19~赤~
激しい銃撃がパラサイトの群れに降り注ぐ、掃討戦が始まりすでに二十分が経っていた。
倒したパラサイトの数はすでに百は越えている。こちらの損害はアレックスと群れに突っ込み撃墜されたトカゲの二名。もうそろそろ出撃禁止のデスペナが解けてアレックスが船から戻ってくる頃か。
エリナがそう考えているとアレックスが悪態と共に戦線へと復帰して来た。
「ちょっと酷すぎね? 俺いきなりデスペナ食らったんですけど! あと二時間半熟練度上がんないよ!」
「あんたがアホなこと言ってるからでしょ、それより早く援護しろ!」
デスペナルティー。
VUしてから追加されたシステムで大破及び撃墜されたプレイヤーは二十分の出撃禁止に三時間の熟練アップ停止が課せられる事になった。
「へいへい、分かってますよ……ったく内のお姫様はほんと我侭なんだからよ、ぶつぶつ」
アレックスが加わり援護射撃の厚みが増す。『黒猫の尻尾』一の狙撃手の腕は伊達では無い様だ。
それでも中々減らないパラサイトの群れ、掃討する前に弾薬やエネルギーが切れそうだ。
「ッ! また団子虫の集団が転がってきたわ! クマさんお願い!」
探査系BMを駆り、ヒュームの種族スキルで広大したレーダーで周りを監視していたミチェから情報が送られる。
団子虫の様なパラサイトの集団、二十体ほどが勢いよく転がってくる。
硬い体を高速回転させるその進撃は生半可な迎撃では押し止める事すら出来ない。
「了解~~そ~ら一斉発射だよ~~」
クマさんが駆る【オーガ】カスタムには一種類の兵器しか装備していない。
両肩に十六連装のミサイルポッド、両脚に六連装のミサイルポッド、腰の両脇には四連装×四のミサイルポッドを装備し、両手に携帯している武器もミサイル兵器という徹底振り。
ミサイル兵器は威力が大きいのが魅力だがゲームの特性上簡単に迎撃されてしまう。
一発や二発では効果が薄い、なのでミサイル兵器を装備するプレイヤーたちは自然と全兵装をミサイル兵器のみという構成になってしまう。
「うひょー、クマさんの怒りの一撃がきまったー!! たーまやー」
【オーガー】カスタムに残っていたミサイル十六発が一斉に降り注ぎ団子虫の集団を吹き飛ばす。
「ごめ~んミサイルがなくなったから船に補充してくるね~~」
「申し訳ありませんが私もライフルのエネルギーがきれました、補充してきます」
「嘘! 私ももう弾薬もライフルのエネルギーも切れるわ!」
クマさんレイと続きエリナも弾薬切れを起こしたようだ。
「ちょっ、クマさんはともかくレイとエリナはもっと気をつけろよ」
「しょっしょうがないでしょ、後から後から沸いて出てくるんだから、そこまで気を回していられなかったのよ!」
アレックスの言う事も尤もだが、エリナだって今まで必死に迎撃していたのだ、そんな余裕は無かったのだろう。
「二人とも今はそんな事を言ってる場合じゃないよ、僕が出来るだけ時間を稼いでみる。その間にエリナたちは補充を急いで、アレックス、ミチェ援護を頼む」
コウがそう言い放ち、ビームソードとビームライフルの二刀流でパラサイトの群れの前に躍り出る。
すでにパペットのエネルギーは三機とも切れており、残る武器はその二つだけ。
「わっ分かったわ、三人ともお願いね!」
「直ぐに戻ってきます」
「がんばってね~~」
三者三様の言葉を残し船へと急いで戻る、おそらく補充を済ませてここに戻ってくるまで五分は掛るだろう。
「やるしかないっすかー、しゃーねーいっちょ気張るかな」
「頼りにしてるよ」
コウの言葉にアレックスがへへっと照れ笑いを返す。なぜかコウに頼りにされるとその気になってしまうから不思議だ。
おそらくそれが天然人たらしと言われるコウの不思議な魅力なのだろう。
「二人とも、来るわよ!」
ミチェの言葉に意識を切り替える。
相手は十数単位の数で襲い掛かってくる。少しの油断で一気に押し潰されてしまいそうだ。
コウが動き出す! 相手は最低でも【ナイト】クラス、たとえビームソードの高威力でも一撃では倒せない。
それに【グレムリン】カスタムの機動力では相手を翻弄するような機動は出来ない。
それでもコウは揺るがずカマキリ型パラサイトの攻撃をビームソードでいなし、体勢を崩れた所にビームライフルの超至近射撃を撃ちこむ。
倒す事に拘泥せず、パラサイトの機動力を奪うことに終始する。
いなし、避け、結して囲まれる事の無い様に位置取りをする。アレックスとミチェの援護射撃でコウに迫るパラサイトの数を出来るだけ少なくする。
戦果は全く無い、ただの一匹すら倒せてはいない。だが数分間数十匹にも及ぶパラサイトの侵攻をただ三機で押し止める。
「くそっ、三人はまだ戻ってこないのか? いくらコウががんばってももう持たないぜ!」
「愚痴を言っても始まらないわ、もう少し耐えて!」
更に数分、ミチェのレーダーには殆ど数を減らしていないパラサイトの群れが映し出されている。
これは……少し甘く見ていたかも、フルメンバーで挑んでもいけるかどうか分からないわ。
「くっ!」
キメラタイプのまるでジェリー状になったパラサイトに足を取られ、動きが止まったところにカマキリタイプのパラサイトに吹き飛ばされる。
「コウ!」
ミチェもアレックスもかなり離れた岩山の後ろにいて、咄嗟にはコウのいる場所まで助けに行くことが出来ない。
複数のパラサイトが【グレムリン】カスタムを押し潰そうと今まさに跳びかかろうととしていた。
思わず体をすくませる。
しかし、想像したような衝撃は無く、逆に激しい銃撃音が盆地の入り口に木霊を返す。
「待たせたな!」
バララララララッッッ!!!
まるで怪物の咆哮のような音の暴虐があたりに迸る。
音だけではない、九十㎜パラメル弾が物理的にパラサイトを蹂躙する。
レイ、エリナ、そしてアキラの【グレムリン】カスタムが重厚なウェポン、ガトリングガンを装備してパラサイトの群れへと突き進んでいく。
激しい銃撃は数秒で百単位のパラサイトたちを駆逐していた。
射程は約五百メートル、一発の威力よりも数の暴力で敵を粉砕するウェポン。
重量が重く、持ち回りも悪いのでPVP戦や、探索行動には不向きだが今回のようなパラサイトの掃討戦には十全の効果を発揮する、アキラ特製のオリジナルウェポンだ。
「なにこれ、すごいすごい!」
「参りましたさすが我らのマスター、こんな使い所の少ない武器すらキチンと用意していたとは」
「わはははは、ガトリングガンは漢のロマンだろう!」
三機のガトリングガンがあれだけ居たパラサイトを駆逐していく。後ろにはクマさんの機体がいそいそと弾の補充をこなしていた。
見た目どおり弾の消費は半端が無いようだ。
「おしっクマさんラストはミサイル一斉射で決めてくれ!」
ガトリングガンの掃射が終わった頃には殆どのパラサイトが駆逐されていた。
残ったのは硬度の高い亀の甲羅を背負ったキメラタイプのパラサイトの塊が数十体居るのみ。
「いくよ~~」
クマさんののんびりとした合図と共に肩と脚に装備している約五十発のミサイル群がパラサイトに降り注ぐ。
激しい爆発の轟音、弾け飛ぶ亀の甲羅。
それでこの地域一帯にいるパラサイトの掃討は終わった。時間がたてばPOPするだろうが数時間の猶予は出来たということだ。
「間に合ってよかったよ、コウ、大丈夫か?」
アキラが未だに倒れて動かないコウの機体に寄りながら無事の有無をを確かめる。
それに対してコウは、
「ごめん、漏電みたいなスパーク現象がコクピットか――」
ちゅどーんといった爆発音を響かせながらコクピットからシートに座っている人影が空へと撃ちだされ、【グレムリン】カスタムは爆発し四散した。
ついでに爆発に巻き込まれたアキラの【グレムリン】カスタムも連鎖爆発する。
「「「「「…………」」」」」
皆ぽかーんとした表情で空を飛んでいくコウとアキラを眺めている。どうやら救援はギリギリの所で間に合わなかったうえ救援にきたはずのアキラも無残な結果になってしまった。
「あ~~、二十分ほど待ちますか……」
レイの一言がツボに入ったのだろう、誰からとも無く笑いが起こり瞬く間に伝染していく。
最後は締まらない結果となったが、これが『黒猫の尻尾』による【メイオフ】探索の第一歩だった。
キュィーーキュィ、ピッピッピッ
盆地を作り出している周辺の山でも一番近く小さな物の上に、『黒猫の尻尾』を見張る一機の偵察機が隠れている。
感情の無いはずの望遠レンズにはまるで獲物を見つけたハイエナのような気配が漂っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
惑星【メイオフ】には多種多様なNMが闊歩している凶悪なフィールドになっている。
それぞれの陣営の首星にいるNMはその惑星の特徴的な物しか存在していない。
たとえば【フィンリス】の緑豊かな首星【マシリアヌ】のNMはほぼ樹木型パラサイトしか居なく、自然とドロップアイテムも樹木系の物ばかりになってしまう。それでは他種類のレアドロップアイテムが手に入らない。
そこで、全種類のNMが揃っている惑星【メイオフ】がレアアイテムを求めるプレイヤーたちの狩場としてVU後開放されたのである。
「おーし、皆揃ったな。それじゃ【メイオフ】での注意事項を言うからしっかりと覚えてくれ」
トカゲ、コウ、アキラの出撃禁止が取れようやく【メイオフ】探索の準備が整う。
ちなみにガトリングガンは船に戻している。アレは探索やNM戦ではあまり役に立たない。
「先ず気をつける事は道中余計な敵に引っ掛からない事だな、基本だけど特に【メイオフ】は気をつけないと一瞬で数十対のパラサイトに囲まれてしまう」
下手に摑まってしまうと、またパラサイト相手に掃討戦をしなければいけなくなる。それでは弾薬やエネルギー、推進剤がもたない。
「次に気をつけるのは他プレイヤーたちだな、相手も俺たちと同じでレアアイテムを狙っている、邪魔者は居ない方がいいに決まっているからな。赤陣営でもここじゃ敵と思った方がいい」
戦争などのイベントやミッションでもない限り、同じ陣営でもPK普通に出来る。他陣営だろうが自陣営だろうが敵は敵だ。
「特に白陣営の『白鋼騎士団』は要注意だ、あいつらは自分達で倒せないNMは他のプレイヤーが戦っているのをわざわざ待って横取りするのを繰り返しているらしい」
かなり悪質な行為だが禁止されている訳ではない。ただゲーム内での評判は地に落ちるだけだ。
「マスターしつもーん、たしか『白銀騎士団』って百単位でメンバーいなかったっけ? そんな奴らが倒せないNMなんて居るの?」
アレックスの疑問も尤もでそれだけの数を動員すれば大概のNMには勝てそうなものだが。
「それだけどな、【メイオフ】には一匹だけ厄介なNMが居るらしいんだ。名前は【アーモン】全長百五十メートル、体型は人のシルエットをしていて背中にこうもりの羽、顔は悪魔を連想させる顔らしい」
そこで一旦話を切る。誰も質問は無いか確かめ更に説明を続ける。
「クラスは恐らく【マザー】で『ヴァルハラ』が二百機かき集めても倒せなかったらしい」
七人の顔が驚きに染まる、二百機で戦っても勝てない敵が居るだなんて信じられないと言った顔だ。
「【アーモン】の厄介な所は特定のNM相手に大人数で戦闘を始めると何処からとも無く飛んでくるところだ。恐らく二十機がボーダーラインらしい」
「つまり大人数によるNMの独占を防ぐ為の敵なんですね?」
少し納得のいった表情でレイが質問の形を取りアキラの説明に補足をつける。
「多分そうだと思う、なので今は横取りをする奴らが出てきてるという状況だ」
「はーー、それで『白銀騎士団』に気をつけろになるんだな、騎士団のくせにやってる事は山賊か盗賊でね?」
「全くだな、まぁ多かれ少なかれそういう奴らは大昔のMMOから存在したって言うし、こちらとしては相手がちょっかいを出してくる前にドロップ品を回収すればいいだけだ」
そうまとめて次の話に移る。
「それじゃ本題な、今日挑戦するNMは【ピュトン】て名前の亀系のパラサイトでクラスは【クイーン】出来れば武器か外装パーツが出ればいいんだけど今回の狙いは【変色した高純度クリスタルの甲羅】が目的だ」
「おいおいマスター、【クイーン】クラスを八人で行くのか? かなり厳しいぞ」
【クイーン】クラスの討伐には大体三から五部隊が必要だ、人数にして十五から二十五人ほど、八人では最低人数の半数しか居ない事になる。
「大丈夫だ、【ピュトン】は数が多くても倒しにくいパラサイトなんだよ、必要なのは次々と生み出される雑魚を掃除出来るぐらいの火力と、ピンポイント射撃を長時間続ける事が出来る射手だ」
一斉にアレックスの方へと視線が集まる。
「おっ俺?」
◆ ◆ ◆ ◆
距離にして三十キロ、時間にして約二十分。雪原ステージの移動のし難さに加え、パラサイトたちとの無駄な戦闘を避けるために行軍速度はかなりスローペースとなっていた。
「酷い吹雪だね、アキラ、【メイオフ】は何時もこんな天候なのか?」
まさか、と少し苦い顔をして、
「今日の天候が悪いだけ、晴れと吹雪きで半々ぐらいだ」
「二分の一か、それならしょうがないな」
「しょうがなくなんかないよー、なんでゲームなのに寒いんだよ!」
そう、寒いのだ【メイオフ】は、外の気温はマイナスを下回っている、Nスーツは保温性に優れているので耐寒温度は十度程度だが、五月の気候になれた体には厳しい物がある。
「いいじゃねーか、夏になったらクーラーが要らなくなるぞ」
がはははっとトカゲがオヤジみたいな笑い声をあげる。
どうやら寒さには強いらしい。トカゲ面なのに……
「皆止まって! 北北西距離二キロ先にプレイヤーの機体反応が二つあるわ」
ミチェのレーダーにプレイヤーのマーカーが現れたらしい。
吹雪という悪天候なので最大八キロ先まで探査できるはずのレーダーもその精度がかなり落ちている。
「二キロか、結構近いな……よし、コンタクトを取ってみよう。ミチェ何処の勢力か分かるか?」
「ええ、青陣営の機体よ、オールラウンド系の【タートル】と探査系の【ドルフィン】、カスタムしているかどうかは分からないわ」
レーダーには赤いマーカーの下に青色のワッカが点滅していて、その色で所属陣営が何処かは分かるようになっている。
どうやら青陣営の二機もこちらに気づいた様で、じっと動かず様子を探っているようだ。
「あーあー、こちら赤陣営の『黒猫の尻尾』だ、こちらに戦闘の意思はない」
とりあえず共通通信で呼びかけてみる、すると相手からの返答が帰ってきた。かなり砕けた感じの返答が。
『あれ? もしかしてアキラ? 僕だよ僕、タクマ。なんだよー脅かすなよービックリしたじゃないか』
あははーといった暢気な声が帰ってきた。
「何? マスターの知り合い?」
「ああ、【メイオフ】の情報を流してくれた『ヴァルハラ』の三人居るサブマスの一人だ。おいタク、こっちにこいよ」
エリナに返事をし、同時に青陣営の機体に呼びかける。
『分かったー、ミズキ僕の知り合いだったよちょっと寄り道して行こう』
もう一機のプレイヤーと話をしているようだ、相手の返事は共通通信では無いので聞き取れないがこちらに移動しているので問題は無いみたいだ。
『いやーアキラ久しぶり、最近BMO情報通信に来ないから心配したよ、少しだけ』
「少しだけかよ!」
『いやさ、ワンオフ機を作るーて言ってたからそっちに篭ってるのかと思って』
「ああ、一応目処がついたんでな、今日から材料集めだ。そうだ、タクマも暇なら一緒に行かないか?」
『あっごめん、今日は友達と待ち合わせしてるんだ。またこんど誘ってよ』
「そうか、それじゃまた今度一緒にNMでもしよう。あーとっ一応俺たちは今から【ピュトン】退治にいくから被る様ならすまんが時間をずらしてくれ」
『了解ー、それじゃもう行くね』
「おう、またなー」
がしがし話が進むので途中で何か言葉を挟む事が出来ずに会話が終了する。
「あいかわらず~マスターの顔はひろいね~~」
「そうか? 情報を集めていると自然と知り合いは多くなるけどな。っとそれじゃ行こう、【ピュトン】がいる場所はもうすぐそこだ」
「「「「「「了解」」」」」」
コウたちから離れる事五キロ、探索に特化させた白陣営の機体【エアリエル】から通信が送られる。
「リーダーの予想通りあいつら【ピュトン】退治に行くみたいだ」
『そうか、偵察ご苦労さん。僕たちは用意をしてから落ちる。合図は任せた』
「了解」
通信を終え、ギルド【黒猫の尻尾】の面々に気づかれないようにあとをつける。
【エアリエル】に搭乗しているプレイヤーの顔は楽しそうに嗜虐的な笑いを浮かべていた。




