06
ステージⅩ。
そこは吹雪き舞う氷雪ステージ。そしてその中心には五十メートルほどの巨体が静かに鎮座している。
頭部は鷲、胴はライオンのような体をしており尻尾は蛇がうねうねと揺れ顔をこちらに向けている。背には荒々しい大きな翼が生えていた。
「参ったな、あの巨体でもしかしたら飛ぶのか?」
参ったといいながらその顔は鋭くキメラパラサイトを観察している。
どう考えてもまともにやり合えば勝てるような敵ではない。しかし、それでもすでに三人はクリアしているのだなにか方法があるのだろう。
そう、たとえばパラサイトの弱点である核を潰すとかが……
「あった……首の付け根に大きな核があるな。あそこまで大きく分かりやすい場所にあるなら障壁タイプかな?」
パラサイトの【ビショップ】クラス以上になると核にも二種類に分かれる。一つは従来の当てれば一撃で倒す事が出来るもの。ただしこれはかなり見つけ難く、また体内にある場合はそれ相応のダメージを先に与えなければ発見できない潜伏タイプが殆どだ。
そしてもう一つが障壁タイプと呼ばれるものだ。比較的簡単に見つける事が出来核自体もそれなりに大きい。
が核に見えない障壁が施されていてその障壁を壊す事が出来なければダメージを与える事が出来ない物が障壁タイプの特徴だ。
「よし、いこうか」
そう自分に言い聞かせ【グレムリン】カスタムを走らせる。その背中から取り付けられていた三機中二機のパペットが前方に躍り出る。
何度もグルグルと交差を繰り返し円を描いて肉薄するパペット。それに気づいたキメラが巨体を起こし吼え猛。
『GIGAAAAAAAAAAA!』
全長五十メートルの巨体から比べると、大きさ二・五メートルのパペットはまさに羽虫のようだ。苛ただしげに巨大な前足を振るうが、その直前に二機のパペットが左右に弾け前足は何も無い空間を通り過ぎる。
まさに虫のようにパペットを首元に纏わりつかせ核の障壁へとショット形態でダメージを与えていく。
「流石に硬いな。モードチェンジ、ソード!」
パペットがショット形態からソード形態へと移行する。今まで解き放っていた光の粒子を今度は三メートルほどの長さに留める。
十五メートルほどのBMからすれば自由自在に動かす事が出来る短剣が二本出来上がったようなものだ。二本の短剣型ビームソードと【グレムリン】のビームライフルが的確に障壁へとダメージを与え続ける。パペットを追い払う事を諦めたのか、鷲の顔がコウの機体へと振り向く。
来る! そう思った瞬間機体を左へと跳ばす。五十メートルもある巨体とは思えない素早い跳躍がつい先ほどまでコウが居た場所を積もった雪と共に地面を吹き飛ばす。
「ッ!」
激しい衝撃が機体のバランスを崩し、パペットのコントロールが乱れた。
フラフラと揺れるパペットはキメラの蛇の尻尾に叩き落され爆発する。残る武器はビームライフルとビームソード、そしてパペットが一つ。
背中に搭載している最後のパペットを飛ばしキメラの首元へ、核の障壁へと突き刺す。
バチバチッと黄色いスパークが迸る。もう少し!
鷲の眼光がギラリと光り、 緑のドロッとした何かがコウへと襲い掛かった!
「しまっ――!」
緑の酸性の液体を機体の半身に浴び、爆発の衝撃がコウに襲い掛かった!
レフトアームが弾け跳び、レッグも半ばまで溶け落ちる。これではもう素早い移動は不可能。
ならばと動く事を諦め覚悟を決め最後の猛攻に全てを賭ける!
「落ちろぉぉおお!」
正確な射撃が障壁へと熱線を浴びせ続ける。止めを刺そうと飛び掛るキメラ!
そして……
バリィィィィィンというガラスが砕ける音が響き、最後のパペットが核へと突き刺さる!!
『GIGAAAAAAAAAA!』
空中を跳躍しながら悲鳴を上げ、崩れていくキメラ。その巨体は僅かにコウをずれて真横へと地面に叩きつけられる。
激しい衝撃と撒き散らされる雪が収まった時、キメラは完全に崩れ去り影も形もなくなっていた。
「ふぅ、どうにか勝つことが出来たか」
パイロットシートに凭れかけ、画面に踊るステージクリアーのロゴをなんとはなしに眺める。
まだまだ……だな、ホワイトファントムならきっと無傷でクリアしているはずだ。こんな事で苦戦して居る様じゃ追いつけない。
やはりスピードが欲しい。ワンオフ機か……自分でどうにか出来ないのがもどかしいな。
シュッと開くハッチ。
「ああ、外に出ないとな」
そう呟いて、よしっと活をいれ外へと抜け出す。
シュッと言う音と共にコウがシミュレーターから外に出る。
するとそこには、大勢のプレイヤーたちの興奮に彩られた歓声とそれに伴う熱気の渦で爆発していた。
『出てきたぞ!』『すげーよあんた、今の見てたぜなんだよあれ!すげーよあれ!』
『ハンドルネーム教えてください、私前からファンだったんです』『嘘言いなさいよ、あっあたし今日からファンになりましたフレンドになってください』
後から後から見知らぬプレイヤー達がコウを取り囲み次々と話しかけてくる。
はっきり言って一種のホラー体験をコウはしていた。外に出てみれば興奮に染まった顔で次々と襲われるのだ、これをホラーと言わずに何と言えるのだろうと。
「オラァァァ! 部外者は寄ってくるんじゃねー!!」
「そうそう、関係ない人は遠慮して貰えるかな?」
『黒猫の尻尾』のドラゴニュート、トカゲとヒュームのレイ、そのほか三名のメンバーが有象無象のプレイヤーたちを押し返す。
『ふざけんな黒猫!』『そうよ、オーボー!』
「ああぁ? ざけんな! 散れ!」
暴力行為は基本禁止されているので数の差があっても今だ均衡しているが、さすがに支えきれる物ではない。
困惑しているコウの手を掴み、
「こっちよ!」
と引っ張り外へと抜け出す。
手を掴んだ人物の正体はエリナだ、その他アキラと二名のGMが付いてくる。
「うっし、入り口で俺が少しは足止めしとく、後よろしくっ」
少しキザな仕草でエルフィンの青年が指を二本立て、額に翳す仕草で四人を見送る。
「フッ、さーてきな子猫ちゃんた――ちょっこれ無理――ギャァァァァァ!」
おそらく一秒ほどしか持たなかったのだろう、興奮しきって歯止めが利いていないプレイヤーたちにおしたおされ踏みつけにされているようだ。
怪我などはしないので大丈夫なのではあるだろうが。
「チッ本当アレックスって役に立たないわね!」
「そういわないの、あれでも私たちの愛するお調子者なんだから」
コウの手を引っ張り走るエリナの呟きに兎の【ワイルディー】姿の少女が応える。
銀髪のロングヘアーに柔らかな顔立ちをした少女だ、メリハリの効いたプロポーションを恥かしげもなくぴっちりとしたNスーツで包んでいる。
その姿で走ると色々な所が弾んで流石に直視できずにコウは顔を逸らす。
走る事十分。基地の中でも死角となっている格納庫の裏に来ていた。
流石にこんな所まで追いかけてくるプレイヤーも居ないらしい。
「はぁ、やっと巻けたわね」
「そうね、流石にあの数は危険ね」
「だなー、まさかあんな事になるとは思わなかった」
エリナ、ミチェ、アキラと言葉を繋げる。
三人とも今の騒動が可笑しかったのか顔には幾分と笑いが含まれていた。
「確かに、いきなりあんなことになってビックリ、というより怖かったかな?」
「だよねー」
コウの言葉にエリナが頷く。その態度は仲のいい友人に対するそれだった。おそらく先ほどの騒動を一緒に抜け出したという連帯感みたいな物がそうさせているのだろう。
「所でエリナはいつまでコウ君の手をにぎっているのかな?」
「え? ……ほわっ!!」
咄嗟の行動でコウの手を取り走り出したのだが、気づいてみればなかなか大胆な行動だったかもしれない。
顔を真っ赤にして素早く手を放す。
「うん、エリナが手を取って引っ張ってくれたから助かったよ。有難う」
「~~ッ!」
コウの素直な謝辞にさらに顔を赤くするエリナ。
意地が悪い顔をしてミチェもアキラもニタニタと笑っている。それに気づきジロリと睨むが、逆にその態度は可愛らしくしか映らなかった。
効果なしと諦め、それならばと「ゴホンッ」と一つ咳払いをして態度を改める。
「あんた――コウは凄かったよ、あれだけの物を見せられたら認めない訳にはいかない」
「有難う、そう言って貰えると嬉しいよ」
エリナの言葉に素直に嬉しがるコウ、その怜悧な美貌からは想像できない柔らかな笑顔は男女訳隔てなく魅了するものだった。
アキラ曰く、『コウは天然の人たらしだよ男女関係なく吸い寄せる』
その笑顔を真正面から叩きつけられたエリナはまるで餌を欲しがる鯉のように口をパクパクとさせる事しか出来なかった。
「エリナ」
ミチェの声で正気を取り戻す。「ううぅぅ、こいつ苦手だ」と呟くがゴホンと気を取り直して。
「とにかく、コウのギルド加入を歓迎するわ」
照れ隠しにエレナはそう言って右手を差し出し握手を求める。
……が、コウはすこし首を捻って。
「いや、ギルドに入るとかは考えていなかったよ」
などと場をぶち壊す事を言い放った。
「へ?」
と声を洩らすエリナ。
「「ぶふっ!」」
と噴出すミチェとアキラ。
一時停止していた思考が再稼動されるにしたがって、自分の恥かしさがだんだんと認識できるようになってくる。
ぷるぷると震え、真っ赤になっていく顔を俯かせる。
「いや、うんやっぱり入れてもらえるかな『黒猫の尻尾』に」
そういってエリナの手をにぎにぎと握り返すコウ。
フォローのつもりだったのだろう、がそれはまさに逆効果であって、エリナの羞恥心は天井を突き破り空の彼方まで急上昇。そして、
「あっあんたなんてだいっ嫌いよ! バカーーーー!!」
「「ぶふっはっっっ!!!」」
堪えきれず大笑いをしだすミチェとアキラの声をBGMにうわーーんと泣き逃げ出す。
そしてコウはというと。
なぜ走り去ったのだろうと首を傾げるのであった。




