第一章 「善玉、悪玉、卑劣漢」
ジャスティス・シティ。――正義の町。
知事・ジョーンズ=ネッガーによる完全自治区域と認定され、保安官のいないこの町の正義とは、倫理観や道徳によるものではなく、極めて独裁的な〝秩序〟を意味する。
秩序を守る番人は、ジョーンズ=ネッガーお抱えの自警団。腕のいい賞金稼ぎや凶悪犯罪者を雇って構成された自警団は、その実、正義の象徴とは程遠い、それは紛れもない恐怖と暴力の象徴であった。
知事・ジョーンズ=ネッガーはこれを率いて、およそ十年間に渡る圧政を続けてきた。
秩序を守るために必要なのは力と恐怖。これに勝るものはない。
何よりも手っ取り早く、確実に人を支配し、利益を搾取するための方法である。
やり方は手緩いくせに頭は固い国の保安官など必要ではない。邪魔なだけだ。
それに比べて、金次第でどうとでもなる上、腕の立つ自警団の連中は、ジョーンズにとってこの上なく好ましい私設軍隊だった。
――西の大地に陽が落ちる。眩いほど溢れ出す赤に、荒野が果てまで染め上げられる壮絶な景観の中、町の中央広場では不届き者の公開処刑が行われていた。
「助けてくださいっ! どうかお慈悲を! お願いします! 知事様!!」
磔になった男のことをジョーンズは知らない。大方、自警団の連中が適当に見繕ってきた貧民だろう。民とは愚かなもので、一度甘やかせばそれこそ天井知らずにつけあがる。
実際に罪を犯したかどうかなど重要ではない。定期的に見せしめを行い、常に気を引き締めさせておくことこそが肝心なのだ。
「罪状を告げる。この者は税金の滞納し、職務怠慢、反逆的思想、不信心。諸悪に手を染め、秩序を乱した不届き者である。――よって正義の名のもと、銃殺刑に処す」
自警団の射殺隊がライフルを構え、泣き叫ぶ男に銃口を向けた。
瞬間、最後の審判を告げるが如く、教会から鐘の音がごうごうと響き渡る。
「いやだああああああ!!!! 死にたくないよぉおおお!!!! うわぁああああああああッ!!!!」
ジョーンズは意に介することなく冷笑し、右手を軽く上げて合図した。
一斉に火を噴く銃口。男はあっという間に蜂の巣となって息絶えた。乾いた砂の上にみるみる広がる赤黒い鮮血の海。
強制的に集められた聴衆は、厳かに、悲愴な面持ちでそれを見つめていた。
ここではどんなことがあろうとも、悲しみの声など一切上げてはならない。罪人に対し情けをかける者は、同罪と見做され処罰を下される。
しかし本来、絶対にあってはならないはずの啜り泣きの声が漏れ、皆の間に緊張が走った。すぐさま自警団の連中が人込みに割って入り、不届き者を引きずり出す。
女とまだ幼い子供だった。恐らくは処刑された男の肉親だろう。二人とも力任せに殴って押さえつけられ、その場で即刻、射殺された。
生命を蹂躙した瞬間的快感と、あとに尾を引く虚しさとをじっくりと噛み締め、ジョーンズは椅子から立ち上がると集まった聴衆に向け、いつもの言葉を大仰に言って聞かせた。
「諸君! これを機に己の生活態度を見つめ直し、二度とこのような者が現れぬよう、日々を堅実に過ごせ! 労働に励み、町の秩序に貢献せよ! 正義の名のもとに!」
示し合わせたように自警団の連中から拍手喝采が湧き起こる。
正義の名のもとに。――一体これまで、どれほど多くの暴虐が尽くされて来たことだろう。正義と秩序という大義名分のもと、生命は容易く軽んじられる。
正義ほど人を殺した主義主張はなく、己の正義を信じて疑わないその妄信、その独善こそ、この世で最も性質の悪い部類に入る悪業であることをジョーンズは理解していた。しかしだから何だと言うのだ。善悪の観念など所詮は机上の空論に過ぎない。力の強い者に弱い者が従うのは普遍の摂理だ。自らが支配者であり、正義の名のもとに暴虐を尽くし、大勢の人間を蹂躙しているという現実。自分は女神に愛された稀有な男であるという確かな感覚に、ジョーンズ=ネッガーはただひたすら慢心していた。
悪趣味な見世物が済み、ぞろぞろとその場を引き上げて行く人ごみの中。一人の青年が足を止め、血溜りの中に置き捨てられた罪も亡き一家の亡骸をじっと見つめていた。
「クッ」
悔しそうに唇を噛み締め、力いっぱい拳を握って、堪えるように目を閉じる。
「ルーク……」
隣に立った恋人のコーネリアが悲しげな声色で青年に声を掛けた。
青年・ルークは、静かな情熱を込めた口調でそれに答える。
「もうすぐ、もうすぐだよ。コーネリア……。こんな惨劇はきっと終わらてみせる……!」
コーネリアはそっと、怒りに震えるルークの手を握った。
「……ええ」
夕陽が沈む。いつも誰かが夕陽と一緒に沈んで行く。
夕陽の赤は、真っ赤な血の赤。
どこか絶望的な終末を、人々に連想させていた。
――――。
日が暮れて、荒涼とした大地にもささやかな夜の張が落ちた。
からっ風の吹きつける荒野を数時間と流離い歩き、やっとのことで目的のジャスティス・シティまで辿り着いたハリーとゲンジ。
二人とも脚を棒にして、げっそりと顔に疲れの色を滲ませていた。
「あ~あ、歩き疲れたぜちくしょう。途中で馬車でもかっぱらえば良かったなぁ……」
むくんだ脹脛を揉みほぐしながら、でかい図体をしたゲンジが不服そうに言う。
「まぁ、そうぼやくなよ。完全自治区のこの町に金バッヂの旦那方はいねぇ。ひとまずは安泰を祝って一杯やろうじゃねーか」
「へへっ、運動のあとの酒は、きっと格別に美味いだろうなァ!」
「違いねえや! ほら行こう! 俺たちの夜明けが待ってるぜ!」
二人は早速、町の酒場に駆け込んだ。
『乾杯!』と、景気良くグラスを交わす。
「グワァーアッハッハッハ!」
「ヒィイーヒッヒッヒッヒ!」
浴びるように酒を飲み、たらふく食って、愉快に騒ぐ。
羽目を外して豪遊する二人。
「おぉいハリー! おめぇチンケな強盗稼業なんかさっさと辞めてよぉ、いっそ賞金稼ぎにでも転職したらどうだ!? 鉄砲の腕だけはいいんだからよぉ、オメェはさ! 荒稼ぎ出来るかもしんねえぞ~!」
「馬鹿言え~! 決闘なんて俺ァ、おとろちくってやってらんねーやー! 命ってのはよぉ、たま~に賭けるから面白いんだよ~! おいゲン公! オメェこそ、馬鹿力だけがとりえなんだから、肉体労働でもして真面目に働け~っ!」
「へっへ~んだ! 働いたら負けだ~いっ!」
「ブッハハハハーッ! お互いクズ同士、これからも仲良くしましょ~ね~!」
「はぁ~い♪ な~んつって! ガハハハハハハーッ!」
仲良く肩を組み、バカみたいに大口を開けて笑う二人に、周りの客たちは少し迷惑そうな顔をしている。ジャスティスの盛り場は他の町のものと比べても幾分落ち着いた印象だった。客層も堅気の人間の方が圧倒的に多い。――というのも、悪徳知事・ジョーンズ=ネッガーの圧政によって治められているこの町には、もはやジョーンズとその手下以外は貧乏人しかおらず、他所の無法者たちがつけ入れる隙がないからだ。
血と金に飢えた荒くれ達にとっては、保安官がいないということ以外は特に魅力のない町であり、それによってある意味、治安の状態は良いという皮肉な結果が生み出されていた。
――ふと、緩やかなギターの旋律に乗って美しい歌声が聞えてきた。
可憐な娘が一人、お粗末な舞台に立ち、ギターを奏でている。
「よっ、コーネリアちゃん!」
「いつも綺麗だね」
「俺と付き合わねぇか? へっへっへ!」
酔っ払った客たちの声にも、慣れた調子で微笑みを振り撒きながら、娘は歌った。――
うち仰ぐ空 風は雄飛に
雲はたなびき 暮れる黄昏
この広い大地の 果てた荒野に
僕らは揺れる 小さな麦の穂
熱い心は 胸に脈づき
熱い涙は 土を潤す
吹きつける嵐 雨は土砂降り
僕らは倒れて 力尽きても
希望を抱いて 別れを祝おう
明日を信じて
友と家族と 仲間たちみんな
肩を抱き合い 語り明かせば
雲はたなびき 陽はまた昇る
うち仰ぐ空 風は雄飛に
遠い日の夢 今は何処に――。
娘の透き通ったような声と、ギターの旋律のみで奏でられる穏やかなメロディーは、温かくも、どこか哀しげな響きが漂っている。
「けっ、嫌な歌だぜ。しんみりしちまってさ。せっかくの楽しい気分が台無しだい」
不愉快そうなゲンジとは対照的に、煙草を吹かしながらハリーは安らかに聞き入っていた。
「だから教養のない奴は困るんだよ」
「ほぅ? するっていうと何かい? オメェにはあの歌の良さが分かるってのか?」
「もちろんさ。俺はもともと、上流階級の生まれだからな?」
「へぇ~? どうりで我が侭なはずだぜ」
ハリーの目は美しい歌い手の娘に釘付けだった。だらしなく鼻の下を伸ばし、これはおおよそ十割の確率でいやらしいことを考えている顔だ。
「フフッ、素晴らしい……。この曲のテーマはずばり、愛だな……」
よくもぬけぬけと、無駄に格好だけはつけたがる。
「ハッ、馬鹿馬鹿しい。何が教養だ、何が愛だ、おめぇはただの女好きだよ」
ゲンジは投げやりにそう言うと、瓶から直接、テキーラをラッパ飲みにした。
――青年・ルークは、一人静かに薄い酒を呷りながら、舞台に立って歌うコーネリアの姿を眺め、ひとときの安らぎに少し酔っていた。
うら若きルークの頭を悩ませているのは、なにぶんにも致命的な問題だった。
このままでは埒が明かない。
しかしこの町にいる手練はほとんどすべてがジョーンズの配下だ。彼らを抱き込むのはいくらなんでも危険すぎる。他の町に出て助っ人を探すという手も考えたが、相手が相手だ、きっと徒労に終わるだろう。それに情報の漏洩は命取りなのだ。手当たり次第に声をかけて募るなんてことは出来ない。結局のところ行き詰まり、一体どうしたものかと沈鬱に考える。――
「ん……?」
ハリーはふと、カウンターの隅で静かに飲んでいる背中に目を留めた。
白のテンガロンハットに鮮やかな金色の髪。腰に挿した一挺の拳銃――。
席を立ち、ゆっくりと近づいていく。
「おい」
不躾な呼びかけに、周囲の客たちが振り返り、慌ててその場から逃げてゆく。
しかし当の本人は全くの無反応だった。
「おい……。テメェ、金髪か? ――ブロンディ=エレンだな!?」
乱暴に肩を掴んで振り向かせようとしたハリーだが、気づいた時には天地が引っくり返っていた。わけもわからないまま床に腰を強打し、ハリーは苦痛に悶える。
みっともなく床に転がった男を、微笑み混じりに見下ろして、金髪の女ガンマンは言った。
「騒がしいよ、坊や。もっと優雅に酔えないのかい?」
ハリーの顔が、かぁーっと真っ赤に上気する。
「くぁ~っ! テメェ、HEYッ!」
こめつき虫のように跳ね起き、ハリーは女と向かい合った。
「よぉ。こんなところで会えるとは奇遇だな、この裏切り女!」
剣呑なハリーに対し、エレンはわざとらしく冷笑を浮かべてみせる。
「さぁてね、誰だったかな?」
「――二年前、列車強盗。これだけ言えば思い出すだろ?」
「うーん、まるで記憶にないんだが」
「だったら今すぐ思い出せるようにしてやろうか」
ハリーは腰のリボルバーに手を添えた。
「人間、死ぬ間際になると昔のことを色々思い出すそうじゃねーか。走馬灯のようにってな? どの道てめぇは、八つ裂きにすると決めてたんだ」
「やめておきなよ、ボーイ。君じゃあ、私に敵わない」
「二年前ならなぁ?」
ハリーは不敵に笑って、目つきを鋭くした。
「金を返せ。そうすりゃこの場は見逃してやる」
エレンはやれやれと肩を竦めてみせた。
「二年も前に稼いだ金なんて、とっくの昔に沫と消えてるよ? 女は何かと金がかかるんでね」
「チッ!」
ハリーは一旦テーブルに戻って、酒瓶を持ったまま呑気に突っ伏しているゲンジの巨体を揺さぶった。
「おいゲンジ! 大変だ! おい起きろ! ブロンディだよ!? あの裏切り女、早く捕まえて犯さないと! なぁ!?」
「う~ん、う~ん……」
ゲンジは大儀そうに顔を上げ、そして――キラキラリ~ン☆
「お花が咲いたよ、ハリィ♪」
「はぁ?」
「綺麗なピンクのお花が。ポクちんのおムネにぃ~、うふふふ~♪」
ゲンジは完全に酔い潰れ、本来の厳つい相貌は見る影もなくなっていた。
「誰だお前っ!? 気色悪ッ!」
アフロでマッチョのおっさんが可愛い子ぶる姿には、何か壮絶な不気味さがあった。
「悪いが、お先に失礼させてもらうよ、お馬鹿さん? ――勘定だ。釣りはいらない」
エレンはその隙に店を出て行ってしまう。
「おいコラ! ちょっと待て! うわっ!」
追おうとするハリーのポンチョをゲンジが引っ掴んだ。
「ハリィ? ポクちんと一緒に歌おうよ~♪ 夢と希望と、浪漫のお歌を~!」
人格は崩壊しているくせに腕力だけはご健在ときたもんだ。全くタチが悪い。
「離せこの野郎! もうテメェとは絶交だ!」
二人のやりとりに周囲の客たちは爆笑しながら話しかけてきた。
「おい、ニーチャン。アンタこの町の人間じゃねーなぁ。あの女と知り合いなのかい?」
「けっ、知り合いなんて生易しいもんじゃねーや! ひでぇ目に遭わされたんだよ、あのクソアバズレにはよッ!」
「ほう? 一体どんな?」
悔しさを募らせ、ハリーは勢いで捲くし立てた。
「二年前、当時まだ駆け出しだった俺たちはあの女と組んで列車強盗をやったんだ。狙いはもちろん現金輸送車両よ。護衛の奴らをぶっ殺して金を奪った。ところがあの女、土壇場で裏切りやがってよ、盗んだ金を独り占めにした挙句、俺たちのことは保安事務所にタレ込んで、トンズラこきやがったんだ! 自分だけ楽して逃げられるようにって、俺たちのことを囮に使いやがって……! おかげでこっちは死にかけたんだぞっ!?」
『わははははは!』
それを聞いてまた可笑しそうに笑う客たち。
「ちぇっ、笑い事じゃねーってんだい……!」
ハリーは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「けどよぉニーチャン、あの女には関わらねぇ方が身の為だぞ?」
「あぁん?」
「なんたって半年前、ひょっこりこの町に現れて、いきなり自警団の団長に修まっちまった凄腕だ!」
「自警団? あの女がか?」
「おうよ。おまけにありゃあ別嬪だからなぁ~! ジョーンズ知事のお気に入りらしいぜぇ?」
「フン、面白くねぇな! 何が別嬪だよ、ただの淫売ヅラじゃねーか……!」
ハリーはウイスキーのボトルをこじ開け、がばがばとやけくそに飲み干した。
「よぉ、兄ちゃん。あんたも鉄砲はやるのかい? バーンバーン」
「なんだぁ? おめぇの腰のもん、おもちゃみてぇなハジキだなぁ?」
「それ、本物けぇ?」
客たちの馬鹿にしたような態度に、いい加減痺れを切らして、ハリーはのたまった。
「おい! 言っておくがなぁ! 俺の腕は世界一だぜ? 抜き撃ちの早さも、正確さも、――あんな女なんぞ敵じゃねぇのさ!」
『ワハハハハハ!』
どっと笑い声が起こる。
「オッケーオッケー! 坊やぁ!」「嘘乙」「やめときな! 恥じ掻くだけだぜ若いの!」「イ~ッヒッヒ! こりゃあ傑作だぃ!」
ハリーは溜息を吐いた。
「ふんっ。言ってろトーシロが……」
席を立って、ふらふらとカウンターに向かう。
「婆さん、勘定だ」
「全部で二十ドル」
代金を払おうとして、ハッと、財布が無いことに気がついた。
「あれっ……?」
店に入ったときは確かにあった。それが無い。
もし、何かの拍子に落としたとすれば、――
「あぁっ!? あの女ッ!!」
エレンに投げ飛ばされたとき以外は考えられない。
確か帰り際に、エレンは釣りを断っていたはずだ。
昔、たった一ドル勘定を間違えた酒場の男を迷わず撃ち殺していたあの女が、そんな気前の良い振る舞いをするなんてどう考えてもおかしい。
「掏りやがったなァ、ちくしょうめッ……!」
ハリーは情けなく地団駄を踏み、仕方なくゲンジに言った。
「お~い、木偶ちゃ~ん? お金ちょ~うだい?」
「はぁ~い♪」
素直に差し出された財布を受け取って、中を見る。
「なんだ~あ? すっからかんじゃねーか。おい婆さん、ツケにしといてくれ」
「冗談じゃないよ、余所者にツケなんか利くかってんだい!」
「ったく、しょうがねぇなぁ……。それじゃあ、――」
ハリーは言うと、腰のガンベルトから一挺の回転式拳銃を引き抜いた。
コルトM1873・シングルアクション・アーミー。通称・ピースメーカー。
ハリーの愛用する一挺は、銀メッキで特殊に加工され、棘のある蔓を模した金箔の装飾が銃身と銃把に施されている。
人を殺すための武器というよりは、どこか美術品のような優雅さと気品があり、これで本当に弾が出るのかと疑わしく感じてしまうのも無理はない。
ラッチを開いて装填された六発の弾丸を確認すると、ハリーは得意げに言った。
「ババア。面白いもの見せてやるから、今回はそれでチャラな?」
傍らに転がっていた、缶詰の空き缶を一つ拾い上げると、さっき自分を馬鹿にした連中にも言いつける。
「おい、お前らもよく見とけよ! 一瞬だからな。まばたきは禁物だぜ?」
その呼びかけに、店内にいたほとんどの者たちが何事かと視線をよこす。
ルークもコーネリアも、そのうちの一人だった。
注目を浴び、ハリーは片手で缶を宙に放った。
そしてゆっくりと激鉄を起こす。その様はまるでスローモーションのように。
空き缶は大きく放物線を描いて、落下の軌道に乗りかける。
次の瞬間、――
ダダダダダダンッ!!
ほぼ重なり合うように響いた六発の銃声と、眩いマズルフラッシュの閃光。
目にも留まらぬシングルアクションの早撃ちで、装填されたすべての弾丸が発射されていた。
「……!」
鼻につく硝煙の匂い。
茫然とする客たちの中でも、ルークの目の色は一際違っていた。
ハリーはしゅるしゅると華麗なガンスピンを決め、帽子の鍔を指先で軽く触れる。
「――狂い無し」
超音速の銃弾に弾き飛ばされた空き缶は、壁に当たって跳ね返り、ハリーの足元に戻って来る。悠然と拾い上げ、カウンターの上に置いて見せた。
缶に残った銃創は、きっちりみっちり六発分。
『おぉ~っ!!』
歓声と拍手喝采が起こり、ハリーは満足げに笑って会釈をした。
「センキュー、センキュー!」
しかし肝心の老婆が今ひとつピンと来ていない様子だったので、ご自慢げの銃をひけらかし、尊大な態度で忠告してやった。
「おいババア、そんな気持ちの悪い顔してねぇで、テメェも拍手の一つくらいしたらどうだい? ああん? こいつが目に入らねぇのか?」
老婆はやおら竹箒を手に取り、ハリーの頭を豪快に打ん殴った。
「SMASH!」
「OUCH!?」
「何が控えろだい! えぇ!? 店ん中でそんな危ない物ブッ放して! 気取るなクソガキ! 格好つける前に払うもん払いな!」
「てんめっ、約束が違うぞババア!? チャラにするって言ったじゃねえか!?」
「そんな約束をした覚えはないね! 四の五の言わずに金払え!」
「そんなこと言われったって、無い物は無いんだよッ!? このクソババア! タダにしろてめぇ! あんまり聞きわけがねぇと、鉛の玉をお見舞いするぞぉ!?」
「オーケーオーケっ! やってみなッ!」
ハリーは容赦なく引き金を引くも、激鉄は虚しく乾いた音を立てて沈黙する。
「あら、弾切れだぁ」
途端、鬼の形相をした老婆が猛然と襲い掛かって来た。
「お前らァアッ、細切れにして肥溜めへぶち込んでやるからなァアっ!!」
「ひぃいいいい~っ!! お~いゲン公! 助けてくれ!」
「ポクちんねむい……むにゃむにゃ」
ハリーとゲンジは老婆の強烈なヘッドロックに敢え無く捕まってしまった。
爆笑の渦に包まれる店内。
「いいぞうババア! やれやれ! もっとやれェい! ガハハハーハァアーッ!」
「糞にまみれろ、小僧ども!」
このまま二人は肥溜め行きかと思われた時、――
「あのう、」
「あぁんッ!? なんだいっ! アンタはッ!?」
怒り狂う老婆に、青年・ルークは声を掛けた。
「代金は僕がお支払いしますから、その人たちを許してあげてください」
助けられたハリーは、ぽかんとしてルークを見る。
ルークは優しげに微笑みかけた。
「素晴らしい物を見せて頂きましたから、チップということで」
「んー、そうかぁ……? えっへっへっ! ワリィなぁ~?」
少し思ってもないだろうニヤケ面で、ハリーはルークの肩を馴れ馴れしく叩いた。
「あの、もし宜しければ、これから僕の家に行って飲み直しませんか? あなたたちに、折り入ってお話ししたいことがあるんです」
「オーケー。いいぜぇ? とりあえずはホラ、そこのデカブツ運ぶの手伝ってくれや」
「はい」
もはや単なる粗大ゴミとなったゲンジを担いで、ハリーとルークは店を出る。
「うわぁ~、美味しそうなお月さまぁ~、待ぁ~てぇ~♪」
「チッ、暴れるんじゃねーよ木偶!」
「あ、そこ、サボテンありますから気をつけてください」
「痛ぇッ! お前っ、もうちょっと早く言えよ!?」
――――。