「跳べ!桜!!」
「生徒会の役員になるからには生半可な気持ちでいてはダメ、常に信念を貫いて行動し自分の気持ちに正直になること、そして物事を冷静にかつ確実に判断して周りを引っ張っていく必要もある・・・過去の生徒会の役員達はそれらを前提にしてさらに高みを目指して行動していた、だからこそ現生徒会のあたし達も遅れを取るわけにはいかないのよ!覚えるべきことはなるべく一度で覚え、犯した失敗は最大限まで原因を追求しそれを後の行動に生かす!それを繰り返していれば人間というものは次第にできあがっていくものよ、そもそも人間には・・・・・・」
現在生徒会室へと向かっている俺と桜は沙奈に頼んで生徒会室まで連れていってもらっている。
正直なところ、今の俺は若干疲弊していた。
理由は簡単、先程からずっと沙奈が生徒会の掟やらなんやらを休む間もなく話してくるのだ。
聞かなければ聞かないで楽なのだが下手に話を聞き逃すと沙奈が「あんた真面目に聞く気あんの!!?」と怒りだすため、絶えず話を聞いているのである。
しかしそんな俺とは裏腹に、桜は熱心に俺の隣で自身のメモ帳にメモをとっている。
途中何度かうんうんとうなずきながら何ページも何ページもメモしていく。
将来生徒会志望の桜にとっては生徒会副会長の話は重宝すべきものなのだろう、もっとも、もともと入る意思のなかった俺にはただの疲れる話でしかないが・・・
「生徒会に入ったが最後、よっぽどな理由がない限り抜けることは不可能よ・・・分かってるわね優人?」
「え?そうなのか?」
「あんたは異例すぎるわ、会長権限で無理矢理入らせれたんだから、夢矢に気を使ってるんならやめた方がいいわよ?入りたくないんだったら入りたくないってちゃんと言いなさいよ、あたしにだって権限くらいあるんだから」
「・・・・・・ん~・・・そう言われてもな、もう覚悟は決めたし今更断るって言うのも男としてどうかと思うし・・・訂正はしない」
「・・・・・あっそ・・・ならいいけど」
沙奈はちらりと一瞬こちらを振り向くとすぐにまた前を向いてしまった。
口ではああ言ったが、心のどこかでは夢矢に気を使っているのかもしれない。
それ以降沙奈は何も喋らずに黙って歩き続けた、代わりに度々桜が俺に話かけてくるようになった。
しかし話しかけてくる内容は下らないものばかり、好きな人はいるのかとか苦手なものは何かとか最近むかついた話とか(これは素直に桜と答えた)天との関係などなど・・・質問攻めも楽じゃない。
「それにしても・・・・・・・・遠いんですね~生徒会室って」
突然隣にいた桜が情けない言葉を出した。
そう、先程から大分時間はたったはずなのだが一向に到着する気配はないのだ。
「情けないわね・・・そんなにだるいなら近道でもする?」
「近道?」
「そ、あたしが見つけたルートよ、そのルートで行けば普通に行くよりも十倍は速く到着するわ」
「そんな近道があったならさっさと教えてくれも良かったんじゃないか?」
「確かにそうだけど・・・あんた達命は落としたくないでしょ?」
「・・・・・・・は?」
「まぁいいわ、そっちのルートで行くことにする・・・ただし、少し覚悟はしておきなさい、あと準備運動もしといた方がいいかもね?」
「???」
沙奈の言っていることがさっぱり分からなかった。
それは桜も同じだったらしく首をかしげ疑問詞を浮かべている。
「こっちよ」
突然沙奈は方向転換すると近くにあった階段を上がり始めた。
言われるがままに沙奈についていく。
「???」
少しだがとある異変に気づいた、先程から階段しか上がっていない気がする、途中の階の廊下を歩くこともなくただただ上に向かっていっている。
そして案の定・・・・・・屋上についた。
くっきりと浮かんだ太陽がてりつけ、涼しい風が肌に触れる。
「え・・・・・と?ここ屋上だぞ・・・?」
「そうだけど?」
「近道は?」
「だから・・・屋上が近道よ」
「???」
「この神騎高校はその巨大さゆえにいくつもの校舎に分かれてるの、その校舎を繋ぐ通路が設計上の都合で決められた場所にしか設けられていないのよね、その通路は一階だったり三階だったり無茶苦茶なわけ、でも幸い校舎と校舎の間隔はとても短いものが多いから屋上からつたっていけば簡単に既望の校舎に行けるってこと、分かった?」
「理由はわかった・・・それで、その間隔ってのはどれくらいの距離なんだ・・・?」
「そうね、校舎によって異なるけど、大体3メートルくらい?」
「も、もしも落ちたら・・・?」
「死ぬに決まってんでしょ?」
「・・・・・・」
軽々と口にした言葉に俺は思わず固まった、死ぬって・・・冗談じゃない。
さっさと前に進んでいく沙奈に戸惑いながらもついていく。
そして屋上の端につくとすぐに下を向いた。
た・・・高い・・・
運がよければ骨折で済むとかそういうレベルではない、運が良かろうが悪かろうが確実に待っているのは「死」一つだけだ。
チラリと後ろを見ると少しずつ少しずつ後方に後ずさりしてる桜がいた。
すぐさま俺は桜の制服の襟をつかみ元の場所に引き戻す。
「なに逃げようとしてんだお前」
「むむむむ無理ですぅ!!絶対無理ですぅ!!桜こんなところで死にたくありません!まだ見ぬ遊びが!まだ見ぬ出会いが!まだ見ぬ世界がまだ見ぬ未来が~!!」
ギャーギャー泣きわめきながら必死に俺の手を振りほどこうとする桜。
桜の言うことはもっともだ、下手して足でも引っかければ間違いなくお陀仏だ・・・
「ふ~ん?あんた達はこんぐらいのことで参っちゃうのね?勇気を振り絞ってやればどうってことないのに・・・所詮はその程度の覚悟だったってわけね、あ~あ、残念」
「・・・・・・・・」
「ほら、さっさと帰りなさいよ・・・この腰抜け」
「だ~~!!ちくしょう!そんなに言われて男として退けるか!俺はやるぞ!こんくらいやってやるよ!!」
とはいえ今の校舎から隣の校舎までの間隔は俺が見る限りでも二メートル以上は離れている、普通にジャンプして届く距離ではない。
「・・・沙奈はいつもどんな風にここ跳んでるんだ?」
「どんなって普通に・・・」
そう言って沙奈はその場から十歩ほど後ろに下がると目にも止まらぬスピードで走り出した。
「!!」
しっかりとかかとで地面を蹴りそのまま大きく跳躍した。
「跳んでいる」というよりも「飛んでいる」ように見えた。
一瞬にして沙奈は二メートル以上もの距離を跳び、空中で一回転すると綺麗に足から着地した。
その間にスカートの中が見えてしまったがそこはノーコメントということにしておこう・・・
「ほら、あんた達も速く来なさい」
「あ、ああ」
再び下を見つめる、高い・・・しかしここは男として退くわけにはいかない!
俺は少しずつ少しずつ後方に下がり走る態勢に入った。
こうなったらもう勢い任せに跳ぶしかない、そのためにはこの短距離でいかに全力疾走できるかが鍵となる。
「うぉぉぉぉぉお!!」
とにかく全力で、周りなど気にせず正面の景色だけを突っ切っていく。
そして跳んだ
その時俺は何を考えていたかよく覚えていない。
なんかこう・・・とにかくがむしゃらだった。
ドンッ!
「いでっ!」
着地に失敗し前回りしながら背中を強打したものの、なんとか渡れた。
「・・・・・・い、行けたのか?」
「行けたのかっていうか余裕じゃない」
驚いたことに俺は校舎と校舎の間を簡単に飛び越し、その数メートル先で止まっていた。
思ったより簡単だった・・・のかもしれない。
「さてと、次はあの・・・・・」
沙奈が向こう側の校舎の屋上にいる桜に目線を合わせた。
俺も所々痛む体を起こし、桜のいる方角を見た・・・そこにいたのは。
「あ、ああ・・・・ああぁあぁ・・・・・あぁぁあ~・・・・!」
今にも泣き出しそうな桜がこちらにSOSの眼差しを送ってきていた。
その姿は親に置いていかれた子供そっくりだ。
「桜、お前も早いとこ来いよな!案外行けるもんだぞー!!」
俺が声をかけるも桜は首をぶんぶん横にふるだけで一向に行動に出ようとはしない。
「お前は生徒会長になるんだろー!この程度の試練乗り越えられずに生徒会長なんて務まると思ってんのかー!!」
「!!」
桜が突然ピンッと顔を上げた、どうやらやる気にはなってくれたらしい。
それほどまでに生徒会長という目標が大きいのだろう。
「さ、桜やります!!やってみせます!優人くんにできて桜にできないわけがありません!!」
あいつの中じゃ俺はあいつより下なのか・・・
だがそれがやる気の歯車を回してくれるなら別に構わないが・・・
「う、うぅ・・・・・・」
助走のため後方に下がる桜、しかしまだほんの少し恐怖心があるようで足が若干震えている。
しかし桜は恐怖を振り払うように首をぶんぶん横にふるとキリッとした顔で正面を見つめた、覚悟はできたらしい。
「桜、行きまぁぁぁぁすっ!!」
俺と同様がむしゃらになって走り出す桜。
十分な助走をつけ思いっきり跳んだ。
空中を鳥のように舞う桜・・・残念ながらそれは一瞬の煌めきだった。
あと数センチと行ったところで桜の体が真下に落下した。
「いやぁぁあっっっっくぁあああああおばぁあ!!!!!」
断末魔を越える叫びをあげる桜、しかしギリギリのところで桜の腕を沙奈が掴んだ。
「くぅ・・・・・・!」
急いで掴んだせいで沙奈は片手しか出せなかったらしくギリギリとかかってくる片手の重みに苦汁の表情を浮かべている。
状況的に・・・俺が行くしかない
「さようならみんな!さようなら桜のゲーム!さようなら桜の一巻ずつしかない漫画!さようなら買った日に川に落としてそのまま流された恋愛小説!さようなら一日に桜の私物を一つは盗むお姉ちゃん!さようなら毎年全てのお年玉を勝手に銀行に預けるお父さんお母さん!さようなら沙奈ぽ~ん!さようなら優人く~ん!!さようならみんな~!」
「あ、あんたね!そんなバカなこと言う暇あったら少しは生きる努力したらどうなのよ!このバカ!!」
「もういいです~!離して下さい~!!桜今日からお星様になりますから大丈夫です~~!!」
「あ、あんたねぇ!!」
「沙奈、後は俺がやる!任せてくれ!」
沙奈がつかむ横で俺は両手で桜の腕を掴んだ。
「あんた・・・!落としたら殺すわよ!」
「安心しろよ、俺は信じる価値のある男だ!」
「・・・」
沙奈は何かを悟ったかのようにそっと手を離した。
そのせいで少し重みは増したものの、結局相手は小学生サイズの桜のためどうということはない。
「桜!行くぞ!!」
「は!はぃぃぃいい!!」
「うをぉぉぉぉおおおらぁああ!!」
何か大きなものを引っこ抜く勢いで腕を振り上げるといとも簡単に桜が再び宙を舞った。
「あぐ!!」
そしてそのまま顔面落下、見るからに痛そうだ・・・・・
「お、おい!大丈夫か桜!」
俺がかけよると桜はよろよろと体を起こした。
「桜・・・・・・生きてます!!」
その顔は痛みに苦しむ顔でもなければ怒りに震える顔でもない。
とても、とても清々しい表情だった。
あんなに泣き叫んでいながら心のどこかでは諦めていなかったのかもしれない。
俺はきっとその時の桜の顔を忘れることはないだろう・・・・・・鼻血さえでていなければ・・・
「桜、ほらティッシュだ」
「はう・・・鼻血で済んだんならいい方ですよ」
「あんたたち・・・よくやったわね、正直驚いたかも」
珍しく沙奈が少しではあるが笑っていた。
「沙奈・・・」
「ちなみにあともう二、三回跳んでもらうからがんばってね」
「・・・は?」
「生徒会室がすぐ隣の校舎にあるなんて言ってないでしょ?」
「「えええええぇぇぇえ!!?」」
俺と桜の悲痛の叫びが響き渡った。