プロローグ
文章の書き方を一人称から三人称へと変わっています。
混乱してしまいそうな事をして申し訳有りません。
五月二十日月曜日、午後七時三十二分。
仮想世界だという事は分かっていても、機体越しに感じる広大な宇宙とそれに伴う無重力の不可思議な感覚はまるでここが現実なのではと勘違いをしてしまいそうになる。
周りを見回せば漆黒のキャンバスに煌めく光鮮やかな星の瞬きが広がっていて、まるでこの世界に自分一人しか存在しないかのような小さな恐怖感と大きな開放感を味わう事ができた。
ただし、今は自機を含め数千機ものプレイヤー達が載る機体で周りを埋め尽くしているのだが。
『コウっ、まーたこんな右の端っこに居やがって。もしかして戦争イベントに全く参加してないんじゃないだろうな』
「アキラ……僕が参加しなくても赤陣営の勝ちじゃないか、それなら無理に参加しなくてもいいだろう?」
コウと呼ばれた少年が乗っている機体は赤の中ではオールラウンドの性能を持っていて扱いやすい事から一番取り扱われている機体の【グレムリン】だ。
三角の形をした角ばったヘッドに真っ赤なモノアイ、すこし寸胴なシルエットをしていてアームもレッグも太く無骨な感じがする。
肩当は少し膨らみ気味のショルダーパッドになっていて、肩から標的に突き進むイメージを連想してしまいそうになる。
ちなみに主装備は中距離系の射撃武器が中心の機体だ。
そんな機体でアキラと呼ばれた少年が載っている遠距離用の機体【ゴースト】がいる場所に居れば、やる気がないのはバレバレだろう。
『はぁ……今までゲームに何の関心も示さなかったコウが急にBMOを始めるって聞いて、やっと俺の布教も実を結んだのかと思ったんだけどな』
「すまないな、父さんの会社の関係で身近な人間の意見が聞きたいらしくてね。父さんも上役に押し付けれて少し困っていたからさ」
『それでコウが今ここに居る……て訳か」
コウは苦笑で返す、確かにBMOの世界を構築する技術は素直に凄いと感じるし、単に風景を楽しむ為のコンテンツだったらお気に入りになったかもしれない。
しかし、これが人型機動兵器を乗り回し他のプレイヤーやパラサイトなる敵と戦うという旨趣になると勝手が違ってくる。
ビームライフルなどの飛び道具が威力も高く、射程も長いのでしょうがないという部分はあるのだが、どれだけ遠くから旨く当てるかが勝敗を決めるこのゲームは自分には性に合わない。
剣道の試合をしている時のように、竹刀を握り実際の体で相手と打ち合う時のような、真剣勝負の刹那に感じる肌が泡立つような感覚が沸いて来ないのだ。
『ん? おっおいコウ、左十一時の方向を見てみろ! なんだありゃ』
頭の中でBMOに真剣にとり込められない言い訳じみた事を考えていると、何か信じられないものを見た時に出すような、少し引きつった感のある声でアキラが注意を促す。
アキラが指示した方向を見てみると、そこには白陣営の機体である真っ白にカラーリングした【スワーロゥ】が数百はいる赤陣営の本隊の右端、つまりコウたちのいる付近に切り込んで来たのだ。
まさに切り込んでいるとしか言いようのない光景だった。幾多ものビームを紙一重でかわし、かなり離れた場所に居るにも拘らず、目で追うのがやっとといったスピードで次々と赤の機体を撃破していく。
「なっなんだあの動きは!」
手甲に剣を着けたような特殊な形状の武器をアームにつけ【グレムリン】を【ガーゴイル】を落としていく。
まさに縦横無尽という言葉がピタリと当てはまる動きをしていて、それはただの射的ゲームだとどこかでバカにしていたコウの考えを粉々に砕き、今までにない大きな衝撃を与えていた。
『こっこちに来るぞ!』
アキラの声に正気を戻す、気づいたときにはすでに白い亡霊のようなシルエットが目の前にまで迫っている所だった。
「うわぁぁぁああ!」
無我夢中で滅茶苦茶な操作をしたのが逆に不可思議な機動となって、亡霊の攻撃を中破で止める事が出来たのだろう。
生き残れたのは運がよかっただけ、見ればアキラの機体は無残に真っ二つにされて爆発していた。
「くそっ」
ゲームだと分かっていてもあまりにもリアルな為、目の前にまで武器を携えた敵が襲ってきた事に本能的な恐怖でパニックに陥ってしまった。
そんな自分の不甲斐なさを紛らわす為にせめて一矢だけでも報いてやると撃ち放ったビームが、亡霊のレフトアームに当たり吹き飛ばした。
「やった!」
さらに別の機体が撃ったビームが亡霊のライトレッグを破壊する。これで終わりだろうとそう思った。
しかし、その考えをまるで嘲笑うかのように否定される事になる。
そこからが始まりだったのだ。まさに鬼神というほか言い様がない。
今までも目で追うのがやっとだったにも拘らず、上がり続けるスピード。まるで全てを見透かしたような動き。
もう何十機落とされたのか分からない。あの機体には片方のビームソードしかないと言うのに。
呆然と見据えていると、推進剤が切れたのだろうか? 鬼神の動きが止まる。
それをチャンスと捉えたのだろう、赤の機体が恐ろしいまでの密度で包囲をする。あれでは自分達もお互いの攻撃で撃墜されてしまう。
しかし、それぐらいしなければ落とせない。コウも含めて皆そう思ったのだろう。
一斉に放たれるビームやミサイル群、その光の密度は眩しくとてもまともには見られないほどだ。
包囲網の約半数が同士討ちで撃墜される。それほどの攻撃にさらされててすら、ボロボロになりながらも白い鬼神は生き残っていた。
『やっ奴を行かすな! 戦艦が落とされる!』
『撃てっあの化け物を撃てぇぇぇ!』
『くたばれこのチート野郎!』
『落ちろ落ちろ落ちろぉぉぉ!!』
過剰ともいえるビームやミサイルの束が今度こそ鬼神に降り注ぎ消滅させる。そしてその膨大な破壊の力は真下にいた自軍の戦艦すらも真っ二つに叩き折るほどだった。
気がつけばコウの体は酷く震えていた。
あれは本当に人が出せる事が可能な動きなのか? たしかに異常な動きだ、だが結して理を逸脱したものでもなかった。限りなくそれに近かっただろうが。
コウはそう本能のようなもので感じ取る事ができ、そして全身の肌が泡立ち胸の奥底から一つの感情が沸き立ってくる。
戦いたい。
あの鬼神と一対一で戦い、そして勝利したいと。
五月二十一日火曜日。
公立鈴波高校剣道場。
そこには練習を始めている二、三十人の剣道部の生徒の気持ちの篭った掛け声と、竹刀が打ち合う打撃音が響いている。
剣道場の端で座っている少年……おそらく少年なのだろう、まるで少女と見紛うばかりの怜悧な美貌、男子としては少し細すぎる体付きをしている。少年の名は石田光成。
そして、少年の手前には剣道部の顧問が難しい表情をして座っていた。
「……どうしてもやめると言うのか? お前の実力があれば全国大会でも優勝すら目指せるのに」
「申し訳ありません。今は他にやりたい事が出来ました」
ふぅと一つため息をつき、コウの考えが変わらないのを見て取って話を続ける。
「高校の部活だ、無理に引き止めることは出来ん、がそのやりたい事というものが何か知らんがいつでも戻って来い。待っているぞ石田」
「有難うございます」
いきなり期待をかけていた部員が他にやりたい事ができたと、ただそれだけで辞めようとしているのに無理に引き止めることもしない。
その上で、いつでも戻って来いといってくれる顧問にありがたくも申し訳ない気持ちになり、光成はせめて心からの礼をして剣道場からでていく。
剣道場を出ると友人である渡辺明が光成の事を待っていてくれた。
「コウ、本気で剣道部を辞めたのか? 幾らなんでも辞めるのはやりすぎじゃないか?」
どうやら光成が剣道部をやめると聞いて心配に成り来てくれた様だ。
「ああ、確かにそうかもしれない、だけどわがままを言っているのは僕だし、それぐらいの覚悟がなければあいつには勝てない。それに先生は休部扱いにするからいつでも戻って来いと言って貰えた」
なぜクラブ活動を辞めるのか、それはBMOに集中したいということと、中途半端なことをしたくないという気持ちがあるからだ。
一般的な考えではないだろうが、性分なので自分ではどうしようもないと光成は思っている。
「当たり前だろ? 中学全国大会優勝者のお前を簡単に手放すかよ。しっかしマジでやめちまうとは……目的はあの白い奴だろ?」
「そうだ、僕は一対一であの白い機体と戦って勝ちたい」
「無茶言うよなあんなのに勝ちたいだなんて、でもお前ならやっちまうかも知れないと思っちまう……よし、俺に任せとけ光成を俺がホワイトファントムと同じステージまで上げてやる」
最初から光成がそう言う事は分かっていたのだろう、少しおどけた仕草で肩をすくめて俺に任せろとばかりに張り切りだす。
「ホワイトファントム?」
「あの白い奴の二つ名だよ。先ずは俺がマスターをしているギルドに入って――」
光成の疑問に明確な答えを返し、一人今後の展開を考え悦に入りだす友人を放置し、光成はあの白い機体を操るプレイヤーに気持ちを馳せさせる。
ホワイトファントム……白い亡霊。必ず同じ場所まで上がってみせる。
だからその時がくれば思う存分ぶつかり合って貰う、あの何処までも広がっている宇宙を舞台にして。




