13
今ケイジロウは自身の部屋にて正座をしている。
別段誰かに怒られたわけでもなく、精神修行をしている訳でもない。
六畳間ほどの部屋に勉強机とベッド、部屋の真ん中にガラスのテーブルにクッション。
机の上にはノートパソコンが一台。
部屋はわりかし綺麗に片付けられている。
いつもと変わらない自分の部屋。いつもと変わるのは目の前にシャワーを浴びたばかりのケイジロウの服を着た瑠璃がいるだけ……
どちらもカチコチになっていた。
何故こんな状況になっているのか、それは昨日のボス戦の後にまで時間が遡る。
◆ ◆ ◆ ◆
少佐へと階級アップする為のミッションボス、【ユルルングル】。倒してから分かった事なのだがクラスはクイーンであり、普通なら三から五部隊で挑戦するような強敵だった。
「だーっ、いつもながらボス戦はギリギリだなー」
パイロットシートに凭れ全身の力を抜きながら今の状況を端的に言葉として出す。まさにギリギリの戦いだった。
八人――いや、七人全員がやる事をキチンとこなしたから勝ち取った勝利。ケイジロウとラピスの二人が活躍したとはいえ、他の五人が居なければそもそも戦いにすらならない。
「確かにこれはきつかった、まさかもう【クイーン】クラスが出てくるとは思わなかったよ」
セイもケイジロウに同意し、今回の敵が【クイーン】クラスだったと言う。
BMOは倒した敵の情報をブックタイプのデーター管理デバイスに特徴やクラスが書き込まれるようになっている。おそらくいまデーターブックを開いて見ているのだろう。
「んー今回も長い事時間が掛ったわね、もう夜の八時になりそうよ。一度東前線基地に戻りましょうか」
「そうですね、遅くなりましたけど晩御飯の支度もありますし私とピスカは戻ったらログアウトしますね」
ラピスもマーナも今回はここまでで終わりにしそうだ。
「おーい、ドロップアイテムはどうする? クリスタルと素材しか落ちてないけど」
武器や外装パーツは残念ながら今回は無かった。
「それも含めて一度基地に戻ってから話し合わないか?」
「了解だ、それじゃ俺が拾うな」
ケイジロウが巨大なクリスタルと【高純度の銀塊】をイベントリの中に放り込む。
「それじゃ戻りましょう」
ラピスがそう言い、帰還用アイテムを使ってログポイントに戻る。それを境にセイ、マーナ、ケイジロウと続き、激戦を終えたフィールドはその姿をゆっくりとデーターの海へと溶け込ませ消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「あっ戻ってきた! お帰り!」
東前戦基地のログポイントに飛ぶと、直ぐにピスカの声が迎えてくれた。
「ただいま」
お帰りと言うのもただいまと言うのも少し変だがピスカもラピスももう慣れたもので、その事を気にするそぶりもない。
「おお、ラピスさん申し訳ありません。まさか真下から襲われるとは、このジャック一生の不覚でした!」
「んまぁきにすんなってジャック、そういう事もあるある、俺らは皆の勝利の為に礎? になった、いわば功労者といってもいい立場じゃん」
申し訳ないと謝るジャックの横に見知らぬプレイヤーが調子のいい事を言っている。
「ジャック君のことはしょうがないとしても、キョウジの場合は余所見でリタイアだろう? 少しは反省をしてくれ」
どうやらセイの知り合いのようだ。おそらく途中でリタイアした二人の内の一人だろう。
「だってしょうがないじゃね? 蛇腹剣とかめっちゃ欲しいし?」
なるほど、あの赤い【コンダードゥ】に乗っていたプレイヤーか。
どうやら自身の生態データーを使っているみたいで、赤い髪は肩近くまで伸ばしパーマをかけていて、全体的には整っているが、チャライ雰囲気が台無しにしているタイプだ。
「あっとすまない、こいつがキョウジで向こうに居るのがシーナ。二人とも私と同じギルドに所属しているBMOでの仲間だ」
「よろしくー」
「よろしくねー」
壁に寄りかかりスポーツドリンクらしい物を飲んでいるブラウンの髪の女性プレイヤーが、セイの紹介で手を振りながらこちらと挨拶を交わす。
もうすでにピスカとジャックとは打ち解けているみたいだ。
ケイジロウたちも自己紹介を済まし、またもや痛い二つ名を指摘されいつものごとく違うと強固に否定をする。
ドロップアイテムはクリスタルをセイたちが、素材をケイジロウたちがもらう事で話が付き、そして今後どうするかを少し話し合う事になった。
「私たちは明日から惑星【メイオフ】の探索をしたいと思っているんだが君たちもこないか? 一緒に来てくれると心強いんだが」
悪い話ではない、未踏の地を行くのなら人数は多いほうが安心できるし、ゲームの中という枠組みならセイの人柄は信用できる。
ケイジロウたちはこの話を受けてもいいんでは、と思っていたが、一人ラピスは……
「ごめんなさい、明後日から丁度中間テストが始まるの。流石にテスト期間中まではゲームよりテストに集中したいから……」
私立出雲高等学校の中間テストは少し遅めの五月末から始まる。学生の本分は勉強、とまでは考えていないがそれでもテスト期間中ぐらいは勉強を優先しなければ、とは考えている。
「「あっ!」」
どうやら男二人は確実に忘れていたようだ、流石に大丈夫だろうかと心配になってくる。
「もしかして忘れていたの? その様子じゃ全く準備なんてしてないでしょう」
頭を掻きつつ苦笑い、全く持って言い返す言葉がありません。
「もしかして君たちは同じ学校かい? それにしてもテストがあるならしょうがないね、私たちは先に【メイオフ】の探索をしておくよ、よかったらテスト期間が終わったらでもいいので後で合流してくれると嬉しい」
引き際をわきまえている、ゲーム仲間として付き合っていくには得難い人物だ。
その後はお互いフレンド登録を済ませて今日のところは解散。テストがない又は終わったマーナとピスカはセイたちと一緒に【メイオフ】へと行く事になった。
◆ ◆ ◆ ◆
何時もの様に屋上に上がり四人で昼食を取る。
何時も通り瑠璃はインスタントラーメンを持参していた。瑞樹は流石に栄養が偏るのではと少し心配し始めていた。
「それでさ、明日からテストだけど今日からこの四人でテスト勉強をしないかい?」
何時もなら勉強のべの字も言わない男がいきなりそんなことを言い出した。ケイジロウと瑞樹は空を見上げ雪? いや槍だろ? と振ってきそうな物を予想する。
「なんだよ、僕が勉強会をしようって言うのがそんなにいけないか?」
むっとした顔で心外だと訴える。しかし、今までそんなことは言った試しがないのだ、何か下心があるとしか思えない。
というより下心しか見えてこない。
タクの顔には女の子と勉強会、これを機に一気にお近づき! と書いてある。
ぶすっとむくれだす瑞樹を見て、ケイジロウは、あ~あと手で顔を覆い天を仰ぐ。
「私は別にいいわよ、やるとしたら何処がいいかしら、図書館?」
いそいそとスーパーカップ2000! を食べていたので瑠璃は瑞樹の表情は分かっていなかったみたいだ。
「学校の図書館は今人が多いし駅までは遠いからここは僕の家……」
「あー、そうだな、タクの言う通りだ、だから俺の家でしようぜ!!」
「うっうん、そうよケイの家に行きましょう!」
タクに最後まで言わさずケイジロウが自分の家を提供、それに瑞樹がすかさず賛成する。
口をパクパクしながらも勢いに呑まれタクもそれに承諾する。瑠璃に反対する理由も無く突発的に決まった勉強会はケイジロウの自宅にてする事になった。
チャイムが鳴り午後の授業すべたが終わった放課後。
「それじゃ先に行ってるな」
「あっ待って、瑠璃ちゃんはいこれ。明日のテスト範囲と数学、理科、社会のノート」
「有難う瑞樹、持つべき物は友達ね。それじゃ先に行ってるわね」
タクと瑞樹は委員長会議とやらに出席しなければいけないらしい。
時間はテスト前ということで二十分ほどの短い会議だが待つには長いので先に行ってテスト勉強を始めていてと言うことだ。
瑠璃は転校してからまだ数日しか経っていない上、進み具合もこちらの方が早いので瑞樹のノートを借りて遅れている分の補強をするのだ。
瑞樹とタクの二人と分かれ、ケイジロウの自宅へと歩いていく。
何時もは気にならないはずなのに、自分の家へと瑠璃と一緒に帰ることになぜか落ち着かない。
誤魔化すように気になった事を尋ねてみる。
「そういえば何時から瑞樹と名前を呼び合うようになったんだ?」
「ひゃっ、なっなに? 瑞樹と呼び合う名前?」
ケイジロウとしては自分の落ち着きの無さを誤魔化す為に尋ねたのだが、なぜか瑠璃も挙動不審だった。
「いや、何慌ててんだ?」
慌ててる人を見るとなぜか自身は落ち着く。挙動不審な瑠璃を見て、こいつも俺と同じで二人きりなのを気にしているのか? いや、まさかなと首を小さく振る。
「なっ何でもないわ、瑞樹と名前で呼び合ったのは昨日からね。席も近いし色々お世話になってるし、私からお願いして下の名前で呼び合うようになったの」
そうか、とケイジロウは納得する。これもひとえに瑞樹の人徳だなと。
瑞樹はよく気がつき人の世話をするのが好きなタイプだ。クラスでも委員長としていろいろな事を文句一つ言わず楽しそうにこなしている。
そんな瑞樹にクラスの連中も好意的で、経った二月で皆から頼りにされる委員長として認識されている。
身長が低く、小さな体躯を小動物のように動かす様は和む、といわれてマスコット扱いにされている節もある。
ちなみに、瑞樹がタクのことを憎からず思っている事はすでにクラス中の知る所であり、ケイジロウがタクを副委員長に推薦したら、満場一致で可決されたのは言うに及ばないだろう。
そんな瑞樹やタクのことを出汁にして気まずい雰囲気を脱出すると、何か冷たい水の塊がケイジロウの額を直撃する。
「つめて!」
空を見上げても、青空に白い雲が浮かぶばかりで雨雲一つ見つからない。それなのに冷たい水の塊は大きな粒となって二人を激しく叩き出した。
「おいおい、嘘だろ空は晴れてるぞ!?」
突発的なスコール。激しい雨粒はケイジロウの文句を物ともしない。
「ちょっと、このままじゃびしょびしょになっちゃうわ、ケイジロウの家はまだ?」
「走ってあと五分だ」
その答えに近くに何処か雨宿りできる場所はないかと周りを見回すが、丁度コンビニや、テントの張ってある家屋もなく激しいスコールを凌ぐ事が出来る場所がない。
「しょうがないから走るぞ!」
通学カバン(ぺッタンコ)を頭に翳し走り出す。
「ちょっちょっと!」
仕方ないので瑠璃もケイジロウの後を追い走り出す。カバンは出来るだけ濡れないように両手で抱えて隠しながら。
「何やってんだ、せめてカバンで顔ぐらい隠せ、前が水で見え難いだろ!」
「カバンの中に瑞樹から借りたノートが入ってるのよ! 濡らすなんて出来ない!」
少し迷ったが咄嗟に思いつく事がない。仕方ないのでそのまま家へと走り出す。
きっちり五分、ケイジロウの家に着いた時にはあれだけ激しかった雨足も弱くなっており、あと数分もせず止みそうだ。
はっきり行って運が悪いとしか言えない。
「だーーびしょびしょだ」
家の扉を空けながらケイジロウが中に入る。とりあえずバスタオルを二枚取り出し一枚を瑠璃へと渡す。
「ッ!!」
雨に打たれてびしょ濡れなのでブレザーを脱いだ瑠璃の姿は制服が体にぴったりと張り付き、ピンク色の胸を覆う何かがケイジロウの目の中に飛び込んでくる。
咄嗟に顔を横に向けたがその姿は無駄に使っていない脳にインプットした後だ。
「あっあれあれだ、風呂場はそこの廊下の右側にあっあるから!!」
「!!」
今の自分の姿に思い至り顔を真っ赤にしながらお風呂の脱衣所に駆け込む。
ケイジロウは反応しそうになっている一部分を抑える為に念仏を唱えながら二階にある自室へと着替えに上っていく。
体は雨で冷え切っていたが、頭は雨の御蔭で沸騰しそうになりそうだった。
ケイジロウは自室で服を脱ぎ、バスタオルで体を拭き終えてから着替える。ふと思った事は瑠璃には着替えがないという事だ。
仕方無いので母親の部屋へと行くと……
『ただ今戦国武将伝へと旅立っております。部屋に入るなら命の保障は出来ません。桃色忍者より』
という張り紙が張ってあった。
「……頭の中身までピンク色になってんじゃねーぞ……」
あの母親なら本気で何かの罠が仕掛けていても可笑しくはない。
まさか父親の服を出すわけにも行かず。仕方ないので自分の服を着替えに脱衣所まで持っていく。
三回ほどノックをして「着替えを持ってきた」と言ってから扉を開ける。
ザーーというシャワーの音、曇りガラスの向こうには見慣れないシルエットの人肌が……
ブンブンと首を振って洗濯籠の方へ目を向けると、そこには女子の制服が収まっており、薄っすらと見えたピンクの……
ガタガタ! と音を立てて慌てて着替えを置き外へと脱出する。
しっ刺激が大きすぎる!!
ケイジロウが「部屋は二階の突き当たりだから」と言い残して逃げてから数分。カチャという音が扉を開き、ケイジロウの服を着た瑠璃が恐る恐るといった風に入ってくる。
「おっお待たせ」
「おっおう」
ケイジロウは入ってきた瑠璃に目を奪われる、濡れた黒い髪、湯上りのように色ずいた肌、なぜか顔は赤く瞳は潤んでいる。
ケイジロウの黒のポロシャツにジーンズ、腰周りが細いのでベルトをぐるぐる巻きにしてずり落ちないようにしている。
ジーンズの丈は丁度いいみたいだ……身長差五センチのはずなのに。
「どっどうしたのよ?」
急にガックリと崩れたケイジロウを不審気に見つめて、対面のクッションにポスンと座る。
自分のカバンを開けて雨で濡れてないか調べているようだ。
「よかった、中は濡れてない……」
どうやら瑞樹のノートは無事らしい、よほど濡れないように気を使ったのだろうあれだけびしょ濡れだったのに。
「そっそれじゃ始めようぜ」
「そっそうね」
お互い教科書とノートを出してテスト勉強を始める。
科目は数学、数字の羅列を眺めているうちに気持ちが落ち着き……などと言う事は無く、先ほどからどうしても瑠璃の姿態に目が行ってしまう。
数分経ってもケイジロウの手が全く動かない事に気づき、
「何処か分からない所があるの?」
と瑠璃が聞いて来る。まさか見惚れてましたなどと言えるわけも無くどうにか誤魔化そうとして。
「こっここが全く分からなくてさ」
と適当に嘘を付く。
どこ? と教科書を覗き込んでくる。
ちっ近い、顔が! しかも胸の谷間がチラリとおおおおぉぉぉぉ!!
焦ってシャーペンを瑠璃の方へと落としてしまう。
何やってんのよ、とシャーペンを拾う瑠璃、そこに慌てて拾おうとしたケイジロウの手が重なり。
「「――ッ!」」
お互いの真っ赤になった顔が真正面にあり、そして……
「ケイ! 来たよー勝手に上がるねー」
「お邪魔します」
どちらも物凄い勢いで離れ、クッションの上に正座しカチコチに固まったのであった。
その後、ドタバタと上がってきたタクと瑞樹が部屋に入って来て、瑠璃の姿を見て二者二様の反応を示し、瑞樹は瑠璃を連れて自宅へと着替えに連れて行く。
「なぁケイ、物は相談なんだけどあの服僕に売ってくれないか?」
「おまっ何言ってんの? 売るわけないだろう!!」
「独り占め!? ずるいよ!」
「うっうるせっ、あれは俺の服だから俺のだ!」
むっきぃぃぃぃと男二人が取っ組み合いを開始する。
それから五分、少し落ち着いた色合いの服を着た瑠璃と瑞樹が戻ってくる。瑞樹の服では少し小さいので母親の物を着てもらったらしい。
そして勿論、
「あっケイ、服はちゃんと洗濯して返すからね」
と瑞樹の無慈悲な宣告に。
「「ですよねー」」
とガックリと肩を落とすのだった。




