01
五月も終わりが近づき春と言うほど穏やかな陽気ではなく、さりとて夏というには物足りない。そんなスポーツやピクニックなどするには丁度いい――そう、こんな男だけが十六人も寄り集まり、目を血走らせ殺気立つような日では決してないはずなのだ。
事は五分ほど前、本日のホームルームもとどこうりなく終わり、さて明日にはVUも終わるだろうし、公式HPでも見て情報を集めてみるか。
とケイジロウが考え席を立った瞬間、他の男子クラスメイト十五人も一斉に席を立った。まるで席を立つのを待っていたように――いや、まさに待っていたのだ。
有無を言わさず数人の男子に囲まれ、幼馴染である長谷部琢磨ことタクが「ケイ、少し付き合ってくれない?」といい一年F組の隣にある空き教室へと連行されたのだった。
空き教室はまるで裁判所のような体をしており、三つの机を使いU字にした被告人席に座らされる。
周りには十五人のクラスメイトが囲み、壇上には裁判官役であろうタクが今まさに裁判を始めようとしていた。
「えーそれでは今から被告人前田慶次郎のさいば……ゴホン、死刑を開始する!」
「まてこらぁぁっ、普通言い直すなら逆だろうが!」
裁判すらされず、いきなりの死刑執行の宣告に抗議する慶次郎。
無論そんな物は受け入れられる事はなくそれどころか、
「黙れこの腐れ外道がぁぁぁあああ!!」
「くされ……」
逆切れの上外道扱いされ抗議の声は叩き潰される。
「前田慶次郎! 貴様はあろう事か我ら一年F組に転入なされた美少女! 美少女の早川瑠璃様と事前に知り合いだったと言う万死にあたいする罪を犯した! これが許される事で有っていいのだろうか!」
『『『『『『『『否! 否! 否!』』』』』』』』
タクの言葉に同調するクラスメイト達。
「そう! 断じて許されるべきではない!」
壇上に立つタクの目は本気だ、本気でケイジロウのことを死刑にすると顔に書いている。
それに追従する男子生徒十五人、これはクラスの男子全員の数だ。あまりにも危うい状況だ、この場にいては何をされるか分かったものではない。
「くそっ、やってられるか」
素早く逃げ出そうとするケイジロウ。
きらりと光るタクの瞳。パチィィンと無駄にいい音を指で鳴らし命令を下す。
「逃がすなIIコンビ」
ケイジロウが教室から逃げようとドアに手をかける寸前、二人の巨漢が前と後ろを塞ぎ、ケイジロウの両肩をおさえて拘束する。
「んなっお前ら!」
ガッチリとしたデカイ手、逃げようともがくがびくともしない。あまりにも素早い対応に愕然とする。
「フハハハハハいくらケイでも柔道部の飯井塚とラグビー部の井伊田のIIコンビからは逃げれまい」
「ヒャーハハハッ大人しくしてな!」と口から泡を出しながら笑う飯井塚。
「ケヒヒヒヒヒッ逃がさないぜー!」と目が逝っている井伊田。
「お前らノリよすぎだろ、変なキャラ作ってんじゃねぇぇぇ!」
まるでどこぞの世紀末ような笑い方でキャラ作りをする巨漢二人。かなりノリノリだ。
「さて、死刑囚は無事取り押さえた。そこで皆にどんな刑が相応しいか聞こうじゃないか」
『貼り付け獄門!』『鞭打ち二千回!』『火炙りだ!』『水漬けにしろ!』
「死ぬわぼけぇぇぇぇ!」
タクの提案に遂行したら確実に死ぬような刑ばかり口にするクラスメイト達。目が尋常じゃない、どうやらすでに洗脳されているみたいだ。
「そう、さすがに殺してしまっては僕達が捕まってしまう。そうなるとだ、早川瑠璃様にお近づきになることも出来ないじゃないか!」
『ッ! 確かに』『それじゃぁどうするんだ? 裁判長』
タクの正論? に慄くクラスメイト達。そんな常識すらすでに捨て去っている事実に身震いしてしまう。
「くくくくっなぁに簡単な話だ、社会的に死んで貰えばいいのだよ君達。そう、前田慶次郎に課す刑はフルチンの刑とする!!」
『『『『『『『『『ふっフルチンの刑?』』』』』』』』』
タクの真意が測れずに、言葉を反芻する。
どちらにしろろくな物ではなさそうだ。
「まずはズボンもパンツも脱がし麻袋に詰める。それを人通りの多い鈴波駅前の交差点に放り投げたらどうなる? たくさんの人の目に留まり中には携帯で写メを取り。ネットにアップされるだろうな~クハハハハッ」
『『『『『『『『『さっさすがは裁判長、狂ってる』』』』』』』』』
まさに狂人の発想、そんな事をされればケイジロウはもうこの町に、いや日本にすら居られなくなってしまう。
「お前は本当に俺の幼馴染で、友人かぁぁぁぁ!!」
「美少女の前では友情なんて腐っミカン以下の汚物だ!」
ヤバイ本当に実行される、と感じたケイジロウは最後の抵抗に踏み切る。
「うおおぉぉぉおお!!」井伊田の腕に噛み付く。
「ぎゃっ噛み付きやがった!」
「シャァァァッ!!」自由になった左手で飯井塚の目を突き刺す。
「ぎゃああ目が目がああぁぁぁ!」
『かっ噛み付きに目潰し、容赦ないというか必死だ』
『バカ早く取り押さえろ! やべっモップを取られた、たしか前田って剣道の有段者だった――』
「メン! メン! メーンッッッ!!」
『ギャッ』『ヒデブッ』『アベシッ』
容赦などする気は欠片ほどもない。モップを手にブチ切れたケイジロウを前にして蜘蛛の子を散らすクラスメイト。雑魚に用はないとばかりに無視をし元凶を探すが教室には見当たらない。
「タァァァァクゥゥゥゥ! 何処にいきやがったぁぁぁぁ! あの野朗もう外に逃げてやがる、待ちやがれ! てめーこそフルチンの刑にしてやらぁぁぁぁっ!!」
ドタバタと隣の空き教室から男子のバカ騒ぎが聞こえる。
一年F組の教室には十六人の女子生徒たちが今だ帰らず残っていた。
紺のブレザーにチェックのスカート、胸には学年を表す色違いの緑(今年の一年)のリボン、個人個人で少し手を加えているが何処にでもあるような一般的な学校の制服だ。
その中に一人だけ他と違う制服を着ている少女が一人。
今では少なくなった黒を基調としたセーラー服、胸元には赤いリボンをあしらっているが全体的にはすこし野暮ったい。
「本当男子ってバカばっかりね」
「あっあの私タクとケイを止めてくるね」
「いってら~瑞樹がんばってね~」
全ての授業が終り急いで教室から脱出しようとしたが、瑠璃はクラスの女子に捕まりケイジロウとの仲を根掘り葉掘り尋問されている最中だ。
「だっだから彼とはなんでもないの、ちょっとした知り合いなだけで」
そう何度も言っているのだが聞く耳を持たないとはこういうことだろう、皆事実なんてどうでもよくどうも面白いネタ、として扱われている節がある。
「でもでも~二人ともすんごいビックリしてて、運命の出会い? みたいな感じだったじゃ~ん」
「そうそう、前田の奴があんだけ感情だすの始めてみたかも」
「ね~いっつもやる気のないだらーとした感じだったのにね」
そんな感じで逃がしてくれないので、つい口が滑ってしまった。
「だから~~ケイジロウとはなんでもないの!」
ケイジロウ。その一言に一瞬の静寂が作られる、そして爆発した。
『『『きゃーーケイジロウだってー!』』』
『『なになに? 早川さんと前田って名前で呼び合う仲なの?』』
『『『『『やだ~~』』』』』
なにがやだ~~なのよっ私のほうがやだ~~よ!
「~~~ッ!!」
カバンをつかんで教室から脱出する。
授業が終わった直後とは違い誰も邪魔しようとはしない。
『『『真っ赤になってる、かわいい~~』』』
キャハハハッという笑い声がさらに私の顔を赤くする。
どこをどう走ったのか初めての道筋をでたらめに走ったのでここが何処か全く分からない。
少し簡素な感じがする住宅街、特徴らしいものは直ぐそばにある喫茶店ぐらいか? 初登校の学校であんな目に合い、今はこの歳で迷子になってしまう。
「それもこれも全部ケイジロウのせいよ!」
「悪かったな」
「ひゃうっ」
予想外な声にビクッと体が跳ねる。
家と家の隙間からのっそりとモップを片手にケイジロウが出てきたのだ。
「あっあんた何処から出てくるのよ」
瑠璃の言葉に苦りきった表情でケイジロウが応える。
「タクの野朗がこの路地を突っ切って逃げてな、追いかけたんだけど狭くて逃がしちまった」
「タクって長谷部君のこと?」
男子のバカ騒ぎの元凶であるタクを追いかけてここまで来たのだろうが、最後の最後で取り逃がしてしまったようだ。
「ああ」
「あの子ってどうして話しかけるとき目が血走って鼻息が荒いの?」
「病気だよ、一種の」
「ふーん……」
会話が途切れなんとなく居心地が悪くなる。瑠璃は少し考え、意を決して慶次郎に声を掛けた。
「ねぇ、あんた今からどうせ暇でしょ? ちょっと付き合いなさいよ、必要な日常品とか何処で買えばいいか教えてちょうだい」
「え? いっいや別に暇じゃ……」
急な提案で慌てだすケイジロウ、それを見て何だか楽しくなり瑠璃がニヤリと笑う。
「何かすることでもあるの?」
「いや……ないけど」
「じゃぁいいでしょ?」
「しょうがねーな、つっ付き合ってやるよ」
この場面をクラスメイトが見ていたらまたお祭り騒ぎになる事必至な光景だ。
まるでこれから付き合い始める様な又は付き合い始めたカップルのような反応をする二人。本人達にはそんな意識はないのだろうけれども。
「ありがと、それじゃ駅までの荷物持ちもお願いね」
「荷物持ちかよ!」
「いいじゃないこんな美少女と歩けるんだから」
「自分でいってんじゃねーよ!」
そんな何処か初々しい二人の様子を眺め悔しがる男が一匹。
「ウギギギギギッ、どうしていつもケイばっかりいいめにぃぃぃぃ」
喫茶『いや~ん』の看板に隠れタクがハンカチを噛みしめ唸る。
「あっいた、タクいい加減にしなさいよ」
「げっ瑞樹、何しに来たんだよ」
一年F組のクラス委員長兼、タクとケイジロウの幼馴染の甘和瑞樹がタクのことを見つけいい加減にしなさいと腰に両手を当て怒り出す。
「何しに来たじゃないよー、タクはいっつもケイの邪魔ばかりするんだから」
「だってさだってさ、ケイって俺らと大して変わんないルックスなのに何故かモテルんだもん、しかも鈍感だから気づかないってどこのラノベ主人公なんだよ!!」
タクがこういう事をするのは日常茶飯事なのだろう、慣れた様子で耳を掴み歩き出す。
「はいはい、もう百回は聞いたわよ。帰るわよ」
「いだだだっ耳をひっぱるなよー」
「はいはい」
「ちくしょー!」
タクの遠吠えは空しく簡素な住宅街に響くだけであった。
「ところでさ、ケイジロウあんたいつまでモップ握ってるわけ?」
「あ……」
◆ ◆ ◆ ◆
今は午後六時、少し寄り道しすぎて瑠璃は遅い帰宅となってしまった。
ケイジロウと駅のショッピングモールで買い物をすませ、PIXSY社員マンションに帰り着いたときは午後五時半を回っていた。
昨日までは引越しの片付けや色々な手続きが忙しくてお隣に挨拶も出来なかったし、せめて今日中にはお隣さんに挨拶しなくてはと思い用意をする。
鏡の前で何処か可笑しい所はないか最終チェックを済ませ引越しそばを手に、いざお隣へ。
インターホンを鳴らしカメラの前でにっこりと微笑む。
『はーい、どちらさまですか?』
「夜分遅くすみません、私一昨日隣に引っ越しして来た早川と申します。今日はご挨拶に伺わせて貰いました」
機械越しに少し幼さが残る声が聞こえる。女の子の声だ。
表札を見ると、春日雪菜、鞠菜、渉と書いてある。ということはお子さんの鞠菜という子だろうか?
そう考えながらにこにこと余所行きの笑顔を振りまいていると。
『えっ嘘……』
と言う声と共にガシャッと受話器を落とす音が聞こえ、少しするとガチャガチャと鍵を開ける音がしだした。
たかが引越しの挨拶に何故か慌てた様子で玄関まで来たようだ。
ガチャっと開いた扉の向こうには、おとなしめの黒い髪をボブカットにした可愛らしい女の子が、少しタレ気味の目を大きく見開いて、驚きの顔をしていた。
「もっもしかしてラピスさんですか?」
なぜここでBMOのハンドルネームで呼ばれる? そう考え目の前の少女に見覚えがあることに気づく。
「え? ……あれ? マーナ?」
「はっはい、BMOのマーナです!」
物凄い偶然だとばかりに驚きと嬉しさがない混ぜになった声で答えるマーナ。
引っ越した先の高校にケイジロウがいて、お隣にはマーナがいた。
なにこれぇぇぇぇ!




