狙われた代行者
何時もの様にバイトを行うトーウに、九盾の魔の手が伸びる
ローランス大陸のハールス王国の貿易の町、ダラストが今回の舞台である。
「ピンチだ」
真面目な表情で唸るトーウ。
「生活費が無いの?」
八進の運転をしながら、ナーンが聞き返す。
「ママじゃあるまいし、暫くの生活費くらいあるよ」
その言葉にナーンが溜息を吐く。
「ママと一緒に旅してた時は、何故かよく生活費無くなったねー」
強く頷きトーウが言う。
「本気であちき達生き残ったのは、パパ達の努力成果だよね」
それを聞いて、前回手に入れた、八百刃が打った神剣を抱きしめて、寂しそうな顔をするセーイ。
「しみじみしてるけど、ピンチじゃ無かったの?」
ベッドに横になりながらホークが言うと、トーウが慌てて言う。
「借金の返済が間に合わないんだよ。このままじゃ利子が膨らんでくよ!」
その言葉に、ナーンが大きな溜息を吐く。
「格安の利子で貸してもらってるのにね」
「一応、親戚だから無利子でも良いと思うわ」
ホークの呟きにトーウが首を横に振る。
「無理だよ。いくらママの子孫と言っても、二百年以上前の話だよ。周りが納得しないよ」
セーイの横に座っていた子猫姿のソウがぼやく。
『当人達に通じたのは、ヤオが定期的に借金していたからだって言うのが泣けるね』
何も言えない四つ子達。
「とにかく、このままだと利子が利子を呼び、雪達磨式に増えて行っちゃう。なんとかしないと」
拳を握り締めて宣言するトーウ。
「丁度、次の街が見えてきたよ」
ナーンの言葉にトーウが立ち上がり、宣言する。
「この町で、がむしゃらに働いて、借金を減らすぞ!」
「頑張る!」
片手で運転しながら拳を上げるナーン。
強く頷くセーイ。
「それなりにー」
一人やる気が感じられないホークにトーウのチョップが決まる。
トーウは、バイトを探しに、町に入った。
「貿易の町だけあって、活気があるね。頑張って働けば借金が減るぞ!」
意気込むトーウであったが、意気込みに反して仕事は見つからなかった。
「うーん困ったなー」
トーウの呟きに、傍に居たチビ竜、空道竜のクウが心配そうな顔をする。
「大丈夫、いざとなったら、多少の恥しい思いも我慢して働けば大丈夫だよ」
そして決まった、職場とは、……。
「いらっしゃい!」
バニーガール姿で、酒場の呼び込みをするトーウ。
店の思惑とは完全に異なり、少女が無理に色気を出している姿に同情した、町のお父さん達が酒場に入っていく。
「あまり知り合いには見せられない格好だね」
トーウはそう言いながらも一生懸命に呼び込みを行っていると、数人の男達に囲まれる。
「嬢ちゃんよ、そんな格好して、男を呼んでるんだ、その気があるんだろう?」
トーウは溜息を吐く。
「困ったものだ」
「さあこっちに来い!」
トーウは、男の手を逃れると、一目散にお店に逃げる。
「あちきは、セーイと違って複数の男相手に立ち回りする気は無いよーだ」
そんなトーウの前に酒場の店長が立っていた。
「えーと今、外に困ったお客さんが居て、一時的な避難を」
トーウの肩を店長が掴み言う。
「こっちに来るんだ」
その一言に、トーウが嫌な物を感じて、素早く体を沈めるとドアから外に出る。
「やっぱりまだ居た」
舌打ちをするトーウの前に店長が迫る。
「何で逃げるんだい?」
大きな溜息を吐いて振り返るとトーウは、自分の勘違いに気付く。
「最初っから、あちきを捕まえる事が目的だね」
絡んできた男達に言うと男達は無反応だったが、それこそ返事だった。
「狙いは何?」
「八百刃が打った神剣」
その声は、男達の後から聞こえた。
男達の壁が割れて、一人のローブを羽織った男が現れる。
その胸に光る、九盾のシンボルを見てトーウが納得する。
「なるほどね、テロリストが武器としてママの神剣を手に入れようとして、一番個人戦闘力が低いあちきをターゲットに選んだって訳だね?」
「無事に神剣を手に入れたら、開放する。約束しよう」
その言葉に、トーウが答える。
「馬鹿にしないで欲しいな。あちきは、八百刃様の代行者だよ」
男の一人に体当たりをする。
「小娘の体当たりでよろけるとでも?」
不敵な笑みを浮かべる男。
しかし、トーウは笑顔で言う。
「無防備に受けるのは、馬鹿の証拠だね」
トーウはなんとその男を踏み台にして、反対側から迫ってきた男達の壁を飛び越えて疾走する。
「逃がすな!」
ローブの男の号令で追撃が開始される。
「逃げるのは正直簡単だね」
気配を消して、男達が通り過ぎるのを見送りながらトーウが呟く。
「八進に戻れば、セーイやホークが居るから勝つのも難しくない。でも、相手はそれを知ってるって事は裏があると思っていいよね」
トーウは一番高い建物にあがり、八進を止めてある付近を見た。
「予測通り、物凄い警備、それも八進からで気付き辛い配置。相手も考えてるね」
「八百刃の代行者を相手にするのだ、用心の上に用心を重ねている」
後ろから聞こえるローブの男の声に、トーウが溜息を吐く。
「確かに、用心のし過ぎは無いけどね。でも九盾にママの神剣を渡すつもりは無いよ!」
右手に『東刃』の文字を浮かばせるトーウ。
「正しい戦いの護り手の代行者が、自分の意思で戦って良いのかな?」
ローブの男の言葉に、トーウが微笑を浮かべる。
「あんたの言ってることは半分あたり。でも大きな勘違いしてるよ」
「勘違い?」
その言葉にトーウが断言する。
「あちき達は、ママの代行者、ママの神剣を護るのもその役目の一つである。力の使用が可能だって事!」
チビ竜、クウに右手を向けてトーウが唱える。
『東刃の名の下に、その力を解放せよ、空道竜』
真の姿を取り戻した、空道竜が、円を描く。
『八百刃の神名の元に、代行者、東刃が求めん、空道竜が造りし道を通り、八百刃獣よ、御力を示し給え、万毒蠍』
空道竜の作った、通り道から、巨大な蠍の八百刃獣、万毒蠍が召喚される。
『何ですかその格好は! 私達は貴女にそんな格好をさせる教育はしていません』
バニーガール姿だった事を思い出して、顔を赤くするトーウ。
「これには複雑な事情がありまして」
万毒蠍が気を取り直し言う。
『元気していましたか?』
トーウが頷く。
「バンパパも元気そうで良かった。今回は仕事じゃないから、お金は出せないの」
万毒蠍は、予測していた風な感じで答える。
『解っています。だから、通常世界で医者をやっている私を召喚したのでしょう。召喚の代償であるお金は私が立て替えて置きましょう』
嬉しそうに微笑むトーウ。
「ありがとうバンパパ」
怯むローブの男。
「八百刃獣を召喚されては、勝ち目は無い」
逃げに入るが、逃がす万毒蠍では、無かった。
その尾の針が、ローブの男に突き刺さる。
『さあ、お前の仲間を全て呼び出せ』
マント男は、催眠術に掛かったように、万毒蠍の言うとおりに仲間を呼び集める。
九盾に従っていた男達に、万毒蠍が記憶を操作する特殊な毒を打ち込み、敵対行動をとらないようにしていく。
そんな中、最初に尾針を食らったローブの男が、いきなり硬直する。
「拒絶反応?」
トーウの言葉に万毒蠍が首を横に振る。
『気をつけるのだ、来るぞ』
マントの男が弾け、そこに一人の男が現れる。
「流石に、代行者の相手は無理だったか」
その男を見て、トーウの目付きが鋭くなる。
「あんたは、九盾のボスだね」
「その通りだ、この男の質量を使ってここに出てきた。大人しくしろ、我々の目的は八百刃を滅ぼす事。その為に必要な神剣の入手が最優先にする。その為に代行者と交渉する余地は十分ある」
真九が淡々と告げる。
「そっちにあってもあちき達には無い! ママを殺そうとしてる奴を見逃せますか!」
トーウは、右手の『東刃』の文字をクウに向ける。
『東刃の名の下に、空道竜よ、その力で、全てを砕け、空壊』
空間を打ち砕く凄まじい衝撃波が、真九を襲う。
「残念だがその力は私には通用しない」
周囲の建物が瓦礫と化す中、真九は平然と立って居た。
「うそ?」
驚くトーウ。
『下がっているのだ、トーウ』
万毒蠍が、トーウの前に立塞がる。
「八百刃の力の一部たる、八百刃獣。丁度良い機会だ、ここで減らしておこう」
真九が腕を振るうと、万毒蠍が弾き飛ばされる。
『馬鹿なただの人間にこんな力がある訳が無い』
「バンパパ!」
トーウが叫び、万毒蠍に近づく。
「止めをささせてもらおう」
真九の手が万毒蠍に向けられる。
それを見て、トーウは万毒蠍の前に立塞がる。
「バンパパを殺させない!」
『危ない、逃げるのだ!』
万毒蠍が叫ぶが、トーウは首を横に振る。
「バンパパを置いていけない!」
真九は少し躊躇した後言う。
「大人しく人質になれば、その八百刃獣を今は殺さない」
その言葉に、悔しげにトーウが頷く。
「解った。大人しくついていく」
『止めるのだ!』
万毒蠍が叫び、動かない筈の体を動かして、トーウの前に出る。
『お前達に何かあったら八百刃様がどれだけ悲しむか解っているのか!』
万毒蠍の言葉にトーウは涙を流しながら言う。
「でも、バンパパが死んだら、あちき嫌だよ!」
戸惑う万毒蠍。
「時間稼ぎなら止めてもらおう。急がなければ殺す」
真九の宣告に、トーウが動き出そうとした時、上空から声が聞こえた。
『時空神、新名と狼打の血を引きし我が求める、空間を切り裂く狼なりし剣を我が手に、空狼剣』
真九が舌打ちをして大きく後退した次の瞬間、空間そのものが切り裂かれる。
トーウが上空を見るとそこには、整いすぎた顔をした、馬に跨る青年が居た。
「ようやく見つけたぞ、真名教の残党」
真九が目を瞑り告げる。
「今回は諦めましょう」
同時に消えていく真九。
「また逃げられたか」
少しだけ苛立ちながらも、冷静に言うと青年は、トーウの方を向く。
「大丈夫か、トーウ」
トーウの事を知っている様な話し方に、トーウが首を傾げていると万毒蠍がいう。
『お久しぶりです、新狼様』
トーウが手を叩く。
「パパ達が話してくれた、マザコンな新名様の使徒」
新狼の頬がひきつる。
「お前達は、そんな事をトーウ達に教えていたのか?」
万毒蠍は視線をそらしながら答える。
『ホークが喜ぶので、主に白牙様が』
新狼が拳を握り締めながら言う。
「あのクソ猫、今度あったらただじゃ済まさん」
「でも、新名様の使徒がなんで、真九を追っていたんですか? それに真名教の残党ってどういう意味ですか?」
首を傾げるトーウに新狼が言う。
「九盾は、二百年前に滅びた、前主神、真名様を崇拝した真名教を母体にして生み出された組織なのだ。真名様が滅びてから勢力がかなり衰えていたのだが、ここ最近、九盾として勢力を回復し始めていた。その中心人物がさっきの奴なのだ」
「九盾って意外と大きな組織だったんですね」
トーウの言葉に新狼が頷く。
「新名様は、崇拝するだけなら構わないと言っておられる。しかし親父が、八百刃に対する報復としてもおかしいと言うので、調査をしていたのだ」
「でも、真名様って確かママに滅ぼされたから、報復としてはありなんじゃないの?」
トーウの疑問に新狼も頷くが、その肩に乗った亀の魔獣、萬智亀が答える。
「八百刃様が真名様を滅ぼしたと言う情報は、神や神名者なら知っているが、事が事だけに、人に伝える事は禁じられている。間違っても普通の人間が知っていい情報ではないのじゃ」
トーウの視線が鋭くなる。
「情報ソースは、あの真九って奴だね。あいつは何なの?」
新狼は肩を竦める。
「謎だ。数年前に突如として現れて、衰退していた真名教を九盾として再構成して、その指導者となったらしいが、過去の経歴や、どの様にして先ほどの様な力を得たのかは不明だ」
トーウは、真九が消えた方を見て呟く。
「何かが起ころうとしているね。この世界の根本を揺るがすような何かが」
新狼も強く頷いた。
「恥しくないか?」
新狼が呆れた顔をして、ナース姿で呼び込みをするトーウに言う。
「バンパパに借りてるお金も返さないといけないんだから仕方ないんですよ!」
どんな状況でも、お金稼ぎを行うトーウであった。