どうかしてるぜ、全く……」

 ハリーの腕前は、確かにそれなりのものではある。並みの拳銃使いよりは上だろう。それはゲンジも認めている。しかし、それでも所詮はその程度のものだ。取り立てて飛び抜けているというわけでもない。世の中には、もっと上手い奴だってたくさんいる。ハリーだってそのことは、重々承知しているはずだ。なんだかんだと言ったって、肝心なところでは冷静・聡明な男なんだ、と思いたいのだが。――

「二十メートル先のリンゴにだって、狂い無く当てられるんだぜ?」

「本当ですか!」

「おうよ。なんたって俺は、世界一のガンマンだからなぁ?」

「ブラボー!」

 純粋なルークに尊敬視されて舞い上がり、窓から外にあるリンゴの木を狙い撃ちにしている相棒を見て、ゲンジは自信がなくなった。

「あのう、それで――」

 すっかり逸れてしまった話をコーネリアが優しく引き戻す。健気な娘だとゲンジは思った。

「助っ人のお話、引き受けてくださいますか?」

「オーケー! いいぜ?」

 二つ返事でOKを出したハリー。

「本当ですか! ありがとうございます!」

 ゲンジは堪らず、「おいハリー! テメェ、いい加減に……」と言いかけたところで、ハリーが付け加えた。

「よし。それじゃあ、俺たち一人につき一万ドルずつ。あわせて二万、払ってもらおうか?」

 それを聞いて、ゲンジはピンと来た。

〝なるほど、そうきたか〟

 普通に断ったところで、熱心なルークは引き下がらないだろう。ならば、乗り気になった振りをして、まんまと無理な条件を突きつける。理想に燃えたお子様には、厳しい現実の壁を認識させてやるのだ。ちらりと流し見たハリーの横顔には、ドス黒い笑みが浮かんでいた。ゲンジも調子を合わせる。

「どうした? 奴らと戦うんならこっちだって命懸けだ。そのくらいの報酬があるのは、当然のことだろう? まさか、余所者の俺たちが無償で手を貸してくれるなんて、そこまで甘いこと思っていたんじゃあるまいなぁ?」

 二万ドルなんて大金、こんな貧乏人の農奴に用意できるはずがない。革命団のメンバーとやらに看破を募ったとしても、所詮は高が知れている。

「それが出来ないんだったら、この話はご破算だ。そもそもジョーンズや自警団を倒したところで、俺たちには何の得もねぇんだ」

 ルークはなにやら神妙な面持ちでコーネリアと顔を見合わせている。

 そして何事かを話し終えると、正面を向き、言った。

「……わかりました。用意します」

 予想外の答えに、ハリーとゲンジの方が思わず面食らう。

「おいおい、本当に払えんのかよ? この貧乏人が!」

「ローンは通用しねぇぞ? 現金で一括だぞ? 二万ドルだぞ!?」

 コーネリアは頷いた。

「はい。大丈夫です」

 その自信に満ちた表情。

 どうやら、根拠のないハッタリをかまそうってわけでもなさそうだ。

 いよいよ訳が分からなくなって、ハリーとゲンジは間抜けな顔を突き合わせる。

「お二人とも、ちょっと来てもらえますか?」

 ――ルークに催促され、案内されたのは古ぼけた納屋だった。

「おい。何だって、こんなところに……」

 ルークは敷き詰められていた藁を除け、床下に隠されていた蓋を開けると、その中を指す。闇の中に、薄っすらと階段が見えた。

「地下か?」

「ええ。足元に気をつけてください」

 ランタンを手にしたルークが先に下り、コーネリア、ハリーとゲンジが後に続く。

 入り口こそ狭いものの、いざ入ってみると中は意外に広い。しかしなんとも不気味な空間だ。地下通路なんて、言うまでもなく普通の民家にあるような代物じゃない。

 ゲンジは怪訝な顔をして一つ尋ねた。

「まさかとは思うがよ、こんなところに俺たちを閉じ込めて、脅そうってつもりじゃねぇだろうなぁ?」

 その言葉に怯えたハリーがコーネリアの肩にしがみつき、声を荒げる。

「お、おい冗談じゃねえぞ!? 俺は暗いところと狭いところが大嫌いなんだ! そんなことしたらオメェ、ただじゃおかねえからなァ!」

 ルークとコーネリアは顔を見合わせ、苦笑を返す。

「そんなことはしませんよ。安心してください」

 暗い地下の空洞を、二十メートルほど先に進むと、扉に突き当たった。

 ルークが鍵を取り出し、錠を外す。

「着きました」

 重たい鉄の扉が、蝶番を軋ませながらゆっくりと開く。

 現れた光景に、ハリーとゲンジは思わず目を疑った。

 ――光り輝く金・銀・財宝、山積みにされた札束、色とりどりの宝石たち。

 お宝の山がザックザクだった。

「おぉお、おまっ、おまっ、んこれっ!」

「――うっひょぉお~~~~!!」

 二人はすぐさま駆け寄り、それら一つ一つを手に取ってみる。

 どれもこれも、正真正銘、紛うことなき本物の品。

「現金だけで少なく見積もっても二百万ドルはあるぜ!? 宝石まで合わせるとなると、一体いくらだよっ!?」

 目の眩むような光景に、二人は大はしゃぎ。

 宝石の山に身を埋め、金貨の溜まりを泳ぎ、気分は極楽。

「すげぇ! 凄すぎるぜ! これは夢か!? いや、夢に決まってる!」

「おおい、どういうことなんだこれは!? 一体どうしてこんなもんが!?」

 その問いに答えたのは、コーネリアだった。

「実は、――私の父は昔、タネンという名の泥棒だったそうなんです」

「……タネン?」

 その言葉に反応したゲンジが聞き返す。

「タネンってまさか、――幻のタネンか!」

「ご存知なんですか?」

 事も無げなコーネリアに、ゲンジは興奮した様子で捲くし立てた。

「知ってるも何も! 幻のタネンといえばその昔、百人近い手下どもを従え、方々(ほうぼう)を荒らしまわったと言われる伝説の盗賊だ! 悪党の世界じゃあ大物中の大物だぜ」

 ハリーも話に加わる。

「俺たちも一応は盗賊の端くれだからな、タネンの噂や武勇伝は昔っからよく耳にしてる。しかし奴はもう三十年以上も前に死んだって話だぜ? それに娘がいたなんて話も聞いたことがねぇや」

「いや、不思議じゃないぜ。奴が〝幻〟といわれてるのはよ、デカイことをやってのけた割にその実体が謎に包まれてるからなんだ。まぁ伝説のギャングに何があったのかは知らねぇが、ここにあるお宝を見れば、あんたの親父が本物のタネンだったってことは判る」

 コーネリアが控えめに答える。

「私は、盗賊だった頃の父の話はあまりよく知りません……。私が物心ついたときにはもう、この町で細々と畑を耕す生活をしていましたから。――そして去年の秋、その父が病に倒れました。そして他界する間際の病床で、私にすべてを打ち明けてくれたんです。自分が昔、盗賊だったということ。そして、納屋の地下に隠されたこのお宝のこと。――父は私に言いました。自分が死んだら、あとはここにあるお金を使って自由に暮らしなさいと。これから先、たぶん一生食うに困らず贅沢な暮らしが出来るはずだと……。しかし、私には出来ませんでした。ここにある物はみんな、父が他の人たちから奪い取った盗品なんです。だからこれは多くの人の為に、役立てるべき財産なんだと思いました」

「そしてコーネリアから話を聞いた僕は、これを元手にこの町を変えることを決意し、ジョーンズ打倒のための革命団を組織したんです」

 ハリーとゲンジは顔を見合わせ、示し合わせたようにいやらしい笑みを浮かべた。

「なんだよ、それならそうと早く言ってくれれば良かったのにぃ~。ねぇ、ゲンちゃん?」

「そうだよ、そうだよ! 水臭ぇじゃねーか! さっきは馬鹿にして悪かったな? んっ? 俺たちはもう同志だ! これからは何でも遠慮なく言ってくれぇい!」

 二人して上ずった声を出し、ルークの肩に手を回す。

「これからは尽力を惜しまないぜ!」

「一緒に力を合わせて、知事の野郎のブッ殺そう!」

 二人のわかりやすい下心に気づいていないのか、ルークは嬉しそうに意気込んだ。

「はいっ! よろしくお願いします!」

 楽しそうに肩を組んでなにやら歌い出す三人の様子に、コーネリアも屈託のない微笑みを浮かべていた。


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