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TとUの理不尽クイズ

友人からの怪奇メール

作者: フィーカス

再び最初に書いておこう。

……光明寺さん、大変失礼いたしました(汁

 時刻は午後1時半。一般的なサラリーマン姿のTと、どことなくラフな格好の友人Uは喫茶店を後にした。

 店を出ると、5月の太陽が2人を照らしつける。さすがにこの季節の昼間にコートはないな、とTは着かけたコートを手に持った。

「ところでT、これからまた仕事か?」

 薄手なチェックの上着の袖をまくりながら、UはTに話しかける。

「いや、午後から半休を取った。ちょっと用事があったもんでな」

 半そでのシャツ姿になっても、Tはまだ暑いとばかりに手で顔を仰ぐ。

「ふうん、そうか。お前も大変だな」

「何を言う。お前も早く定職に着けよ」

 Uはフリーターで、もう30になろうかというのにいまだアルバイト暮らしだ。しかし、自由に生活している姿に、TはUを半分うらやましく思う。

「フッ、俺はまだまだ自由な生活がしたいんだ。別にフリーターだろうが正社員だろうが、生活資金に困らなければそれでいいだろ」

「そんなんだから彼女も出来ないんじゃないのか?……っと、失礼」

 不意に、Tの右ポケットに振動を感じた。すぐに収まったことから、携帯電話にメールが着信したのだろうということが分かった。

「……お、Y子からだ」

「おいおい、メアドの交換までしてるのかよ……」

 先ほどまで喫茶店で話していた、高校時代のクラスメイトであるY子からのメールと知り、TとY子はどこまで付き合いがあるのだろうかと興味津々だ。

「……で、何だって?まさか結婚してください、とかじゃないだろうな」

「何で俺にプロポーズするんだよ。第一、メールでプロポーズとかありえないだろ」

 ピッ、と、Tは届いたメールを開いた。

「えっと、何々?『F美ちゃんから妙なメールが来たの。U君も一緒でしょ?このメール、何のことだか分かる?』だってさ」

「何で俺が一緒だって分かるんだよ。あいつはエスパーか」

 F美はY子の高校時代の友人……のようだ。F美はTとUとも同じクラスだったが、Y子の友人関係はTもUも詳しくないので、はっきりは分からない。ただ、今までメールのやり取りをするくらいなのだから、かなり仲がいいのだろう。

「……まあ、それはいいとして、一体どんなメールなんだ?」

「えっとだな……」

 先ほどの本文の続きは、次のようになっていた。


 【山下の井上の家に、今から遊びに行くよ】


「……山下の井上?一体どういうことだ?」

「んなもん知るか。こっちが聞きたいわ」

 TもUも、一体これが何のことかさっぱりである。

「そういえば、F美ってどんなやつだっけ?」

「うーん、なんていうか……普通の女の子だったような」

「たしかに……これっていう特徴が思い浮かばないな」

 特徴がないわけではないのだが、他のクラスの女の子とどう違うかと言われると、ちょっと表現に困る。別に話しかけたことないわけでもないし、全然しらないわけでもないが、詳しくは両方知らない。

「お、TにUじゃないか。一体どうしたのだ?」

 二人が携帯とにらめっこしていると、遠くから声がした。

「おお、Kじゃないか。久しぶりだな。元気にしてたか?」

「まあな、今日は会社の創立記念日ということで休みなのだ。ということで、小説のネタ探しに、ちょっとここを100歩ほど散歩してたわけだ」

「近いなおい」

 KはTとUの大学時代の友人である。Uに負けず劣らずクイズやパズル好きだが、特に推理物が得意だった。

 と、Kが暗号文も大好きであることを思い出した。

「そうだ、Kよ、この文章、どう思う?」

「お、何だ?暗号か何かか?フッフッフ、それなら大得意だ。恐らく次男Sの小学校の宿題よりは解き応えがありそうだからな」

 早速、UはKに例の文章をみせた。

「どれどれ……な、なぬっ!」

 文章を見るなり、顔が引きつるK。

「えっと、あれか。つまり、TはY子ちゃんという子から、F美ちゃんという子から来たメールの解読をしてもらいたいっていうことだな」

「いや、だからそう書いているわけだが……」

 若干あきれ気味にKの顔を見るT。

「もちろん、問題となっているのはこの部分だ」

「山下の井上?つまり、山下君の彼女の井上さんってことじゃないのか?」

「それだったらそう書くだろ。それにわざわざ誰々の彼女とか書かないだろう」

 うぬぬ、と謎のうなり声を出すK。

「そうだ、R君に聞いてみてはどうだろか?彼ならきっと分かるに違いない」

「Rか……この程度の謎にやつを頼りたくはないが……」

 この程度、といいながらKは嬉々として自分の携帯電話を取り出すと、すごいスピードで文字を打ち始めた。

「Rよ、F美ちゃんという、友人の友人の友人から喪心で送信されたメールらしいが、この謎を君は解くことが出来るかな……っと」

「Kよ、自分で解けないのにその文章はどうだろうか。それに別にY子は喪心状態で送ったんじゃないと思うが?」

 Kのメール内容を覗き込み、Uはかみそりよろしく鋭く突っ込む。

「まあまあ、ここら辺は言葉の綾小路さんだよ」

「いみわかんねえよ。とりあえず、喪心したまま送信しなよ」

 Uの謎の駄洒落返しを食らいながら、Kは長男Rに送信をした。

「さて、Rばかりにいいところを取られてもアレだから、僕達で考えようか」

「まあ、そうだな。とりあえず、謎なのは"山下の井上"というところだ」

 KとUは携帯を覗き込みながら考える。そのそばで、Tはかばんから雑用紙を取り出し、メールの内容を書き写す。また会社の書類の裏紙だ。

「なあT、F美の友人関係とかわからないのか?」

 F美のことはあまり詳しくないが、少なくともなんらかのつながりが分かれば、それがヒントになるかもしれない。

「そうだなぁ……あ、そういえばこんなものが」

 Tは何かを思い出したように、かばんをごそごそと探し始める。しばらくすると、1枚の小さな紙切れが出てきた。その紙切れには何人かの名前が書いてある

「F美と親しい女性のリストだ」

「何で持ってるんだよ!」

「極秘ルートだ。Y子が何故か手渡してくれた」

「極秘じゃねーじゃねえか!」

 完全に突っ込み役に回ってしまったU。

「とりあえず、そのリストを見せてもらおうじゃないか」

 KがTから紙切れを取り上げ、広げてみせる。


 F美の親友リスト

田野村亜矢たのむらあや

山下美菜江やましたみなえ

枝之畠悠美えのはたゆみ

右沢藍那みぎさわあいな


「やっぱり、山下いるじゃないか!」

 Uが山下美菜江の名前を指差す。

「え、じゃあ山下美菜江が犯人か!?」

 同じく、Kも美菜江の名前を指差す。

「何の犯人だよ……」

 そして冷めた目で見るT。

「しかし、だとすると、井上って誰だ?」

 Kが再び携帯の文章を見る。

「えっと、F美って、たしか結構アイドルとか好きだったよな」

「ああ、井上陽水とか好きだったな。Y子にも、前CD買ったとかいうメールを送ったそうだ。だがそれだと意味が分からないぞ」

 UとTがF美についていろいろ考えていると、Kが別の推理をし始めた。

「フッ、なるほど。つまり、山下美菜江の井上陽水の家に遊びに行くということだ!何たる名推理!」

「ほう、それはどういう意味だね?名探偵君」

 意味不明な推理にすばやく突っ込むU。

「大体さ、女の子って苗字じゃあまり呼ばないよね。Y子もF美のことを下の名前で呼んでるし、F美も高校時代は友達を下の名前で呼ぶことが多かったぞ」

「そもそもF美は……」

 Tが言いかけたとき、Kの携帯電話の着信音が鳴った。

「お、Rからだ。どれどれ?」

 Kは長男Rから来たメールを開いた。


【この文章の意味は分かったけどさ、そのF美さんって、パズルとか暗号とか得意な人?】


「おのれRめ、デフォルトで答えを教えないところはいつもどおりだな」

 Kは携帯をパタンと閉じた。

「……っと、メールの内容だが、そのF美ちゃんは、パズルとか暗号は得意なのかい?」

 Rからのメール内容をそっくりそのまま伝えるK。気が付けば、あたりの人通りは徐々に少なくなっている。

「そうそう、それを言いかけたんだけどさ、F美って、別にこういう暗号とかは得意じゃなかったよな。勉強はそこそこ出来てたけど」

「ああ、そうだったな。ちょっと思い出した。結構おっちょこちょいなところがあったよな。弁当を父親のと間違えて持ってきたりな」

 あまり詳しくないと思っていたが、いろいろ話しているうちにTとUはF美について徐々に思い出してきたようだ。

「なるほど、じゃあRにそう伝えておこう」

 再び高速で携帯でメールを打つ、というか撃っているK。しばらくすると、ぽちっと送信ボタンを押した。

「……で、結局"山下の井上"が何なのかわからないわけだが、R君は分かったの?」

「ん、どうやら分かったらしいのだが……」

 返事が無い。ただの小学生のようだ、と呟くK。

「しかし、R君に負けるのもあれだな。ちょっと俺らでももう一度考えてみよう」

 と、再び文章とF美の友人関係を眺めるU。

「あ、これ、もしかして……?」

 何かに気が付いたT。

「うん、これだと意味が通じるな。しかしこれでも何か不自然な気が……」

「え、まじかよ」

「解答できたのかい?怪盗さん」

「何盗むんだよ!」

 謎のKの駄洒落に突っ込みを余儀なくされるU。

 と、同時に、Kの携帯電話が鳴った。


【なるほどね。だからこんな文章になったんだね。まあ、父さんは「山下の井上」が誰なのか考えてみればいいんじゃない?】


「相変わらずだなRよ……」

 さっさと答えを教えてくれ、友人が困っている、というような趣旨のメールをRに送り、Kは携帯を閉じた。



 さて、ここで読者の皆さんへ問題である。といっても、大した問題ではない。


【山下の井上の家に、今から遊びに行くよ】


 これがF美が出した暗号だとして、「山下の井上」とは一体誰なのかを答えていただきたい。

 ヒントとしては、F美の親友リストに挙げられた人物、あるいはリストに挙げられた人物に関係する人物である。わざわざ「リストに挙げられた人物に関係する人物」と書いたのはいろいろと察してもらいたい。

 しかし、文章中にもあるとおり、F美は暗号やパズルといったものにはあまり興味がないのである。では、何故F美はこのような暗号めいたメールをY子に送ったのか。それをいろいろ想像してもらいたい。

 あんまりごちゃごちゃ考えても仕方がないだろうから、分からなければすぐさまスクロールして読んでもらってもかまわない。「ああ、なるほど、そういうことか」と思えればそれで結構である。


 ある程度自分なりの怪盗な回答は出来ただろうか。あるいは、回答を諦めただろうか?


 では、スクロールして物語の続きを楽しんでいただきたい。










 Tは、雑用紙に書いた、メールと同じ文章をUとKに見せる。

「山下の井上、これが誰なのかってことなんだけど……」

 ふむふむ、とうなずくUとK。

「さっきF美の親友リストを見てたら偶然わかったんだけど、この中に"山下"で示される人物がいたんだよ」

「だから、それは山下美菜江だろ?」

 と、リストの美菜江の名前を指差すK。が、首を横に振るT。

「いやいや、そうじゃないよ。さっきも言ったけど、女の子は大抵、下の名前で呼ぶことが多いんだ。つまり、この"山下"が表しているのも、下の名前なんだよ」

 ほう、と相槌を打つK。

「えっと、リストの名前を並べると、亜矢、美菜江、悠美、藍那……か。で、どうしてこのうちの1人が山下なんだ?」

「ひらがなにしたほうがいいかな」

 というと、Tは同じ雑用紙に何かを書き始めた。


 亜矢→あや 美菜江→みなえ 悠美→ゆみ 藍那→あいな


「で、それから?」

「山下、つまり"山"の"下"ってことだよ」

「だからそれが……」

 と、Uが言いかけたが、

「おお、なるほど」

 突然Kが声を上げた。

「"やま"の下ってことか!」

「ご名答」

 そういうと、Tは再び何かを書き始めた。良く見ると、五十音表のようである。

「これを見ると分かりやすいかな。"や"の下は"ゆ"、"ま"の下は"み"だ」

「ゆみ……悠美ってことか!」

 おお、と感激するU。

「じゃあ"井上"も……」

「そう。同じ要領でやると、"い"の上は"あ"、"の"の上は"ね"ってことになるね。

 そういうと、分かりやすく雑用紙にまとめるT。

「ゆみのあね……悠美の姉の家に、今から遊びに行くよ、か!」

 なるほど、とすっきりした顔で文章を眺めるK。

「そうなるね。でもこれも不自然なところがあるんだよね……」

 しかし、Tは何か不満があるようだ。

「よし、じゃあ早速Y子に……」

 Uが言いかけた瞬間、Tの携帯電話にメールの着信があった。

「あ、Y子からだ」

 すかさずメールをあけるT。


【ごめん、さっきのF美のメールだけど、何か間違えだったみたい。正しくは……】


 そこまで読み、Tはゆっくりとメールをスクロールする。


【山形のいとこの家に、今から遊びに行くよ、だって。ごめんね変なメール送っちゃって】


「うわ、なんじゃそりゃ」

 そのメールを見てがっくりくるK。

「でも、だったら何でこんな間違いメールが届くんだろうな」

 と、Uは再び先ほどのメールと暗号めいたメールを見比べる。すると、

「ああ、多分こういうことだな」

 納得したのはTだった。

「え、何だ?このメールに隠された謎をあきらメールわけにはいk……」

 Kが言いかけた瞬間、Kの携帯電話が鳴り響いた。今度は着信だ。

「あれ、Rからだ」

 ピッ、と電話を取るK。

「Rよ、今は授業中じゃなかったのか?」

「今は昼休みだよ。大体、授業中だと分かっているなら、何でメールしてくるのさ。まあ、今回は父さんの友達の頼みだから、仕方なく謎を解いてあげたけどね」

 解いてあげたとは何事か、と内心思うK。

「ほう、そうか。だが、残念なことにあのメールは文章が間違っていたらしい。正確には、山形のいとこの家に遊びに行く、だってさ」

「ああ、やっぱりそんなことだったのか」

 あたかも分かりきっていたような言い草なR。

「なぬ、Rよ、これが間違いメールだということも知っていたということか?」

「もちろん。だって女の子って、苗字で呼ぶ人ってあまり多くないじゃない?高校の友達とかだったらなおさらだよね。しかもそのF美さんって、暗号とか縁が無い人だから、そんな暗号めいた文章をわざわざ突然送るはずが無い。送るにしても、一言"暗号考えたんだけど解いてみて"みたいなことを書くでしょ。そしたら、おっちょこちょいのあわてんぼうだっていうメールが来たから、そういう文章になっちゃったんじゃないかなって」

 さも当然なように、理路整然とした推理を行うR。それをKは呆然と聞くしかない。

「待て待て、そういう文章になったって、一体どうやったらあんな暗号文になるのさ」

「父さん、あの文章ってメールで送られてきたんだよね。だったらメールを打つときに便利な機能があるじゃない?それを思いっきり利用した結果だよ」

「便利な機能?……ああ、予測変換機能か」

「そういうこと。多分山下とか井上とかって、友達の名前とかアイドルの名前とか、そんなところじゃない?」

「……Rよ、オマエって一体ナニモノ?」

 何故かKの携帯からフッ、と声が聞こえた気がする。

「僕?僕は長男R君こと、光……おっと、Sちゃんが追ってきたようだ。それではっ!」

 そういうと、Rは電話を切ってしまった。


「ああ、やっぱり予測変換機能だったか」

「まあ、予測変換機能だよな」

 Kが電話を終えた後、TとUはそろいもそろって同じようなことを口にする。

「ま、まあ、なんだかんだで解決してよかったじゃないか。では僕はこの辺で」

 ヨメが私を待っている、とばかりに颯爽とKは立ち去った。何故か立ち去る姿だけは輝いていた。

 とうとうR君だけじゃなくてKさんも使ってしまいました。勝手に出してしまってすみません(汁


 しかし暗号というものは難しいものですね。

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