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【PROLOGUE】


 ――Once upon a time in the west… 〝遠い昔の西部で……〟

 188X年 アメリカ・ニューメキシコ州


 荒野の町を、暑く乾いた風が吹き抜ける。

 砂塵に巻かれてタンブリングウィード(回転草)がどこへともなく転がって行った。

 町の酒場では今日も、この世の穢れを知り尽くした無法者たちが、荒唐無稽、賑やかな宴を繰り広げている。

「――グッヘッヘッヘ! また俺の勝ちだな!」

「――この間、襲った駅馬車で女を一人ヤッたんだがよぉ、こいつが処女でさぁ!」

「――おぉい! こっち酒追加だ! じゃんじゃん持ってきてくれェ!」

 むせ返るような酒と煙草と汗の臭い、それらが混ざり合い濁った空気の店内は、魑魅魍魎たちの狂騒によって埋め尽くされていた。

 ポーカーに興じる者、声を張り上げて歌い踊る者、酔った勢いで殴り合いをする者。

 その様相は様々な中でも、一際目立たず、店の奥に腰かけた二人組の男。

 一人は赤毛の長髪に、薔薇の刺繍の入ったカウボーイハットを被り、穴だらけの外套を羽織った細身の若い男。

 もう一人はアフロの頭に厳ついサングラス、Tシャツにジーンズと軽装の巨漢。

 二人は何か声を立てるでもなく、テーブルを挟んで向かい合い、静かに酒の入ったグラスを傾けていた。

 入り口のスイングドアが勢い良く放たれ、どかどかと荒々しい音を立てて数人の男たちが現れる。手にはウィンチェスターライフル、胸に輝くのは正義の象徴たる金バッヂ。

「静まれェ! 保安隊だ!」

 その一声に、騒がしい店内からは喧噪が途絶えた。

 天井に吊り下げられたシャンデリアが小さく揺れ、軋んだ高い音を立てる。

 水を打ったような静寂とは裏腹に、店内の雰囲気は異様に殺気立っているのが分かる。先頭に立った保安隊長が懐から二枚の手配書を取り出し、店の中にいる連中へと見せつけた。法の番人として、決然たる態度をして言う。

「鉄砲玉のハリー、木偶の坊のゲンジ! この中にいるのはわかっているんだ! 潔く名乗り出ろ!」

 沈黙の中、がたっと椅子を引き、立ち上がったのは店の奥にいた例の二人組。

「フン、貴様らか……。エルパソ銀行の襲撃、及び、支配人の殺害。その他、銀行員三名・客二名を殺傷した容疑で逮捕する! そのまま大人しく両手を上げて、投降し――」

 ろ、と保安隊長が言い終えるよりも早く、二発の銃声が轟いた。

「なっ……!?」

 保安隊長の持つ二枚の手配書にそれぞれ一発ずつ、大胆不敵にも風穴が開けられた。

 控えていた保安助手たちが色めき立ち、慌てて手にしたライフルを一斉に構える。

「馬鹿者! 武器を捨てろッ!」

 撃ったのは帽子を被った方の若い男。銃口から立ち上る一筋の硝煙を、ふうっと一息に掻き消して、くるくると手の中で銀色の拳銃をいたずらに回す。もう一人の大男は何事もなかったかのように堂々と佇んでいた。

「貴様! 銃を捨てろ! 聞えないのかァ!」

「オーケー、保安官(シェリフ)……」

 男は忠告を無視してニヤリと哂った。

 そして手にした拳銃を頭上に掲げ、声を高らかに張り上げる。


()っちまおうぜぇええええーッ!! 兄弟たちよ(アミーゴー)!!」


 男の猛りに、野太い賛同の声が幾重にも合わさって空気を揺るがした。


『オーケェエエーィイイイッ!!』


 ライフルを構えた保安隊に撃つ暇も与えず、有象無象たちが怒涛の如く襲い掛かる。

「お、おい! よせお前たち! 我々はただっ、――ぐあっ! いや、ちょっ!」

 保安隊の連中は、瞬く間に荒くれたちの奔流に飲み込まれた。

「この犬野郎っ!」「いつもいつもでけぇツラしやがって!」「ぶっ殺してやる!」「血祭りだァア!!」「ヒャッハァーッッ!」

 酒場に集っていた連中は皆、法の番人に何かしらの怨恨を持っていたらしい。

 店内は一斉に怒号と罵声の喧噪で満たされる。

「やめろー! やるんなら店の外でやれー! 店の物を壊すなァー!」

 店主が大声を上げて抗議するが、聞き届ける者など一人もいない。

「うるせええッ! 引っ込んでろッ!」

 八つ当たりに鉛の弾が飛んで来て、店主は慌てて逃げ出した。

「テメェ今、どさくさに紛れて俺のこと殴ったろ!」

「オメェこそ俺の腹ァ蹴りやがったな!」

 ――保安隊とは関係のないところで拳が交わされ始めると、あとはもう滅茶苦茶だった。

「この野郎ッ!」「ざけんなちくしょう!」「死ねェエエ!!」「オラオラオラァアア!!」

「皆殺しだぁー!」「うぉおおおおおおおおおッ!!」

 一瞬のうちに弾け飛んだ窓ガラス。盛大に破壊される椅子やテーブルの群れ。

 瓶やグラスは派手に砕け散り、もはや縦横無尽に店内を飛び交う銃弾の嵐。

 至る所で真っ赤な鮮血が、紅蓮の華を咲かせていた……。


 ――吹き抜ける横殴りの強風。巻き上げられた砂煙の中を二人は歩く。

 自分たちの所為で惨状となった酒場のことなどはいざ知らず、さっさと騒ぎを抜け出したお尋ね者のハリーとゲンジ。

 二人は着の身着のまま町を出て、砂漠の荒野をあてもなく彷徨う。

「いや~、さっきは危なかったなぁ~。ビックリしたぁ~……」

 呑気な調子でそう嘯くのは、拳銃を抜いて酒場の乱闘を焚きつけた男・鉄砲玉のハリー。

「オメーが腰のもんを抜いたときは、いつ撃たれるもんかとヒヤヒヤしたぞ?」

 アフロ頭にサングラスの大男・木偶の坊のゲンジがそれに応えて言う。

「俺だって賭けだったよ。しかし酒場の連中がノリの良い馬鹿共でホント助かったぜ」

「へへっ、全くだな」

 この二人、常日頃からケチな追い剥ぎを繰り返し、身銭を稼ぐ腑抜けた小悪党だった。

「しかし、あんなにも早く手が回るとはな。おいゲン公、オメーの陰毛頭は無駄に目立ちすぎるんだよ」

「なにを言ってやがるんだ。もとはといえばオメーが頭取を()っちまうのがいけねーんだ」

「仕方がねぇだろう? あの時は咄嗟のことで俺も慌ててたんだから。大体、お前だってよく知ってるじゃねーか。俺は基本的に無抵抗な人間は殺さないんだよ。最低限の美意識としてな?」

 チンケな強盗もどきの二人組。

 しかし先日、たまにはデカイ仕事(やま)を踏もうと調子に乗ったのがいけなかった。

 二人が計画したのは銀行強盗。――とはいえ、腑抜けた二人のことだ。狙ったのはこの辺りでも一番規模が小さく、警備に用心棒の一人も雇っていないようなエルパソ銀行。念には念をと、近くに駐在する保安官が法事で町を離れる日を狙って決行。

 しかし結果として襲撃は失敗。

 金も得られず、二人は着の身着のまま負われる羽目となってしまったのだ。

「はぁ~あ、何でこんなことになっちまったんだ……」

「だからよぉ、それはオメーが支配人をだなぁ?」

「だからそれは仕方がなかったと何度も言ってるだろ!? なんだってあのジジイ、ガトリング砲なんか撃って来やがるんだ!?」

 ――そう、失敗の原因はまさしくそれだった。

 客を装って店内に侵入、手近な銀行員に拳銃を突きつけて「ホールドアップ!」「プリーズ、マネーェイ!」と、まぁそこまでは順調だった。

 しかしあろうことか銀行の支配人を務めるご老体・バーグ頭取が、一体どこから取り出したのかガトリング砲を構え、猛然と発砲して来たのだ。

『フゥウウーハハァーッ! くたばりやがれェい! この浅ましい強盗(クズ)どもめがッ!』

 激しく降り注ぐ銃弾の雨。しかし、いかせん老人の覚束無い手つき故、運の悪い銀行員と客が真っ先に巻き添えを食った。それによって脳内のアドレナリンが急上昇してしまったのかバーグ氏は最早、その場にいる全員を虐殺しかねない自暴自棄っぷりを発揮。

『みんな死ねぇええええッ!! ガハハハハハハハーッ!』

 慌てて応戦したハリーが頭取を射殺。それがまた失態だったと知るのは少し後のこと。

 エルパソ銀行の貸し金庫は、最新のダイヤル式ロックを導入しており、そしてその解除番号を知っているのは責任者たるバーグ氏の唯一人。

 それが判ったとき、バーグ氏は既に屍である。

 こうして二人は、手ぶらでの逃走を余儀なくされたのだ。――

「大体おかしいじゃねぇか!? なんだってあのジジイが殺した分まで俺たちの罪に加わってんだよ!? 最新のダイヤル式ロックってなんだ!? 少しは時代考証ってものを考えろよ!」

 わがままを喚き散らすハリーに、ゲンジは困った顔で頭を抱える。

「まったく、顔に似合わず短気なのがオメーの欠点だよ」

「あ~あ~あ~ッ! それもこれも、もとはと言えばオメーが銀行をヤろうだなんて言い出したのがいけねぇんだ! 地道に駅馬車強盗やるのがお似合いだったんだよ俺たちは!」

「まったく、最低の言い訳だな。お前だって乗り気だったくせによっ!」

 いい加減腹に据えかねたゲンジがもとより厳つい顔をさらに険しくして怒鳴る。

「悪いのは考えも無しにバーグを撃ち殺したお前だ! 殺すこたぁなかったんだよ!? 腕でも足でも好きなところを撃って、戦闘不能にさえすりゃあ、それで良かったんだい!」

「ガントリングガンで撃って来る相手に、手加減なんかしてる余裕があるか!?」

「それをやってのけるのがガンマンの意地ってもんじゃねえのか!? ええ!?」

「テメェ、ガンマンでもねえくせして俺の腕にケチつける気かよ!? この木偶!」

「うるせーーッ! 俺の方が年上だぞ!」

「なにを~っ!?」

「なんだよ!」

 ぐぬぬぬぬ~ッ、と睨み合うも、虚しさが先立ち二人は溜息をついた。

「先のこと考えよっか……?」

「そうね……」

 荒涼たる景観の中、砂の地面に腰を下ろし、曲がりくねった葉巻を取り出した。

 二人で仲良く、一本を交互に吸いながら話す。ゲンジが言った。

「とにかく、これからしばらくの間は、どこに行ったって追われる身だぜ?」

 上空を禿げ鷹が旋回している。寝転んでぼんやりと眺めながら、ハリーは気の抜けた声を発した。

「金もない上、気の休まる暇もないか……。アウトローはつらいねぇ~」

「どっか安全な場所にでも隠れて、ほとぼりが冷めるのを待つとするか?」

「安全な場所なんてどこにあんだよ?」

「んん~? まっ、無いな」

 話が滞り、自然と無言になる二人。

 ゲンジもハリィと同じく横になって、遥かなる蒼穹を盛大に仰いだ。

「空が青いぜ……」

「青いなぁー……」

 雲一つ無い快晴の空。ギラギラと照りつける灼熱の太陽。

 少し強めの風は肌に心地よく、辺り一面、見渡す限りの荒れ果てた広野。

 そんなところで大の字になって寝転んでいれば、むやみやたらと壮大な気持ちにもなる。

 なんだかもう、すべてがどうでも良くなりそうだった。

 そのとき、――

「アアアアーッ!?」

 ぼーっとしていたところで、ハリーがいきなり素っ頓狂な声を張り上げ、ゲンジは驚いて肩を跳ね上げた。

「なっ、なんだあっ!? どしたんだいッ!?」

 ハリーは相方の驚きっぷりを見て、くすくすとしたたかに笑い出す。

「クヒヒッ、いんや? 別に?」

「……てめぇ、ふざけんなよコラ?」

 ゲンジの豪腕に胸倉を掴まれ、腕っ節がからっきしなハリーは慌てて釈明した。

「ゴメンゴメン! いや、ちょっと思い出してさ……」

「あぁん?」

「俺たちの行き先だ」

 ハリーは言うや否や、立ち上がって歩き出す。

 ゲンジはその隣に並びながら、不敵な含み笑いを浮かべる相棒に尋ねた。

「なぁハリー? 一体、どこなんだ?」

「う~ん、そうだなぁ。こっから南に三十キロってとこか」

「南……? まさかオメー、ジャスティスか?」

「そう、――ジャスティス・シティ。いい名前だろ? きな臭くって」

「へっ、作者のセンスを疑うな。まるっきりギャグだぜこりゃ」

 ハリーは歩きながら、太陽の高さを遠く見つめた。

「日没までに着けるかなぁ」

「おいおい。こんな殺風景なところで野宿だなんて、俺は御免被るぜ?」

「俺だってそうサ。……しかしまぁ、のんびり行こうや?」

 ――――。


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