05
「ワンオフ機?」
「そうだ、ホワイトファントムに勝つなら赤陣営の機体じゃ難しいと思う。色々調べたけど【スワーロゥ】って機体のスピードはBMO内最高クラスで赤どころか青ですら追いつける機体がなかった。そこでワンオフ機だ」
赤い土煙が舞い、視界が塞がれパラサイトの動きがつかみ難い。ここは軍事惑星国家【ダリス】の首星【へリタリス】、その辺境に位置する赤土の荒野と呼ばれるパラサイトの本拠地。
そこにたった二機の機体が――いやほぼ一機の機体だけで回りに群がるパラサイトを撃破している。
石田光成――ハンドルネームKouseiが操る【グレムリン】カスタムと、それを少し遠方で援護する【ゴースト】カスタム。
「僕も自分でBMOの事をそれなりに調べてみたけれど、ワンオフ機なんて何処にも載っていなかったよ?」
コウセイ――コウの言う事は間違ってはいない、ワンオフ機は普通のプレイヤー用のコンテンツではないからだ。
「コウが知らないのもしょうがない、というよりも殆どのプレイヤーが知らないと思うぜ。なんせワンオフ機の事はテストプレイヤーの中でも将来本気でゲームクリエイターやエンジニアを目指している十代から二十代のプレイヤーたちの為に用意された特殊なコンテンツだからな」
(それにしても相変わらずコウの天才ぶりには舌を巻いちまうな、もしかすると【グレムリン】のままでもホワイトファントムに勝っちまうんじゃねーか?)
左手にビームライフル、右手にビームソード、そして三機のサテライト・パペット。それだけの装備をすでに使いこなし、襲い掛かるパラサイトを見つける端から瞬殺していく。
距離三〇〇メートルから八〇〇の敵はビームライフルで的確な射撃で撃ち落とし、それより内に進入してくるパラサイトは三機のサテライト・パペットが撃ち、斬り、防ぐとという出鱈目振りだ。
「それで、ワンオフ機だと速度面でも対抗できるのか?」
コウの鮮やかな動きに見惚れていた渡辺明――アキラがコウの言葉で正気に戻る。
「あっああ、ワンオフ機はカスタムとは別次元の製造系でな、遠距離主体や耐久力主体とかの枠組みが一切ない、簡単に言えば製作者の腕次第でどんな機体も作る事が出来るんだ。勿論BMO内のルールに従ってと付くけどな」
元々ワンオフ機の情報は、ある程度の知識と技術がなければその存在すら気づけないように、情報をわざと規制しているコンテンツであって、ゲームをプレイして楽しむではなく、ゲーム製作の一部に携わって楽しむ又は技術を磨くという人向けに用意された物である。
「……それって何だか相当難しそうに聞こえるんだけど……」
ヘルメット越しにでも分かるほどしかめっ面を作りややこしそうだな、とため息をつく。
「ああ、俺もゲームクリエイターを目指してるし、実は前からワンオフ機の製作には取り掛かって居たんだよ。ワンオフ機はフレーム以外は全て一から自分で設計、製作しなきゃいけない」
そう言ってパラサイトを全滅させこちらに戻ってくるコウに、ワンオフ機を作る為の基本設計の仕方をメールで送る。
「うわっ、なんだよこれ!」
コウに送られたメールには数百という数の、おそらくBMの部品と思われる一覧が載っていた。
大きな物では一本丸々のアームが、小さい物ではなんと螺子の一本まで、多種多様な部品が網羅されている。
「それでもまだ一部だぜ? その部品群を組み上げていって完成した設計図を元に、ラボにある特殊シミュレーターを使って機動実験を行う。空気抵抗や摩擦係数、物理法則に相対理論。BMO内で使われる法則に則って製作しないといけないんだよ。それでも出来上がった機体が従来の量産品より性能がいいとは限らないけどな」
ヘルメットを外し、頭を左右に振りながら手で押さえる。どうやら想像だけで眩暈に似たものに襲われたようだ。
「大変というより本当に出来るのか? それは」
「まぁな、一度自力で情報を集めたプレイヤーには自宅のPCでも設計だけは出来るようになっているから絶対に無理でもないぜ? ワンオフ機に挑戦する奴ってのは程度の差はあっても皆それなりの技術は持っているからな」
もう少し詳しく聞いてみれば機体の部品は全部で三万百三個ほどもあるとか、しかも部品一つをわざわざ最初から作る事も出来るらしい。
そんなある意味ドMなことをする人種はそういうことが好きで好きでたまらないへんた――変わった性格をした人間で、そういう人間だからこそそんな技術と情熱を持っているのだろう。
「でもねアキラ、そんな特殊な機体を貰ってホワイトファントムと勝負をして勝てたとしても、それは機体性能の御蔭にならないか?」
すこし潔癖症の気があるコウはそんな反則じみた行為に抵抗があるようであまり乗り気ではないようだ。
確かにそうなってはコウの実力だけではなく、機体の性能での勝利になってしまうだろう。
だが、アキラの考えはそんなのは相手が機体を手に入れる努力をしなかった又は出来なかっただけであり、コウは偶然とはいえそんな機体を手に入れるチャンスがあるのだから手に入れるべきなのだ、という考えをしていた。
これはスポーツや武道をしている、どちらかというとスポーツマン精神のコウと、技術や知識を高め、勝負事はどんな事をしても勝たなければいけないと考えているアキラとの差が如実にでていた。
かといってコウほどのパイロットをアキラが他に知っているわけでもなく、自分が作る最高傑作に天才といっても過言ではないパイロットが乗り華々しい戦果を挙げるというチャンスを逃す気はないようだ。
「バカだなー、よく考えて見ろよ。白陣営でホワイトファントム以上のパイロットは居ないだろう? 俺のようにワンオフ機を作っている奴が白陣営には一人も居ないって事はないだろう。そうするとだ、そのワンオフ機を作る奴はいったいどんなパイロットに乗ってもらいたいと考えると思う?」
確かに、アキラの言う事も最もだ。実際アキラとてこれが全くの考え違いとは思っていない。もしコウと知り合いではなく、白陣営にいたのならホワイトファントムを意地でも探し出し自作の機体に乗ってもらって居ただろう。
「確かにアキラの言うとおりだな。僕でもそう考えるよ」
「だろ? だからワンオフ機は絶対に必要だぜ。大丈夫、俺が最高傑作をプレゼントしてやるからさ、コウはそれまで腕を磨いてついでに材料集めを手伝ってくれ」
「勿論だ、腕もキチンと磨くし自分の為に作って貰う機体なんだ、材料集も任せてくれ」
「OKOK、さてと、新しい機体と武器の慣らしも終わったしそろそろシミュレーションルームにいくか、うちのGMが一台確保してるからさ、さっさと取っちまおうぜ【シックスセンス】とやらを」
◆ ◆ ◆ ◆
赤土荒野地方対パラサイト前線基地。シミュレーションルーム。
シミュレーションルームには多くの人がごった返していて、その全てが【シックスセンス】習得を目指しているようだ。
その端に黒を基調とした衣服やNスーツを着ている集団がいた。アキラがマスターをしているギルド、『黒猫の尻尾』だ。
別段猫と付いていてもメンバーが全て猫系の【ワイルディー】ではない、がメンバーの服は黒を基調とした物で統一されている。要するにギルドカラーが黒なのだ。
「悪いな皆、俺のわがままに付き合ってもらって」
アキラが開口一番メンバーたちに謝罪をする。どうやらコウがシミュレーターを使えるようにとメンバーたちにお願いをしてシミュレーターを取っていてもらったようだ。
「別にいいよ、マスターには世話になってるしさ」
「だな、こんな事言うの初めてだしよあんまりきにすんな」
ヒュームとドラゴニュートの男性メンバーが気にした風もなく言う。他のメンバーも大体同じ意見のようだ。一人を除いて。
「あたしは納得いかない。ここに居るメンバーだって皆【シックスセンス】は取りたいんだ。だから毎日順番待ちをしてシミュレーターに入ってるのにマスターの知り合いだからってメンバーでもない奴の為にこんな場所取りみたいな事気に食わない!」
『黒猫の尻尾』のメンバーはマスターであるアキラを入れても全員で十人しか居なく、アキラが言うには少数精鋭を目指して勧誘して作ったギルドらしい。
アキラが持っている大量の情報と顔に似合わない的確な指示が、メンバー達の信頼を勝ち取る要因でありマスターが言うならと今回のことを承諾したのだ。
曰く、俺の知り合いに天才がいる。そいつの為に一度だけでいいからシミュレーターを使わせてくれないか? と。
『黒猫の尻尾』は少数精鋭を謳っているギルドである。その中でも一番の実力者が黒猫【ワイルディー】の少女。つまり、今納得していない少女だ。
百五十cmと少し小柄だが手足がスラリと長くスレンダーな体型を黒のNスーツで包んでいる。肩までのばしウェーブのかかった黒髪にパッチリした瞳(瞳孔は縦長だが)全体的に整った綺麗よりも可愛いといった少女だ。
性格はどうも攻撃的らしく、先ほどからコウの事をキツイ表情で睨んでいる。
「僕はKousei、コウと呼んでくれ。君は?」
コウは少女の敵意を柳のようにするりといなし、逆に二コリと笑いかけ自己紹介を繰り出す。
うっとたじろぐ少女、少し顔が赤いのはおそらく天然ジゴロ系のコウの笑顔に当てられたのだろう。
「あたしはErinaよ、納得はいかないけどマスターの頼みだから一度だけは我慢してあげる。だけどもしあたしの成績より酷かったら二度とギルドには関わらないで貰うわよ」
確かに見ず知らずの他人の為に自分たちが我慢を強要されればいい気にはならないだろう。
おそらくエリナの言い分が正しく、他のメンバーも納得はしたが気持ちはエリナと同じに違いない。
そのことを敏感に悟ったコウは、ならば取る選択は一つしかないな。
と思い、口を開く。
「分かった、今回でシミュレーターをクリアできなかったら僕は君たちと二度と関わらない事を誓わせて貰う」
「おっおいコウ!」
シミュレーターをクリアできなかったら、そうはっきりと言い切ったのだ。
「ッ! 上等よ、やれるもんならやってみろ!」
エリナの、『黒猫の尻尾』のメンバー全ての表情が変わる。やはり心の中では不満があったのだろう、コウの挑発的な言動に明らかな敵意が噴出する。
「お前無茶言うなよ! まだこのシミュレーターをクリアしたプレイヤーは白の二人以外青に一人出ただけなんだぞ!」
「白の……ホワイトファントムはVU前の機体でクリアしたんだ、VU後のカスタムした機体と新しい武器で武装したのに一度でクリアできなければきっと追いつけはしない」
コウの言葉と表情に篭った覚悟がアキラを黙らせる。
最短で追いつく。だったらこれぐらいの無茶は越えなければいけない。
そう言っているのだコウは。
「分かったよ、そうだなこれぐらいは軽く越えてくれないと俺もワンオフ機を載せる気にはならないからな。だったら何の情報もやらないぜ? それで軽くクリアして来い!」
パンッと背中を叩いて大きな音を出す。言って来い俺はお前を信じると十年来の友人が送り出してくれる。
チャンスは一度に減ってしまった。だけどそれぐらいでなければ張り合いがない。
シュッと開くシミュレーターのハッチをくぐり中に入る。ステージはⅡから。
それが赤陣営のエースが誕生する第一歩だった。
ステージⅡからステージⅤをクリアするまでに掛った所要時間は合計で八分と二十二秒。
ワンステージ二分でクリアしている計算になる。
VU後のシミュレーターはプレイヤーの許可さえあれば外にシミュレーションの映像が流れるように変わっていた。
「すげぇ……」
ギルド唯一のドラゴニュート、トカゲが感嘆の声を洩らす。コウはここまで一度も被弾しないどころか一撃も外さず全弾命中させているのだ。常に二つから三つのサテライト・パペットを操りながら。
「~~ッ、まだよたかがステージⅤでしょ!」
それから五分、今からステージⅧの挑戦が始まる。ギルドの現最高到達ステージ、すなわちエリナの到達しているステージだ。
「うそでしょ?」
エリナの愕然とした声が漏れる、他のメンバーはすでに声も無い状態だ。
ステージⅧ、一度に五十匹のパラサイトが沸いて襲ってくる無茶なステージ。それをコウは無傷でクリアしたのだ。
ここに到って周りのプレイヤーたちも、コウが入っているシミュレーター映像の異常性を認識しだす。
近くにいたプレイヤーたち全てがシミュレーター映像に釘付けになる。クリアするんじゃ? そんな期待が漏れ出していく。
ステージⅨもあっさりとクリア、初の被弾は肩に銃撃を一発貰ったのみ。
そして、舞台は最終ステージへと移ろうとしていた。




