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人工衛星【アリウム】のロビーは、赤との対決であまりにも酷い惨敗にカラー白のプレイヤー達は意気消沈し、うなだれていた。
「あれ?」
その中で一人が異変に気づく。
「おっおい、あれっ、個人戦績のキル数を見てみろ!」
「ああ? ああ!? 白でキル数八で三位!?」
その驚きの声は、しんと静まり返っていたロビーに広く響き渡った。
ざわっと、周囲がざわめき出す。
『本当だ、カラー白のKeizirouって奴がいま八、いや九機落としてるぞ!』
『そいつだけじゃねぇぞ! Lapisってのが今六、いや七……十機落とした!』
『まじかっリプレイはどうした? まだ始まってないのか』
『コンビのPTだ、チームMAKEZUGIRAIって名前だ、誰か知ってる奴はいないのか!?』
『見てっLapisってプレイヤーのリプレイが始まってる』
ロビーに備え付けられた大型ディスプレイには、十機近くの機体に取り囲まれようとしている真っ赤な【ビャーレン】がスナイパーライフルを構え暗礁宙域の中を逃げ回りつつ、敵機を撃破していく姿が映し出されていた。
『すごっ十対一で互角に戦ってる……』
『ああっ危ない!』
『そっちはだめだ、おおっ今ビームを避けたぞ!』
『『『ああっ、やられた!』』』
『なんだよあれ、あんな事できるのかよ』
『チートじゃねーの?』
『チートってどうやったらチートになるんだよ?』
『チームMAKEZUGIRAIって何処のギルドだ?』
先ほどまでの暗い雰囲気が嘘のように騒ぎ出す。
『おいっKeizirouって奴を見ろよ! 三十三機落としたぞ!』
一瞬で静まり返る。数字がおかしいと誰もがそう思い、しかし、もしかしたらとも思う。
惨敗を喫した今回のイベントを、誰かは知らないが一矢報いてくれている。
その思いが、この場に居る八百人近くのプレイヤー達を一つの思いに集約させる。
リプレイはまだかっと。
Keizirou―――
「うぅっ……はぁ……頭が重い」
俺は最後の突撃を敢行した直後、大量のビームの束に一瞬にして蒸発させられ、ここ【アリウム】のロビー入り口に戻されていた。
途中記憶があやふやになっていた時、どうも無茶をしたらしく頭がどんよりとして重く辛い状態になっている。
フラフラとした足取りでロビーの中に入ると、そこはまるで祭りでも始まったかのような大歓声が沸き起こっていた。
「なっなんだ? 何があったんだ!?」
「なんだよ、お前見てなかったのかよ! Keizirouって奴がさ、赤の機体を三十三機も落とした上に戦艦までぶっ潰したんだよ!!」
そういって俺の隣で興奮し、説明をしてくれたヒュームの男が俺も入れてくれと叫びながら軍帽を上に投げ飛ばしている一団へと混ざっていった。
「……Keizirouって、俺? 三十三機も落とした?」
だめだ、記憶があやふやで思い出せない。
俺が頭を振り壁に体を凭れ掛けようとした時、俺に向かって走ってくるラピスを見つけた。
「ケイジロウ!!」
エルフィンの特徴的な耳を上下に激しく動かしながらラピスが俺に向かって飛び込んできた!
「んなっななななっ!!」
「あんた凄いわ! ほらっ見て三十三機、AAAよ!」
今にもキスができそうなほどの距離まで顔を近づけて、俺のことをきつく抱きしめながら、顔を掴んでディスプレイの方へと向かせてくる。
《おおおっ、ちょっ近い近い近い! え? なにこれ、なんてドッキリ!? やっヤわラかイのDESUがッっ!!》
興奮しきっているラピスは自分がいま何をしているか良く分かっていないようだ。
嬉しそうにBMO掲示板の端末を弄りだす。
「ほらっこれ見てよ、赤の奴らの書き込み、チートだの卑怯者だの必死になって書き込んでる」
掲示板には俺のことをチート扱いする書き込みや、運営が出してきたボスクラスのNPCだのあること無い事物凄い数の書き込みがされていた。その数約二千。
勿論その中には白の俺のことを擁護する書き込みも激しい数が上がっていて、まさに祭りが始まっていた。
「ふんふんふふ~ん」
鼻歌を歌いながらラピスが掲示板に書き込む。BMO掲示板はネームを偽って悪意のある書き込みができないようにNO.ではなくネームを出す時はそれ専用のものを使わなくてはならず。
ネームを使って掲示板に書き込むことは、本人だという証拠になるのだ。
BMO掲示板
カラー赤VSカラー白開始! 累計2711
NO.2707 チート野朗出て来い!お前のせいでBMOもクソゲー決定だなっ!
Name.Lapis 赤のプレイヤーは機体性能に頼りすぎ、相手になりませんでしたwww
NO.2709 ラピス様降臨キターーーー!
NO.2710 ラピス様降臨キターーーー!
NO.2711 ラピス様降臨キターーーー!
ニタニタと笑うラピス、こいつって……
「ラピスってさ、本当にいい性格してるよなっ」
おもに悪いほうで。
うおっ、ラピスの登場で掲示板の書き込みが一気に一・五倍まで増えた。よくパンクしないな。
「勝者の特権ね~」
そのしたり顔を見ていたら急に笑いの発作が始まってしまった。
「くっくくくっくくくくっ」
「なっなによ急に気味の悪い声を出して」
いきなり笑い始めた俺のことを訝しげに見てくる。だけどしょうがないだろう? おれだって何故か分からずにいきなり笑いの発作が始まったんだから。だめだ、もうもたない。
「はっははははっあはははははははっ」
「なっなによ、ふふっ私まで可笑しくなってきたじゃないふふふふ」
「「あはははははっあはははははははははっ!!」」
俺たちは目に涙を溜め、他のプレイヤー達が訝しげな目で通り過ぎても気にせず、満足するまで笑いあった。
午後七時五十五分。
戦争イベントも残り五分となり、最終的な結果は赤の完勝で終わっていた。
しかし、俺とラピスが作った混乱を見逃さず、百単位の部隊を率いて左端の一団を壊滅させた集団がいた。
確かギルド名はトライデントだったかな? 機を見るに敏なり、を体現したような集団だった。
白は完敗したが、一矢も二矢も報いた形で終わる事ができた。
「ん~~~さーて、私はここで落ちるわね。そうそう、少し用事があって私は次のVUまでは来れないから、それじゃーね」
両手を上にし伸びをしながら、暫く来ないということを告げる。
一抹の寂しさが俺の胸を通り過ぎ、俺は言わずには居れなかった。
「またなっ相棒!」
少しきょとんとした顔をして、そして、今までで一番の笑顔で答えてくれた。
「またねっ相棒!」
その笑顔を見たとき、俺の鼓動がドクンと鳴るのが聞こえたような気がしたんだ。
Lapis―――
うわっうわっうわ~~~。
なっなによあいつ、いきなり相棒だなんて言って。
そっそりゃ私もつい答えちゃったけどさ……う~~胸がドキドキしてる、え? 嘘、ナニコレ。
これはイベントの興奮が収まってないからよ! そう、吊橋効果ってやつよ!
「ん~~~、考えたらドツボに嵌りそう……早くログアウトして支度しなくちゃ」
そう呟きながらログアウトを選択する、そのときの私の顔は、なぜかにやけていたのは気のせいのはずよね。
そして、私とケイジロウの初めての戦争はこうして幕を閉じる事になった。




