歪み Distortion
「音楽の方向性の違いがきっかけで、バンド解散しました!」
「なんつーテンプレ的な・・・」
夕日のまぶしい夕方の下校道。
私は幼馴染の赤也と一緒に学校からの帰路についていた。
「だってさぁ、美紀子が突然ロック方面に行きたいとか、紗千はレゲエがやりたいとか言い出して・・・」
「・・・バンドでレゲエは厳しくねか?」
「凜乃に至っては民謡がやりたいとかさ、みんな統一感ってものがなさすぎなんだよ!」
「民謡はギターじゃなくて三味線な」
私はついさっきまで、同じ高校の仲間でバンドを組み、放課後の音楽室で演奏をしていた。
けど、みんなのやりたい音楽が違ったことが判明し、今さっき解散してきたところ。
「・・・ってかさ、結局そのバンド、結成から何か月めでの解散よ?」
「・・・7日?」
「短いにもほどがあるッ!!」
赤也のツッコミが夕日にこだまする中、私は一人、物思いにふける。
・・・元は美紀子が音楽アニメにハマり、それがきっかけで私は巻き込まれる形でこのバンドに加入した。
紗千も凜乃も同じく。
・・・けど。
結局は長続きしなかった。
ロック、レゲエ、民謡。
方向性の違いもいいところだと思う。
「ってかさ、そもそもバンドで民謡とかさ、普通ないよね!?」
「まぁな・・・民謡はさすがに・・・ねぇな」
「だよね!」
ギターやドラムで民謡とかさ・・・すごくシュール。
「やっぱりバンドと言ったらクラシックでしょ!!」
「・・・いや、それもねぇよ」
次の日。
「昨日の夜、学校裏の国道で事故があり、2年1組の秋月赤也さんがトラックにはねられ、今日の明け方、亡くなりました・・・」
朝、学校の全生徒が体育館に集められ始まった緊急集会。
その内容は、とても信じがたいものでした。
「うそ・・・」
昨日、一緒に下校していた赤也が、
幼稚園時代から一緒だった赤也が、
私の幼馴染の赤也が・・・
「また、秋月さんをはねたトラックはそのまま逃走、今なお行方不明ということで・・・」
重い空気の中、校長の一言一言が体育館の中に響きわたる。
「秋月さんの葬儀の日時等は後日、秋月さんのご家族から後に・・・」
「まさか、秋月がな・・・」
「昨日はあんなに元気だったのに」
「まだ俺、あいつに貸したゲーム、返してもらってねぇよ・・・」
集会終わりの教室。
クラスメートの突然の訃報に、クラスはざわついていた。
「赤也、どんな気持ちだったんだろうな」
「マジ、痛そうだよな・・・」
「なんかさ、はねられてからしばらくは意識あったらしいぜ」
「うわっ・・・地獄やな」
クラスのみんなは小さな声で、回りの友達とコソコソ話。
私はそんな中、一人机の上に伏せていた。
・・・クラスのみんなは、デリカシーってモノがないの?
そんな、死んだ人の事を面白半分に語ってさ。
「でも赤也もさ、運がなかったよな」
「ってか、なんであんな夜に国道なんかに?」
「しらね。深夜徘徊とか?」
「じじいかよ」
・・・ふざけてる。
みんな、ふざけてる。
「でもさ、まだ赤也引いた犯人、捕まってないんでしょ?」
「らしいな。まじコェ~よな」
「・・・赤也の死は、これから始まる連続ひき逃げ事件の、ほんの序章に過ぎなかった・・・ってか?」
「スクープだスクープ!」
・・・なんか、何も考えたくなかった。
多分私、もうこのクラスの人、誰一人友達だとか思えなくなる。
最悪。
みんな、赤也の事をなんだと思っているの?
このクラスに、人を思いやる気持ちとか・・・皆無だわ。
「・・・おいナツ」
・・・後ろから。
私の背後から、私を呼ぶ声が聞こえた。
「・・・おいナツ、聞こえてんのか?」
・・・この声は
「おーい、ナツさんやーい」
・・・聞き覚えのある、この声は
「・・・聞こえてんだろ、熊瀬夏奈!!」
「・・・うっさい」
私の背後にいた・・・奥名美紀子は笑っていた。
「なにしょぼくれているのさナツ! 元気出しなって!」
「・・・無理」
「なぁーにが無理よ! たかが―――ひと一人死んだくらいでそんなに落ち込んでさ」
「・・・っえ?」
私は思わず顔を上げた。
今・・・美紀子、なんて言った?
「いいナツ、地球にはね、何十億という人が暮らしているのよ? その中のたった一人がいなくなったくらいで、そんな落ち込むとかさ・・・」
「・・・美紀子、あんた今なんて・・・ッ!?」
「ナツさ、あんた少し神経質になり過ぎなんじゃないの? たかが一人よ? たかが・・・秋月赤也一人よ?」
「美紀子・・・あんた・・・」
「・・・なににらみつけてんのよナツ、あんたちょっと落ち着きなって。ナツは・・・」
「うるさいッ!!!」
私は椅子から立ち上がった。
「・・・何、ナツあんた、もしかして秋月の事、好きだったとか?」
「・・・黙れ」
「・・・バカじゃないのあんた? そんな、ひと一人死んだくらいでさ、そんなめそめそしちゃって。人間なんて地球には腐るほどいるんだからさ、好きな人くらい、また新しく探し出せば・・・」
「うるさい黙れッ!」
「・・・秋月赤也は死んだの。それは運命、当たり前、死んで当然・・・」
「・・・ッ!!」
次の瞬間には、私は美紀子を殴っていた。
「・・・セカイは変わるッ、ココロが無くなり、気持ちが無くなり、なにもかもが無くなって、最後に1つ、生まれるのだッ!」
・・・ここは、どこだ?
「生まれるのは何かな? 感情かな、ゆとりかな、心情かな?」
・・・ここは
「・・・おっ、目が覚めたかい? ・・・おはよう、少年」
・・・お前は・・・誰だ?
「わたくし、神と申します。みんなの神様です!」
神様・・・だと?
「イエス神様、僕神様!!」
・・・・・・。
「・・・君、自分の名前、分かる?」
・・・名前・・・か?
「そう名前!! ゆーあーねいむいず・・・?」
・・・俺の・・・名前・・・。
「・・・わからないかい?」
・・・わからない
「ホントにぃ?」
・・・わからない。俺は・・・誰だ?
「・・・キミはね・・・『時の渡車』に運悪く引かれ、魂だけ異世界に飛ばされてしまった、哀れな少年だよ」
・・・時の・・・渡車・・・?
「そう! ここは・・・空間の狭間。あの世界やこの世界、あっちの世界やこっちの世界、すべての異世界・・・パラレル・ワールドを結ぶ、中間地点さ!」
・・・え?
「君は元いた世界で何等かの理由により、『時の渡車』に引かれ、こうして肉体と記憶を失い、魂だけこの世界・・・空間の狭間に来たのさ!」
・・・はぁ
「まぁ、突然こんな事言われても分からないよね。だから簡潔に話すよ」
・・・・・・。
「キミが『時の渡車』とぶつかった事により、君の元いた世界は時空の軸からずれ、他の異世界の時空軸とぶつかってしまった」
・・・・・・だから?
「で、2つの世界がぶつかり、そして合体し、1つの世界として、この時空に誕生してしまったんだよ!」
・・・・・・。
「その2つの世界・・・1つは君のいた、感情や気持ち、良心のある、平和で人間が一番生き生きと暮らしていた地球」
・・・もう1つは?
「もう一つは・・・同じく人間は存在するものの、良心や思いやり、労りが無く、命を軽く見るような、残酷な人間が生息する地球さ」
・・・。
「この2つの世界が合体し、この地球は・・・残酷な人間と良心な人間がくっついた・・・不思議な世界になってしまった」
・・・不思議な・・・セカイ
「・・・そこで君に頼みがあるんだッ!!」
・・・頼み?
「そう、頼み!!」
・・・何を?
「簡単さ! 君にはそんな地球に降りてもらって、くっついた2つの世界を引き離し、もとの2つの世界へと戻してほしい!」
・・・はぁ!?
「多分、今地球に『時の渡車』が君にぶつかった拍子に壊れ、どこかに止まっていると思う。君はその『時の渡車』を再度動かし、この空間の狭間にまで持ってきてほしいんだ!!」
・・・なんと、まぁ。
「キミには地球で行動できるよう、君の魂が元々入っていた肉体に似て作らせた仮の肉体を用意してある。元々の肉体は『時の渡車』にぶつかった拍子に壊れ、もう使いものにならないくらいに大破しているからね」
・・・つまりは、元の俺の肉体は・・・
「死んでいる事になってるね。ついでいうと、君の存在自体、死んでることになってるからさ!」
・・・マジでか
「マジだよ! 『時の渡車』は多分、見れば一発で分かる。追突場所から見るに、日本の関東地方のどこかにあると思う」
範囲広ッ!!
「・・・そしてもう一つ、言っておく事がある」
あれ、まだ俺行くとは一言も・・・
「もう一つ、それは・・・今、その地球に存在する人間についてだけども・・・」
「きゃッ!!」
私は美紀子を殴ろうとして、隣の席の紗千に止められていた。
「ちょっ、離して紗千ッ!!」
「・・・落ち着きなさい、夏奈」
「紗千っ、離して!」
「・・・いやよ」
「・・・っえ!?」
その瞬間、私は体から力が抜け、そのまま床に崩れ落ちた。
「夏奈、どうしちゃったの? たかが・・・赤也君一人死んだくらいで、そんな・・・」
「・・・紗千」
私はその時、初めて自分の体が小刻みに震えていることを知った。
「・・・ナツさ、なんかおかしいよ。どうしちゃったの?」
「夏奈、別に赤也君一人くらいさ、簡単に忘れようよ」
そして、気づいた。
「・・・どうしたんだ熊瀬のヤツ?」
「なになに? 喧嘩?」
「なんか、夏奈が秋月一人死んだくらいで取り乱しているらしいのよ」
「マジで? マジ意味わかんね」
「たかが一人だろ・・・」
「夏奈、頭イカレタか?」
「熊瀬が壊れた!!」
・・・クラスのみんなが、軽蔑の眼差しで私を見ている。
そして、飛ぶ批難の声。
「・・・おかしいよ」
私は、ポツンと呟いた。
「人が・・・死んでんだよ!? しかも同じクラスの・・・赤也だよ!? なんでみんな・・・そんな平気そうに・・・」
「だって平気だもん」
「・・・ッ!?」
そう答えたのは、赤也と一番仲の良かったクラスメートの・・・半田くん。
「別にさ、赤也がいなくなったって、他に友達はいっぱいいるし・・・ねぇ」
「・・・そんな」
もう、頭がおかしくなりそうだった。
「別に、秋月赤也がいなくても世界は廻るの」
もう言葉が出ずにへたれ込んでいる私のそばにやってきた、美紀子。
「秋月赤也は、もういらないの」
「・・・・・・」
そして・・・
「でね、それと同じで・・・あなた、熊瀬夏奈も別にいなくなったって、みんな構わないのよ」
「・・・えっ?」
次の瞬間・・・
ズブリ・・・
「・・・っ!?」
私の横腹に、衝撃が走った。
痛み・・・焼けるような、裂けるような・・・痛み。
・・・始めは何が起きたのか、分からなかった。
けど・・・
私は見た、そして気づいた。
私の横腹、制服のブレザーの上から深々と刺さる、銀色に鈍く輝く・・・
「ぅあっ・・・ッ!!」
声が・・・出なかった。
痛み、驚き、絶望・・・
「・・・バイバイ、ナツ」
いつの間にか、私は床の上に倒れていた。
そっと痛む脇腹に手を当ててみると、その手は一瞬で真っ赤に染まる。
「ぁっ・・・ぅぁっ・・・」
苦しい。
息が・・・
「ナツは・・・おかしいのよ」
美紀子・・・
「人はいつしか必ず死ぬものよ? なのに、そんな命1つにこだわって、バカじゃないの?」
違うよ美紀子・・・
「・・・夏奈、いつかは終わる命。そんなのにいちいち動揺していられるほど、人間はバカじゃないのよ」
紗千・・・そんな・・・
「じゃあね夏奈。あなたの死体はカラスのエサにでもするわ」
ああ・・・
なんなんだろう、これ。
命って、そんなに簡単にどうこう出来るモノなの?
人の死って、簡単に忘れられるモノなの?
人間って・・・
そして、目の前が真っ暗になった。
「人の命ってのは、そんな簡単なモノじゃない」
・・・・・・・。
「人は・・・共に生きて、生きて、生きるからこそ、人を・・・命を、共に大切にしようと思えるようになるんだ」
・・・・・・・ぅっ。
「まぁそんな事、命の無いお前らに言っても分からないか」
・・・この声
この声は・・・
「ぅっ・・・」
私は、重たい瞼を、ゆっくりと開いた。
そこには・・・
「ぁ・・・か・・・や?」
「・・・秋月・・・赤也ッ!?」
美紀子は驚いていた。
突然、いま教壇の上に音もなく現れた少年。
その姿は・・・
「よぅ、『人間では無いモノ』!!」
「ッ・・・!?」
秋月赤也・・・の言葉に、美紀子の表情は凍りついた。
「・・・ドンピシャか」
美紀子が動揺している中、赤也はそっと腰のベルトに備わっている木製の鞘から・・・青白く輝く刃を持つ、一振りの刀を抜き放ち、構えた。
「ひっ・・・そ、その刀は・・・ッ!!」
その刀の輝きに、クラス全員が怯え、震えだす。
「・・・2つの世界が合体し、新たに生まれた3つ目の世界。そこに住まうは・・・愛を持たない、人間に似た、けれども人間では無い、異形の存在・・・『人間では無いモノ』!!」
そして、赤也は教壇を蹴り、一気に跳躍。
目の前で固まる半田の前へ。
そして・・・
「お前らに、命など無い」
怯え固まる半田に向かい、赤也は容赦なく刀を振り下ろした。
「えっ・・・」
ズシャッ!!
次の瞬間には、もうそこに半田の姿は無くなっていた。
「・・・・・・」
その一瞬の出来事に、ただただ絶句するクラスメート。
「・・・よし。次はどいつだ?」
そして赤也は、そんな彼らを見て、そっと笑みをこぼした。
「うっ・・・」
鋭い痛みが体を走る中、私は目を開いた。
「・・・ここは」
痛む体に配慮しつつ、私はそっと体を起こし、辺りを見渡す。
そこは、学校の教室だった。
「・・・よっ、起きたか?」
そして、私の目の前には・・・
「・・・赤也?」
目の前には、死んだはずの・・・
「・・・あぁ」
「赤也・・・なの?」
「・・・あぁ」
「本当に・・・赤也なの?」
「・・・あぁ」
そして、
「俺は・・・お前の事を知らない、秋月赤也だ」
「・・・えっ?」
そう言って、秋月赤也は微笑んだ。
「俺はこの世界で生きていた赤也、そしてその記憶を無くした赤也でもある」
「・・・・・・」
言葉が、出てこなかった。
・・・記憶喪失?
「俺はただ、神様の頼みでこの世界を元に戻しに来た、ただそれだけだ」
「えっ、ちょっと・・・赤也ッ!」
もう、訳がわからない。
突然、赤也が死んで、
クラスのみんながおかしくなって、
私、刺されて、
そして、そんな私を死んだハズの赤也が助けてくれて、
そして・・・赤也は・・・
「・・・この世界に、今人間と呼べる者は俺とお前しかいない」
「えっ・・・?」
「本来人間など存在しないハズのこの3つめの世界に、なぜ片割れの世界の人間であるお前がいるのかは正直、分からない」
「・・・・・・」
赤也は真剣だった。
「俺は・・・『時の渡車』を見つけて、この世界を元の2つの世界へ戻してみせる。たとえ、この世界に生まれ、3つ目の人間と名乗る異形『人間では無いモノ』の妨害があろうとも」
「・・・あなたは」
この人は・・・赤也であって、赤也ではない。
なんか、そんな気がした。
「・・・ついて来い、熊瀬夏奈。お前を・・・いつか元いた世界に帰してやる」
「・・・・・・・」
「だから・・・今は、ただついて来い」
「・・・・・・」
1つだけ、この状況で分かった事がある。
それは・・・
「・・・・わかった」
赤也について行けば、全てが元いた世界・・・日常へと戻れることを・・・。